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《第7話 初会》

  思い出すのは一週間前の事。


  正装し身なりを整えたアムットは、最後に船長の証であるキャプテンハットを被る。


「酒の臭いはしない……多分。大丈夫だと思う」


  《優雅に泳ぐ人魚号》の船長である彼女は、数ヶ月前からずっと陸の上にいた。


  理由はもちろん、海路が封鎖されているせいである。


  その間彼女は何をしていたかというと、仲間の船員達とともに連日連夜酒場に繰り出していた。


  ドワーフである彼女達は、例に漏れず大酒飲みで、酔いにも強く二日酔いなど生涯体験する事はない。


  ここ最近は仕事らしい仕事はしてなかったのだが、船長としての給金は蓄えてあったので、例え一年間酒場で騒いでも問題はなかった。


  それで昨日(さくじつ)も大いに飲んで騒いで鬱憤を晴らしていたのだが、今日の早朝になって海運ギルドから呼び出しを受けたのだ。


  海運ギルドとは旅客船や貨物船を統括するギルドのことである。


  勿論彼女も所属していて、その本部から突然来るように言われたのだ。


  逆らうわけにもいかず、アムットは身体に残っていた酒を冷水で吹き飛ばしてから、身なりを整えてから家を出た。


  本部のギルド長から通達されたのは、アムットにとって朗報であると同時に、一抹の不安を抱えるものだった。


  何ヶ月も海に出ることは許されなかったのに、遂にそれが解禁になったのだ。それだけならとても喜ばしい。


  しかし、そのための条件として、船を守る為の護衛二人の事が、アムットにはどうしても納得できない。


  それは初めて対面した時に確信した。ギルド長から聞いた話よりも、今目の前にいる二人はとてもとても胡散臭い組み合わせだった。

 

  件の護衛の二人が、応接室にいると聞かされたので、アムットは今その部屋の椅子に座って、紫煙が漂う中、面と向かっていた。


  彼女の対面にいるのは、椅子に座ってニコニコしている黒ずくめの少年と、背もたれに寄りかかって、長くて白い棒を持ち、キセルを美味そうに味わう女性エルフ。


  少年はシルトとエルフの方は右冴姫(うさぎ)と名乗った。


  最初に口を開いたのはシルトだ。


「煙草は大丈夫かな? 連れには何度も言わせているのじゃが、全くいうことを聞かなくての」


「大丈夫ですよ」


  シルトは十代の人間の少年のように見えるが、何故か数十年も生きた老人のように喋り、アムットに対して上から目線だ。


  (ドワーフである私が同年代に見えているのか? これでもお前より長生きだと思うんだがな)


  アムットは不満を心の中に留めて、シルトに尋ねる。


「それで、二人が船の護衛として同乗されるそうだが、海域で何が起きてるか知ってるのか?」


「うむ。知っておるよ。数ヶ月前から、嵐と共に幽霊海賊船が現れ、通りかかる船を見境なく襲っているのじゃろう」


  シルトは、間違っておるかなとでも言いたげにアムットを見つめて来る。


「そ、その通りです」


  アムットはその目線に気圧されて、少し言葉に詰まりながら頷いた。


「その事は何の心配もしなくて良い。ワシと彼女で確実に問題は解決できるからの」


  そう言って見せた笑顔は、年相応に可愛いものだった。


「問題を解決するというけれど、たった二人でどうするつもりなの? 何度も討伐隊は出てるけど、皆帰ってきてない。兵士は勿論。魔宝石を持った魔術師達もいたんだぞ」


「ハァ〜。そいつらじゃあ何も出来ないんだよ」


  ここで、ずっと喫煙に集中して、話を聞いてなかったと思っていた右冴姫が煙を吐き出しながら喋る。


「ど、どういうことよ?」


「ただの人間の兵士や魔法使いじゃ倒せない奴らが、そこにいるって事だよ。船長さん」


「よっぽど自信があるみたいだけど、貴方達なら何とかなるって言いたいの」


  その言葉を聞いて、右冴姫が顔をこちらに向けた。目があった途端金縛りにあったようにアムットの身体が動かなくなる。


  キセルをくわえたまま、右冴姫は一本歯の下駄を鳴らしながら、アムットに近づきそのまま見下ろす。


「船長さんは船の指揮をとって海に出るのが仕事。その船を襲う海賊どもが現れたら、それを何とかするのがオレたちの役目。分かるか」


「え、ええ分かった」


  エルフが着る男物の着物の胸元から、サラシを巻いて尚、豊かな胸が覗き、アムットはその色気と羨ましさで、目が釘付けになりながら返事した。


「……ひっ、あ、ごめんなさい」


  けれども、右冴姫が持つ白くて長い棒を間近で見て、小さい悲鳴を押し殺せなかった。


「ん? ああ、すまんな。コイツを見て驚かない奴なんかいねえからな」


  その棒はわずかに反っていて、持ち手の部分は油塗れなのかテラテラと赤く輝き脈動しているように見える。


  しかし、それ以上にアムットが驚いたのは、その赤い持ち手から上だ。十本の金色の指みたいなものがガッチリと食い込み、白い部分には一瞬何かが浮き出ているように見えたのだ。


  アムットが見たもの、それは人間の顔のようなものだった。


「それは何なの?」


右冴姫の持つ棒を指差した時には、顔らしきものは見つからない。


「ただの商売道具さ。船長さんにとっては船に当たるものさ。何か気になることでも?」


「い、いいえ。何でもないわ」


「右冴姫や。そろそろ離れないか。船長殿が怖がって話が出来んわい」


  右冴姫は「すまんな」と言いながら、元の位置に戻る。


  離れてくれたことで、内心胸をなでおろすアムットであった。


「それでじゃ。アムット船長。ワシらは船に乗っても大丈夫かな?」


「はい。わかりました。私達も航海ができるならそれが一番最善ですから」


「ああ、それは良かった。それで出発はいつになりますかな?」


「あっ、はい……」


  アムットは、いろいろな準備などがあるので、一週間くらいかかると話し、出航する日に集合することを話して決めた。


(この二人、特に女エルフの方には近づかないようにしよう)


  そのことを話しながら、アムットはそんなことを思うのであった。 

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