骸骨等と変人等3
「僕のだぞ!!」
水晶に向かって走り出したロンドとティングに、リクの危機迫る声が届く。
2人の狙いは、最初から水晶のみ。ロンドが前々から自分の寝首をかこうとしていたことはわかりきっており、そのチャンスも与えていた。だが、ロンドは今日まで従順に言うことを聞き、国民を殺したとしても、怒りを露わにするものの、逆らうことはなかった。
リクは、それが当然だと思っていた。それが愉悦になっていた。
「行かせるものかっ!」
ムルトは、月光剣を多節鞭へと変化させ、それをリクの身体に巻き付けた。しっかりと巻き付けられたそれは、歪な巨人と化したリクの動きを完全に止めている。
2人は、まさに綱引き状態。対格差で見れば、どこにそんな力があるのかと思うが、ムルトの足腰は、深い紺色から真紅に近い朱へと変わっている。
「やっぱり奥の手が……!」
リクは、自分の身体に巻き付いた鎖を掴み、引き千切ろうとするが、どれだけ力を入れても引き千切ることが出来ない。
「俺の武器は、もう決して壊れることはない……!」
ムルトの力も変わる武器も、リクにとっては気になるものばかりだが、それもこれも、水晶の中の女性が持つ不老不死のスキルには代えられない。
「クソ……!」
リクは、攻撃力と防御力を極限まで高めるために膨張させていた身体を、ムルトの鎖から逃れるために、縮小させた。だが、それは間違った選択だった。
「好機っ!」
ムルトは、リクが小さくなった瞬間に、拘束していた鎖を一気に引き絞った。そして、小さくなった身体を完全に捕える。
「ダン直伝……一本釣り!!!」
宙を舞い、ムルトに向かって真っすぐに引き寄せられるリク。その顔は怒りに震えており、先ほどまで見せていた無垢で子供らしい表情などなく、まるで鬼のように目が吊り上がっている。
「雑魚の癖に……!」
ムルトの眼前にまで迫ったリクの腕が、またしても歪で鋭利な腕へ変化していく。
「ぐっ!」
ムルトの頭蓋骨はさらに深い紺色に染まっていくが、リクの凶撃に耐えられるかは、わからない。
「光化烏!!」
ムルトとリクの間に、光り輝く鳥が割って入る。それはリクの攻撃を嘴で見事に防ぎきっている。
「ロンドぉ……」
リクは、口から零れた怨嗟と共に、その邪魔者を睨みつけた。
「もう、お前らの勝手は許さない」
そこには、身体から黄金の魔力を溢れさせたロンドが立っており、口元の血を拭いながらリクを睨み返す。
★
「行くぞ」
「ああ!」
巨大化しているリク、満身創痍のムルトを見ても、2人は動じなかった。
それは、ムルトが指示を仰いだからだ。傍から見れば負けているように見える構図。それでも、ムルトは助けを求めるのではなく、今自分が何をすればいいのかを聞いてきた。なぜロンドとティングが一緒にいるのか、なぜ不意打ちを仕掛けるのでもなく、姿を現してリクの気を惹いたのか。
聞きたいことの方が多い場面のはずだが、ムルトは今自分が何をできるのか、何をすればいいのかだけを聞き、それに答えた。
それならば、ロンドとティングも自分たちがやるべきことを失敗するわけにはいかない。
「僕のだぞ!!」
リクの怒号が聞こえても、2人はそちらを一瞥することなく、真っ直ぐに水晶へ辿り着いた。
「頼むっ!」
ロンドは、懐から取り出した聖龍の雫を水晶に振りかけたが、効果がないのか、何も起こらない。
「ここからなら……」
既にリクが噛み付き、ヒビを入れていた所から残りの雫を流し込み、待つ。
「クソッ!これでも、ダメか?」
実を言うと、この水晶の成分は、いくら調べてもわかっていない。聖属性でもなければ、闇属性でもない。長年研究と実験を繰り返し、それでも壊すことのできなかった水晶。全てを裏切り、どんな病気でも怪我でも癒すと言われている聖龍の雫に、一縷の望みを賭けていた。
「俺の、希望が……」
「諦めるな!」
ティングの激が飛ぶ。
「聖龍の雫がダメだったのならば、次だ!その次の機会を作るために、リクに勝つぞ!」
「……あぁ。希望はまだある。お前らが協力してくれるからな」
ロンドとティングは立ち上がり、必死にリクを止めるムルトを見つめ、戦闘態勢に入る。
目の前の水晶を諦めたのではない。次の希望を手に入れるために、立ち上がったのだ。
すると……
「ロンド、これは……」
「まさかっ!」
水晶からは、黄金の魔力が溢れだしていた。それは水晶を包み込むと、中にいる女性を外に出すため、砕き、溶かし、水晶を跡形もなく消していった。ロンドはすぐさま女性を抱き支えた。
「母さん……!母さん!」
感情のままに、ロンドは彼女を揺さぶり、そう叫んだ。
女性はそれで起きたのか、ゆっくりと目を開き、辺りを見渡す。
「母さっ」
「あなたは、敵ですか?」
女性は、ロンドの言葉を遮り、そう聞いた。ティング、ムルト、リクという異形に囲まれ、部屋が倒壊している中でも狼狽えず、今自分が置かれている状況と安全を確認していたようだ。
「い、いや。俺は味方だ。ここにいるワイトキングも、向こうのスケルトンも。あの巨人は俺達の敵だ」
女性は少し考え、弱々しく手を胸の前に構えた。
「初めまして。私の名前はレミリア。始祖吸血鬼にして、このカーミラの初代女王。あなたを同胞として見込み、お願いがあります」
「……なんだ?」
「私は、来たるべき日に解けるよう、自分に封印をかけました。きっと、今の世は人狼族と分かり合い、骨人族と手を取って、人族と繁栄をしていることでしょう」
それが母の願いであり、母が目指した未来。多くの同胞を失っても、揺るぐことのなかった希望の証。古き母がまさに今目の前に復活していることに、ロンドは震えた。
「ですが、封印の時が永すぎたようです……私の命の終わりは近いでしょう」
「なっ!」
「どうか、最期まで聞いてください」
やっとの思いで再会できた母から告げられる宣告。
「どうやら、水晶が長い年月をかけて、私の不死の力を吸い取り、共に消滅してしまったようです……ですが、未来へ託したかった力は、残ってくれました。希望の美徳。吸血鬼のあなたになら、この力を授けられます」
「……なぜ、俺なんだ」
ロンドは、母からの遺言ともとれる言葉を、素直に受け取れなかった。自分が今まで行ってきた悪行が、自分にその資格はないと思わせた。
「あなたが、吸血鬼だからです。私の血を飲み干せば、私の魔力も、このスキルも、あなたに託すことができます」
「だが、それではあなたが……」
「はい。私は死にます。ですが、何もしなくても私は死んでしまいます。私が死ねば、希望の美徳がまた誰かが紡いでくれるでしょう。ですが、私は。私の希望は、吸血鬼族の希望。同じ吸血鬼族に繋いでいってほしいのです」
「だが、俺にその資格は……」
「いいえ、あなただからこそお願いするのです。他種族と手を組み、私を助け、脅威を退けようとするあなただからこそ。後生の頼みです。どうか、私の希望を、明日へ繋げてはいただけませんか?」
ロンドは深く考えた。そんな大層な希望を、スキルを、汚れた自分が受け取ってもいいのかと。ミナミやハルカ、母のような真っ当な者が適しているのではないか。それでも、今ここで希望を繋げることが出来るのは、ロンドしかいない。
「……わかった。その願い、確かに聞き届ける。他に、してほしいこと、伝えてほしいことは、あるか?」
レミリアは少し考え、どこか諦めた風にはにかみながら言った。
「あなたと同じ、吸血鬼族、いつかどこかで会うことがあれば、ロンドという、男の子に……もう、大きくなりましたね。母は、あなたのことをずっと愛しています。と」
「……わかった。必ず見つけ出し、伝えよう」
「ありがとう、ございます」
「それでは、失礼する……」
ロンドは、レミリアの首元に優しく噛み付き、血を啜った。さすがは始祖の吸血鬼、流れてくる魔力は、強大で強力。さらに希望の美徳のものかと思われる、黄金に光る魔力。レミリアの持つ能力、魔力の全てが、ロンドへと注ぎ込まれる。
「私の希望を、私達の希望を、どうか、どう、か……」
レミリアの命が消えていくのを、ロンドは肌と口で感じている。弱々しくなっていく呼吸と、脈が、さらに虚しさを加速させた。
レミリアは、ロンドに全ての血を飲み干される間際、最期の力を振り絞り、頭に優しく触れた。
「今まで、辛い思いさせて、ごめん、ね。ずっと、愛してるわ……」
「っ!」
耳元で囁かれた、母の最期の言葉。思わず首元から口を話し、母の顔を覗き込んでしまう。その表情は実に安らかで、何かをやりきった顔だった。
「ロンド……」
「いや、大丈夫だ。愛は今まで伝えてきた。母さんは、それに十分答えてくれた」
ロンドは最後にレミリアを優しく抱きしめ、丁寧に床に寝かせた。身体からは黄金の魔力が溢れ、レミリアの魔力が上乗せされ、力が無限に湧いてくるようだ。
「次は俺が母さんの願いに応える番だ。この希望を、繋いでいく……!」
胸の前で手を合わせ、黄金の魔力を練り上げていく。
「光化烏!!」
新たな力を手に入れたロンドは、今までの彼とは完全に一線を画している。それは、今のリクにも勝てるという自信に変わる
「もう、お前らの勝手は許さない」




