1月
「「「5……4……3……2……1……ハッピーニューイヤー!!」」」
大勢の人達のカウントダウンの掛け声と共に、新年が開けた。
俺と江藤、薫子先輩、ゲンの四人は阿佐田山のお寺に、初詣に来ていた。
阿佐田山は阿佐田市の中心にそびえる小さな山で、山の頂上には広大なお寺が建っている。
日本でも有数の初詣スポットとなっており、毎年全国から二百万人以上の人が、参拝に訪れるそうだ。
俺はずっと千葉県に住んでいたにも関わらず、阿佐田山には初めて来た。
見渡す限りの人、人、人で、まるで一つの巨大な生き物が、うねうねと蠢いているようだった。
「凄い人ですね」
「戸川は初めて来たのだったな。これだけ多くの人間が、一堂に会して新年を迎えるというのも、なかなかオツなものだろう?」
「そうですね。何て言うか……凄く、凄いです」
「あはは、閃ちゃんの語彙~!」
「うんうん、戸川のその語彙も、私は愛らしいと思うぞ」
「愛らし!?……薫子先輩、お正月だからといって、少々お浮かれあそばされておいでではないでしょうか」
「フフフ、江藤こそ年明け早々バチバチだな。その振袖も似合っているぞ」
「こ、これは……素敵なお着物をお貸しいただき、ありがとうございました……」
「いやなに、気にするな。敵に塩を送るというやつだ」
「はあ……」
江藤と薫子先輩は、煌びやかな振袖を着ていた。
二人共メチャクチャ綺麗で、一足先に初日の出が登ってきたのかと錯覚した。
正直俺はさっきから、ドキドキしてずっとキョドっていた。
「お、戸川、やっと賽銭の順番が来たぞ」
「あ、はい」
俺達は満員電車並みの人混みの中、視界に入りきらない程の巨大な賽銭箱の前に立った。
俺は五円玉を投げ入れ、今年一年の健康と、江藤が将来獣医になれますようにと祈った。
お祈りが終わると、江藤がそっと話し掛けてきた。
「戸川君は何をお祈りしたの?」
「ん、まあ無病息災と……あと一つは内緒。江藤は?」
「私もみんなが病気や怪我なく、幸せに過ごせますようにっていうのと……あと一つは内緒」
「将来獣医になれますように、とか?」
「えっ?ああ、それは神様に叶えてもらうものじゃなくて、自分で叶えるべきものだと思うから」
「そっか」
江藤らしい。
「じゃあもう一つの願いっていうのは、江藤自身じゃ叶えられないものなのか?」
「……うん、正直手強いね」
ほう、江藤をしてそう言わしめるとは、獣医になる以上に難しいことに挑戦しているということかな?
俺にはそんなもの、想像もつかないが。
「お、江藤。抜け駆けとは、貴様意外と策士だな」
「薫子先輩!……これくらいしないと、先輩には勝てませんから」
「はっはっはっ、そう謙遜するな。私の見立てでは、現状ダブルスコア以上の差をつけられて、私が負けている」
「……それこそ、ご謙遜だと思いますが」
「フフフ、どうだかな。ところで戸川、どうだ?」
「ん?どうと言いますと?」
「お前もこの阿佐田に通うようになって、一年近くが経っただろう。阿佐田の街はどう思う?」
「……そうですね。いいところだと思いますよ、本当に。正直俺の地元よりは田舎ですけど、その分この阿佐田山みたいに、昔からの伝統が、今も色濃く残ってるところとか。あと、それと同時に街のみんなが、阿佐田をより良くしようと、いつも頑張ってるところとかも」
「流石戸川だな、目の付け所が良い。まさにそこなんだ。阿佐田の一番の魅力は、伝統と革新の絶妙なバランスにこそあると、私は思っている」
「……前から思ってたんですけど、薫子先輩は阿佐田が好きですよね。先輩が阿佐北に入学した理由、『家から近いから』って噂じゃ聞きましたけど、本当は誰よりも阿佐田が好きだから、阿佐北を選んだんじゃないですか?」
「……惚れ直したぞ戸川」
「惚れっ!?先輩!」
「さっき抜け駆けした分だ江藤。それにこいつのことだ、どうせ真に受けておらん」
「そうだぞ江藤。薫子先輩がこういうことを言うのは、冗談みたいなもんなんだからさ」
「冗談……ハァ」
何だろう江藤、ため息なんてついて?
それにさっきまであんなに薫子先輩にツンケンしていたのに、急に哀れむ様な目線を送って。
その後、俺達はみんなで薫子先輩の城に行き、如月さんお手製の白玉あんみつに舌鼓を打ちながら、朝までジュラハンで暇を潰した。
そして眠い目を擦りながら、立ち昇る初日の出を拝んだ。
いつもの変わらない朝日のはずなのに、何故かそれはとても神々しく、その光を浴びているだけで、新しい自分に生まれ変わっていく様な気がした。
この時の俺は、こんな幸せな日々が、根拠もなく続くものだと思い込んでいた。




