シルトの章《第3話 シルトの最期》
満月の登る深夜。儂は二階の窓から自分の敷地を見下ろす。
儂ら二人で綺麗に刈りそろえた庭は今、赤黒く染まっていた。
原因はその場に倒れている人間達である。フルプレートの鎧を着用し、槍や剣や斧で完全武装した男達だ。
そんな人間兵器のような屈強な男達が、絶望に顔を歪め腹から内臓が飛び出でたまま死んでいる。
その惨劇を生み出した張本人達は、兵達の死体の海の中に沈むように座り込んでいた。
「ふむ。外に配置していたゴーレムは二体とも倒されたようじゃな」
儂が残り少ない魔力で召喚したゴーレムは四体。
外に二体と中に二体。
先程まで外で響いていた剣戟の音は、今は止んであおる。
だが、まだ戦いは終わっておらん。
耳をすませば微かにではあるが、この家の下から、鋼鉄に包まれた足が床を踏む鳴らす音が聞こえてくる。
それも一つではない。複数。音は重なって正確な数は分からないが数十人は入って来たようじゃ。
さて、ゴーレム達はどこまで、足止めをしてくれるかのう。
儂ら二人の時間を少しでも長く引き延ばしてくれ、と祈りながら部屋の方に顔を向ける。
月明かりのみが照らす室内に目を向けると、右側に化粧台があり、部屋の中央には丸テーブルにロッキングチェア。
そして窓にいた儂の目の前にあるのは天蓋付きの大きなベッドじゃ。
儂はそこで眠る愛しい人の元に跪く。
向こうからの返事が返ってこないのは分かっているが、儂はきっと聞こえてくれていると信じて、話しかけた。
「お許しください。僕の力では貴女の魔法を解くことは遂にできず、更には貴女をこんな目に合わせた奴らに復讐することも叶いそうにありません」
部屋の外が騒がしい。ゴーレムと襲撃者達の剣戟音がどんどん大きくなっていく。
厄介な魔法使いは先に排除したが、中々やるようじゃな。
「ここにも敵が迫っています。もう逃げる場所は一つしかありません」
儂はベッドで眠る彼女の髪を梳く。ウェーブがかかってフワフワといつまでも触りたいほどの心地よさは今はなく、作り物のように硬く冷たい。
儂らのいる部屋の前で足音が止まった。
「もう来おったのか。ゴーレムどもめ、役に立たんのう」
儂はもう一度ベッドで眠る最愛の人の顔を覗き込む。
魔法によって生ける人形と化しても、その寝顔はとても美しく、ずっと眺めていたい。
じゃが、そんな幸せな時間ももう終わりになりそうじゃ。
「それでは、しばしお別れです。次は天国でお会いしましょう……母様」
その言葉を言い終わるか終わらないうちに、扉が破られ、フルプレートの兵士達が雪崩れ込んできた。
「貴様がシルトだな?」
儂は何も答えずに、襲撃者達に哀れみの視線を送る。
「答えろ。貴様が四つの王国をたった一人で滅ぼし、ゲントルム中央王国を滅ぼそうとした魔法使いシルトだな」
「その通りじゃ」
「お前には反逆罪の罪で発見次第、即死刑と言い渡されている。観念しろ」
「悪いがそれは無理じゃ。お前達の手にかかって死ぬつもりはない」
「ならば逃げようとでも言うのか?」
兵士達は儂を逃さないように、周りを取り囲んできた。
「いやいや。もうここまで追い詰められたら逃げることなど叶わん。だから儂ら二人は新たな地へ向かう事にしたのじゃよ」
スッと儂が右手を上げると、部屋の中一面に文字が浮かび赤く輝き出す。それは事前に儂が書いておいた火の魔法陣じゃった。
「これは……まさか貴様!」
「早く逃げんのか? 発動すれば一瞬にしてこの家は炎に呑まれるぞ」
「……ならば道連れにしてやる!」
兵士の一人が、儂の心臓を刺し貫こうと、鋭い切っ先を向けてこちらに走ってくる。
「愚かじゃな……」
儂は貫かれる前に指を鳴らした。
それと同時に、魔法陣が活動を開始。儂と母の思い出に溢れた別荘は、ものの数秒で炎に飲み込まれていき、儂の意識もそこで途絶えたのじゃ。