兄は出来る妹を思って頑張ってみました。
今回頂いたお題は「兄妹ラブコメ」です。
書いているうちにラブコメ?となりましたがまぁ読んでみてください(笑)
俺の名前は銀条尚也。どこにでもいそうな高校二年生だ。
中学の時に地元の塾に入って勉強していたおかげで、近くの中堅私立進学校には何とか入学する事が出来た。
特技は何もない、部活もしていなかったし今もしていない。
家に帰ってする事と言えば勉強とネットを見るぐらいだろう。
容姿は自分では悪くない方だと思っているのだが、実際の世間の評価は俺に彼女が出来ない事で示してくれている。
────コンコンッ。
「兄さんそろそろ起きて、朝食抜くよ?」
………………前言撤回、俺は少しばかり特殊な環境にある。
「それは困る……………
すぐ起きるから待って……………」
さっさと自分のベッドから起き上がった俺は、まだ半分程しか開いてない目を擦りながら自室の扉に手を掛け、リビングへと向かった。
「遅いって、もう味噌汁冷めてるから」
「あ、ああすまん……………」
俺には一つ歳下の妹が一人いる。
もちろん実妹だ、残念ながらどこかのラノベみたいに義妹パターンでは無かった。
俺と全く以て対照的な妹は、勉強も出来るわ運動神経もいいわ、おまけに全学年で噂になるぐらいの美女だ。
しかし告白してきた男子を「貴方では私を守れません」と冷たく言い放って切り捨てるため、その異常なまでに艶のある黒髪から付けられたあだ名は「黒姫」。このあだ名を考えた奴には惜しみない賞賛を与えてやりたいほどだ。
話の流れから分かると思うが、俺と妹は同じ高校に通っている。
かと言って学校内ではすれ違っても会話は無いし、そもそも校舎が違うため学内で喋ることはまず無い。
俺は妹の前に腰掛けるとテーブルの上に並べられた朝食に目を通す。
ご飯に卵焼き、味噌汁にサラダ…………健康的だな。
「まぁ、取り敢えずいただきます」
一番最初に食べる物は決まっている。
俺は箸で卵焼きをつまみ上げ、口の中に放り込む。
………………
「なぁ香澄、卵焼きちょっと甘くないか?
俺はもう少し塩気が────」
「知らない。私が食べたかったの、何か文句ある?」
「いや、無いけど………………」
何でかは知らないが、妹の香澄はいつも機嫌が悪い。
きっと俺が嫌われているのだろう、それが分からない程鈍感ではない。
俺はテキパキと食事を済ませ、食器を持って席を立とうとした。
「部屋戻んの?」
「あーうん、別に夏休みだしいいだろ?」
「そんな事聞いてないから。
私も部屋戻るけど、絶対に入ってこないでよね?」
「わ、分かったからそんなに睨まないでくれよ…………」
そう言って早足で自分の部屋に戻っていく妹も見送った事だし、俺もさっさと自分の部屋に戻ってゲームするかなぁ。
台所に食器を返し、俺も妹みたく自室に戻った。
VRMMORPG「ザ・ワールズ」。
魔法や武器がほぼ無限に近いぐらい用意され、イベントやPOPするモンスター等も日に日に更新されていく。
何より凄いのが、原理は分からないが自分の伝達系神経を電脳世界に作られた自分のアバターとリンクさせることで、脳内で出した指示がそのアバターに伝えられ自分が動いているようにアバターを動かせる、と言う訳だ。
しかもゲーム内で受けたダメージは脳や体への負担にはならない設計らしく、安心してプレイ出来るのだ。
国家規模で行われている今の若者世代から中年世代まで大人気なそのゲームに、俺もかなりのめり込んでいた。
「さて、そろそろ集合時間だな………………
もう来てるかな、カラスアゲハさん」
いつもの様にヘッドギアを装着、ゲームの電源をオンにし目を閉じる。
この瞬間は何度やっても緊張するものだ。
ゲーム開始は電源を入れてから三十秒後、そろそろかな。
『ゲーム、イン!』
脳に直接そんな言葉が流れ込んでくる。
そして、自分の脳が少しふらつくのを感じた。
これが、ゲームの世界に来た合図だ。
「……………、ん」
ゆっくりと目を開けるとそこに広がっていたのは、見慣れたもう一つの自室だった。
いつ乗っかってもふかふかのベッドに木製の大きなクローゼット、円卓テーブルを挟んで椅子が2つ。
少し奥の方に目を向けるとキッチン、その横にはトイレがある。
一日に一回は必ずログインしている俺にとって、そこはすごく居心地のいい空間だ。
ふと、時計に目を向ける。
─────九時十分過ぎか、今からなら全然間に合うかな。
クローゼットに手を当てると、ウィンドウが現れる。
その中から昨日使って無くなったポーション系を上限まで引き出し、ついでにサブウェポンも取って腰にぶら下げておく。
今日どのクエストを受けるかは相手次第な所がある為、最低限でも武器は2種類用意しておくのが最近のマイルールである。
防具は普段纏っている黒のコートの中に軽装備用のをいくつか付けている。
あまりごつい装備は趣味に合わないので、一度も着た事が無い。
「あとは弾薬と向こうで調合する素材と……………よし、こんなもんかな」
クローゼットから手を放した俺は目を閉じ、こう呟いた。
──────テレポートと。
次に目を開けると、そこには大勢の人が雑談なり何なりと交流を広げていた。
俺が向かった場所は『クエストカウンター』。
とある町の看板施設でもある『ギルド本部』の一階にあるそれは、プレイヤーにクエストを斡旋する場所でありまたプレイヤー同士の交流の場であった。
俺は大きく陣取っているクエストカウンターから向かって右側奥にある、休憩スペースに足を運ぶ。
そこでいつもの様に待ち合わせているからだ。
多く並べられたテーブルのいくつかは既に人で埋まっていたが、そのさらに奥、壁に密接した場所だけは何故か人がほとんどいなかった。
それもそのはず、彼女がいるからだ。
「おはよう、カラスアゲハさん。
もう来てたんだ」
「おはようございます、レオンさん」
黒ロングに似合う髪飾りをいくつも付け、U字ネックフレアスカートの黒ワンピース。
ベルト部分には黒光りする二丁拳銃が物騒にも差してある。
手首には様々な色のブレスレットを巻き付けて、凄くオシャレに見える。
一番目に着くのはその人にしては異様に長すぎる耳。
ファンタジーでお馴染みの『エルフ』と言うヤツだ。
そう、彼女こそが俺の唯一のパーティメンバーにして相棒の『カラスアゲハ』さん。
このゲームを始めた時から今までずっと一緒にやって来た。
「今日はどうする?」
「さっき確認したら新クエストが出てるらしいの。
それ、受けてみない?」
「難易度は?」
「レベル推定☆8らしいわ」
このゲームではクエストの難易度に明確なランク付けがされている。
初心者用の☆1から最高難易度は☆10、さらにそれより上になるのが☆☆、最高難易度は☆☆☆である。
つまり俺が今から行こうとしているクエストはかなり高レベルな方だと言える。
だがしかし、今までこういう事は何度もあったので別段驚きはしない。
それよりも、今はもっと重要な問題がある。
「珍しいな、そのレベルのクエストを受けるなんて」
そう、俺とカラスアゲハさんがいつも受けているクエストのレベルは☆10。
☆8と☆10では報酬量が圧倒的に違うし、何より☆8でドロップするアイテムは☆10で手に入るし、☆10でしか手に入らないアイテムもある。
だからこそ、俺は疑問を抱いた。
どうしてこんなに低い難易度なんだ、と。
そんな俺の疑問に、カラスアゲハさんは涼しい顔で答えてくれた。
「決め手となったのは『制限時間180分』って書かれていたから、かな」
「え、それ、本当に?」
「もちろん、ちゃんと運営にも確認したから間違いない」
バカな、そんなはずはない。
どれだけ高難易度───☆☆☆のような───クエストであっても、必ず制限時間は60分だった。
だからこそこのゲームはより高度な戦略技術が問われ、これだけ多くのプレイヤーを生み出してきた。
その暗黙のルールを、運営側自ら破ってきただと?
……………いや、この際運営側のミスがどうとかは問題ではない。
「…………いくつか確認したいんだけど、いいか?」
「もちろん」
「まず、制限時間が変わっていたクエストはそれ以外にあったか?」
「なかった」
「次、カラスアゲハさんは『推定☆8』って言いましたよね?
それは、クエスト詳細にそう書いてあったのか?」
「うん、だからそのまま言ったんだけど?」
「最後に、このクエストに挑戦した者は?」
「私の知る限りでは、いないかな。
公式に発表されたのはたった数十分前だし、多分この事を知ってる人自体が少ないと思うよ。
運営もクエスト内容をほとんど明かしてないみたいだし、誰もこのクエストの情報は持ってないと思った方が良さそうかな」
確かに、と俺もその意見には素直に同意する。
ほとんど毎日クエストが更新されているこのゲームにおいては、イベントクエストなどあってないようなものである。
「質問は終わり?」
「まぁ、これで全部かな。
……………このクエストさ、多分地雷だよね」
「多分ね」
俺の中での話だが、RPGゲームにおいて最大の強敵、それは地雷(初見殺し)だと思う。
ある程度の情報を集めてからクエストを始めるこのゲームにおいては、対策の立てようがないという事がどれだけ命取りになるかなど議論するまでも無いだろう。
そんな未知のクエストに、彼女は誘ってきたのだ。
「で、このクエストどうする?
いくら☆8だとはいえ地雷だろうし、私一人だとクリア出来ないだろうから………
もしレオンさんが行かないって言うなら私も諦めるけど?」
ったく、何が『諦める』だ、よく言うよ。
そういうのは自分の顔を鏡で見てから言えってんだ、『絶対に行きたい』って書いてるじゃねぇか。
「はぁ………………
分かったよ、行けばいいんだろ?」
「そう言ってくれると思ってた。
早速受注しに行こうか」
半ば強引に今回の目的が決まると、彼女はゆっくりと席を立ち、その足でクエストカウンターへと歩いていく。
その後ろに付いて歩いていると、周囲が騒いでいるのが耳に入ってくる。
────黒死蝶がクエストに行くぞっ!!
────カラスアゲハ様は今日も素敵だわぁ~
────あの2人が見れたんだ、今日は早起きして正解だったぜ。
目の前でNPCである受付に受注を依頼しているカラスアゲハさん、そして俺に周囲の目は向いていた。
これはいつもの事だから慣れているのだが、やはりこうも注目されると照れくさくて仕方がない。
ちなみに、黒死蝶ってのは俺達のパーティ名だ。
『ザ・ワールズ』の特徴の一つとして、クエストを受注出来る人数は最大10人まで、というルールがある。
少し多い様に見えるが、それぐらいボスが強力なのだ。
それにさっきも言ったように時間が圧倒的に足りず、タイムオーバーになる事を防ぐための救済措置だ、と運営が先日公表していた。
つまり、なぜ俺達がこうしてまで注目を浴びているかと言うと、たった2人で☆10をクリアしてきたからである。
そのおかげで今はこうしてクエストを受けるたびに騒がれるようになった訳だが……………
「何してるの、早く行こう」
「ああ、もう終わったんだ。
じゃあ早速行こうか、クエスト内容は移動しながらでいいから教えて」
「分かった、場所は──────」
クエストを受注した俺達は、クエスト転移装置のある二階に向かって再び歩き始める。
きっと今回のクエストは荒れるだろうなぁ。
そんな予感を胸に秘めた俺は彼女から話を聞きながら、今までの事を思い出していた。
話を少し戻そう、俺とカラスアゲハさんがどうして2人で組んでいるのか、疑問に思う事の方が多いだろう。
でもこれにはれっきとした理由がある。
何故なら、彼女は俺の妹だからだ。
マートルの森。
森自体は別段深いわけでも無く、空気は綺麗で泉などもあり、穏やかな雰囲気が漂ってくる。
POPするモンスターとしては虫系や獣系がよく見られるが、数はかなり少ない。
本来は初心者向けのクエストでよく向かう土地ではあるのだが、こうして上級者向けのクエストでもごく稀に訪れる事がある。
「しっかしまぁ、本当に久々に来るなぁ」
「そうね、前に来たのって半年近く前だったかしら?」
「多分そうだね、☆9受注資格クエストの時に来た以来かな」
「そう思うと、時間が経つのってホント一瞬」
「だね………………」
今回の依頼はこの森の探索。
正確に言うと森の最奥にある崖の麓に新たに出来た洞窟の探索、らしい。
これはあくまで俺の予想だが、その洞窟の先が未開の新エリアになってて、新モンスターうじゃうじゃ、新アイテムわんさかなのでは?と。
もしこの予想が正しければ、制限時間180分なのも頷けるというものだ。
「………………何か、おかしい」
横を歩いていたカラスアゲハさんが急に立ち止まり、周囲を見回し始める。
俺も何となくだけど、その言葉の意味は分かっていた。
「POPするはずのモンスターがいない、だよね?」
「うん。
この辺りはジャイアントセンチピードのPOPエリアなのに」
俺も彼女と同じ様に周囲に目を向けるが、なるほど確かにいない。
森が、このエリアが、異様なまでに静けさを保っているのだ。
まるで何かの登場を恐れているかの様に。
「………………やっぱり地雷だったなぁ」
「そんな事言ってないで、さっさと前に進もう」
「そうだね、こんな所で愚痴っても仕方ないか」
俺とカラスアゲハさんは既に眼中に収めている崖の麓を目指して、ただひたすらに足を進めた。
さて、話はまた前に戻って俺とカラスアゲハさん、いや、俺と妹がどうしてゲーム内で出会う事になったのかを話そう。
あれはキャラメイクを終えてすぐの頃、右も左も分からなかった俺は取り敢えず知り合いを増やそうと持てる全てのコミュ力を使って周囲の人に話しかけていってみた。
まあ、これは案の定見事なまでに空振り、ゲーム内のカフェエリアで1人憂鬱になっている所に声を掛けてくれたのが彼女だった。
それから2人で毎日決まった時間にゲームをするようになり、いつしか一年近く過ぎようとしていたある日。
俺と彼女はいつもの様にクエストをクリアし、報酬を受け取った後ログアウトする予定だったのだが
「私はもう少しゲーム内でやる事があるから、先にログアウトしてていいわよ」
と言われ、先にログアウトした。
時刻が夕方6時を回っていたので夕食を食べようと自室を出ると、何と隣の妹の部屋の扉が半開きになっていたのだ。
その時の俺は何か気が狂っていたのだろう、あろうことにも半開きのドア越しに妹の部屋を覗いてしまった。
するとそこに居たのは『ザ・ワールズ』をプレイ中の妹の姿だった。
まぁ、これだけでも中々の驚きだったのだが、さらに驚いたのが妹の机に置いてあった一枚のメモ用紙。
そこには走り書きで色々と書かれては横線を引かれていたり、上からボールペンでグシャグシャにされていたりしていたが、その中で一つ、『カラスアゲハ』だけは何度も丸で囲まれていた。
ここまでの情報が揃えばもう答えなど一つしかないだろう。
俺はその時初めて、妹が『カラスアゲハさん』だと知ったのだ。
この事を知っているのは俺だけ、妹はレオンが俺だとは知らない。
俺だけの秘密がここに誕生した瞬間だった。
そして、今の今までその事を隠して生きてきた。
もちろん、この先もそうやって生きていく事になるだろう。
「やっとついた…………
毎回思うんだけどマップ広すぎない?」
横で愚痴をこぼすカラスアゲハさんに、俺は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
ゲーム開始から30分かけて、ようやく俺達は目的地である洞窟前までやって来れたのだ。
移動時間までもリアルに再現されている辺りこのゲームのクオリティは高いのかもしれないが、ここまで広大なマップを歩かさせられると正直困る。
「それにしても……」彼女は不思議なものを見るように目の前の洞窟をじっくりと観察し、一言。
「異常ね」
「まぁ、異常だよな」
何が、と問われれば多分俺とカラスアゲハさんは同じ答えを出せるだろう。
───大きさが、と。
今まで攻略してきたクエストの中に、もちろん洞窟内を探索する系のクエストはあった。何度も受けてきた。
しかしどの洞窟も、縦は大体人2人分程、横は大の大人が4人並ぶとギリギリ歩ける程度の広さだった。
各洞窟の違いなどPOPするモンスターが違うか、内部構造が違うか、とかそれぐらいだったのだ。
しかしこれは、明らかに規模が違う。
「………………っ!?」
「どうした?カラスアゲハさん」
「今、中から音が聞こえなかった?」
「…………いや、俺は聞こえなかったかな。
中で何かモンスターが動いた、とか?」
「…………何だか凄く嫌な気がする」
「それはここに来る前からしてたよ…………」
俺の嘆きなんて無視して、カラスアゲハさんはベルトのホルダーから二丁拳銃を取り出し、洞窟に向けて構えを取る。
彼女の使う二丁拳銃『逆鱗』は✩10でのみ出現するボスモンスター・インフェルノドラゴンを30分以内に討伐する事でのみ手に入る素材を大量に使った、最強クラスに近い武器である。
その名の通り一度その銃口が火を噴けば大抵のザコは一掃してしまう、それほどにまで火力に特化した武器を彼女は容易く使いこなしてしまう。
二丁拳銃ゆえの機動力とその圧倒的なまでの火力に、俺も何度となく助けられてきた。
………………あれ?これ俺要らなくね?
「……………何してるの?
速く武器構えなよ」
「お、おうごめん…………」
カラスアゲハさんに容赦ない冷たい視線を浴びながら、俺も背中に背負っていた武器を手に取る。
俺が使う武器はスナイパーライフル『シューティングスター』。
これも☆10にしか出現しないボスモンスター・スカイタイガーのレア素材をふんだんに使用したそれは、威力に関して言えば逆鱗の4倍ほどだが、これは決して高い数値ではない、本来なら6倍程の差が出るはずなのだ。
では劣化品なのか、そう問われたら答えはNOだ。
こいつには特別な能力がある、がまぁそれは戦闘が始まって使う機会があれば紹介しよう。
俺は彼女より後ろ、洞窟から離れた位置を陣取りスコープを覗き込む。
遠近を調整し、バッチリと洞窟全体が見えた所でカラスアゲハさんから合図が飛んでくる。
あれは………『先制を仕掛ける』か、了解。
洞窟にゆっくりと近付いていく彼女をスコープで見ながら、俺の指はトリガーに引っ掛けられる。
照準は洞窟口の丁度真ん中あたりに設定してある、これで問題ないはずだ。
洞窟口の手前で足を止めた彼女は、ベルトに挟んである何かを洞窟内に投げ込んだ。
俺にはそれが何か分かっている、『鳴き玉』。
──────ヒィギャァァァァァァァ!!!!!!!!
耳を劈くような爆音に耳をやられながらも、絶対にスコープから目を離さない。
駆け足で所定の位置まで駆け戻っていくカラスアゲハさんを目で捉えていると、洞窟の中から
──────ォォォォォォォン!!!!!
聞いた事も無いような雄叫びが返って来る。
「何だよ、この声…………」
「レオンさん!!来ます!!」
「分かった!!」
ズシン、ズシン───
重量感のある足音が周囲一帯に響き渡り、緊張感が一気に高まる。
さあどんな敵が現れるのか、でもどんな敵が出ても☆8なら確実に狩れるだろう。
前衛最強クラスの彼女もいる事だ、何も恐れる事は無い。
しかし、そんな俺の自信はそいつの登場によって崩されるのだった。
ズン、ズン、ズン──────
「な、何だあれ!?」
「知らないっ!!あんなの初めて見たっ!!」
グォォォォォォォ!!!!!!!!
最早パニック状態の俺達の目の前に現れたそいつは、まるで迷惑だと言わんばかりの声をあげる。
そいつの見た目を一言で表すのなら────亀。
ただの亀ならここまで動揺する事は無い、寧ろ可愛がってやるまである。
当然そんな訳無く、その亀はもはや亀と呼んでいいのかすら怪しい程だった。
あの巨大な洞窟をギリギリ通ってくるその巨体に合わせ、体や甲羅から数多く突き出ている翡翠色の水晶、極め付けには亀にふさわしくない図太く棘の生えた尻尾。
間違いなく、今回のクエストの討伐指定だろう。
「カラスアゲハさん!!」
「分かってる!!
レオンさんはいつも通り弱点をあぶり出して!!」
俺の返事も待たずに、カラスアゲハさんは拳銃を構え走り出してしまった。
だがあの巨体は俺達の相手にしてきたどのボスモンスターよりも巨大だ、あまり長期戦になるとこちらが危険かもしれない。
急いでバッグから属性弾という特殊弾を武器に装填し、亀野郎に照準を合わせ直す。
こうして、中々のスタートを切って俺達の数時間に渡る激戦が幕を開けた。
ただ、唯一見落としがあったとすれば、このクエストの難易度が☆8から☆10に変更されていた事だった。
戦闘開始から1時間半が経過した。
相変わらず洞窟口周辺を豪快に駆け回る亀に対して、俺達2人はかなり消耗していた。
「はぁっ、はぁっ……………
何なのよアイツ、弾丸も斬撃も効きやしない……………」
「はっはっはぁっ…………はぁ。
おまけに全属性に耐性があるとか、どんだけ無理ゲーだよ……………」
何とか亀の視界から消える事が出来た俺達は、一度作戦を立て直すことにした。
戦闘中に感じた事や気付いた事をお互いに報告し合っていると、俺は少し気がかりな事があったと彼女に告げる。
「気がかりな事?」
「ああ。…………アイツ、戦闘前よりでかくなってないか?」
「………………冗談が言えるぐらいに余裕があるのなら、次は持ち場を交代してみる?」
「い、いや冗談じゃないって目が怖いっ!!」
「…………本当に?
ってまぁ、あんな化け物相手に冗談なんて言ってる余裕は無いか。
そうだとしたら、原因は何?」
「分からない、でも水属性弾を撃った時だけアイツの反応が少し変わった気がする」
「……………もしかしたら、それが案外突破口だったりしてね」
「カラスアゲハさんだって、冗談言う余裕あるんだね?」
「冗談じゃないわよ!!
────って、これじゃあただのブーメランね、ごめんなさい」
「まぁ、そんな事より時間も差し迫ってる、何か策を考えて一気に叩き込んだ方がいいかもしれない」
「その策が思いつかないからこうして会議中なんじゃない」
「………………もし、本当に水属性弾で大きくなってたのだとしたら、アイツをもっと巨大化させて自分の体重で動けなくすれば」
「それだわ!!
唯一効き目がありそうな頭を集中砲火出来る!!」
「決まりだな」
そう言って俺とカラスアゲハさんは満面の笑みを浮かべ、握り拳をぶつけあった。
それが俺の最大のミスだとも気付かずに。
アイツの視界に最初に入ったのは俺だった。
俺を見つけた途端亀は怒り狂ったかのように咆哮を吐き出し、力一杯地面を蹴ってこちらに突進してくる。
あの図体で突進されそうってだけでちびりそうになるのに、実際にされてるんだぜ?
失神してないだけ偉いと思うんだよな、俺。
「…………でも、俺”だけ”見てていいのか?」
──────ドンッ!!
アイツが俺にぶつかるよりも前に、顔に強力な爆発を発生させた弾が何発も飛んで行く。
俺から見て右斜め45度の角度の方からカラスアゲハさんが爆裂弾をしこたま打ち込んでくれているのだ。
たとえダメージがほとんど無いからと言って、これだけの爆撃を受け続ければさすがに無視することは出来ず────
――────グルゥァァァァァァァッ!!!!!
亀がブチ切れた。
標的を俺から彼女に変え、また全速力で突進を仕掛けて来る。
「はんっ、何て単細胞なの?」
しかし彼女は向かって来るそれを鼻で笑い、2つの銃口を亀に向け───――
「さっさとその場に倒れ込んでよね、このミドリガメが」
水属性弾を乱射した。
それに乗じて俺もシューティングスターでひたすら水属性弾を撃ち込み続ける。
やはり効果はあったようでアイツは速度を徐々に落とし、カラスアゲハさんの元に辿り着くかなり前の位置で完全に停止してしまった。
そして─────巨大化が始まった。
「ほ、本当に巨大化してる……………」
「いやだから嘘なんてついてないって…………」
2人でそんな事を言い合ってる間もアイツはさらに大きくなっていく。
大きく、大きく、大きく………………………
「ね、ねぇレオンさん、これどこまで大きくなるの…………?」
「し、知ってるわけないだろ。
水属性弾を撃ち込んだ量だけだろ?」
「……………………ミス、った?」
───────ゴァァァァァァァッ!!!!!!!!
いつの間にかアイツは洞窟口の2~3倍近い大きさにまで巨大化していて、顔だけで洞窟口の大きさほどありそうだった。
自らの重量のせいで足元の地面は盛り上がり、そのあまりの巨大さに俺もカラスアゲハさんも言葉を失っていた。
そして巨大化し終えたアイツは俺達を見下ろし自分が動けない事を悟ると、その甲羅に背負った水晶を礫にして飛ばしてきたのだ。
「カラスアゲハさん!!回避!!」
「分かってる────ってきゃあっ!?」
「カラスアゲハさん!?」
飛んでくる礫を難なく躱す彼女だったが、回避した先が運悪くアイツのせいで盛り上がった土地だったため不意にバランスが崩れてしまっていた。
──────ゴァァァァァァァッ!!!!!!!!
しかしアイツの礫は止むことを知らず、彼女の方にいくつもの翡翠が降り注ぐ。
あれは─────かなりマズいっ!!
昔に少しだけ習得した体術の一つにあった『跳躍』と持ち前のステの高さを生かし、俺はカラスアゲハさんの元に目掛けて全力で飛ぶ。
これでっ────
「間に合えっ!!!!」
───────どう、なった?
無意識に閉じていた目を開くと、そこにあったのはカラスアゲハさんの後ろ姿。
ただ必死に何かを叫んでいる、何て言ってるんだろ……………
「レオン早く起きてっ!!」
「お、おおぅ……………」
鬼のような形相で話し掛けてくるカラスアゲハさんにビビり、俺はすぐさま上半身を起こす。
すると俺の目に映ったのは、
「な、何だよこれ…………」
膝から先が無くなった左足と翡翠の破片が所々に刺さった右足だった。
……………………足が、無い。
グロテスク、とまではいかないがあまりの惨状に気絶してやろうかと思ったが、多分カラスアゲハさんのお陰だろう、血は完全に止まっていてさほどやばい感じでは無かった。痛みも特に感じない。
「起きた!?」
「あ、はい起きました………」
「だったらワープボム使って!!早く!!」
何をそんな必死になっているんだろう、と思ったら視野の広くなった俺の目には衝撃の光景が広がっていた。
「水晶を………撃ってる?」
そう、カラスアゲハさんがアイツの放つ水晶を悉く全て、一つも漏らさずに打ち抜いているのだ。
打ち抜かれた水晶は粉々に砕け散り、地面に散らばる。
その地面は既に翡翠色一色だ。
俺は、長い時間彼女に守られていたようだ。
さすがにこれ以上無様な姿を晒す訳にもいかないので、すぐさま言われた通りのアイテムを使用する。
「場所はそこの洞窟口でいいな!?」
「分かった!!早く!!」
「じゃあ一瞬だけ目を瞑れ────”ワープボム”!!」
そう言葉を発した直後、俺達はアイツの前から完全に姿を消していた。
目を開けると、そこには俺達を見失って太い首を動かしているアイツの姿があった。
「(レオンさん、こっちです)」
耳元でそう呼ばれた気がしたので、首だけ振り返るとすぐ近くにカラスアゲハさんの顔があった。
ゲームの世界とは言え女の子とこんなに急接近した事のない俺はすぐに顔を引いてしまう。
ましてやそれは妹のキャラだぞ!?
こんなラブコメみたいなことを兄妹でしてるって香澄が知って見ろ、想像もしたくない地獄が…………
「(……………何、その反応)」
「(あ、いや何でもない……………
それより肩貸してくれ、1人じゃ歩けそうにもない)」
っとそんな事を考えてる場合じゃ無かったな。
俺は彼女の肩を借りて、洞窟の奥へと向かって歩いていく。
せめてもの協力に、と俺はアイテムバックから松明を取り出し、それの灯りによって洞窟内を照らした。
と言っても洞窟内があまりに広すぎたため、足元を照らして周囲をぼんやり明るくするのが限界だった。
暫く俺と彼女は無言で歩き続け、洞窟口の光が少し遠くに感じた辺りでその場に座り込んだ。
座ったのはいいんだが、お互いに何も話そうとしない。
……………気まずい。その一言に尽きる。
さすがにそのままではするべき会話も出来ないと思った俺は声を出そうと決心する。
「あー……」「あの、さ」
「「……………」」
はいやってしまいました声被せっ!?
マジでどんだけついてないの、俺!?
「あー………先にどうぞ?」
「じゃあお先に」
即答…………
この子、譲り合いってのを知らないのかな?
ったく、親の顔を見てみたいってもんだ!
………って俺の親でした。
1人ボケツッコミをして何とか冷静さを保とうとする俺に、カラスアゲハさんは
─────抱き着いてきた。
「──────え?」
「良かった、生きてて……………」
完全に殴られるかお説教だと思っていた俺は、意外すぎる展開に脳が追いついていかない。
抱き締めてる?誰が?────妹が。
誰を?────俺を。
有り得ない、有り得なさすぎる。
「本当に心配したんだから、急に私目掛けて突っ込んで来たかと思ったら私突き飛ばして水晶モロに食らって……………」
「仕方ないだろ、体が無意識に動いてたんだから。
それにな」
「それに?」
「いくらゲームだとは言え目の前でお前に死なれたら後味悪いってんだ」
「???」
「い、いや何でもない…………」
おっと、危ない危ない………
危うく変な事を喋りかけてしまった。
「……………ごめんなさい」
「ん?どうして謝る?」
「私が興味本位でこんなクエストに行かなければこんな事にはならなかったのに…………」
「別にゲームだし、そこまで気にする必要ないだろ?
これが現実世界の自分に影響を与える訳でもないし…………」
「で、でも……………」
「そんな事気にしてる暇あるならさ、何とかこのクエストクリアする方法考えようぜ?
そっちの方が絶対有意義だし」
「…………ありがとう。(兄さん)」
「ん?最後の方何か言ったか?」
「な、なにも言って無いっ」
どうして機嫌を損ねたのかは知らないが、彼女は俺から顔を逸らした。
「ま、いいや。
それより早く話し合いをしようぜ?
残り時間30分を切ってるんだ」
「そ、そうね話し合いをしましょうか」
「………………その前に、さ」
「?」
まだ彼女は気付いてないのだろうか、自分の状況を。
……………無意識でこんな事するなよ。
「そろそろどいてくれませんかね?」
「えっ?………………あっ」
漸く自分の状況を把握してくれたみたいで、飛び跳ねるようにして退いてくれた。
まぁ、なにはともあれ、だ。
「取り敢えず話し合いを始めよう」
「あの亀をどうやって倒すか、だよね」
………………ん?待てよ?
よく考えたら、それってどうなんだ?
「なぁ、このクエストの内容って『探索』だよな?」
「…………どこか頭をぶつけたの?」
「いや別に記憶が飛んだわけじゃないって。
…………やっぱり変じゃないか?」
「何が?」
「いや、これだって☆8のクエストだろ?
それにしてはアイツみたいな無敵ボスいてるし、あれを☆8レベルのプレイヤー10人で倒せるとも思えないし」
「…………言われてみればそうだね。
でも、だとしたらどういうことなの?」
「……………このクエストのクリア方法にアイツの討伐は含まれていない、とか?」
「…………確かに、納得は出来る。
でもだとしたらこのクエストは何をしたらいいの?」
そう言われると言葉に詰まるんだよなぁ。
その先の事なんて全く考えてなかったし。
…………とりあえず思った事を言おう。
「ただの探索ならあんな化け物を用意する必要は無かった。
だとしたら、間接的にアイツも関わってるって事だろ」
「…………もしかしたらさ、この洞窟じゃない?」
「どういう事?」
「いや、あの亀と関係のあるのって、この洞窟しかないじゃん。
だったら、この洞窟を探せばいいんじゃないかなって」
やはりカラスアゲハさん、いや、自分の妹は天才だ。
そうだ、そう考えればアイツの存在にも説明が付く。
アイツは門番のような存在なんだろう。
「だとしたらこの奥にクエストクリアの鍵があるって事か…………」
「そうね、じゃあ行きましょうか」
ん?
そうなったら俺、お荷物じゃねーか…………
最悪な事実を知ってしまい完全に戦意喪失中の俺。
しかしその手を立ち上がった彼女は引っ張り上げて来る。
「いや、俺置いて行って一人で行った方が効率良いだろ?」
俺の言ったそれは、至極真っ当な判断だった。
時間も差し迫っている中、クエストクリアを目指すなら歩けない者などその場に置いて行くべきだろう。
しかし彼女の目は、態度は、言葉は、それを拒んだ。
「ここまで来ておいて、それは無いでしょ。
ほら、早く立って。急がないと時間に間に合わないでしょ」
俺の答えを聞くまでも無く、彼女は引っ張り上げて肩を貸してくれる。
こういう所は、カラスアゲハさんだなぁ。
彼女の肩を借りながらしばらく歩き、残り時間が5分を切ったあたりでゴールが見えた。
「宝箱?…………というよりは、木箱ね」
「鍵穴とか無いみたいだし、多分普通に開けれるやつだろ。
カラスアゲハさん、『罠探知』をお願い」
「分かった」
木箱の前で俺を下ろしたカラスアゲハさんは、木箱に手を当て何やら唱える。
これは彼女が盗賊スキルを少し習得して手に入れたスキル、『罠探知』。
罠があるかどうかを確かめるだけの魔法だが、こういった宝箱や建物の中を調べる際には非常に役に立つスキルである。
「…………うん、罠はなさそう」
「それは良かった。じゃあ早速」
残り時間3分という時間の中、俺は素早く木箱のふたを開ける。
すると中に入っていたのは────
「手紙と水晶?」
「レオンさん、時間が無い。
手紙を読んで」
「あ、ああ。
何々……………………
『これを読んでいる君達へ
一緒に入っている水晶を手にすればゲームクリアだ、おめでとう。
どうだい、このクエストを楽しんでくれたかな?
クリスタリアタートルを作るのには本当に苦労したよ。
さて、あの子をもし倒したければ、その水晶を壊すといい。
ゲームクリアと同時にあの子も爆散するだろう。
このゲームを楽しんでくれた君達だ、選択権ぐらいは譲ってあげようじゃないか。
ハッハッハッハッハ。
クエスト作成者より』
……………だってさ」
「……………………」
俺の手紙朗読を聞き終えたカラスアゲハさんは、無言で俺に拳銃の片方を渡してくる。
それだけで言いたい事は分かった。
素直に受け取り、彼女と一緒に構える。
残り時間は30秒だ。
「本っ当に最悪なクエストをどうも」
「最っ高に最低なクエストをどうも」
──────バン、バン。
こうして最凶最悪の3時間クエストは無事、クリアできた。
……………無事では無かったような気もするけど。
クエストが終わった後、報酬を受け取った俺達はすぐに解散する事になった。
時刻が12時半を過ぎていたんだ、そろそろお昼ご飯の時間帯だ。
また一時間後に会う約束をして、俺達はクエストカウンター前で解散をした。
といっても、ここでログアウトしても次はご本人と出会う訳だし、同時に出ていって変に感づかれても困るので一旦マイルームに戻り、装備を整える事にした。
消費したアイテムなどを補充しつつ、時計を見る。
解散してからもう10分以上経過している、そろそろ大丈夫だろう。
そして俺は自室のベッドに寝転がり、目を閉じて呟くのだ。
─────ログアウト、と。
「兄さん、まだゲームなんてやってるの?」
「…………ん、あぁ今終わった」
「そ。昼ご飯出来てるから早く」
「ん、分かった…………」
こっちの世界に戻ってきて一発目がこれかよ…………
ゲームの中じゃあんなに素直なのになぁ。
ベッドから体を起こした俺は重い腰をゆっくりと上げ、扉に手をかけてリビングに向かった。
テーブルには昼ご飯が用意されていて、妹は既に食べ始めていた。
「兄さん、遅い。味噌汁冷めてるから」
「あ、あぁ悪い……………」
昼ご飯は白米、味噌汁、卵焼き、焼鮭、サラダ。
「いただきます」
とりあえず卵焼きから口に運ぶ。
ゆっくりとその味を確かめると、俺は驚いて妹の方に目を向ける。
……………が、相変わらずの無反応。完全に無視である。
その方が妹らしいか、そう思って緩んだ俺の口の中に広がった味は、しょっぱかった。
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