男と少年
「お兄さん、本当に強いんだねぇ!」
「……王都の十傑を名乗らせてもらっているのだからな」
何処かの森の中を、2人の人物が歩いていた。
黒い革のコートを羽織り、鼻から下を黒いマスクで隠している男。
そして、白いワンピースのような服を着た、紫の目の色をした浅黒い少年。
「ところで少年よ。その風貌、噂にきく天魔族だと思うが、なぜ1人でこんなところにいたのだ?」
「えへへ、それが恥ずかしいんだけど、集落を飛び出して当てもなく飛んでいたら迷っちゃって……」
「それで森狼に襲われていたと」
「えへへ……うん。そこでジルさんに助けてもらって……」
少年は、森で森狼に襲わせていたところをジルに助けてもらった。こんなところで、天魔族とはいえ子供が1人。ジルはそんな少年を置いてくことなどできず、こうやって道案内をしているところだ。
「ところで、知ってか知らずか、このまま行けば吸血鬼族の住む街に迷い込むところだったな」
「えっ!吸血鬼?!」
「あぁ。別に危険な奴らではないが、手続きが面倒なんだ。このまま人の街まで連れていってやろう」
「ねぇねぇ!吸血鬼って不老不死なの?!」
少年は目をキラキラと輝かせながら手をブンブンと振りながらジルに質問を重ねる。
「?いや、それは変な噂話だ。吸血鬼には寿命もあれば死にもする……いや、真祖などは不老だったか?」
「へー!すごいんだね!吸血鬼の街ってどっち?」
「学校で勉強する内容だが……天魔族の教育はわからないからな……俺たちの歩いている場所とは逆だ。あちらの方だろう」
人間の世界ではエルフや獣人といった亜人の勉強などもする。吸血鬼の歴史についても教科書などに記されているのだが、ジルの言った通り、閉鎖的な種族の天魔族がどんな教育をしているかは知らない。
「僕吸血鬼の街に行ってみたい!」
「それはダメだ。手続きを踏まなければいけないし、おいそれと行っていい場所でもない」
「え〜そうなんだ……ま、場所は知れたからいっか」
少年がそう呟いた瞬間、ジルに悪寒が走った。ジルは大きく跳びのき、少年との距離をとる。
「……貴様、何者だ?」
ジルの問いに、少年は相変わらずキラキラとした目で笑いながら言った。
「吸血鬼の街に案内してくれるまでは生かそうと思ったけど……あはは!この殺気でこんなに離れるなんて、お兄さん、臆病者?」
「ふん、言ってろ」
「そんなに離れちゃうんじゃあ……これだったら、背中向けて逃げちゃうかな?」
「なっ!」
瞬間、少年から凄まじいほどの殺気が放たれる。目の前の少年の歳からは考えられないような死のプレッシャー。それだけでジルにはこの少年が既に何人をも手にかけてきたということが見てわかる。
「本当に、何者だ貴様」
「吸血鬼を食べれば僕も不死になれるかな……」
「……吸血鬼の血を摂取したところで」
「それはどうかなぁ?」
ジルが言おうとしたことを笑いのけるように少年は言った。
「それよりほら、攻撃してきていいよ。最初の1回は受けてあげるから」
「罠だろう?」
「うーん?罠じゃないよ〜防御はするけど攻撃はしないよ。ほら、後ろ向いてるから」
少年はガラ空きの背中をジルに向ける。
ジルは油断せず少年の動きを観察するが、それは本当に無防備だった。
「後悔、しないな?」
「どうでもいいから早く〜」
「ふん……傲慢な奴だ。それでは、遠慮なくっ!!」
ジルはコートを翻す。とてもコートの中には仕舞えないほど巨大な鎌を取り出した。
その鎌は、鳥の嘴のようだった。
「啄め!突斬鴉!」
それは少年の首めがけ真っ直ぐに振り切られた。が、少年の首が飛ぶことはない。
「はぁい。残念」
少年の首は紫色に変色し、鱗のようなものがびっしりと生えていた。
「変な鱗って書いて変鱗って言うんだけど、色んなモンスターの皮膚を食べてたら変化したんだよね」
「……恐ろしいな」
ジルは再び距離をとった。少年はジルに向き直る。
「はい。じゃあボーナスステージは終わりね。次は僕も攻撃するよ……」
少年は笑顔でそう言いながら両手を合わせた。
「いただきます」
「っ!千刃烏!!」
再び濃厚な殺気を感じ取り、ジルはコートを広げた。そこから手裏剣のような形をした烏たちが少年へ向かって一直線に飛んでいく。
(くっ。これは、まずいな。勘がいいのも、考えものだな)
少年から感じた濃厚な殺気。そして自分の渾身の一撃が弾かれたこと。このことなどから、自分がこの少年には到底敵わないということを感じとってしまった。
(ふっ。グランドマスターへ報せなければな。恐ろしい化け物が現れたと……行け。刃飛 )
千刃烏と混ざるように、少し形の違う鳥のような刃物が、どこかへ飛んでいく。
「さぁこい!!楽しませてやろう!!」
「えっ!はっはっは!お兄さんが僕を?えへへ。でもちょっと楽しみ」
「あぁ。刃巢飛!!!」
大小様々な鳥のような刃物が辺り一帯を包み、少年に向かって飛んでいく。
森の中に、鳥の鳴き声のような風切り音がしばらく響いた後、それは静かに、静かに。
まるで森が眠ったかと思うほど、静かになった。




