エピローグ
上も下も、左右も全てが真っ白な空間。
そこに一人の少女がいた。
黒い髪を腰まで伸ばし、大きな金色の瞳で不安げに辺りを見回しながら少女は歩く。
少女の格好は白い純白のキトンで、足には革のサンダルを履いている。
しかもサイズは何故かジャストフィットである。
ちなみに自分でこの服を着た覚えもなく、それ以前にこの場所に来るまでに自分が何していたのかも覚えていない。
覚えているのは自分の名前だけだ。
少女はとりあえずこの白い空間を只々歩く。
その時だった。
「こんなところでどうしたの?」
「ひゃい!」
突然後ろから声をかけられ全身がビクリと雷に打たれたように震えた。
「あっ、ごめんね。驚かせちゃったみたいで」
少女が後ろを振り向くと、そこにいたのは同性の自分でも、心臓がときめくほどの美しい女性だった。
茶色の巻き髪は触りがち良さそうなほどにツヤツヤで、優しそうな黒の瞳が少女を見つめている。
服装は自分と同じ純白のキトンに革のサンダルだ。
けれど、それ以上に目立つのは、母性を象徴するかのような二つのふくらみだ。
服で隠されているとはいえ、それに包まれたものはきっと至福を味わえるだろう。
「大丈夫……?」
少女が無反応だったので心配になったのだろう。
もう一度女性が話しかけて来る。
「いえ。大丈夫です。あの貴女は……?」
「ごめんなさい。自己紹介してなかったわね。わたくしの名前はペルラです。貴女のお名前は」
「あっはい。私は、左茅といいます」
「サチちゃんね。よろしく」
ペルラはニッコリと微笑む。
「よ、よろしくお願いします」
とても優しい笑顔に左茅の顔も真っ赤になると同時に、心の中の不安も溶けていくのを感じた。
「あのペルラさん。ここはどこか分かりますか?私なんでここいるのか分からないんです」
左茅の質問に、ペルラはとても答えにくそうな表情をした。
少し間をあけてから答える。
「ごめんなさい。わたくしもなぜここにいるのか分からないの。
もしかして左茅ちゃんも、ここに来るまでの記憶はない?」
左茅はコクンと頷いた。
「そう、わたくしと同じなのね」
ペルラは顎に手を添えて考え込む。
「私達一体どうしてしまったんでしょう」
左茅は全身を不安に襲われて、身体が震えだす。
「ご、ごめんなさい。その怖くて、怖くなったら震えが止まらな――」
その言葉も途中で途切れる。
ペルラに抱きしめられたからだ。
柔らかい感触と、甘い香りが左茅を癒していく。
「大丈夫、大丈夫ですよ〜」
ペルラは母親のように左茅を抱きしめながら、ポンポンと優しく頭を叩く。
「落ち着いた?」
「は、はい。大丈夫です」
鼻をすすりながら左茅は返事をする。
「良かった。左茅ちゃん。あれを見て」
ペルラが指差した方を見ると、そこに星のように輝く光の塊があった。
「あれは、お星様ですか?」
「かもしれないわね。あそこに行って見ましょう」
ペルラは左茅に手を伸ばす。
左茅はその手を自然と抵抗なく掴んでいた。
「じゃあ、行きましょう。手を離しちゃだめよ」
左茅が頷き、しっかり手を握ったのを確認して、ペルラは二人で輝く星のところまで歩いていく。
どれくらい歩いたかは分からない。
時間が分かるものもなく、光の空間はずっと白い光を放っている。
更にどれだけ歩いても疲労も空腹も喉の渇きも感じないので、いつまでも歩くことが出来た。
だけど、いつまで経っても辿り着かない。
同じ景色が延々と続く為、段々と左茅は眠気の中に意識が沈んで行こうとしたその時だった。
「こんにちは〜」
突然の明るい声に左茅の眠気が吹き飛ぶ。
ペルラと左茅の前に、空色のツインテールに同色の瞳を持った一人の少女が姿を現した。
ペルラは左茅をさり気なく自分の後ろに回して守る。
「こんにちは。貴女は誰ですか?」
「ケオテナはケオテナだよ〜。女神やってま〜す!」
「め、女神?」
「女神様!」
「そうだよ。ペルラに左茅ちゃんだね」
「そ、そうです」
「う、うん。なんで私たちの名前を知ってるんですか?」
「ケオテナは女神だからで〜す! ブイ」
二人はいつの間にかケオテナのペースに呑み込まれていく。
「女神様。貴女がここにいるという事は、私達は……その」
死んだとは左茅の手前中々言い出せなかった。
「そう二人は死んでしまったのです〜」
ケオテナは何のためらいもなく、死という言葉を使う。
「女神様! 彼女の前で死ぬなんて言葉……」
「ペルラさん大丈夫です。それよりも、私達が死んだって、本当なのですか女神様」
「はい。二人は既に死んでいます。その証拠にここに来た以前の記憶がないですよね?」
二人は同時に頷いた。
「つまり、わたくし達は人間界で死んでここに来たと?」
「はい〜」
「ここはどこなんですか? 極楽なんですか? それとも、地獄、なんですか?」
左茅は地獄でないことを願う。
「ここは極楽でも地獄でもありません〜。何と、お二人は楽園に行けるのです〜拍手!」
「「楽園?」」
二人の声が重なる。自分達は生前一体何をして来たのか、思い出そうとしてもやっぱり何も出てこない。
「はい。そこでは、辛い事や怖い事は何一つありません。ず〜と幸せに暮らして行ける場所なんですよ〜」
「そ、そんなすごい場所に、なぜわたくし達は行けるのですか?」
「それは、ある人達が頑張ったから、です〜」
ある人という単語が出た途端、二人は無意識に同じ質問をしていた。
「あの、わたくしの息子は……」
「私のお姉ちゃんは……」
そこまで言葉に出したところで、二人はそれ以上続かない。
「二人共どうしましたか〜?」
二人共自分が何を言いたかったのか分からず、首を横に振って何でもないと言った。
「質問はないようですね〜。じゃあ楽園に二名様ご案内〜〜!」
☆☆☆☆
「うわあ」
左茅は思わず感嘆のため息をつく。ペルラも声には出さないが同じ気持ちだった。
それほどまでに案内された場所は美しかった。
空は青々として、明るく大きな太陽が二人を歓迎するように顔を覗かせている。
その陽の光に照らされているのは緑豊かな自然が溢れる場所だ。
花は何者にも邪魔される事なく咲き誇り、大きな木にはとても美味しそうな木の実がなっていた。
滝から流れる水は池となり、そこに澄んだ水が溜まっている。
「女神様。人の姿が見当たらないのですが……」
「はい。ここは貴方達だけの場所となっています〜。ちょっと広いですけど、すぐに慣れますよ〜では、新しい生活楽しんでください〜」
「あっ、ちょっと……」
ケオテナはそれだけを言い残して姿を消してしまった。
「ペルラさんどうしましょう」
「そうね。取り敢えず歩いてみましょうか」
二人が楽園を歩いていると、本当に人の姿は自分達二人しかおらず、それどころか動物も虫もいない。
何だか心細くなって来たその時だった。
二人の視界に二匹の動物が目に入る。
それは最初置物か何かと思ったが、近づくと本物の動物であった。
二人はその二匹を手に取る。
「ペルラさん見てください。この兎さん。すっごい可愛い! それに何だか私に懐いてます」
左茅が手に取ったのは褐色の毛並みに、左茅と同じ金色の瞳を持つ兎だ。
「そっちの亀さんも可愛いですね」
「ええ。とっても、こうしていると何だかとても懐かしい気持ちになってくるわ。よしよし」
ペルラに甲羅を撫でられ、黒いつぶらな瞳を持つ亀は恥ずかしそうに首を引っ込める。
「そうだサチちゃん。折角だし名前つけましょうか」
「はい。実はもう決めてるんです」
「あら奇遇ね。わたくしも決まってるの」
「じゃあ、せーので言いません?」
「いいわよ。じゃあ、せーの……」
「右冴姫です」
「シルト」
二人の笑い声が楽園中に響き渡る。
右冴姫と名付けられた兎と、シルトと名付けられた亀は、表情こそ変わらないが、ペルラと左茅の目には、とても喜んでいるように見えていた。
こうして二人と二匹は末長く、楽園で幸せを謳歌するのであった。




