《第11話 避難》
「ちょっと、あいつら貴女を狙ってるわよ!」
アムットは右冴姫の着物の裾を引っ張る。
本人は力を入れてないつもりだが、ドワーフの持つ力強さが災いして、今にも引き裂けそうだ。
右冴姫はそれを気にする風もなく、アムットの方に顔を向ける。
「ん? これでいいんだよ。奴らがオレに狙いをつけてもらわないと困るからな」
「? どういう事?」
「右冴姫。船長殿を逃せ。このままじゃ巻き込まれるし邪魔になってしまう」
「五月蝿え。それぐらい分かってらぁ。オレに捕まれ船長さん」
「えっ、何……」
「いいから早く掴まれ!」
アムットの質問を右冴姫は吠えるように遮った。
「わ、分かったわよ!」
右冴姫はアムットが自分にしっかりとしがみついたことを確認すると、両膝を曲げて力を溜める。
「跳ぶぞ。舌を噛むなよ」
「飛ぶ――きゃあぁぁぁっ!」
アムットの言葉は自身の悲鳴に遮られることになった。 右冴姫が両膝に溜めた力を解放したからだ。
気づくと二人の身体が一瞬にして十メートルぐらいの高さまで跳び上がる。
見下ろしたアムットの視界には、こちらを口を開けたまま見上げる骸骨達。
その中心に黒いフードを被ったシルトが取り残されら形になった。
飛び上がっていた浮遊感が消え突、然身体が重力に引っ張られていく。その感覚は内臓が下から飛び出ていくようでとても不快だった。
(お、落ちる!)
自分では豪胆と思っていたが、それは全くの過ちだったことを思い知っだところで、アムットの意識の糸はプッツリと切れた。
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(見た目より重いな。ドワーフはみんなこうなのか?)
アムットを抱いて飛び上がり、包囲を抜けた右冴姫は、右手に棒を持ったまま、左手一本で彼女の体重を支えながら甲板に向かって落下。
着地する直前に両膝を曲げて衝撃をうまく吸収する。
衝撃で甲板がへこんだような気がするが、どうでもいい事だ。
着地した視線の先には、船の船内に通じる扉が見える。
右冴姫は後ろを振り返ろうともせず、無防備に背中を晒したままだ。
何故なら背後から骨が砕ける乾いた音が聞こえているからだった。
「シルトのジジイ。ちゃんと仕事してるな。おい船長さん。しっかりしろ。おい!」
人間離れした跳躍を体験したからだろうか、アムットの目は焦点が合ってなく、その表情もどこか虚ろだ。
「チッ。これだから、ただの人とは関わり合いたくないんだ」
右冴姫は彼女の顔を見つめながらどう起こすか考えるとすぐに行動に移す。
その視線はある部分に注がれていた。
「仕方ねえ。悪く思うなよ」
そう言って右冴姫は獲物を前にした肉食獣のような表情で、アムットの唇を奪った。
「……ん? ん〜〜〜〜!」
効果覿面。一瞬にしてアムットの顔は林檎色に染まり、目を大きく見開く。
アムットは自分の唇を塞ぐエルフを退かそうともがくが、がっちり頭を抑えられてて動くこともできない。
すぐに引き離さなきゃと思っていたのだが、それもほんの一瞬で、とても柔らかくて心地よい感触に身も心も溺れそうになっていた。
自分の口を塞ぐ男勝りのエルフの唇は予想以上にふにゅっとしていて、雨で冷え切った自分の身体が一気に熱くなっていく。
最初は必死に引き剥がそうとしたが、次第に抵抗する気力は削がれていた。
アムットにとっては永遠とも思える時間二人はそうしていたが、実際は数秒の出来事であった。
「ぷぁっ」
お互いの唇が離れていく。その時アムットは離れたくない 、名残惜しいと考えている自分がいた。慌ててその考えと一緒に右冴姫を払いのける。
「どいて! な、な、な、何するのよ!」
「うん? 目が醒めるおまじない。接吻。あっ、こっちではキスだったか」
右冴姫の形の良い唇が動き、「キス」と言った途端、アムットの体温がまた何度か上がった。
「な、な、な、な……」
「すまんな気を失ってたみたいだから。確実に起きる方法を使わせてもらったというわけさ」
「お、起こしてくれたのはありがとう。でも、出来れば他のやり方にして!」
でないと私、変になっちゃうじゃない。そんなアムットの心の声は右冴姫に届くはずもなかった。
「分かった分かった。まあ、それだけ元気なら動けるな」
右冴姫は後ろにあった扉を、右手に持っている棒の後端で何度も叩く。
しかし中からは何の反応もない。
「おい。この扉を開けろ! お前らの船長がいるんだ。早く開けろ!」
右冴姫の大声が中に届いたのか、中から慌てたような物音が聞こえてから開き、少しだけ隙間ができる。
こちらを覗くのはドワーフの船員だった。
「あんたは護衛の……船長は無事なのか?」
「ああ、この通り元気だよ」
右冴姫はアムットの背中を押して、船員の視界に入れる。
「おお、船長。無事でしたか!」
「何とかね」
「船長さん。早く入れ」
右冴姫はアムットを扉の中に押し込んでいく。
「ちょっと、貴女はどうするのよ! 避難しないと!」
「馬鹿。甲板で騒いでる髑髏共をそのままにしておけってのか」
右冴姫は一際強くアムットの背中を押した。突き飛ばされた彼女は船員達に支えられて事なきを得る。
「そこで待ってろ。オレ達がいいと言うまでこの扉は絶対開けるな! 死ぬ以上の地獄を味わいたくないならな!」
「ちょっと――」
アムットの言葉は閉じられた扉に遮られて、右冴姫に届くことはなかった。
「邪魔者はいなくなった。さて、これで心置きなく暴れられるぜ!」
二メートル以上もある棒を肩に担ぎながら、右冴姫は敵の待つ場所に大股で歩いていく。
「皆殺しにするなよジジイ。オレの獲物も残しておけってんだ!」
右冴姫の目の前で、骸骨達が宙を待っていた。




