骸骨と想い人
カロンは先ほどと同じ場所にいた。監視の仕事をしているようだが、浮かない顔をしていて、隣で一緒に仕事をしている仲間が心配していた。
俺は風魔法で上へ飛んでいき、カロンの前に立つ
「カロン、浮かない顔をしてどうした」
「…友人を亡くしたんでやんす…」
「何という名だ?」
「ムルト、と言います」
「ふむ。それは俺のことだな。確かに亡くなってはいるのかもしれない」
「!って!!旦那ぁぁぁぁぁぁ無事だったんすねぇぇぇ!!」
カロンは手すりを飛び越え俺へと飛びついてくる。
「って…うあああぁぁあぁぁぁ!!!」
俺は落ちるカロンを魔法で優しくキャッチし、共に甲板へと降り立った
「旦那ぁぁぁ!!本当に、ほんっとうによがっだぁ〜おら、どうすりゃいいが、わがんなぐでぇ」
顔をぐちゃぐちゃにしながらカロンは俺にそう言った。
「ははは。心配をかけてすまないな。昼に話していたことなのだが、」
「船内見学のことでやすね!!少々お待ちをー!!!」
カロンはそう言うなり、走って行ってしまった。きっと船長のところに行っているのだろう。俺たちは甲板でカロンの帰りを待ちながら、このブーツの検証をしてみる
結果から言うと、確かに浮いた
魔力を込めると水の上に浮くことができ、止めると沈む。魔力効率はまぁまぁ良く、MP1で1分持つようだ
走ることも、飛ぶこともできた。地上となんら変わらない戦い方ができそうだ
水の中で魔力をこめても、水面に出すことができるし、耐久も防御も高いらしいので、これから使っていこうと思う
それから少しすると、カロンが船長と共に帰ってきた
「まず感謝をしよう。船を救ってくれてありがとう」
「私は何もできなかったさ。クラーケンが勝手に退いたのだ」
「それでも、クラーケンを退かせたのはあんたらだろう?船内の見学がしたいんだったな。このマスターキーを渡すから、どこを見てもいいぞ。それとこれは、今回の報酬だ。大金貨10枚だ」
「こんなに、いいのか?」
「相場よりは安いがな。そこはすまん。」
「受け取れない。これはお前らの売上ではないのか?」
「いいんだ。受け取ってくれ。気持ちってことで」
「ふむ…そこまで言うのなら…」
俺は仕方なく大金貨を受け取ることにした。
その後は、カロンと共に船内を見て回る。
機関室や、ボイラー室、操舵室などを見せてもらった。操舵室はブリッジ、と呼ぶらしい
各部屋の説明や、どれくらい大事なところなのかも、カロンは熱心に説明してくれる
「ムルトの旦那、聞いてやすか?」
「あぁ。聞いているとも」
カロンは本当に船のことが好きなのだろう。船を説明している時の顔は、俺が今まで見たカロンの表情の中で一番に輝いていた
それから長い時間が経ち、見学は終了、丁度良い時間だったので、レストランで食事をとり、部屋に備え付けのシャワールームで各々が風呂に入る
「ムルト様!お背中洗いましょうか?」
「背中、というよりかは背骨だがな」
ハルカから声がかかる。俺は了承し、ハルカが浴室へと入ってくる
「なぜ裸なのだ?」
「お、お風呂ですから」
「それもそうか。では、頼む」
「それだけ…ですか?」
「前は自分でできる」
「そう、ですか…」
ハルカは何やらがっかりしているようだが、俺は理由がわからなかった。
とりあえず、全身の骨をバラした。
頭蓋骨があれば、生命活動は維持できるようだ。俺はハルカと共にせっせと骨を磨いている
「ムルト様、ど、どうですか、この洗い方」
ハルカは自分の胸の間に俺の大腿骨を挟み、上下に動かして洗っていた
「胸が痛くはないか?タオルで磨いたほうが良いだろう」
「は、はい…」
俺の風呂はそれで終わった。体を組み立て部屋に戻ると、「じゃんけん…負け…負けた…」
と呟いているレヴィを見つけた。じゃんけん。話には聞いたことがあるが、未だやったことがなかった。近々ハルカたちと遊んでみようか
時間はどんどん過ぎていき、既に深夜だった。二人が寝静まる中、俺は部屋にある小さな小窓から月を見ていた。
(ここからでは見えなくなるな)
俺は二人を起こさぬように立ち、甲板へと向かった。
甲板の上を歩く足跡が聞こえる。俺の足音だ。その一つの足音が、波の音と共に聞こえ、心地よく思う
月は変わらず青かった。海も同じ青だ。
冷たい潮風を浴びながら、俺は同じような光景を見たことを思い出す
(逆さ月…湖のほうが綺麗だったな…こちらも劣っていないが)
いつか湖のある場所で見た月を思い出していた。その頃は人間から逃げ続け、人を信じられなくなるなど、散々だったが、今共にいる仲間や、出会ってきた仲間がその寂しさを消してくれている
(リーン…フォルベルか…今頃何をしているのか)
湖で俺に向かって謝罪の言葉を送った少女を思い出した
すると、背後から足音が聞こえてくる
「眠れないのか?」
「…はい」
ハルカだ。部屋着のまま甲板へと来たようだ
「何か用か?」
「ムルト様はきっとここだろうと。月を見ていると思いまして。ご一緒しても?」
「あぁ。構わない」
ハルカは俺の横に立ち、共に月を見上げる
潮風はとても冷たかった
「寒いだろう。中に入るといい」
俺はローブをあけ、ハルカを誘う。ハルカをローブで包むと、頭の下から顔を出した。他の人が見ればヘンテコに見えるだろう
「ありがとうございます。暖かいです…」
「そうか、それはよかった」
ハルカは月を見上げて声を漏らした
「本当に、綺麗ですね」
「あぁ。俺が惚れた女だからな」
「女…ですか?」
「あぁ。月の女神だ」
「女神様ですか…それは、すごいですね」
「あぁ。とても美しく、優しい方だった」
「ムルト様はそういう女の人が好みなんですか?」
「好み…?好きではあるな」
「…私のことは?」
「もちろん好きだ」
「…えへへ」
「もちろんレヴィも、カロンも、コットンやダン、ハナ、モンタナ、俺はみんなが好きだ」
「…そういう意味ですか…」
「ん?好き、とは他に意味があるのか?」
「もういいですっ」
ハルカは拗ねてしまったようだ。だが、なぜ拗ねたのかわからない。美しい月には見惚れることがあっても、拗ねたりすることはないだろう。だとしたら原因は俺ぐらいなのだが、心当たりが全くない。知らない奴の名前を出したのが悪かったのだろうか
「私は…ムルト様のこと、大好きですよ」
ローブの中で呟いた言葉を俺は聞き取ることができなかった。が、俺は優しくハルカの背中を撫でるのだった