骸骨と悩み
「やっぱり…その、ムルト…様は、人間…ですか?」
俺はまたしてもその問いに答えることはなかった。カロンは黙り、ハルカは心配そうに俺を見ている。沈黙を破ったのはレヴィだった
「いい歌だったわね。もういきましょ」
そう言ってレヴィは一人で宿の方へ歩いていく
「あ、ムルト、様!これ、お返しします!」
その少女は俺に向かってそういい、大きな金貨を差し出した
「見えるのか?」
「いえ…その、能力のようなものです」
「ふむ、これはお前に差し上げたものだ。自由に使うといい」
「いえ、私にこんな大金…お返しします…」
「…レヴィ、ハルカ、頼んでもいいか?」
「はい?なんでしょう?」
「いいわよ」
「この子を風呂に入れてやってくれ」
★
「なぜ、ムルトの旦那は目無しにそこまでするんで?」
「なぜ、だろうな。どこか…私と似ているのだ」
銭湯の休憩所でお風呂へ送った女子3名を待つ俺とカロン
「旦那と?どこが?」
「あの子は…独りぼっちなのか?」
「そうですな。親も早くに死んでいるらしいですし、あの子は一人で強かに生きていやすね」
「独りぼっちでも生きていく。そこが私と似ているのだ」
「旦那は独りではないのでは?」
「ははっ、今は。な。私はここから遠い場所から来たのだ」
「イカロス王国ですかい?それとも聖国…って柄じゃなさそうですな」
「バルバルというところから来た」
「聞いたことないですなぁ」
「そこからはずっと一人だった。エルフや人…色々な人達には会ったが、必ず私は独りになってしまう。独りずっと旅をしてきた。人に追われ、嫌われたこともある。ずっと孤独を感じ、なぜ生きているのかもわからなくなった」
「…旦那は、自分がこの世界と比べて、小さいと思ったことはありますかい?」
「世界と比べて…か考えたこともないな」
「あっしは、親方に怒られて、落ち込んだり、凹んだりすることがありやす。で、そういう時は、海に出るんです。このどこまでも広がる大海原に、自分たちの乗っている船が一隻、海の広さに比べりゃ、自分の悩みなんてちっぽけだなって、小さいなって、気にしてらんないなって、そう思うんです」
「自分よりも大きなものと比べる。か」
「だってそうでしょう?この世界はモンスターだ、盗賊だなんだって、危険がいっぱいある。それはこの世界で起きてるんです。神様の体の上でそれが起きるって考えると、自分たちの悩みなんて小さく感じやせんか?」
「はははっ、そうだな、そうかもしれないな…時に、カロンはモンスターをどう思う?」
「どう、とは?」
「駆逐する相手かどうか」
「そうでやすね〜。こう言っちゃなんでやすが、それぞれ、じゃないですかね。いい奴もいれば、悪い奴もいる」
「そういうものなのか?」
「そういうものでやす。あっしは一度、サハギンに助けられたことがあるんですよ。海に落ちて溺れたところをね。最初は殺されるって思ったんすけど、仲間が浮き輪を投げてくれるまで、体を支えてくれやした」
「ほぉ。いい奴だったんだな」
「えぇ。まぁ一度助けられたからモンスターは全部いい奴ってわけではないと思いやすが、人間だって同じようなものだと思ってやす。人が人を殺すこともあるし、人がモンスターを殺してるんだから、モンスターに殺されるのも当然っちゃ当然かな、と」
「ふむ。そういうものか。」
「そういうものでやす」
カロンとの話しが中々盛り上がった頃に、女子達が風呂から戻ってくる
「一日に二度もお風呂に入れるとは思いませんでした」
「悪くはなかったわ」
「……」
「よし。上がったな。それでは解散ということにしよう。カロン、話に付き合わせてしまってすまなかったな」
「いやいや、あっしも楽しかったでやんす」
「そう言ってくれるとありがたい。それでは、また」
「はい、明後日のヤマト行きの船でまた会いやしょう」
銭湯の前でカロンと別れ、俺たち四人は宿へと帰った
「月が綺麗だな…」
「そうですね…」
「よくそんな毎日見て飽きないわね」
「惚れているからな。月に」
「はぁ?何言ってるの?ばっかみたい」
「レヴィア様なんでそんなに怒ってるんですか…」
「別に」
レヴィはそう言うとさっさとベッドの中に入ってしまった。
「あの…」
気まずそうに青い髪の少女が声を出した
「どうしたんですか?メアリーちゃん」
「どうして私なんかをこの部屋に…?」
「外は寒いだろう。今日と明日だけだが、同じ宿に泊まるといい。金のことは心配するな」
メアリーと名乗った少女は困った顔をしていた
「お気持ちは嬉しいのですが、なぜ私なんかを」
「私と似ているから…いや、自分勝手、というやつだろうか」
「自分勝手…ですか」
「あぁ」
「ムルト様は、お優しいんですね」
「なぜ?」
「だって、こんな目も見えない醜い女に優しくしてくれてるじゃないですか」
「お前は醜くなんてない、とても美しい女だぞ」
メアリーは風呂に入り、服を新しくしたことで、ものすごく美人になった。
がさがさだった髪の毛はツヤツヤになり、元々白っぽかった肌をさらに綺麗に見せる水色のワンピース。目にスカーフを巻いているが、メアリーの美貌を損なうことはなかった
「ありがとう、ございます…あの、ムルト様達のお顔を拝見してもよろしいですか?」
「メアリーは目が見えないのではないのか?」
「はい、その通りです。ですが、私の特技は耳がいいことです。それを使ってすごいことができるんですよ」
路地でもやっている特技らしいが、見る時には相手の許可をもらっているらしい
「ほぉ。それは興味がある。別に見られても構わないが、一つ約束してくれないか?」
「はい?なんでしょう?」
「私の姿を見ても私のことを嫌いにならないでくれ」
俺は部屋に戻った時、ローブと仮面を脱いでいる。今はスケルトンの姿なのだ。見られるとそれがバレる。のだが…メアリーにはすでに人ならざる者として勘付かれてはいると思う
「そんなっ、こんなに優しくしてもらってるのに嫌いになんかなりませんよ!…約束致します!」
「ふむ。わかった。ハルカも顔を見られるのは大丈夫だろう?」
「はい!大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます。それでは」
メアリーは口を小さく開き、甲高い音を発した。
「…ムルト様は、やはり人間ではなかったのですね。」
「どんな姿をしていた?」
「スケルトン…ですか?」
「あぁ」
「えぇ?!口を開けるだけでわかるんですか?!」
「高い音を出していたが、それを使ったのではないのか?」
「音?ですか?私には聞こえませんでした」
「ムルト様には聞こえたんですね、今のは超音波というものです」
「超音波?」
「はい。ブラッドバッドなどの蝙蝠系モンスターが使うと言われているものですね。私はそれを発し、壁や体に反響した音を聞いて、どんな姿形をしているか見ることができるんです。私はソナーと呼んでます」
「ほぉ。それはすごいな。それが特技なのか?」
「はい。私はこれを使って街中などでもものにぶつかったりせず生活ができるんです!」
「ふむ、他にはどんなことが?」
「はい!他にはですね…」
俺たちは夜だというのに、長く話し込んでしまった。月は変わらず綺麗で、俺たちを見守ってくれる。メアリーはせめてものお礼に、ということで子守唄を歌ってくれた。子を想う親の歌。俺は眠りにつくことはなかったが、とても心地よく、優しい歌だった。