骸骨は砕かれる
ぐちゃっ、短い音が聞こえる。
俺は意を決して、目を開く。
『主人を殺されたら、元も子もないからね』
俺の目の前は、文字通りの真っ白になっていた。木々は凍り、俺の全身も、霜に覆われている
『何が起きた?』
大きなスケルトンの全身も、氷で覆われている。ハルカの隣には、煌びやかな女性が浮いていた。透き通った白い肌に、白いドレス、氷像のようだった
『さぁ、ご主人、反撃の時間よ』
大きなスケルトンの手を砕き、ハルカは着地をする。大きなスケルトンは、体から黄色の魔力を出し、それを身に纏う。魔力が消えると、氷漬けになっていた体は、その氷を消えていた。砕かれた右腕は他の無数の骨で新しく出来上がっていた
『私はあなた。あなたは氷。氷は力、さぁ、ドレスを着て』
女性がハルカを導く、ハルカの息は荒く、白い息を出していたが、徐々に落ち着きを取り戻す。真っ黒なローブに霜がかかり、白く変わる。それはドレスのように気品があった
『自動操縦は、あなたの体が自動で動くんじゃないの。あなたが自由に動くから自動なのよ。さぁ、一緒に踊りましょう?』
白い女性はハルカの手を引いた。ハルカの両手には、氷でできた大爪ができていた。
メイスを俺の前に刺し、飛び出していく
『水は、氷は、空気は、全てあなたの味方、あなたの僕よ』
『羽虫如きが』
大きなスケルトンが、目にも留まらぬ速さで腕を振るう。白い女性は、その腕の動きを目で追えているようだ
『空気を感じて。あなたは羽よ。素早く、自由に、予想のつかない動きができる』
白い女性とハルカは、空中でスケルトンの腕を軽々と避ける。腕の周りを一周し、スケルトンの目前へと迫る
「氷河期」
ハルカがスケルトンの腕に大爪を突き立て、魔法を唱えた。スケルトンの全身は一瞬で凍らされた。だがそれもまた一瞬。スケルトンはすぐに体の氷を溶かし、両手でハルカを捕まえようとする。
ハルカはそれをまた躱し、柔らかく地面に降り立つ
『時間は有限よ。あなたじゃ満足に力を使えないわ。私のご主人なのだから、死んでもらうわけにはいかないのだけれど……あなたの後ろには誰がいる?』
「ムルト様……」
『その人を守るために、あいつを倒さなきゃいけないのよ?』
「はい」
『だったら、気張りなさい。優雅に強引に、圧倒的に勝ちましょう?』
「はい!!」
ハルカはまた体に魔力を纏い、駆けていく
「氷山穿ち!!」
大爪を重ね、巨大な口のようにし、スケルトンへ向かっていく
『そんなもの、きかぬわ!!』
スケルトンはそれを両手で受け止める。
ハルカの力ではスケルトンを潰すことができなかった、が、確実に攻撃はきいている
『なぬっ?!』
スケルトンが受け止めている手を、端から凍らせ、じわじわと砕いている
『ぐうぁっ!』
スケルトンは腹の中からもう一本の腕を出し、ハルカを突き飛ばす
『体だけでなく、体内にも影響を及ぼすか……』
吹き飛ばされたハルカは、フラフラと立ち上がった。が、どうやら反撃の力は残っていないようだ
『決められなかった……わね。でも、まだ、死なないわ。そこの骨!この子を守りたいなら、踠きなさい!!』
「っ!あぁ!そのつもりだ!」
氷像のような女性は、風に掻き消された。
ハルカは立つ力しか残っておらず、また肩で息をしている
『はっはっは!もう終わりか!ならば、今度こそ』
大きなスケルトンが、腕を持ち上げ、ハルカは振り下ろそうとしている
「うっ、ぐぁぁああぁぁぁあぁ!!!」
俺は自分を鼓舞するため、雄叫びをあげた。
全身に力を、魔力を、全てを込める。
赤い魔力と青い魔力が俺の肋骨内の宝玉から伸び、俺の砕けた骨と骨を繋げ、俺の体を1つに戻す。
赤と青の混ざった体は、魔力のせいか、紫色に染まってしまっている
「はぁぁぁああぁぁ!!」
驚くほどに体は軽かった。巨大な腕が振り下ろされる前に、回り込み、その巨大な腕を両手で受け止めた
『まだそんな力を残しているのか。だが、長くは持つまい?』
全身の節々が、砕けた骨が、ヒビが、悲鳴を上げている。今すぐにでも、潰れてしまいそうだった
だが、俺がここで潰れるわけにはいかない。
守りたい者が、その場にいるのだから
「ふふふ。それは、どうかな?」
俺は不敵に笑う。俺の危険察知が、こちらに近づいてくるものに気づいたからだ
「ムルトォォオォォオ!!!!」
巨大な槌が、巨大なスケルトンに振り下ろされる。それを片手でスケルトンは受け止めた
「コットン!!」
「ムルト!また色が変わっているな!」
「あぁ!それより!」
「わかっている!先に、こいつを!」
『次から次へと、小癪な!』
大きなスケルトンは、腕を振り回し、俺たちを攻撃しようとしてくる。
俺とコットンは、それを軽々と躱す
『温存しておきたかったが……これで終わりだ!「死無苦の……』
「円柱の聖域!」
ハルカが、最後の力を振り絞り、魔法を放ってくれたようだ。
大きなスケルトンの周りを光が包む。
大きなスケルトンはその中に閉じ込められ、魔法を封じられてしまったようだ
『こんなもの、きかぬ。はぁ!!』
両腕を広げ、黒い魔力が溢れ出し、その聖域を破壊した。
コットンはその隙を見逃さず、槌をさらに巨大化させ、攻撃を放った
「隕石粉砕!!」
その攻撃を全身で浴びてしまう。大きなスケルトンが、初めてよろけた
『くそぉ。羽虫どもが……ここで、こんなところで……』
全身から黒、黄色、橙色の魔力が溢れ出る
『まだ馴染まぬか……もう1つの器よ……ここは、退いてやろう。お主は、あの木偶とは違い、骨のあるやつだ』
俺の中の青い魔力が、より一層濃くなる
『だが、まだその時ではない。時がくれば、また合間見えることになるだろう。それまでに、罪を思い出せ。集めろ。無を有に、全を個に、我らは、同じ使命を持っている』
「何の話だ!」
『いずれわかる。我らは分かたれたものを集める有志、我らを分かつのも、また分かたれた者たちよ』
「コットン」
「あぁ」
俺とコットンは武器を構える。俺はハルカのメイスを、コットンは巨大な槌を、それぞれ巨大なスケルトンの体に叩き込む
『我が名はエルト、強欲のエルト。運命は変わらない。また会おう。ムルトよ』
俺たちの攻撃は、当たることなく、そのスケルトンの体に当たったと思えば、その巨大な体は黒い霧となり、霧散した
「逃したか」
「あぁ。そのようだ」
「ムルト、大丈夫か?」
「あぁ、なんとか、な」
そう返事をした途端、全身が崩れた。限界のようだ。全身の骨は粉々に砕け、残ったのは頭蓋骨と脊椎だけだ
「ははは、今でよかったな」
「あぁ。肝が冷えたよ」
「はっはっは、冗談が言えれば大丈夫だな」
軽口を互いに叩く。コットンは、それから、倒れたハルカと、俺を守ってくれていた。
少しして、ギャバンとフッドンが合流する。2人とも命に別状はなかったが、俺と同じく体の骨を折ってしまっているらしい
「まっ、お前よりは軽症だがな」
腕で防御したのか、2人ともあらぬ方向へと曲がっていたが、そう強がっていた。
ギャバンがハルカを、コットンが俺を抱え、街まで運んでくれる。途中で他の冒険者と合流しながら街へと戻る。
俺とハルカは一度ギャバンの家へと通されることとなった。時間は夕日が沈み始める頃、俺は目だけを動かし、壁に立てかけられている愛剣、月欠を見る
(綺麗に……割れてしまったな)
初めてその剣を手にした日を思い出し、隣に横たわるハルカを愛おしく見ることしかできなかった




