《第13話 骨が舞い散る船上》
ゴーレムとして蘇った魂は生前は戦士であった。
彼の得物は剣でも槍でも弓でもない。己の肉体ひとつ。
彼は自分の肉体を狂信していた。曰くその鋼の肉体を貫ける武器などなく、どんな鋭い剣よりも自分の無手の方が鋭いと豪語していた。
それは嘘でも誇張でもない。彼は木の肉体を持つゴーレムとなっても、自分の名前も覚えていなくても、その戦い方は魂に染み付いていた。
目の前の骸骨達が手に持つ剣で斬りかかってきた。
ゴーレムは避けもせずにその刃を体で受け止める。
いや受け止めるではない。剣を弾き返したのだ。
弾かれた刃は粉々に砕けて、雨に打たれて甲板に落ちる。
これには、意思もなくバヌスの命令に従っているだけの骸骨達も驚くように口を開いた。
自分の間合いまで距離を詰めたゴーレムは開きっぱなしの口の中に、自慢の拳を叩き込む。
紙に穴を開けるかのように、易々と後頭部まで貫いた右拳を引き抜くと、棒立ちになった骸骨の頭を押して後ろにいた骨達にぶつける。
次に右足のハイキックで右側にいた骸骨の側頭部を砕き、振り返りざまの左フックで右から迫っていた敵の顎の骨を吹き飛ばす。
「ばかやろう! 数はこっちが多いんだ。複数でかかれ!」
バヌスに荒々しい叫びに突き動かされるように、四体の骸骨がぶつかるように剣をゴーレムに突き刺す。しかしその切っ先も通ることはない。
痛覚のないゴーレムは痛みを感じた風もなく、両拳を合わせると、前にいた骸骨の背骨を叩き潰し、右側にいた敵の肋骨を引きちぎって蹴り飛ばす。
そのまま左の頭蓋骨に、両手に持った肋骨を突き刺してから、後ろにいた骸骨の頭を掴んで甲板に叩きつけた。
丈夫は新たな敵を求めて飛び込もうと身構えるが……。
「おい、ゴーレム」
その声で、敵集団に飛び込むのを止めて、シルトの元へ一目散に駆けつけると、自分の主人に襲いかかろうとした二体の首の骨を手刀で断ち切る。
「いい反応じゃな。じゃが次からは自分で気づくようにしろ。言われてからでは遅いぞ」
ゴーレムは謝罪するように頭を下げてから、再び敵集団に飛び込む。
握り締めた右拳を槍のように突き刺したかと思えば、今度は左拳を槌のように振り下ろして骨という骨を砕いていく。
更には両手を刃の形に整えて、名剣もかすむほどの切れ味で、骸骨どもの四肢を分断。
もちろんシルトに狙いをつけた敵がいたら主人を守ることを優先する。
目の前の頭蓋骨を引き抜くと、それを後方に向かって思いっきり投げつける。
風をきって飛ぶ豪速球は、欠伸をして退屈そうなシルトの耳を掠め、背後にいた骸骨の頭に直撃した。
丈夫は最後の骸骨を甲板に押し倒し、足で背骨もろとも胸骨を踏み潰す。
船の甲板上には、砕け、切断され、潰された白い残骸が一面を埋め尽くしていた。
骨の装飾が施された甲板の上に立つのはシルトと彼が作り出したゴーレム。
そして、骸骨達を束ねていた船長だ。
「さてお主の部下達は一人残らず戦闘不能になったようじゃが、降参するかの?」
シルトは可愛らしく首をかしげる。しかしバヌスは何も言わないので、返事を待たずに言葉を続けた。
「降参しようがしまいが、どっちでも構わんがな。まあ、お主があの世行きになるのは変わらんが」
シルトが左手でバヌスを指差すと、ゴーレムはゆっくりと距離を詰める。
「ふふふ。俺様にそんな木偶の坊で勝てると思うのかよ」
バヌスはそう言って腰のサーベルを引き抜いた。
まるで虫歯のようにボロボロに欠けた刃を持つサーベルだ。特徴があるとすれば、柄頭から鍔までが、純金で出来ていて、それがギラギラと欲望丸出しで輝いている。
「頭に何も詰まってないから分からんのかもしれんが、儂の作ったゴーレムの皮膚はどんな名剣だろうと傷もつけられんぞ」
すると、背後から第三者の声が聞こえてくる。
「ジジイ。さっさとお前の人形を奴にぶつけろよ」
シルトが嫌そうな顔して振り向くと、下駄の音を響かせながら右冴姫であった。
「右冴姫よ。何故もっと早く来ないのだ。無駄に体力を使ってしまったぞい」
「ジジイは何もしてねえだろ。代わりに働いたのは精霊やゴーレム達だろうが」
右冴姫は持っている棒を両肩に担ぐと、シルトの横に立ち相好を崩す。
「あの骸骨野郎。見た目以上に強そうだしな。お前の作った人形といい勝負ができるだろうよ」
そう言ったシルトを見た右冴姫の瞳は「お前のゴーレムじゃ奴には勝てねえ」と語っていた。
「そうかね。じゃあやってみるとするかな。ゴーレム」
シルトの命令を待ち、じっと彫像のように立っていたゴーレムが僅かに首を動かす。
「その船長の全身の骨を砕け。全力でやれ。容赦はいらない」
その命令を受けて、ゴーレムは首を縦に振りバヌスの方に向き直った。




