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2月

「閃、ちょっといいか?」

「ん?何?」


 急に改まった顔で父さんにリビングまで呼ばれ、俺は言いようのない不安に駆られた。

 リビングには母さんも座っており、父さんと同じ様な顔をしている。


「どうしたの二人共?神妙な顔して。何か悪いことでもあった?」

「いや、どちらかと言えば良いことなんだが……」

「その割には言い辛そうな顔してんじゃん。何?何なの?」

「……閃、お父さんね。出世することになったの」

「えっ、マジで?ふーん、良かったじゃん」


 じゃあ何でそんな顔してるんだ?


「それでな閃、今度この家から引っ越すことになったんだ」


 は?


「えっ?何で?何でそんな話になるわけ?」

「父さんの会社が今度、北海道に新しく支部を立ち上げることになってな。父さんはそこの支部長に任命されたんだ」

「……そんな」


 北海道だって。

 それじゃあもう、みんなには。


「……やだよ俺!行くなら父さんと母さん、二人で行けばいいじゃないか!俺はこの家から出たくない!」

「我儘を言わないで閃。あなたはまだ子供なんだし、一人で生きていけるわけないでしょ。それにあなたは足のこともあるし……。もしもの時、私達がいなかったらどうするのよ?」

「それは……」


 そうかもしれないけど。

 でも、でも、俺は。


 みんなと離れたくない。


 最初はあんなに嫌だった、家から遠いあの学校が、いつの間にか俺の中で掛け替えのないものになっていたという事実に、今更ながら気付いた。

 急激に俺の目の前から、次々色が失われていった。

 まるで、古ぼけた白黒映画を観ているかのようだった。


「……引っ越しはいつなの?」

「閃の学校の終業式は来月の14日だろ?だから引っ越しは次の日の15日にしてもらった」

「……そう」


 今日は2月13日だ。

 あと一ヶ月しかない。


 江藤達に何て言えばいいんだろう。

 俺の頭の中では、そのことだけが、いつまでもグルグルと渦巻いていた。




 翌日。

 昨日はあまり眠れなかったため、ボーっとしたまま一日を過ごした。

 いや、ボーっとする原因は、寝不足ではないのだが。

 江藤とゲンにも不審がられたが、遅くまでゲームをしていたためと言って誤魔化した。

 二人共、腑に落ちてはいないようだったが。

 だが、部活終わりに、薫子先輩にピシャリと言われた。


「戸川、何をそんなに悩んでいるんだ」

「え……」


 そう言ったきり、薫子先輩は無言で俺の目をジッと見つめた。

 やっぱりこの人には敵わない。

 俺は引っ越しのことを、薫子先輩とゲンに、しどろもどろになりながらも伝えた。


「そんな……僕ヤダよ!閃ちゃんと離れたくない!」

「ゲン……」

「閃ちゃんがいなかったら、学校なんて楽しくないよ!だからどこにも行かないでよ!」

「ゲン……俺は……」

「我儘を言うな小森」

「!薫子先輩……」

「一番辛いのは誰だと思ってるんだ。他でもない戸川だろう。それなのに一番の親友のお前が、戸川を苦しめるようなことを言って何になるんだ」

「う……う……閃ちゃん……ゴメン。僕、自分のことしか、考えてなかった……」

「いや、いいよ。俺もお前と離れたくないのは本当だしさ」

「閃ちゃん……」

「それに小森、会えないこともないだろう。幸いここは空港からも近い。飛行機を使えば、北海道なんてあっという間だ」

「はっ、なるほど!」

「いや、薫子先輩の基準で話を進めないでくださいよ!一般人には、飛行機なんて身近な乗り物じゃないんですから!」

「えっ?そうなのか?」


 やっぱりこの人は、どこか突き抜けている。

 だが、薫子先輩のこのピーキーさに、何度も救われたのも事実だった。

 俺は、少しだけ肩の荷が下りたが、依然として、江藤に何と言えばいいのかという問題は残っていた。


「ところで戸川、今日が何の日かは、わかっているよな」

「え、はあ……バレンタインですかね」

「その通りだ。ほら、これは私からの気持ちだ、受け取ってくれ。こっちは小森の分だ」

「あ……ありがとうございます」

「わあ~ありがとうございます~」


 薫子先輩がくれたのは、直径20cmはあろうかという、ホールのチョコレートケーキだった。

 デコレーションにも凝っており、プロが作ったとしか思えなかった。


「もしかして、これは先輩が?」

「ああ、料理なんて初めてやったが、如月に教えてもらって頑張ったらできた」

「……そうですか」


 まあ、いつものやつだな。

 ただ正直、一人でホールを丸ごと食べるのはキツいな。

 あまり甘いものは得意じゃないんだけどな。

 むしろ、何故か俺のと違って、手のひらサイズのゲンのケーキと、交換してもらいたいくらいだ。

 そんなことは、口が裂けても言えないが。


「本当にありがとうございます。大事に食べます」

「うむ。足りなかったらもっと作るから、いつでも言ってくれ」

「あ、あははは」


 ビターな笑いしか出てこなかった。




 帰り道、駅の手前で意外な人物と会った。


「あれ?江藤、何してんだ、こんなとこで」

「あ、戸川君。……実は戸川君のことを待ってたの」

「えっ?俺?」

「うん……」


 待ってたって、いつからだ?

 もしかして放課後からずっと?

 今日も遅くまで部活があったのに。

 江藤の鼻は、寒さで赤くなっていた。

 そんなになってまで、何で俺を。


「どうして……江藤」

「こ、これを渡したくて!」


 江藤に渡されたのは、可愛い包みに入った手作りチョコだった。


「あ、ありがとう。マジで嬉しいよ」

「……それは薫子先輩にもらったチョコだよね?」

「あっ」


 俺の右手に下げている、大きなケーキの箱を見て、江藤は言った。


「いや、これは、何と言うか……」

「……いいの。技術では勝てなくても、気持ちでは負けてないつもりだから」

「えっ?」


 真剣な目で見つめてくる江藤に、俺もちゃんと伝えなきゃと決心がついた。


「江藤……大事な話があるんだ」

「……何」

「…………来月引っ越すんだ、俺」

「…………え」



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