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凡人と龍王


ムルト達がキャンプしている場所を離れ、ダンとガロウスは暗い森の中で二人きりになっている。


「ここら辺りでよいか……さて小僧なんの用だったか?」


ガロウスが立ち止まり、ダンにそう尋ねた。ダンは何かを悩んでいたようだが、決心がついたようで、真っ直ぐガロウスの目を見据えて言葉を紡ぎだした。


「実はガロウスさんに話があって、その話というのが」


「待て」


決心をして話し始めたダンの口を手を前に出して止めた。


「ふはは。その話とやら、我が当ててやろう」


ガロウスはからかうように笑い、腕を組みなおして機嫌良く話しを始めた。


「人間が龍に話があると言ってする話には、大きく分けて三つある。一つ、財宝を寄越せ。二つ、お前を討伐しにきた。三つ、力が欲しい、貸してくれ」


自信満々に指を三本立てながらガロウスは説明を続ける。


「一つ目だが、我は見ての通り今は一銭たりとも持ち合わせてはおらん。故にこれはないだろう。そして二つ目。我は仲間ということになっておるし、小僧を合わせて数人が畏怖の念を抱いているが殺意は全く感じていない。故にこれもないな」


一つ一つ、期限な様子で丁寧に説明をするガロウスに対し、それを聞いているダンは少しずつ遣る瀬無い面持ちになっている。

ガロウスは、それを見て感じた上で最後の一つについても説明を始める。


「そして最後だが、当に王都に向かって力を貸しているのだから、小僧が我に話があるというのは、貸してくれではなく、力が欲しい、の部分だろう?」


「そこまでわかってるんなら」


「答えは否だ」


ガロウスから短く発せられた言葉がダンの心を一瞬にして埋め尽くす。ダンも楽に力を手に入れられるなどとは思っていない。だがここまではっきりと断られるとは思っていなかった。一瞬固まってしまうダンだったが、焦りながらも理由を聞こうとする。


「え、な、なんですか」


「なぜも何も、強くなる必要がないだろう?」


「必要が、ない?」


ダンには、ガロウスが何を言っているのかわからなかった。Gランク冒険者から順調にBランクまで上がれた。上にはまだAランクもあるし、SだってS3ランクだってある。自分にはまだまだ強くなる必要があるはずだと思っていた。


「俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ……」


「強く?なぜだ」


「なぜって、そりゃあみんなを守るためにさ」


「皆を守る?……だぁっはっはっはっは!!!」


ガロウスは両手を打ち付けながら大笑いをした。ダンはそれに少しムッとしたが、それを顔には出さない。


「守る?今守ると言ったか!はっはっはっは!!小僧、お前は本当に面白いな。だっはっはっは」


「な、何が面白いんだよ」


「いやぁ。はぁ、すまない。ククク、それこそ、もう力などいらぬだろう?小僧は守る側ではなく、守られる側だからだ」


「俺が、守られる側だって?」


「だってそうだろう?今のパーティを見てみろ。龍王である我、レヴィル譲、ムルト、ティング、ゴン、その他の奴らも、強さは小僧より上だ。守られはすれど、小僧の助けを借りるやつなどおらん」


「っ……それでも、俺は強くなりたい」


「守るためか?」


「あぁ。誰かを守りたい、それは街の奴らだとか、友人家族、シシリーだって守りたいし、ムルトだって守ってやりたい」


「だから貴様に守ってもらう必要など」


「それでも!」


少し不機嫌になりつつあるガロウスに、怒気を孕んだ声で叫ぶダンだったが、その顔は悲しそうで、悔しそうな顔で。ガロウスは少しだけイラついた自分を恥じつつもダンの言葉を静かに待った。


「それでも。俺は……あいつと並んで歩きたい・・・・・・・


一人で強くなろうと努力もした。自分より格上のモンスターだろうと、必死に食らいついて倒す努力もした。それでもこれ以上ダンは強くなれないと感じてしまっている。成長がここで終わってしまったのだ。

その悲しさが、誰かの手を借りなければ強くなれないという悔しさが、今ガロウスの目の前に立ち、雄雄しくも涙を流しているダンの決意を示していた。


「貴様の気持ち、我にもわかる。だが、だからこそ貴様はここで終わりにした方が良い。見たところお前の伸びしろはもうない。Bランク冒険者というのがお前の終着点だ」


「……本当に、もう手はないのか」


厳しいことを言われるダンだが、そんなことダンにもわかっている。それでも何かに縋る気持ちでガロウスに話をした。本当にダメならばそれまでで終わりにするつもりだったが、ガロウスは何かを考えるかのように顎をさすっている。


「ふぅむ……ないことは、ない。が、貴様死ぬことになるぞ」


「死、死ぬ?」


「成功すれば死ぬことはないが……良いのか?貴様が死ぬことになれば、貴様が守りたいと言っていた者達を守ることはおろか、並び歩きたいと言っていた者の後姿すら追えなくなる。それでも、やりたいか?」


「強くなる可能性が万に一つ、億に一つ、兆に一つあるんだったら、俺はそれに縋りたい」


「なるほど。その覚悟、理解した……。時にお主、なぜ我やレヴィル譲が戦うときは人の姿形をとると思う?」


「?考えたこともなかったな」


「ふはは。戦いに身を置いておいて考えたこともないか。いや、けっこうけっこう。そうだな、なんでも斬れる水の斬撃魔法を知っているか?」


「圧縮ってやつだろう?」


「あぁそうだ!圧縮!大きな力を小さく細かくすることで元々の力を上回るほどのものを手に入れることができる!つまり、我ら龍が人化するのはそういうわけだ」


「つまり、龍の時のガロウスさんより、今の方が遥かに強いってこと?」


「あぁ!その通り!そしてお主が強くなるために死ぬかもしれないというものだが、簡単に言えば試練だ。受けるか?」


「あぁ!なんでも受ける。俺はどうすればいい?」


「うむ!快い返事!良い!早い話、我の全力の拳を止める。という試練だ」


「ガロウスさんの拳を?」


「あぁ。今から我はお主に向かって全身全霊の拳を放つ。お主はそれをどんな手段でもいい。止めるのだ。我が拳を放った後、手足が千切れていてもお主が生きていればよい」


「それで試練は突破?俺は強くなれるのか?」


「……手足が千切れれば、先ほども言った通り何も守れなくなるかもしれぬが?」


「それでもいい。なんでもいい。俺は試練を受ける」


「ふむ。愚問だったか……」


瞬間、おぞましいほどのプレッシャーがダンを包み込んだ。ガロウスが皆に与えないように封じこんでいたプレッシャーが解き放たれたのだ。


「構えろ」


ガロウスが肩幅に足を開き、腰を低くして構える。拳はギリギリと音を立て、どれほどの力で握りこまれているかなど、想像をするよりも簡単だった。

それに対してダンは腰から宵闇を抜き、ゆっくりと目の前に構えるが、カタカタと震えている。


それもそのはずである。ガロウスが解き放ったのはプレッシャーだけではなかった。それは濃厚な殺気。近場にいたモンスターや動物たちは大声をあげながらガロウスから遠ざかり、静かな森は突如怒りと殺意を抱いた龍のせいで大パニックになっていた。

今すぐ命乞いをしたいという気持ちを押し殺すダンでも、ここまでの殺気、生きていた中で感じたことはなかった。死線を潜り抜けてきたのだって、一回や二回ではない。殺されそうになっても、食らいついて倒してきた。

だが今回は違う。圧倒的などという言葉では表せないほどの実力の差。確実に殺されてしまう。勝ち目など万に一つ億に一つ兆に一つ、いや、あるはずがない。

必ずここで殺される。これは試練などではなく生意気にも龍に不敬を働いた自分への処刑なのだとダンが考えてしまうほどに。

そんな殺気にあてられても命乞いもせず逃げ出さないのは、自分の決意が揺るがないからなのか、それとも腰が抜けて動けないかなどわからなくなっていた。


ゆっくりと拳を引き絞り、呼吸を整えるガロウスの姿に、ダンは釘付けになっていた。

目からは涙が、鼻からは汁を、歯もガチガチと音を鳴らしている。上からも下からも液体を飛び散らすダンを見ても、ガロウスの殺気に揺らぎなどなかった。


「……死んでくれるなよ」


短くも慈しむかのような言葉など、恐怖と後悔に支配されたダンに届くことはない。

ガロウスの拳が、無慈悲にもダンの顔面へと放たれる。


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