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ショート・メルヘン

鏡よ鏡

作者: 雪 よしの

しまった!寝坊した。

私は慌てまくって、身支度を整えた。仕事は制服があるから、出勤するだけなら、今日もこれでいいか。服装は適当。化粧は、下地とファンデが一緒にタイプのものを、大急ぎで塗り付け、口紅も試供品でこの間もらったやつですませた。


 ”これでいいわよね”私は、鏡でもう一度チェック。そこで、いきなり怒られた。


「いいわけないじゃない。でも、時間がないんでしょ?はい、いってらっしゃい」

それは男の声で、独特の口調。いわゆる”オネエ”だった。

 

 

そうだった、一見、普通の鏡のようだけど、最新の機器が備え付けられており、鏡にきけば、上手な化粧方法や服をアドバイスしてくれる。従妹からもらったものだけど、彼女の父親は、科学者で、この鏡は科学技術を集めた人口頭脳がうめこまれてる。遊び心がポイントだそうだ。


*** *** *** *** ***

 「お~い。柏木君、これ、今日中にまとめて。あと、これ明日の会議用に30部製本よろしく」


でた!主任の仕事の丸投げ。就業前ギリギリに、明日使う資料を大量に頼むのは、勘弁してほしい。大学を出て勤めてそのまま8年、いよいよアラサーの私。言われたら、仕事ですからなんでもしますが、今日は仕事量が多すぎ。他の子に手伝ったもらおうと、あたりをみまわすと、露骨に目をそらされた。まったく。


 仕事の途中で、汗ばんできた。顔が気持ち悪い。思い切って顔を洗ったけど、油ぎった感触.

結局、2時間、残業。仕事の残りで居残りはしても、私の仕事を手伝ってくれる人はいなかった。


*** *** *** ***


「ひどい顔、もう化粧がとれてるじゃない。はやくクレンジングで、綺麗に落として」


 疲れて家に帰ってきて、最初に聞いた言葉だ。はぁ。

そうだった。いろいろ指示してくれるんだっけ。肌には思いやりはあるけど、本人への思いやりはない。鏡を見ると、オネエ声にふさわしいイカツイ顔が、一瞬、鏡に映った。綺麗だったけど。


 洗面所で、顔を念入りに洗う。ゲジゲジ眉毛の私は、小さい時から、”ゲジ眉優奈”で、とおってきた。笑ってごまかしてたけど、中学生になってからは、自分で眉を整えてる。

ま、失敗して、時々、眉毛がなくなったりしてね。不器用だから私。そだ、鏡に教えてもらおう。



「あのね。女の顔の印象は、髪型と眉毛なのよ。あなた、両方、今日は失格ね。」

「だから、鏡さん、眉毛の整え方、教えてください」


 鏡は、”ここは、目じりのラインと結んで”とか、ハサミの上手な使い方とか親切に教えてくれた。次の日は会社はお休みだ。


 午前中から、私は化粧法を、いろいろ教わった。ただ、化粧道具が少ないので、鏡に”チッ”っと舌打ちされながら、手持ちのものでなんとかしてもらった。


「まず、お勤め用のメイクからね。まあ、濃い化粧で顔を覚えてもらうのは、芸能界ではよくある事だけど、一般人はナチュラルメイクが無難ね。」

「化粧品売り場の店員さんは、すごく厚化粧してそうなんだけど、そう見えないんだけどね。私には、ああいうのは無理かな」


しばらくの無言。答えられないって事は、無理なのか、それとも方法を検索してるのか。


 鏡がブーンっと音がしたようだ。どうしたのかなと思ったら突然、


「無理よ、絶対無理。あなた、何、勘違いしてるの?それに店員さんじゃなくて、メイクアップアーチスト。ちゃんと勉強してきた人達よ。今度、よく見てごらんなさい。違いがわかるから」


 さっきとは別の、すこし甲高い”オネエ声”だ。厳しいご指摘・・・場面で声が変わるとか?


 


 午後からは、デパートで化粧品と道具をゲット。教えてもらった私に会う口紅や、下地とファンデ、化粧ぶらし、スポンジなどなど。そして、店員さん、もとい、メイクアップアーチストさんの働きぶりをそれとなくみてた。


 彼女らの立ち居振る舞いは、綺麗だった。ハイヒールをはいて、常に背筋が伸びてる。ヘアスタイルは、お団子ヘアだ。ネイルは、爪は伸びすぎてない。色も、普通に赤系統が多かった。 でも、なんといっても、もともと美人。これ、大きいよね。


 ウチに帰り意気消沈してると、鏡によばれた。又、別の声だ、もちろんオエネ声。


 「次の休みに、予約をとって美容室にいきましょう。あなたの髪は、天然パーマだから、伸ばすと手入れが大変。ショートボブにして、パーマをかけてもらうといいわ。丸い顔がかくれるくらいの長さね」

そういえば、美容室に行くの、さぼってたな。慌てて、スマホで予約を取る。今月は赤字になりそうだけど、貯金を少しだけ取り崩せばいい。どうせ、美容室には行かななければいけなかったし。スマホで予約、ピッ。さあ、寝る時間とばかり、パジャマに着替えると、鏡に、また呼ばれた。


「あなた、夜の肌のお手入れ、ちゃんと教えた通りにやった?」

「イエス、マム」


 やったけれど、普段、仕事で疲れて、倒れる様に寝る私に、いつも、出来るだろうか。

今度は、甲高い方の声で、諭された。

「あなた、ちゃんと見て来た?彼女たちは、姿勢が綺麗でしょ。あなた少し猫背よ。明日から、肩甲骨をせばめるようにして背筋を伸ばし、キビキビ歩くのよ。わかった?」


 アザーッス。明日から気を付けます。やれやれ。


 化粧担当、姿勢や立ち居振る舞いの担当、ヘアスタイル担当。役目事に声が違うんだ。美容にうるさい母親が3人いるみたいだ。寝る前は、顔のお手入れの勉強だ。私って、本当に女子力0だったんだ。初めて知る事ばかり。か、女子って大変なんだ。


*** *** *** *** *** 


 1か月ほどして、自分でいうのもなんだけど、化粧が上手くなった(ナチュラルメイクだけ)

ヘアスタイルは、事のほか成功。短いヘアスタイルは、こんなに楽なんだ。姿勢も気をつけているし、会社の中でも、

”優奈ちゃん、最近、雰囲気かわったね”って褒められてる(多分)。


「あと、5kg痩せたら、彼氏ゲットも夢じゃないのにな」

鏡を見ながらつぶやいた。すると


「ちょっと待った!優奈ちゃん、君、後、8kg痩せよう。明日から、朝のジョギングだ。大丈夫、俺が指導する。」


 げ!バリ男の声で、熱血口調での指導?いや、ジョギングだけは遠慮する。今でさえ6時半に起きて仕事に行くだけでギリギリなのに。それに定時の5時で帰る事が出来るのは、そうそうない。睡眠時間が足りなくなる。


「いえあの、時間的に朝は無理で・・」と、こそこそ、鏡から逃げようとした。


「心配ない。とりあえず、間食は全面禁止だ。後。通勤中・仕事の合間でできる運動を考えておく。さあ、明日から頑張ろう。まず、通勤中だけど・・」



 延々と熱血男の指導が続く、わかる、あなたの言ってるのはわかるけど、もう少し、運動メニューを減らせない?それに私、ケーキやスナック菓子は食べなくても平気。でもチョコレートないとだめ。チョコ食べないと、やる気がでないの。チョコ依存症なのよ。そこだけは譲れない。



「チョコは、やめたほうがいいわね。お肌に出来物がでるし」

「チョイデブが持てるなんて、幻想よ。最低、Lサイズの服を着れるようじゃなきゃ」

オネエ声が二重唱でダメ押しする。



 わかってるわよ、それが一番の早道ってのは、正論だけど、ウザい、ウザすぎる。


 従妹がこの鏡を手放した理由が、わかったわ







 

短編は、思いついた時、書いてます。投稿するのは、水曜日深夜(木曜日午前時くらいを、目安にしてます。毎週の更新は無理ですが、なるべく頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  私、ほとんど鏡を見ません。  男だからそれですむのでしょうが、女性であればいくつになっても、外に出るときは気になることでしょうね。  妻も化粧が大変そうです。  こんな鏡があって、あれこ…
[一言]  参考にしたいです。  つづきがとても読みたいそれを話でした。
[良い点] 女性のメイクなど、自分を飾り付ける心理が分かった気がします。まあ結局男性の私からしたらわからないかもしれませんが。それにしても、鏡のおねえって愉快な人ですね♪。 [一言] 成功しますかね。…
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