語られないはずの物語
Twitterのグループ・小説家の集いで決めた夏のキーワード小説、テーマは「双子、洞窟、犯す」です。
会話メインとなってますので、ささーっと読んで頂けたら良いなと思います(*^^*)
兄は全てを疑った。社会を、知人を、友人を、家族を、さらには自分の存在までもを。ありとあらゆるものを疑った彼に残ったのは、強欲の二文字で構成された自分と良く似た妹だけだった。
妹は全てを望んだ。親友を、金を、地位を、権力を、この世界の全てを。その結果彼女に残ったのは、自分の存在を真っ向から否定した、自分と良く似た兄だけだった。
2人はこの世界を酷く嫌った。世界が2人を嫌った。だから彼らは決めた、この世界を壊すことを。
双子だったからか、兄妹の意見は一致していた。まずは力を手に入れよう、と。
「…………兄さん、まだ?」
「多分、もうすぐだと思うんだが……………」
2人は自分達の生まれ育った村の近くにある、誰も寄り付かない洞窟に足を運んでいた。誰も寄り付かないのはそこが「悪魔の巣窟」と呼ばれる、一度足を踏み入れたら2度と帰って来ることは出来ないと噂されるからである。全く以て馬鹿馬鹿しい話だが、彼らはそれを信じなかった、いや、兄がその事を疑ったお陰で2人はその洞窟へと向かう事になった。
入り口付近は日外の光が当たる部分以外暗すぎて何も見えないのだが、手探りで奥まで進むと壁から突き出た水晶が発光して空間全体がほんの少しだけ明るくなる。水晶自体は大して高価では無いのかもしれないが、それが大量にある為、全てを持ち帰る事が出来るのであれば一日にして大金持ちは約束されるだろう。だが2人にお金など無用だ、欲しい物はもっと別にある。
そうしてしばらく進むと、突然広い空間へと抜けた。
「何、ここ…………」
「こんな空間が洞窟の中にあったとはな……………」
2人は周囲をキョロキョロと見た後、空間の中心に向かって歩き出す。すると………
『………………待ちくたびれたぞ、人間』
「わぁっ!?」「きゃっ!?」
誰も居ない所から響いてくる声にそこまで驚く必要があるのか、と言う位2人は叫んでいた。
『そこまで驚く事も無いだろう、人間。
…………で、何の用だ』
「え、えっと…………」
「……………その前に、アンタは何者だ?」
『俺か?…………そうだな、お前ら人間から言わせてみれば悪魔と同じ類になるんだろうな』
「……………何故姿を現さない」
『お前は疑問が好きなようだな、人間。
そんな事どうだっていいだろ?』
そう言われると兄は黙ってしまう。この手の反論にはどうやら弱いようだ。
『しかしまぁそうだな、ここに人間が訪れるなんてもう何年も無かったからな。
特別にお前達の質問にそれぞれ一回だけ答えてやろう、それからお前達がここに来た理由を問おうではないか』
「質問…………」
「どんな質問でも答えられるのか?」
『ああ、どんな質問だって答えてやるさ』
2人は黙りこくり、それぞれが質問を考え始める。
最初に質問をしたのは妹だった。
「……………私は、何を望めば良かったの?」
『ほう、それは面白い質問だな。
答えは至極単純、”何でも”だ』
「……………じゃあ、私は何がいけなかったの?」
『それには答えんぞ。質問は一人一つだけだと言っただろ?』
「なっ……………そんなの質問に答えてないじゃない!?」
『最初の質問には答えた、それについて文句を言われる義理は無い。
さて、そっちのお前の質問は何だ?』
声は兄の方に向けられた。その兄の表情は妹への質問前よりも一層渋くなっていた。それもそのはず下手な質問をすれば何でも知る事が出来る機会を失う事になってしまうのだから。
だが兄はここでも嫌な癖を出してしまう。……………何故、何でも答えられるのか、と。
『ああ、余計な詮索は無駄だぞ?
例えば……………どうして何でも答える事が出来るのか、とかな』
「っ!?」
しかし彼のその考えは声に掻き消されるのだった。
(……………心を読まれた?)
『ん?図星か?
まぁ、予想とかじゃなくて俺はただ”知ってた”だけだがな』
「…………………」
その言葉に、彼は絶句した。そう、声は”何でも知っている”事を目の前で証明したのだ。疑いようのない事実を突きつけられた兄は、そのお陰もあってか、震えそうになる声を必死に抑えながら”声”に問う。
「全てを疑った、なのに答えは1つも出てこなかった。
…………………俺は、俺には何が足りなかった?」
それに応える声は、どこか笑っていた。いや、嘲笑っていた。
『お前は頭が固すぎたんだよ。
”別に答えなんかなくたっていい”、これを受け入れられなかった。ただそれだけだ』
その答えに兄はまたもや言葉を失った。思い当たる節はいくつもある。友人や家族の定義について何度も疑い、その真偽を聞く度に何度も聞いてきた言葉「そんなのどうでもいいだろ」。兄はどうしても受け入れられなかった、受け入れられる皆を妬んだりもした。だから、ここで同じ事を、現実を突きつけられた彼の口からは言葉を出そうにも出せない、脳が何を言えばいいのか命令出来ないのだ。
『質問は以上みたいだな。
では、お前達がここに来た目的を話して貰おうか』
”声”に催促されるが兄は未だに空いた口が塞がらず立ち尽くしたままなので、それを見かねた妹が代わりに話し始めた。
「力を求めてここに来た」
『力……………?
ここに来れば手に入る、そんな噂が人間界では流れているのか?』
”声”に対して妹は首を大きく左右に振る。
「違う。村の者が恐れて誰も近付かないここなら、何か力を得るヒントがあるかと思って……………」
『ふむ、なるほど人間らしい浅はかな考えだ。
………してその力を何に使う』
「世界を壊すため」
『………………くくく、はっはっはっはっはっは!!!!』
妹の言葉に突然笑い出す”声”。自分の言葉が笑われたと勘違いした妹は顔をしかめ、いかにも「腹立たしい」という感情を全面的にアピールしてくる。…………あまり効果は無いが。
『はっはっはっ…………ふぅ、ここまで愉快なのは久しぶりだ。
なぁ人間よ、もしそんな力がこの世にあったとしたら、誰かが既に使っていると思わないか?』
「っ…………
で、でも既に使われた後の世界って可能性も」
『だとしたら、余計にそんな力など無いだろ?』
「…………………」
ぐうの音も出ない程の正論を返され、妹も兄と同じ様に言葉が出なくなってしまった。それと入れ替わる様にして、何とか立ち直った兄が質問を出す。
「じゃあアンタはどうしてここにいる?
悪魔なら人間界を乗っ取りたいと企むものじゃないのか?」
『質問は一回だけだと言ったはずだぞ、人間よ。
……………だがまぁ、それぐらいは答えてやるか』
はぁ、と言うため息に続けてさらに”声”は発せられる。
『そもそも悪魔が皆人間界を乗っ取りたいだの世界を壊したいだのと考えているという発想自体が大間違いだ。現に俺はこうしてここに住み着き、のんびり暮らしているだけなのだからな』
「そんな馬鹿な話────」
『信じられないのだろ?だから人間、お前は頭が固いのだよ』
「くっ………………」
歯を食いしばるような思いに、兄はその場で握り拳を作って唸る事しか出来ない。そんな時”声”は少し思い至った事を言葉にする。
『そういえば人間よ、確かお前達の住んでいる村にはあの忌々しい修道院なる建物があっただろう?
確かそこではこの洞窟に入る事は禁忌とされていたはずだが?』
「ああ、確かにそうされているな」
『自ら禁忌を犯してまで来た、というのか?
人間と言うのは規則や習わしを重んじる種族だと思うのだが…………』
”声”のその言葉に2人は表情を暗くする。少しして動きの鈍い妹の唇が動き始めた。
「…………私達はあの村を追い出された。だからもうあんな規則なんて守る必要は無いの」
『ほぅ、それは面白い話だな』
ふむ、と短く唸る声が空間に響いた後、”声”から驚愕の一言が飛んで来た。
『少しお前達の事が気に入った。世界を壊すことは出来ないが、それでも望むなら力を与えてやろう』
「ほ、本当か?」
『ああ、そう疑うな。本当だ』
”声”からの予想外の嬉しい提案に、兄は興奮を抑えきれず質問してしまう。だが”声”は機嫌がいいのか、それに快く肯定した。しかしここでまたしても兄は悪い癖を出してしまう。
「………まて、その力の定義は何だ?
それを知らなければ俺は素直に受け取─────」
「兄さん!!」
それを大声で止めたのは、妹だった。どうやら彼女は兄の疑いの目よりも目先の利益に意識を向けたいらしい。だが兄もここを譲る訳にはいかず、
「しかし、ここで変な力を貰っても全く以て意味が無いだろ?」
「でもアイツは本当だって言ってたし、早くアイツの気が変わらない内に与えて貰おうよ!!」
「むぅ…………だがなぁ」
『心配するな、ちゃんとお前の望む定義に従って力をくれてやる』
妹相手にごねる兄に痺れを切らしたのか、”声”は兄に向けてそう言い切った。2者に責められた兄はとうとう妹の意見に従い、”声”に力を要求した。
「本当に望む定義の力が貰えるんだな?
…………だったら俺はこの世界の全てを知る力が欲しい」
「じゃあ私は何者にも負けない絶対的な力が欲しい」
『分かった、お前達の願いを聞き入れよう。
お前達、目を閉じるが良い』
2人は言われるがまま、ゆっくりと目を閉じた。その2人を地面から滲み出た黒い靄が優しく包み込み、姿かたちを全く見えなくしてしまう。そうして十分に2人を包んだ靄は、まるで全身にこびり付いた泡のようにスルスルと流れ落ち、地面に吸収されていった。
『さあ目を開けるが良い、人間よ』
2人はゆっくりと目を開けた。するとまず声を上げたのは兄だった。
「す、凄いっ。
この世界の情報が全て、頭の中に入ってくるっ。
凄い、凄いぞっ、ははははははっ!!!!」
兄は脳裏を走り抜けていくおびただしい数の情報に歓喜していた、興奮さえしていた。自分の疑いが全て晴れるかも知れない、そう思うと高ぶる自分の気持ちを抑えきれなかったのだ。
……………だが、彼は全く気付いていなかった。自分の今の姿に。
「……………っ、きゃぁぁぁぁぁっ!!!!?!!!?」
悲鳴を上げたのは、自分の手を見た妹だった。彼女が悲鳴を上げたのは、自分の手が自分の物では無くなっていたから。その悲鳴を聞いた兄は妹の方に振り向く。彼は息を呑んだ。
「お、おい何だよ、その姿…………
まるで─────」
─────悪魔じゃないか。兄はそう口にした。
妹は、既に兄の知っている妹ではなくなっていた。全身人間のそれとは明らかに色、質の異なる皮膚組織が水晶の光を浴びて光沢を見せている、その事実が兄の目から離れなかった。
「に、兄さん……………
わ、私どうしてこんな姿に……………?」ドサッ
「お、おいしっかりしろっ───────!?」
あまりのショックに意識を失いその場に倒れ込んでしまった妹であるらしいそれに兄は手を伸ばそうとし、その手を止めた。いや、手らしきものを止めた、とでも言うべきだろうか。
「な、何だよこれっ!?」
兄の手は、人とは思えない程に黒く、岩のように大きく硬かった。掌には肉感は多少残っていたがそれまで、もはや兄にとってそれは「自分の手」だと言う事が出来なかった。
「おいっ!!一体何をしたんだ!!」
『何をしたって……………見ればわかるだろ?』
兄の叫びに”声”はさも当たり前であるかのように、間の抜けた声で返事をする。
『お前達にそれぞれ望んだ力を与えた、その対価としてお前達の姿を俺達悪魔と同じにしてやっただけだ』
「き、聞いてないぞそんな事っ!?」
『………………まさか。
何の損失も無く力が手に入ると思ってたのか?』
悪いのはお前だ、と言わんばかりの鋭い発言に兄は俯いてしまう。誰が悪いと問われれば、疑う事を怠った自分に責任があると、真面目な彼は考えたのだ。
『まぁ、これからもよろしくなぁ同胞よ』
「く、くそっ………………」
『っても名前が無いと呼びにくいよなぁ。
仕方ない、お前達に名前をやるか』
「ま、まて俺には名前が────」
『それは人間としての名前だろ?
お前達はもう既に人間ではないではないか』
「くっ………………」
『分かればいい。
と言っても、当の昔にお前達に与える名前は決めていたんだけどな』
兄は後悔した。「自分が疑いさえしなければ」、と。
『まずはそこで倒れている者だが、”マモン”と名付けよう。
そしてお前だが、ふむ、やはり”レヴィアタン”が似合うな』
ははははははっ、と笑う声に向かって、兄は掠れそうな声で”声”に質問する。
「…………お前の名前は何だ」
『俺か?
………そうだな、昔はグレゴリウスと名乗っていたが今は無いな』
「……………そうか」
こうして世界に嫌われた2人は、世界から姿を消す事となった。誰にも気付かれず、何の記録にも残らず消えた2人は、その後にとある勇者達によって倒される事となるのだが、それはまた別の話である。
え、じゃあ何故こうして語られているのか、だと?
そんな分かりきった事をわざわざ質問するとは、やはり人間は浅はかだな。
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