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右冴姫の章《第4話 右冴姫の最期》

  突然冷たいものに襲われて、オレの意識は暗闇の底から引き上げられた。


「あっ……」


「起きろ。罪人」


  オレは石壁に固定された全身がべっしょりと濡れている事に気づく。

  対面で俺を見下ろす禿頭の男が木桶を持っている。どうやらオレは水をぶっかけられたらしい。


「もう少し寝させてくれよ。ここでやる事なんて食うか寝るしかないんだからよ」


「こいつの枷を外せ。いいか、こいつは女だが、油断すると首を噛みちぎられるぞ。分かったな」


  男はオレを無視して、背後にいる誰かに釘を刺す。

  すると四人の男達が、オレのそばに寄ってきやがった。

  どいつもこいつも脂汗をかき、嫌に緊張した顔をしてやがるぜ。


「なんだそんなに緊張して、寄ってたかってなんの抵抗もできないオレを犯そうとでも?」


  そう言った途端、男達が動きを止める。


「罪人は口を開くな!」


  禿頭の男が生垣のように固まる男達の間を割って、オレを殴る。

  こいつ、力加減を知らねえ奴だな。おかげで口の中が鉄錆の味がしてかなわねえ。


「べっ。おい、力加減って言葉知ってるか? 筋肉達磨」


「喋るな」

 

  禿頭の男はまたオレを力いっぱい殴る。

  目が覚めて一時間も経ってないのにオレの両頬は高熱を発したかのように熱と痛みを発していた。

  きっと今のオレの顔は腐ったリンゴのようになっているだろうな。


「お前達。早くこいつの拘束を解け」


  禿頭の男に言われて、うどの大木と化していた四人の男達が腰の刀を抜いて動き出す。


  オレに刀を突きつけた男達が手を伸ばし、壁に拘束されていた手足の枷を解錠する。


  全ての枷を外されたオレは無様に倒れこみ、男達に受け止められる。

  自分でも情けないとは分かっているが、何年も拘束されたオレの身体は自分では動くこともできないほど衰えていたのだ。


  姿見がなくても分かる。長い間拷問を受け、残飯のような粗食しか出ず、一日の長い間は壁に繋がれて動くこともままならない。


  こんな姿()()()にだけは絶対に見せられねえな。


「立たせろ」


  「無理です。この罪人自力で立つこともできません」


「じゃあ、引きずってでもいいから連れてこい。行くぞ罪人」


  オレの返事を待たずに、禿頭の男は先頭を歩き出す。

  その後ろを、四人の男達はオレの肩を持ってついて行く。


  オレは足を引きずられたまま、地下深くの石牢から目が潰れそうなほど明るいお天道様の元へと連れ出された。


  裁きは一瞬で終わった。大罪を犯したオレは極刑を言い渡され、それは即日実行されることになった。


  オレは、地面に刺した杭から伸びた縄に手足を拘束された状態で、砂利の上に寝かされた。


  そんなオレの視界いっぱいに夜の闇が映る。

  しかしそれ以上にオレの目に映るのは月だ。

  今にも落ちてきそうなほど大きなそれは、返り血を浴びたように真っ赤っかだった。


  まるで今から起きることに興奮して高揚してるみたいじゃねえか。

  神様は変態なのか、それともオレに死ねと言ってんのかね。


  そんな事を思っていると、いきなり腹に衝撃と痛みが走る。


「ヘラヘラするな罪人」


  どうやら自分でも気づかずに、笑みを浮かべていたらしい。


  オレを蹴った禿頭の男は一瞥してその場を離れると、そのまま、オレ達の周りを囲んでいた町民達に向けて声を張り上げる。


「これより、この国で百人の男を斬殺した罪で罪人、右冴姫の刑を執行する! 今から執行する刑は鋸刑である!」


  禿頭の男はこれから始まる事に興奮しているのか、顔を真っ赤にして話し続ける。


「さあ、この罪人に恨みを晴らしたい奴は前に出ろ」


  多数の足音が聞こえてきたので、拘束されてない頭を動かしてみると、見物していた町人達の輪から多数の人間が前に出てきて一直線に並ぶ。


  その全員が女で、男の姿は見えない。


  女達が並んでいる先にあったのは大きな鋸だ。

  その刃は錆が浮いていて、道具としては致命的でとても役に立ちそうなものには見えない。


  だが、並んだ女達の目には、そうは見えていないようだ。


「あの鋸を持て」


  禿頭の男に言われて、先頭の女が鋸を両手で持つ。

  重すぎて何度かよろけるが、男の手を借りて、オレの元までやってきやがった。


  そのまま、オレの固定された右手首に鋸の錆びた刃を押し当てる。


「おい。そんな震えてて扱えるのかよ。あそこにいる筋肉達磨にやってもらったほうがいいんじゃねえか?」


「黙れ罪人」


  軽口を叩くオレの腹にまた足が落ちてくる……こいつだけは絶対に後悔させてやる!


「さあ、早く恨みを晴らせ。でないとこの罪人はずっと喋り続けるぞ」


  その言葉を聞いて、女の中で躊躇いという鎖が千切れたようだ。


「お前は、私の夫の仇。苦しめ!」


  女は力任せに鋸を引いた。


「ぐっ……!」


  錆びているとはいえ、鋸は鋸。オレの皮膚と肉が裂け、切れた血管から血が流れていく。

  錆びた刃は硬い音を立てて骨に当たり、そこで止まる。

 

  オレは歯を噛み締めて、込み上げてくる痛みを抑える。

  ここで悲鳴をあげても周りが喜ぶだけだしな。


  女が動かそうと力を込めるが、骨に引っかかったようで全く鋸は動かなくなった。


「この、この……」


  女は顔から火が出そうなほど、顔を真っ赤にして動かそうとするが、鋸は全く動こうとしない。


「ええい、後がつかえているぞ。こうするんだ!」


  しゃしゃり出てきた禿頭の男が、女の手の上から鋸を握ると思いっきり引いた。


  骨が削れるゴリゴリとした音がオレの体内で反響していく。


「!!!!」


  オレは味わったことのない激痛に顔を歪める。だが決して声は出すまいと、歯が砕けるほど顎を噛みしめる。


  暫くすると、湿った音と共に何かが落ちた音がした。

  そちらを見るとオレの右手が砂利の上に落ち、赤くてギザギザとした切断面をオレに見せていた。


「どうだ。夫の無念思い知ったか!」


  やりきった顔をした女が、オレに唾を吐きかけてくる。


「……汚ねえな。こんなものなんでもねえ。腕一本なくなったぐらいで、オレが涙を流して許しを乞うとでも思ってるのか!」


  オレの血が混じった叫びに耐えられなくなったのか、女は白目をむいて気を失った。


「この罪人はまだ、自分の罪の重さがわかっていないようだな」


「じゃあどうするんだ。筋肉達磨さんよ。オレは例え残りの手足を切られようが、お前を殺すことなんて朝飯前だぜ」

 

  禿頭の男はオレのその言葉を聞いて、見ている方が不愉快になるような笑みを浮かべる。


「そうか。ならばやってみよう。おい、こいつの手足を抑えつけろ」


  周りの男達が、オレの両手足に体重をかける。


「離せ。男がオレに触るな!」


「よし。ちゃんと抑えていろよ。おい! この罪人に恨みを晴らしたい奴は、もういないのか? 」


  禿頭の男が持っている鋸を頭上に掲げる。

  錆びた刃にはオレの血と肉片と骨片がこびりついていた。


  それを見て、(タガ)が外れたのか、町人達がその鋸に群がる。


  オレはその光景を見ながら、これから襲いかかる痛みに耐えるために丹田に力を込める。

  少しでも痛みに耐えるために。

  まあ、すぐそれは無駄な努力と思い知らされたが……。


 ゴリゴリ、ボトン。

 ゴリガリ、バチャン。

 ゴリゴリ……

  そんな音と連動した激痛が、あれから三回も続いた。

 

 とても耳障りなその音が止んだと同時に、オレの肉に食い込んでいた異物の感触も消え失せ、上に乗っていた奴らの重さと体臭が遠くなっていく。


  今のオレは海の中にいるような感覚だ。

  聞こえる音は水の膜を通して聞こえるように遠く、砂利の上に寝かされていたはずなのに痛覚が無くなったのか痛みは無く、浮遊感さえ感じていた。


  一番違和感を感じるのは両手足だ。なんかとても軽くなったように手首足首の感覚がねえ。何でだ?


  「おい」


  誰かがオレを呼んでいる。一体誰だ?

  オレの歪んだ視界に入ったのは禿頭の男だ。

  右手に何か持っているようで、それをオレに見せつけているようだ。


「おい。罪人。流石のお前でも、四つとも切り落とされたのは堪えたみたいだな」


  禿頭の男が手に持つものを近づけてきた。それは切り離された左手だ。

  誰のだ? 何故か分からねえが、とても見覚えのあるのは何でだ?


「おい。何を惚けた顔をしているんだ。あまりにも衝撃が強すぎて、自分のも分からなくなっちまったのか? じゃあこれを見れば嫌でも思い出すだろうぜ!」


  一度引っ込んだ男が再び現れる。

  両手に持っていたのは、刀に串刺しにされた両手足と両足首 ……思い出した。

  あれは、決して認めたくないが、あれはオレの手足。


「…………」


「どうした。衝撃が強すぎて声も出ないか? それとも血を流しすぎて何も考えられなくなったのか?

  まあどっちでもいい。お前はこのまま死ぬまで放置される。死んでもそのまま野晒しだ。安心しろ後始末はカラスどもがやってくれるだろうよ」


  禿頭の男が上を向いた。おそらくカラスがいるのだろうが、オレの目には目の前の男しか見えていない。


「……づれだ」


「なんか言ったか? 罪人」


「……れ、って、いったんだ」


「はっきり喋れ。何が言いたいんだ?」


  禿頭の男がオレの近くに顔を近づけた。馬鹿な奴だぜ。


「お前も、道連れだ!」


  オレは筋肉達磨の無駄に太い喉笛に噛み付く。

  噛み締めていたせいで歯は全て砕けていたが、そんな事は問題にはならねえ。


  例え歯が無くても、こいつの喉笛を噛みちぎることなど造作もない!


「ぐあっ、この……」


  男は喉から血を吹き出しながらもがき、オレから逃れようとするが、激しく動けば動くほど、体内の血液と酸素は失われていく。


「ごああっ。この、クソエルフが……」


  思った通りだ。

  禿頭の男の動きが目に見えて鈍くなり、次第に抵抗も薄れていき、ついにオレの上に被さるように倒れた。


「これで、百人と一人、か」


  男の生暖かい血液がオレの赤く染めていく。

  気持ち悪い、気持ち悪いがオレも動く体力はこれぽっちも残って……その前に手足が無かったな。


 くそ。こんな男が上に乗ったまま死ぬ事になるなんてな。だがオレは諦めねえ。

  地獄に落ちても、這い上がって這い上がってここに戻ってくる。


  そして俺の妹、左茅を嬲り殺しにした奴を絶対に見つけ出す。


「やっぱり、お姉さんはケオテナの見込んだ通りの人間です〜」


  誰だ。


「誰だっていいじゃないですか〜。そんな事より質問で〜す。貴女はこのまま人生終わりたいですか? それとも、まだやり残したことありますか?」


  ムカつく喋り方する奴だな。


「む〜。いいから質問答えてくださ〜い。これで終わりか、まだ終わりたくないか。どっちですか」


  そんなの決まってる。

  こんなんで終われるか!


「ふふ。それが聞きたかったのです〜」

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