5月
ある日の昼休み。
俺とゲンと江藤が、弁当も食べ終わって昨日放送していた話題のテレビドラマの話をしていると、スパーンと勢いよく扉を開けて琥太狼先生が教室に入ってきた。
クラスメイトを物色する様に、キョロキョロ辺りを見渡しているので、何事かと訝しんでいると俺と目が合った。
先生はニカッと笑うと、こちらに近付いてきた。
「なあ戸川、お前この間発売した『ジュラハン』の新作買ったか?」
「えっ、はあ、まあ買いましたけど」
「よしよし、俺の勘は当たったな」
「?」
ジュラハンというのはジュラシックハンターの略で、日本が誇る大人気アクションゲームのシリーズだ。
プレイヤーは恐竜に似たモンスターを狩るのが目的で、最大で四人まで協力してモンスターを狩ることができる。
「先生、僕も一応持ってますよ」
「おっ、小森もか」
「あのう先生、ジュラハンって何ですか?」
「あー江藤はそういうの興味なさそうだもんな。よし、江藤には俺の予備機を貸してやる」
「えっ?」
「これで四人揃ったな。じゃあ明日戸川と小森はジュラハン持ってこいよ。昼休みに四人でやるぞ」
「はっ?学校にゲーム機なんて持ってきていいんですか?」
「いいわけねーだろ。だから俺が言ったって、他の先生には絶対言うなよ。特にあのハゲ~にはな」
「はあ……」
相変わらず無茶苦茶な先生だ。
琥太狼先生は授業中に昨日放送していた深夜アニメの感想を延々と語ったり、教室にペカチュウが現れたと言って授業を中断してパケモンGOをやったりと、とにかくやりたい放題だ。
ちなみにアニメ研究部の顧問をしている。
そんなことだからあのハゲ~こと、学年主任の杉田先生から目の敵にされていた。ちなみに杉田先生は所謂ナミヘイカットだ。
よくクビにならないもんだ。
「じゃあ明日な。忘れんなよ」
「はーい」
まあこちらとしても学校でゲームができるなら、願ったり叶ったりだ。
「ねえ戸川君、ジュラハンって?」
「ああ、それはね――」
翌日の昼休み。
先生は本当にゲームを持ってきた。しかも江藤の分も。
顔は子供みたいにウッキウキだった。
「じゃあ江藤、これしばらく貸してやるから家でも練習しろよ」
「は、はい。頑張ります」
江藤はぞいのポーズをして気合を入れた。
可愛い。
「よし、じゃあ試しに適当なクエスト四人でやってみっか」
学校で、しかも教師とジュラハンをやるなんて何とも不思議な感覚だったが、内心はとてもワクワクしていた。
先生は相当やり込んでいるのか、かなり上手かったが、初心者の江藤がミスをしてしまい、ゲームオーバーになってしまった。
「ああ!すいません!」
「いや、最初だから気にすんなよ。ねえ先生」
「そうだな。今のクエストは難し過ぎたか。もうちょい簡単なやつにすっか」
「本当すいません……」
「まあまあ、次頑張ろうぜ」
「ありがとう、戸川君」
「おう」
今度はなるべくモンスターが江藤の方に行かないように誘導しようとしたが、ちょっとした隙にまた江藤がモンスターのラッシュを喰らってしまい、あえなくゲームオーバーとなってしまった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの、私はもういいので三人でやってください」
「……ああ、そうだな」
「いや、先生!俺が江藤に教えるんでもう一回だけお願いします!」
「!戸川君……」
「……よし、任せたぞ戸川」
「はい。いいか江藤、モンスターの動きをよく見てパターンを覚えるんだ。そして攻撃よりも回復を優先して、大技が来そうになったら防御に徹しろ。後は俺達が何とかする」
「う、うん、やってみる!」
背水の陣の三回目、モンスターと対峙した際、二次元のキャラクターではなく、本物の化物が目の前にいるかのように俺には感じられた。
背筋を冷や汗が滴り落ちる。
恐らくこのクエストに失敗したら、江藤は二度とジュラハンをやりたいとは思わなくなってしまうだろう。
何としてでもこのクエストは成功させる。
そう思った矢先、早くも江藤がモンスターの攻撃を喰らい、体力が半分くらいに減ってしまった。
「江藤!落ち着いてまずは回復アイテムを使うんだ!」
「う、うん!」
江藤は俺が言った通り、素早く回復アイテムで体力を回復した。
よし、江藤も大分慣れてきたみたいだ。
その後は順調にモンスターを四人で攻撃していき、あと少しで倒せるというところまできたその刹那、モンスターの大技の火炎ブレスが江藤に向かって放たれた。
「江藤!ガードだ!!」
「うん!」
江藤は間一髪のところでガードに成功し、モンスターの攻撃を防いだ。
俺は大技で隙ができたモンスターの頭部に、必殺技の回転斬りを叩き込んだ。
モンスターは断末魔の叫びを上げながら、その場に倒れた。
画面にはクエストクリアの文字がでかでかと表示された。
「よっしゃー!!」
「やったー!ありがとう江藤君!」
「凄い閃ちゃん!」
「オウ、なかなかやるじゃねーか戸川」
「えへへ」
俺も長年ジュラハンシリーズをやってきたが、こんなに達成感があったのは初めてだった。
満面の笑みで俺に礼を言ってくる江藤を見て、何だか心がムズムズするのを感じた。
その日以来、昼休みは四人でジュラハンをやるのが日課になった。
初めての中間テストの結果が発表になった。
俺はギリギリ赤点はなかったものの、ほとんどの教科は平均点以下だった。
教壇に立った琥太狼先生は言った。
「今回のテストで思った以上の結果が出た者も、またそうでない者もいると思う。だが大事なのは結果がどうだったかじゃなく、この結果を受けてお前らが今後どうするかってことだ。高校生活は始まったばかりだ。自分の人生を豊かにするのも、ダメにするのも今後の自分次第だってことを胸に刻んでおけよ」
何だか初めて教師らしいことを言った琥太狼先生に、俺はちょっと面食らったが、次に出た言葉はそれ以上に俺を驚かせた。
「そんな中で特に頑張ったのが江藤だ。何と総合点は学年二位だ。しかも生物のテストは百点だったそうだ。やるじゃねーか」
マジかよ!スゲーんだな江藤って。
江藤よりジュラハンが上手いくらいでいい気になっていた自分が、途端に恥ずかしく思えた。
江藤はというと、顔を真っ赤にして無言で俯いていた。
もっと自慢げにしてもいいのにと思ったが、江藤らしいっちゃらしいかな。
それから数日後。
ある日曜日の夕方、部活帰りにゲンと別れた後、ふと気になって江藤と初めて会った空き地を覗いてみると、江藤が昼寝をしているちくわを見ながら、スケッチブックに鉛筆で何かを描いていた。
江藤は俺に気付くと、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐにニコッと笑顔になった。
「こんにちは戸川君。どうしたの今日は?」
「おう、まあね」
江藤がいるかもしれないから来たとは言い辛く、また適当に誤魔化すことにした。
「ちくわがどうしてるのか気になってさ。俺も猫好きだからさ」
「そうなの!?私達本当に気が合うね」
「ハハ、そうだな」
本当はどちらかというと犬の方が好きなのだが、猫も嫌いではないのでまあよしとしよう。
「ところで江藤は何してたんだ?何かスケッチブックに描いてたみたいだけど」
「……笑わないで聞いてくれる?」
「笑わないよ」
「……ちくわの絵を描いていたの。私動物の絵を描くのが好きで」
「へえ、いいね。ちょっと見せてもらってもいい?」
「……いいけど、絶対に笑わないでね」
「だから笑わないって」
よっぽど自信がないのかと思ったが、予想に反して江藤の絵はメチャクチャ上手かった。
鉛筆描きとは思えない程に陰影の付け方も凝っていたし、本物の猫が寝ているのかと思った程だ。
「スゲー……スゲー上手いじゃん江藤!これならプロにもなれるよ!」
「いや、プロは無理だよ。私鉛筆描きしかできないし。私くらいの人なんてざらにいるもん。それに……」
「んっ?それに?」
「ううん、何でもない。あっ、ちくわ起きちゃった」
江藤が何を言おうとしたのか気になったが、しつこく聞くのもどうかと思ったので、結局そのままにしておいた。
それから俺は江藤と一時間ばかり、他愛のない話をしてから家に帰った。
その一時間は、体感では五分くらいに感じられた。