12月
12月22日、金曜日。
今年は日曜日がクリスマスイブということもあって、彼氏彼女がいるリア充どもは、一様に浮足立っていた。
まあ、俺には関係ねーけど。
放課後、ゲンが教室に忘れ物をしたというので、一人でテニス部の部室に向かっていると、後ろから江藤に声を掛けられた。
「あの、戸川君!」
「お、おう江藤。どした?」
「あの……明後日は、何か用事ある?」
「えっ……別にないけど」
「あっ、そうなんだ!じゃ、じゃあさ、よかったら、一緒にどこか遊びに行かない?」
「えっ!?俺と?」
「う、うん。……ダメかな?」
「いや、全然いいけど!ホントに俺なんかでいいのか?」
「もちろん!じゃあ12時くらいに、駅前で待ち合わせでいいかな?」
「ああいいぜ。じゃあゲンと薫子先輩にも声掛けとくよ」
「えっ!?ちょ、ちょっと戸川君!?」
「じゃあまた明後日な!」
「う……うん」
一人で寂しいクリスマスイブかと思ったら、江藤から誘ってもらえるなんてラッキーだぜ!
俺はウキウキ顔で、部活終わりにゲンと薫子先輩にこのことを話した。
「え……それ僕も行っていいの?」
「んっ?何で?そりゃいいだろ?」
「う、う~ん」
「何でそんな微妙な顔してんだよゲン。あれ?薫子先輩、どうしました?」
「す、すまん戸川……お誘いは大変嬉しいのだが、その日は親族一同が集まってのパーティーが催されることになっていてな……」
「あ、そうなんですか。じゃあしょうがないですね」
「無念だ!戸川、この埋め合わせは必ずするぞ!」
「あはは、そんな気にしないでくださいよ。じゃあゲンは12時に駅前でな」
「え……うん」
何だかゲンの様子がおかしかったが、気にしないことにした。
そして迎えた、クリスマスイブ当日。
12時の5分前くらいに駅前に着くと、既に江藤は着いて待っていた。
「ごめん江藤!待ったか?」
「ううん、私も今来たとこ。あれ?小森君と薫子先輩は?」
「薫子先輩は親族のパーティーがあって来れないんだってさ。ゲンはもうすぐ来ると思うけど」
「あ、そうなんだ」
その時、俺のスマホからピロンという電子音がした。レインの通知音だ。
見るとゲンからで、こう書いてあった。
『ごめん閃ちゃん。僕風邪引いちゃったみたいだから、今日は二人で楽しんできてね』
「……マジかよ」
「えっ?どうしたの?」
「ゲン、風邪引いて、来れないってさ」
「あ……そう」
「参ったな。じゃあ日を改めて――」
「あの!戸川君!」
「お!?おう、何だ」
「よ、よかったら、今日は私と二人で遊ばない?」
江藤は耳を真っ赤にしながら、俯き顔でそう言った。
「え……俺はいいけど、江藤は俺なんかと二人で遊んで楽しいのか?」
「楽しいよ!楽しいよ!だから、ね?」
「あ、ああ、じゃあせっかくだからパーッと遊ぶか」
「うん!」
江藤は満面の笑みを浮かべた。
優しいやつだな江藤は。
きっとここで解散にしたら、俺が傷付くと思って気を遣ってくれたんだな。
とはいえ、こんな田舎じゃ遊ぶようなところもあまりないので、俺達は高校生らしく、近くのカラオケボックスに行くことにした。
正直俺は、最近の曲はアニソンくらいしか知らなかったので、終始アニソンばかり歌っていたが、江藤は引くこともなく、知っている曲は一緒に歌ってくれたりもした。
江藤は意外にも、演歌が好きで(お父さんの影響らしい)、普段の可愛らしい声からは想像もつかない程、コブシを効かせて熱唱していた。
俺達は大いに盛り上がり、カラオケは延長に次ぐ延長で、外に出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「いやー久しぶりにあんなに歌ったな。俺喉ガラガラだよ。さて、これからどうすっか?カラオケでいろいろ摘まんでたから、腹も減ってないしな」
「……ねえ戸川君、私実は行きたいところがあるんだけど」
「おっ、そうなのか。いいぜ、付き合うよ」
「ありがとう」
江藤が行きたかった場所は、駅前のショッピングモールの中庭にある、大きなクリスマスツリーだった。
イルミネーションがキラキラと、とても綺麗で、なるほど江藤が見たかったのも納得だ。
しかしイブだけあって、周りはカップルだらけだった。
「あのーすいません」
「あ、はい?」
「これで写真撮ってもらってもいいですか?」
「ああ、いいですよ」
高校生と思われるカップルから、クリスマスツリーをバックに、写真を撮ってくれるように頼まれた。
正直、こういうのはセンスがないので苦手だが、そうも言っていられない。
俺は、江藤からアドバイスをもらいながらも、何とか二人の記念を写真に収めた。
「ありがとうございます。あなた達もよかったら撮りますよ」
「えっ、あ、いや、俺達は……」
「ねえ戸川君、せっかくだから撮ってもらわない?」
「えっ、でも……」
「……ダメ?」
「いや!もちろんいいけど……」
何だろう。今日の江藤は随分と積極的な気がする。
でも俺達はカメラを持っていなかったし、江藤はスマホも持っていないので、俺のスマホで撮ってもらうことにした。
写真を撮られる瞬間、江藤が俺と手を繋ごうとした様に見えたが、気のせいだろう。
写真に写っていた俺と江藤は、明らかに緊張しており、顔がガチガチだったが、これはこれで良い思い出だな。
「そのうち、江藤がスマホ買ったら、この写真転送するからさ」
「うん!その時はお願いね。……戸川君、よかったらこれ、受け取ってくれる?」
「えっ!?これは……」
「まあ、クリスマスプレゼントの様なものです……」
「マジで!?ありがとう!開けてもいいか?」
「う、うん……でも、変でも笑わないでね」
「笑わないよ」
ドキドキしながら包みを開けると、それはとても温かそうな手袋だった。
息を吞む程、精巧に作られており、とても高級そうに見えた。
でも、何でこれで笑われると思ったんだろう?
……まさか。
「江藤、もしかしてこれって……」
「あ、うん……一応手編みなんだけど、要らなかったら捨ててくれていいから!」
「いや!捨てるわけないだろ!マジありがとう。一生大事にするよ。しかし、流石獣医の卵だな。編み物もプロ級じゃん」
「いや、そんなことないよ。ここまでするのに、何十回も失敗したし……」
「ハックション!あ、ごめん聞こえなかった。ここまでするのに……何?」
「ううん!何でもない!気にしないで」
「そっか、でもこんなに良いものもらった後じゃ、出し辛いな。大したもんじゃないけど、よかったらこれ、もらってくれるか」
「えっ……ありがとう。開けてもいい?」
「ああ、笑わないでくれよ」
「ふふ、笑わないよ……わあ!これ」
俺が江藤に贈ったのは、動物図鑑だった。
「江藤なら、もう持ってるかもとは思ったんだけど」
「ううん!私の家、貧乏だから、こういうのはいつも図書館で眺めるだけだったから、本当にうれしい!ありがとう戸川君。一生大切にするね」
「喜んでもらえたなら、何よりだよ」
天使の様な江藤の笑顔が、クリスマスイブの夜に溶けていった。