エピローグ
あれから数日、私はご機嫌だった。
つい鼻歌なんかも歌っちゃったりして、身内にさんざん気持ち悪いといわれたが、気にならなかった。
ひと月も待たずに、彼女に会えると思うと、毎日が楽しみだった。
店内の掃除を済ませ、看板を外に出す。扉のプレートを裏返し、営業中にする。
よし、これで準備OK。今日も一日、どうせ暇なんだろうけど、頑張ろう。
そう気合を入れたときだった。後ろから名前を呼ばれた気がした。
振り返ると、誰もいない、と思ったら、視界の下端にぴょこりと揺れる緋色のリボンが見えた。
小さな女の子。段差の上にいる私では、膝ほどもない身長の、幼い女の子だった。
「来たぞ」
彼女はそう言って、にっこりと笑った。
「どうしたんですか、お嬢さん」
私は段差を下り、かがんで少女に目線を合わせる。緋色のエプロンドレスがとても似合う、お人形のような少女だと思った。
「樋浦、わしがわからんのか…」
「え? なんで私の名前を…」
「……」
にこやかな応対をしているつもりが、なぜだか少女の顔はみるみる不機嫌になっていく。
「たしかに、奇妙だものな。こんなの。…しかたないか。
しかし、わざわざ似たような格好で来てやったというのに…
愚鈍」
うつむいたままブツブツとなにか言っている。私の頭には疑問符ばかりが浮かんでは消える。
少女はしばらくなにか葛藤するように唸っていたが、やがて決意したように顔を上げた。
そして、満面の笑顔で、言った。
「あたしは『もね』! コーヒーを飲みにきたの。ミルクたっぷりのやつ!」
このお話は、「ぼくがすてられるまで」に出てきた堕天使アネモネの、
隠されたお話です。
「ぼくすて」では、自信家で、働き者で、いつもあちこち飛び回っていた彼女ですが、
たまには、疲れたり悩んだりすることもあるのでしょう。
そんな時に出会った、一軒の喫茶店とマスター。
地界のために生きる彼女も、つい、自分のために生きたくなってしまったのかもしれません。
堕天使アネモネではなく、人間の少女もねとして、
樋浦と過ごすのも悪くないと考えたのでした。
樋浦さんは、私が創作したキャラクターではなく、
知り合いのお子様をお借りしています。
オリジナル作品として展開していくうえで、彼を出演させていただくのは
少し悩んだのですが、
このお話は自分でも結構気に入っているし、
このお話はやはり樋浦さんじゃないと成り立たないと思ったので、
そのまま載せさせていただきました。
彼女たちのこの先の話も、いつか書いてみたいなと思っています。