血蝶
空気が重く、停滞するような部屋の中、壁や机の上に無造作に置かれた蝋燭の明かりが煌々と輝き、霊魂のようにゆらめいている。不気味に存在を主張する蝋燭から視線を反らすように、蝋燭の明かりが吸い込まれてしまったかのような、不気味な闇を見つめる。そこには、一つ、闇を練り固めたような禍々しさを放つ椅子があった。その椅子の威圧するような雰囲気から目を逸らし、椅子とは逆の方向を向く。すると、椅子などと比べものにならないほどの残虐性と禍々しさを放つ屍が無造作に山と置かれていた。
腐敗しているもの、まだ死して間もないであろうもの。ありとあらゆる屍がまるでゴミのように、そこに放られたものが今まで生きてきたことをすべて否定するように、冒涜的なまでの凶悪性を主張している。どの屍にも痛々しく、生々しい傷跡が残っている。まるで、そう……幼子が虫や動物を純粋無垢な好奇心で痛めつけたり、殺したりするように。
この部屋の惨劇を見ているのは、もう限界であった。脳が処理しきれない量の屍の山に、意識が遠のいてゆく。彼は、この惨劇に目を奪われ、脳が麻痺したかのように、彼は自分が拘束されていることに終ぞ気がつかなかった。消えゆく意識の中で彼が最後に聞いた音は、この地獄のような部屋の扉が開く音だった。
§
少女は重く閉ざされた鉄扉を開いた。鍵を持つ手には乾いた血がこびりついている。身にまとう赤黒く縁取りされたドレスは、喪服のように少女の身体を包み込んでいた。ドレスとは対照的な、美しい銀砂のような髪がドレスの黒さを際立たせてゆく。均整のとれた手足にビスクドールのような顔立ち。その少女は血にまみれている、ということ以外完璧であった。
部屋に入り、倒れ伏している男を通行の邪魔、とでも言うように蹴飛ばし、
「……馬鹿な、人」
少女に似つかわしい、美しく澄んだ声で嘲る。
しかし、蹴飛ばされた男はまるで起きる気配がなかった。少女はいらだったように顔を歪め、つまらない、とでも言うように男をさらに踏みつけ、
「……っぐ」
痛みにうめく声に、口元をほころばせる。その表情は、おもちゃで遊ぶ子供のような純粋無垢なものだった。
「……貴方は、私にこんなことをされてもなお、あんな戯れ言を吐くのかしら」
好奇心に光る瞳は、彼女の美しさを損ねること無く、艶やかな彩りを与えるだけだった。
目覚める気配無く呻いている男を横目に、部屋奥にある椅子へ向かう。積み上げられた屍の中に頭蓋を見つけ、拾い上げ、子供が人形を撫でるように、それを撫でる。椅子に座り、頭蓋を見つめながら、少女は呟いた。
「どうして、愛してくれるの?」
その声は、答えるものの無い血なまぐさい部屋にこだましただけであった。まぁ、いいわ、と足をばたつかせ、さぁて、どのように遊ぼうかしらね、と微笑みながら答えるはずの無い頭蓋に語りかけた。
そして、男の呻く声を肴に、ワイングラスに紅いモノがそそがれる。
「……やはり、私のことをわかる人なんていないのね」
どこか寂しそうにあきらめた口調で、少女はつぶやく。
……彼女の苦悩に気づくものは、未だ居ない。
拝読ありがとうございました。