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《第10話 海賊》

  周りを囲まれたアムットは、右冴姫に抱き寄せられたまま、海賊船から歩いて来る骸骨に視線を向ける。


  一人だけ板を渡って来たそれを見て、三人を囲む骨達は二つに割れるように道を開ける。


  渡って来たそいつは、赤い服の上に他の骨とは違い金色にキラキラと輝くものを身につけている。

  近くで見ると、それは様々な金銀財宝だった。


  金貨銀貨をつないだブレスレットにベルト。左手には金の腕輪をつけ、どこかの王国のだろうか、宝石がついた王冠を何故か右手に通している。


  その一番派手な骸骨は頭に二角帽子(バイコーン)を被って目元を隠している。

  アムットは姿形から、どうやらこいつが骸骨達をまとめ上げる船長のようだと推測する。


「この美しい船の船長はどいつだ?」


  驚いたことに骸骨が口を開いて言葉を発したのだ。

  骨になっても喉の機能は損なわれていないようでとても荒々しい口調だ。


「私よ」


  腰に手を回したままアムットが手を挙げる。右冴姫が離してくれないので、手をあげるのも一苦労だ。

 

  骸骨船長は二角帽子(バイコーン)を上にずらす。本来なら眼球があったであろうそこには、二つの宝石が入っていた。


  そのまま、肉のない頭を上下に動かして、アムットの全身に視線を這わせる。


  「お前みたいなガキが船長とは、この船は大したことなさそうだな……なあ、野郎ども!」


  骸骨船長の言葉に周りを取り囲んでいた骨達も、顎をカチカチと鳴らしながら一斉に騒ぎ出し、辺り一面骨が擦れ当たる音が耳をつんざく。


  どうやら骸骨船長とは違い、周りの骸骨達は喋ることはできないが、笑っているようだった。


「何がおかしいの。私はれっきとしたこの船の船長なのよ。あんた達骸骨に笑われる覚えはないわ!」


  骸骨船長が片手をあげると周りの骨達は笑うのをやめ、その代わりに雨と風が激しく吹き荒れる。


「ほう、威勢のいい小娘じゃないか。なら名前を聞こう船長」


「私はアムット。この船《優雅に泳ぐ人魚号》の船長よ。名乗ったんだからあんたの名前も教えなさいよ!」


  アムットは心の中の恐怖を見抜かれないように大声を出す。


「俺様はバヌス。見てわかる通り、この骨達をまとめ上げ、海賊船の船長をやっている」


「それでバヌス船長。あなた達の要求は何?」



「俺様の要求はたった一つだけだ。アムット船長」


  バヌスは骨の人差し指を立てる。


「この船に乗っている全ての人間の金目の物を寄越せ」


「それは構わないけれど一つ聞かせて。一体何に使うのよ? 見たところあんた達には使い道なさそうに見えるけど」


「何を言ってるんだい。こんな体になっても、俺様にとっては必要なものなんだよ。

  美しく輝く金貨や宝石の輝きが大好きなんだ。けどよ、海の中にいると、すぐその輝きは(くす)んじまう。だから、新しいお宝がすぐにでも必要なんだよ!」


  バヌスの勢いに周りの骸骨達も応えるように騒ぎ立てる。その歓声をバヌスは手を挙げる事で静かにさせた。


  アムットは静かになるまで待つ。三角帽子(トライコーン)のキャプテンハットは降り続ける雨で酷く重くなっていた。


「バヌス船長。金品を差し出すのは構わないわ。それを差し出したら、私たちを逃がしてくれるのよね?」


  それを聞いたバヌスは顔を伏せて肩を震わせ始めた。


  少ししてから、アムットは気づく。

  骸骨船長は笑っているのだ。


「何笑ってるのよ?」


「……ク、ククク。失礼、失礼。逃す? それはお前達の命を俺様が助けるかどうか聞いてるのか?」


「そ、そうよ」


「悪いが、それは出来ないな。全ての金目の物ををいただいた後は、お前を含めたこの船全ての人間を我らのご主人様の元へ案内しよう」


「それは、私達を逃す気はないって事?」


「ああ、そういう事だ。抵抗するか? いいぞ。俺様たちはそれでも構わん。

  なんせここ数ヶ月一隻も船が通らない日々が続いたからな。少しくらい抵抗してくれた方が、退屈も少しは紛れるというものだ。

  さあ、抵抗しろ。そして俺様たちに無残に殺されていけ! お前達の全てを奪わないと、俺様たちの欲求は満たされないんだよ!」


 バヌスがアムットたちを指さすと、周りを取り囲んでいた骸骨達が、武器を構えてジリジリとアムット達に近づいて来た。


  骨の顔には表情などないはずなのに、欲望を満たせるからだろうか、暗い喜悦を感じ取れるほどだった。


「おい骸骨船長さんよ」


  今まで黙っていた右冴姫が、バヌスに話しかける。


「あん? 何だお前は? 見たこともない服を着ているが、この船の用心棒か何かか?」


「そんなところだ。一つ聞きたいんだが、あんたが昔、皆殺しのバヌスと呼ばれていた海賊の船長なんだよな?」


「ほう、俺様がまだ生きている頃のことを知っているとは、見たところお前はエルフ様のようだが、俺様の名はそんなに知れ渡っているのか?」


「いや、エルフ達は恐らく知らないだろうし、オレもはっきり言って興味はない。ないんだが……」


  右冴姫は持っている棒で天を指す。


「空の遥か上で見下ろしている奴から、お前を殺してくれと頼まれたんだ。だからもう一度死ね」


「生身の人間が俺様を殺す? 馬鹿を言えいくらエルフでも俺様どころか、部下の一人も殺せんだろうさ。

  野郎ども! あの生意気なエルフを先に八つ裂きにしろ!」


  バヌスの命令で、骨の手下達が一斉に真っ暗で何もない眼窩で右冴姫に狙いをつけた。

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