11月
「ねえ戸川君、本当に私もお邪魔していいのかな?」
「んっ?そりゃいいんじゃねえの?なんせ薫子先輩直々のご指名だからな」
ある土曜日。
この日はたまたま部活が休みだったのだが、何故か薫子先輩から、
「たまには私の家に遊びに来ないか?戸川のクラスメイトの江藤という子と、小森も誘って」
とお呼びが掛かり、俺と江藤とゲンの三人は、薫子先輩の自宅へと歩いていた。
「はあ~緊張するよお。私、曼珠沙華先輩とは、話したことさえないのに……。本当に手土産は、落花生パイでよかったのかな……」
「大丈夫だろ。薫子先輩はそんなの気にするような人じゃないよ」
「そうそう。でも江藤さん、先輩のことは『薫子先輩』って呼んだ方がいいよ。先輩苗字で呼ばれるのあまり好きじゃないみたいだから」
「えーそうなのー。初対面でいきなり名前呼びとかハードル高すぎるよお」
「まあまあ。でも俺とゲンも薫子先輩の家に行くのは初めてだから、ちょっとは緊張してるぜ」
「えっ、二人も初めてなの?じゃあ尚更、何で私なんかのことも、誘ってくれたんだろう……」
「さあな、あの人の考えてることは、よくわかんねーからな。おっ、あれじゃねーか、薫子先輩の家」
「えっ?あれ?」
それは家というよりは、城壁の様だった。
高さ五メートルはあろうかという巨大な塀が、地平線の彼方まで続いている。
その中央には、和風の荘厳な門扉が鎮座していた。
大金持ちだとは聞いていたが、まさかここまでとは。
てかこれインターホンとか見当たらないけど、どうやって呼び出すんだろう?
まさか、この扉メチャ重くて、自力で開いた人しか入れないとかじゃないよね?
そう思っていると、ゴゴゴゴと音を立てながら、巨大な門が勝手に開かれた。
そこには、薫子先輩……ではなくて、執事服を着たイケメンが立っていた。
「ようこそおいでくださいました。私は曼珠沙華家の執事長をしております、如月と申します」
「はあ」
最早執事がいることには驚くまい。逆にいない方が驚くくらいだ。
ただ、この如月と名乗る執事さんを見て、ギョッとしたのは、腰に日本刀の大小を差していたことだ。
俺の刀への視線を感じたのか、如月さんは言った。
「ああ、これですか。実は私の先祖が武士でして。この刀は代々伝わる家宝なんです」
「……そうなんですか」
いや、それは刀を所有している理由で、帯刀している理由にはならないだろ。
護衛のためなのかもしれないが、銃刀法はどうなっているのだろうか?
凄く気になったが、聞いたら後悔しそうな予感がしたので、そっとしておくことにした。
「薫子お嬢様はお屋敷でお待ちです。私がお屋敷までご案内いたします」
「あ、はい」
薫子先輩の家の庭は、庭というよりは、巨大な公園だった。
ところどころに、多種多様な日本庭園が造られており、文化遺産の見本市を見ている様だった。
お屋敷に着くまでには、たっぷり十分以上は掛かった。
しかもお屋敷はお城の形をしていた。いや、むしろお城そのものだった。屋根にはしゃちほこも乗っている。
そのお城の一番上の窓から、薫子先輩が手を振ってきた。
「よく来てくれた諸君。狭い家だが、ゆっくりしていってくれ」
これを本心で言っているので、この人はタチが悪い。
如月さんが淹れてくれた紅茶と、如月さんお手製だというショートケーキに舌鼓を打ちながら、俺達はお城の頂上の部屋で、薫子先輩と相まみえた。
「まあそう硬くならないでくれ。自分の家だと思って、楽にしてくれ」
「あははは」
無茶を言わないでくださいよ。
「あ、あの、まんじゅ……薫子先輩。本日はお招きいただき、ありがとうございます。私は戸川君のクラスメイトの江藤と申します。これ、よかったらつまらないものですが」
「うむ、ありがとう。君の話はよく聞いているぞ。うちの戸川がいつも世話になっているようだな」
「うちの!?お、お言葉ですが先輩!戸川君は別に誰のものでもないと思いますが!」
「ああそうだな。今はまだ、な」
「なっ!」
一瞬にして二人の間に険悪なムードが流れた。
気のせいか、火花さえ散っているように見える。
おいおい、何だ何だ。何で初対面の二人がこんなことになってるんだ。
まったく見当もつかない。
ただ、悲しいかな、傍から見たら、ライオンとチワワが睨み合っているようにしか見えなかった。
「わあ~、まるで昼ドラみたい!そっか、薫子先輩の目的は、江藤さんに宣戦布告することだったんだね!」
「何でお前はそんなに楽しそうなんだよ……。ゲン、二人がこうなってる理由、知ってるなら教えてくれよ」
「えー、それは僕の口からは言えないよー」
「何でだよ……。ところで薫子先輩、今日はご家族の方々はいらっしゃらないんですか?」
「いや、いるぞ。母屋の方に」
「母……屋?」
「ああ、あれだ」
玄関と反対側の窓の外を見ると、この城の三倍はあろうかという、巨大な城がそびえ立っていた。
ここに来る時は、あまりの巨大さに視界に入っていなかったらしい。
なん……だと……。
「えっ……じゃあこのお城は?」
「ここは私の部屋だ」
「……」
……。
「ところで諸君、例のジュラハンとかいうゲームは持ってきてくれたか?」
「えっ、ああ、持ってきましたけど……。江藤とゲンも持ってきたか?」
「え、うん、一応……」
「僕も持ってきましたよ。先輩もジュラハンお好きなんですか?」
「いや、私はゲーム自体、まったくやったことはないのだが、せっかくだから諸君とゲームで親睦を深めたいと思ってな。今朝、如月にゲーム機とジュラハンを買ってきてもらった」
「あ、そうなんですか」
流石金持ちは行動が早い。
「で、でも薫子先輩。私も最初、ジュラハンは全然上手くできませんでしたし、お言葉ですが、初心者の先輩では、私達と同じレベルでプレイするのは難しいと思われますが」
「その点は心配ない。一時間以内に、諸君の腕に追いついてみせる」
「なっ!そんな……まさか」
俺もまさかとは思うが、一方で薫子先輩ならもしや、という思いもある。
それにしても、あの江藤が薫子先輩にだけは、こんなにも対抗心をあらわにするなんて、いったい二人の間に何があったんだろう。
そして、俺の悪い予感は当たり、三十分もしないうちに、薫子先輩は、誰よりもジュラハンが上手くなっていた。
一時間もする頃には、ノーダメージでデルタトリオンを倒せるようにまでなった。
「あ……あ……あ……」
江藤は、絶望に絶望をブッ掛けて、更に絶望で塗り固めたみたいな顔をしていた。
無理もない。
江藤はあの時、地獄の様な二週間の特訓を経て、やっと人並みの腕を身に着けたのだ。
それが、こんなにもあっさり頭の上を飛び越えられてしまったら、こんな顔にもなろう。
だが、薫子先輩は例外中の例外だ。
あまり気にする必要はないと思うぞ江藤。
「フフフ、どうやら初戦は私の勝ちのようだな、江藤」
「わ……私、絶対に負けませんから!!」
ヤバい、マジで胃が痛くなってきた。
正直早く帰りたい。
そんな俺とは正反対に、ゲンは昼ドラを観ている主婦みたいに、目をキラキラと輝かせていた。