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セルシアンという男2


セルシアンのお土産に、家族は喜んでくれた。首に下げた細剣のネックレスは、家族3人のお揃いだ。


「ありがとう。セル」


「いやぁ!セルシアンも大人になったなぁー!」


「父さん、母さん、俺をここまで育ててくれて、本当にありがとう」


それは、セルシアンの心からの言葉だった。

母は目を伏せ、父は泣きながらセルシアンを固く抱きしめた。


「あぁ。立派になった。本当に、本当に立派になってくれた。お前は父さん達の誇りだ」


「えぇ。えぇ……」


セルシアンもそんな両親につられ、涙を流してしまう。


そして次の日、両親もセルシアンもわかっているが、別れがくる。





「父さん、母さん、行ってきます」


「あぁ。気張っていけ」


「体には気をつけるのよ」


家の前で、旅支度を整えたセルシアンと、両親が言葉を交わしている。


「いつ帰ってこれるかわからないけど、絶対、絶対手紙送るから」


「あぁ。何かあったらいつでも帰ってきていいからな」


「セル、本当に」


「お前は猪突猛進って言葉がよく似合う男になった」


「セル」


「うん。本当に父さんと母さんのおかげだよ。ありがとう!」


母が何かを言おうとするが、父とセルシアンがその言葉に言葉を被してくる。母は何も言わせてもらえない。だが2人とも、何を言おうとしているかはわかっている。少しの沈黙が流れ……。


「セル、」


「母さん」


またもや、セルシアンは言葉を被せた。


「わかってるよ。母さん。大丈夫だから」


「セル……」


父は妻の肩を抱き寄せ、頭を撫でた。


「いつでも、帰ってきていいからな」


「うん。じゃ、行ってくる」


母は耐えきれずに涙を流した。

セルシアンはその泣き声を背中で聞いていたが、決して振り向くことはなかった。


『行かないで』


母はそう言いたかったのだ。

子供の頃からの夢を、両親は否定することなく応援し続けた。それはセルシアンが本気だということもあったし、子供のしたいことを尊重していたからだ。

だが、冒険者というものは危険がつきもの。

Aランクに昇格したことから、その危険度はさらに上がる。実力のある冒険者は、冒険者ギルドから直々に依頼されることもあり、セルシアンはそれらや、困っている人々を救うために各地を回ることにしたのだ。


自分の知らないところで、息子には死んでほしくない。母の心の中はそれでいっぱいだった。


(行かないで、なんて言われたら、行きたくなくなっちゃうじゃないか……)


産まれ育った家を、街を後にしたセルシアンは、空を見上げながら歩いた。空を見上げながら、泣いた。





セルシアンは各地を回り、難しい依頼を受けていた。Aランクモンスターの討伐から始まり、闇蜥蜴という強大な盗賊団を捕縛したり。

二本の細剣と、風魔法を合わせて華麗に舞う姿から、セルシアンには【疾風の蜂】という二つ名がついていた。


「セルシアン様、本日はどの依頼をお受けになりますか?」


「適当に見繕ってもらっていいですか?俺が余裕を持ってこなせるものであれば嬉しいのですが」


「はい。少々お待ちください」


受付嬢はそう言って、セルシアンでも余裕を持ってこなせる依頼を5つ。少しだけ難しい依頼を1つ用意した。


「……大丈夫です。全て受けます」


「はい。ありがとうございます。それではギルドカードをお預かりします」


セルシアンは手続きをすぐに済ませ、まちをでた。5つの依頼は難なく達成した。

風魔法を使って駆ける姿は、さながら王子のよう。5つも依頼を受ければ、それだけ時間がかかるのだが、風魔法を使って移動しているので、時間にも余裕が出てくる。


そしてセルシアンが受けた最後の1つ。少々難しいといった依頼。それは、ブラッドウルフの群れの討伐。ブラッドウルフとは、その名の通り、血のような赤い毛を持つ狼だ。

ランクはA。セルシアンにとっては余裕を持って倒せるモンスターだが、難しいのは、ブラッドウルフ達が群れで行動していること。そして、今回の依頼は通常の群れよりたくさんいるということで、難易度が高めに設定されていた。


(うん。驕らずに、冷静に)


セルシアンは、ブラッドウルフの目撃情報が多い場所へと来ていた。

臭いで気づかれないように、常に風下を意識して歩き、自分の風魔法でもそれをいじって念入りに姿を隠す。


(いた)


森の中を探索していると、岩陰で休んでいるブラッドウルフの群れを発見した。通常の群れより、遥かに数が多かった。通常の群れは5.6匹。多くても10匹に満たない。だがセルシアンの目の前には、42匹の狼がいる。


(あいつがこの群れのボスだな……)


気配を完全に隠し、敵の数、そしてリーダーを探す。他のブラッドウルフよりも赤く、その毛並みは全身に返り血を浴びているためか、硬く艶々している。


(落ち着け落ち着け。冷静に戦えば負ける相手じゃない)


セルシアン自身、ブラッドウルフとは何度か戦っていた。ブラッドウルフよりも格上の、ダークマジックウルフとも戦い、勝っている。数が多いと言っても、セルシアンが負ける要素など、どこにもない。


(よし)


セルシアンは魔法を発動させた。

風で空気を圧縮する魔法だ。時限式のその魔法を、その場に発動し、自分は逆側へと移動する。


セルシアンの発動した魔法は、空気を内側へ内側へと押し込める魔法。そしてその魔法は時間がくると完全に圧縮され、行き場のない空気は、大きな音を立てて爆発する。


「パァァァン!!!!」


耳をつんざくほどの大きな爆発音。

目の前からしたその爆発に、ブラッドウルフ達は注目する。


その爆発が、開戦の合図。


ブラッドウルフ達がその音に気づいた瞬間、ブラッドウルフ達の裏へと回っていたセルシアンが駆け出し、猛威を振るう。





その戦いは、長かった。

ただでさえ強い上に、数が多い。

セルシアンは自分の持てる力を全て使い、戦った。その結果、楽ではなかったが、その手に勝利を収めた。


ブラッドウルフの素材を持てる限り剥ぎ取り、無理なものは穴を掘ってその中に埋め、黙祷を捧げる。


「よし。きつかったけど、なんとか勝てたな……ん?」


何かが聞こえた。セルシアンが耳をすますと、それは寝息だった。


寝息の聞こえる方へ歩いて行くと、岩陰の中に、仔犬のようなものがいた。それは、ブラッドウルフの赤ちゃんだということがわかる。だが、毛の色は黒く、通常のブラッドウルフとは違う。ユニークモンスターだということがよくわかる。


「……幸せそうな顔で寝てるな……ごめんな」


セルシアンは細剣に手をかけ、ブラッドウルフの仔犬に向ける。


ブラッドウルフの仔犬は何も知らず、何も知らされないまま、殺意を向けられる。


「……」


しばらく考えた後、セルシアンは細剣をしまう。


「ごめんな。本当に。ごめんな」


セルシアンは何もせず、背中を向け、魔法で空へと飛んで行く。

生後間もない命を、奪えなかったのだ。

きっと恨まれるだろう。だがそれは、自分のした行いなのだから、納得はしている。


ましてやユニークモンスター。ここで殺さねば、必ず育ち強くなる。だが、狩りを教える親もいなければ、支えてくれる仲間もいない。きっと、すぐに他のモンスターに殺されるだろう。

自分が行った事は、良い事なのか悪い事なのか、今のセルシアンには、わからなかった。


(半分正解で、半分不正解だ)


罪悪感を心に抱きながら、セルシアンは依頼完了の報告をするために、街へと飛んで行く。

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