《第21話 老人とエルフが連れてこられた理由》
「じゃあ、お二人さん。今から説明するので、こちらをご覧くださ〜い」
二人の目の前で、ケオテナは右手を下から上に動かす。
すると白い床から、横幅四メートル高さ一メートル程の黒い板がせり出して来た。
「死んだお二人をここに連れて来たのは、ケオテナなんですよ〜」
ケオテナは自分を指差す。
「ここはどこなんじゃ? 神界なのかな?」
「うーん。ちょっと違います。ここは神界への入り口ですね」
黒板に指を這わせると白い線が現れる。ケオテナはそれで絵を描き説明していく。
「えっと、お二人が生きていた人間界がここにあるとすると……」
ケオテナが黒板の中央に人間界の絵を描き、その上に神界を描いていく。
「今いるのは、人間界と神界のちょうど中間あたりですね〜」
神界と人間界の中間に四角を描いて、そこに可愛らしい文字で今ココと書いた。
「ちなみに人間界の下には冥界がありますよ〜。冥界担当のグノナス姉はとってもきびしくて恐ろしいです〜」
何かを思い出してガタガタと震える。話が途切れたので、右冴姫は少しイライラしながら先を促す。
「冥界の事はいいから、早く先を続けろ。それともオレ達が行く先は冥界なのか」
「なぜ儂を一緒にするのかのう」
「はっ、オレと一緒にいるって事は生きてる時に何か、デッカイ罪犯したんじゃねえのか?」
老人は豊かなあごひげに手を当ててしばし考えて、何かに気づく。
「そういえば、死ぬ時に何十人も巻き添えにしたのう」
「爺さん。その事を後悔しているのか?」
「後悔? いんや儂の最愛の人を守る為にやったんじゃ。後悔などしておらん。それ以前に数百人は殺しておるしのう」
老人は沢山の人を殺したと告白してるのに、何も感じてないようだった。
「そうかい。で、女神さんよ。オレ達は地獄……いや冥界行きかい? まさか意外や意外、極楽浄土に行けるわけでもないだろう」
「お二人は神界でも、ましてや冥界にも行く事はありません。何故なら、神界のヘラロス姉と冥界のグノナス姉は自分の手に負えないと見放しましたから〜。
お二人は心当たりありますよね〜?」
二人は無言だが否定も肯定もしなかった。自分が何をしたかしっかりと覚えているからだ。
「そんなお二人を、ケオテナがここに導いたんです〜。ある事をしてもらうために、ねっ!」
「ある事ってなんなんだ? まさか女神さんが『誰か殺してください〜』とか言うのか?」
右冴姫のモノマネをスルーしてケオテナは続ける。
「それはですね〜。地上に漂う冥王の残滓を回収して欲しいのです〜!」
「冥王の残滓? なんだそりゃ、おい爺さんは何か知ってるか?」
「いんや。聞いた事はない。無いが冥王という名前は知っておる。その名前から察するに冥王の力か何かではないのかな?」
「お爺さん惜しい。冥王の残滓は遥か昔に父様と母様に倒された冥王の魂の欠片なのです〜!」
ケオテナの話によると、フォティアとアストラによって倒された冥王は力尽きる直前、その魂は小さな欠片となってき大地に散らばったらしい。
そして、冥王の残滓は最初は何の力も無かったが、長い時を経て次第に力をつけ始めた。
「フォティア父様が気づいた時には、ケオテナ達は人間界に降りる事はできなくなっていたのです〜」
「それは何故じゃ?」
「ケオテナを含めたみんなの力はとっても強大です。それこそ地上に降りただけで大地は抉れてしまいます〜」
「そこに住む人間にとっちゃ、いい迷惑だぜ」
右冴姫は後頭部をかく。
「はい。なので、冥王を倒した後、ケオテナ達は地上に降りず、地上に住む者同士で問題を解決させる為に神界から見守る事にしたんです」
「そしたら、冥王の残滓、とやらが見つかったのじゃな?」
ケオテナは頷く。
「はい。でもケオテナ達が行けば、地上は崩壊してしまいます〜。
けど手をこまねいている間にもドンドンと冥王の残滓は増えていって、このままじゃあ人間界は大変なことになります〜。
だから父様は冥王の残滓をなんとかする為にケオテナに使命を与えたんです」
「その使命ってのは、神の代わりに冥王の残滓を倒す者を探せとでも言われたのか?」
「お姉さん少し違います〜。
正しくは『冥王の残滓を回収する者を探せ』とケオテナは父様に頼まれたのです!」
「それが儂と、このエルフということか。じゃが、何故儂らは選ばれたんじゃ。儂も、恐らくエルフも神が見放すほどの罪人じゃぞ」
「それは知ってます。お二人は冥界にも居場所がない極悪人。だからこそケオテナにとって最適な人材なのですよ」
「意味が分かんねえ。それにオレ達が協力するとは限らんだろうが」
「ううん。お二人は絶対協力してくれると思います〜」
「何か見返りでもあるのじゃろうか?」
「はい。これをご覧ください」
ケオテナがサッと左手を振ると、黒板がまっさら綺麗になり、そこに新たな絵を描いて行く。
それは可愛らしいエルフの少女と美しい人間の女性だった。
「お二人は誰かわかりますよね?」
少女の絵を見て右冴姫は肉食獣のように唸る。
「ああ、知ってるもなにもオレの一番大切な妹だ。何故彼女がここに出てきやがる」
老人の方は何も言わないが、黒板に描かれた女性には心当たりがあった。
「答えろ女神! 彼女に、妹に、左茅に何をした!」
右冴姫はケオテナの細い首を掴み、万力のように締め上げた。
「落ち着いてください。何もしていませんよ〜」
首を絞められているはずなのに、ケオテナは笑顔のままだ。
「おいエルフ。手を離すのじゃ。話が進まん」
「チッ。分かってるよ」
放り投げるようにケオテナの首から手を離した。
強かに黒板に背中をぶつけたケオテナは何事もなかったかのように立ち上がり、話を続ける。
「ケオテナはこちらの女性達の魂を保護しています。
もしお二人が、ケオテナの頼みを聞いてくれるのならば……何とお二人の大切な女性を楽園に案内しまーす!」
「何っ!」
「何と! 楽園とな……」
「はい。そこはケオテナ達が住む世界なのです。そこに導かれる人間の魂なんて滅多にいませんよ〜。悪くない交換条件だと思いますよ〜」
「女神ケオテナよ。 彼女に、母にかけられた呪いも解いてくれるのじゃろうか?
儂が生きてるうちにはどうしても解くことができなかったのじゃ」
「もっちろん。お茶の子さいさいですよ!」
「そうか。なら儂はこの話を受けよう」
「爺さん。そんな簡単に決めていいのかよ!」
「構わん。もとより儂は母に幸せになってもらいたくて生きてきたんじゃ。
しかしそれは人間界ではかなわなかった。
だが、呪いも解け、更に楽園にも連れていってもらえるなら、儂はどんな困難なことも成し遂げてみせようぞ」
老人の瞳には、年老いているとは思えない程の激しい決意の炎が爛々と燃えていた。
「お爺さんありがとうございます。きっとそう言ってくれると信じていました!」
ケオテナは老人の両手を掴みブンブンと勢いよく上下に振る。
あまりの勢いで老人の肩が外れそうなほどだった。
「それでお姉さんはどうするのです?」
老人の手を満足するまで上下に振ったケオテナは、それを止めて右冴姫に金色の瞳を覗き込む。
「お前が言う楽園に行けば、オレの妹、左茅は本当に幸せな生活が送れるんだな?」
「はい。そこには、病も飢餓も差別もない幸せなところですよ。きっとお姉さんの妹さんも来てよかったと思ってくれます〜!」
「そうか……分かった。じゃあ協力してやるよ」
「本当ですか! ケオテナ嬉しい! お姉さん大好き――」
嬉しさのあまり体当たりするような勢いで抱きついて来たケオテナを、右冴姫は避けると同時に足をかけた。
「アイタッ」
ビタンと音がするほど勢いよく床と口づけしたケオテナは起き上がって赤く腫れた額をさする。
その彼女を右冴姫は腰に手を当て見下ろす。
「勘違いするなよ女神さん。オレはお前達の為でも、人間界を救うためでもねえ。左茅を、あいつを幸せにしたいだけなんだからな」
「分かってます〜。理由は何であれお二人は協力してくれる。
ケオテナにとってそれで十分なのです〜」
右冴姫を見上げるケオテナは額を抑えながらもニコニコ笑顔を崩すことはなかった。
「本当。こいつと話すと調子狂うぜ」
ケオテナの純真無垢な子供の様な視線に耐えられなくなり、右冴姫は自分から顔を逸らすのだった。




