《第2話 三女の導く魂は?》
「う〜ん」
長女ヘラロスと次女グノナスが選び終わった頃、三女はある絵の前で足を止めてじっと見つめていた。
「ケオテナ。導く魂は決まりましたか?」
「私とヘラロス姉様はもう決めたのだぞ。いつまで迷っているんだ? それとも今日も誰も選ばないのか?」
女神達は毎日一人の魂を選ぶのが決まりになっているのだが、三女のケオテナは中々選ぶことができず、ここ数百年は魂を導いてはいない。
「ん〜〜」
いつもは落ち着きなくウロウロしている彼女だが、今日は珍しく、ある絵の前で止まり、姉達の声も耳に入っていないようだった。
ケオテナが熱心に見ていたのは、闇よりも暗い黒の甲冑を纏った男の絵だった。
「この男の得物は棺か?そんな物を使うとは。珍しい奴だな」
グノナスが言った通り、男の手には人間の力では持ち上げることも困難であろう大きな棺を持ち、今にも何者かに振り下ろそうとしていた。
「ケオテナ。この方にするのですか?」
ヘラロスの問い掛けを無視して、ケオテナは絵画に手を伸ばす。
「おい! 姉様の質問を無視するな!」
「いいのです。戻ってくるまで待ちましょう」
三女の反応に怒る次女とは対照的に、長女はいつもの事なので落ち着いた反応だった。
「しかし……はあ、姉様がよろしいのなら、分かりました。待つことにしましょう」
ケオテナは閉じて瞼を開けると、何度か瞬きをしてから手を離した。
「あれ? ヘラロス姉にグノナス姉もそんなとこで突っ立ってどうしたの?」
「なっ! 私達はお前が戻ってくるのを待っていたんだぞ!」
「グノナス落ち着きなさい。ケオテナ。どうでしたか? 貴女が導く価値のある魂でしたか?」
憤るグノナスを宥めてからヘラロスは三女の返答を待つ。
「ん〜〜とね」
ケオテナは腕を組んだまま頭を伏せて、何かを考え込んでいるようだったが、突然頭を上げると空色の瞳を二人の姉に向けてこう言った。
「ううん。違いました〜。ケオテナが導きたい魂ではなかったようです〜」
「そうですか。わたくしたちはもう決めてしまいました。後は貴女だけですが……」
「姉様。今回もケオテナは誰も選ばないでしょう。彼女が今まで魂を選んだことはありません。おそらく今回も――」
「実は、もうケオテナ導く魂、決めてありま〜す!」
グノナスの言葉を遮ったケオテナの表情はとても晴れやかな笑顔だ。
「はっ?」
「まぁ、遂に貴女が導く魂が、現れたのですね。それで何方なのでしょう」
「えっへっへ。知りたい? 知りたい? じゃあ教えてあげる。こっちだよ二人とも!」
両手を広げて走っていくケオテナをヘラロスはニコニコと、グノナスは眉間にしわを寄せて――今度たっぷりと説教してやると思いながら――後をついていく。
「こっちこっち、こっちだよ。グノナス姉おそ〜い。鎧が重すぎるんじゃないの? それとも……体重の方かな〜?」
「私の鎧は羽毛のごとく軽いし、体重は増えてなどいない!」
グノナスはケオテナのボケにキッチリとツッコミを返していく。
「ほら、二人ともそこまでにしましょう。ケオテナ。それでどちらの絵なのですか?」
ケオテナ壁の前に立つとそこには二枚の絵が飾られていた。
どちらもとても大きい絵で、百六十センチほどのケオテナは勿論、三人の誰よりも遥かに大きく威圧感を放っている。
片方は処刑される寸前の女エルフ、もう片方には今にも炎に包まれる少年が主役の絵だ。
「よくぞ聞いてくれました! 二人共聞いて驚けー。デケデケデケデケデケ……」
ケオテナはどこで覚えたのか、口と手を使ってエアドラムロールを始めると、たっぷりと期待を煽らせる。そしてグノナスの我慢が限界に近づいたところを狙って発表した。
「ジャン。ケオテナはどっちも導くことに決めました! ハイ拍手〜!」
ケオテナの拍手につられて、ヘラロスは拍手。その隣ではグノナスが右の拳を固く握り締めてプルプルと震わせていた。
「グノナス」
「分かっています姉様。私は妹に手は出しません。もちろん分かっています。我慢我慢……」
まるで念仏を唱えるように「我慢」を連呼するグノナス。
「ちょっとちょっと二人とも〜。ケオテナのこと無視しないでよね」
「ごめんなさい。それでこの二人を導くのですか?」
「うん! すごいでしょ!」
ケオテナは平らな胸を名一杯そらす。
「ええ。とても凄いと思いますよ。けれど彼らが何をしてきたのかは見てきたのですか?」
「ううん。まだ見てない」
ケオテナはツインテールが盛大に左右に揺れるほど、首を横にふる。
「じゃあ、どうやって決めたんだ」
少しは冷静になったグノナスが尋ねる。
「ふぁーすといんぷれっしょん! 一目見て電撃が走ったのだ!」
ケオテナは二人の姉に向かってビシッとVサインをした。
「「…………」」
二人の姉は何も言わずに固まっていた。
「ヘラロス姉もグノナス姉もなんか言ってよ〜」
「なんだ、ふぁーすといんぷれっしょんって。そんなんで導く魂を決めるのか……」
がっくりと首を落とすグノナスに変わってヘラロスが質問する。
「聞いてもよろしいかしら?」
「うん! なんでも聞いて」
「二人とも導くのはとても大変ですよ。わたくし達でさえ、一人の魂を導くということは並大抵のことではありません。どちらか一人にした方がいいのでは?」
「うん。分かってるよ。でもケオテナは決めたの。この二人ならきっと使命を全うしてくれるはず!」
ヘラロスのアドバイスをスルーするケオテナに今度はグノナスが尋ねた。
「その二人がお前の頼みを断ったらどうするんだ?」
「大丈夫だよ!だってこの絵を見れば分かるじゃん! もしかしてグノナス姉は分からないの〜?」
「なっ! 絵を見て分かるなら苦労などしない。一度見に行かないか。お前が想像する人物とは違う可能性だってある」
グノナスの言葉にヘラロスも同意する。
「グノナスの言う通りです。ケオテナ、一度二人が人間界で何をして死んだのか覗いてみましょう」
「え〜。見ないとダメ?」
ケオテナは選んだおもちゃを買ってくれなくて駄々をこねる子供のように頬を膨らませる。
「ええ、駄目です。その二人を導くのなら、尚更何をして来たのか知る必要があります」
ヘラロスに言われて、ケオテナも納得したのか、膨らませた頰を元に戻す。
「わかったよ。じゃあちょっと見てみるね。二人とも待っててよ」
「はい。わたくし達はここで待ってますからいってらっしゃい」
「いなくならないでよ。ヘラロス姉。あっ……グノナス姉も」
「なんだそのついでみたいな言い方は、あー大丈夫だ待ってるから早く見て来い」
「うん。じゃあ覗いてくるね」
二人の姉に見守られながら、ケオテナは目の前の二つの絵画に同時に指を伸ばして触れた。