淵上今日子の憂鬱〜登校編〜
「そう言えばさ、最近通り魔の被害がすごいらしいよ?」
淵上今日子を真ん中に、右側を歩いている同級生『襟上知佳』が唐突にそう話を振ってくる。
まるで他人事のような言い回しではあったが、実際彼女は被害にあってないからこそここにいるのであるし、彼女自身、他人が襲われようと気にはしていない様子である。
「またうちの高校から被害者が出たって話ね。夜間徘徊するからこんな目にあうんでしょうよ。いい勉強になったんじゃない?」
次は淵上今日子を真ん中に、左側を歩いている同級生『八重原美琴』が冷ややかな言葉を発し出す。
襟上知佳に似たりよったりな他人ヨガリの言葉ではあるが、その声に帯びた冷淡さを考えれば、まだまだ八重原美琴の方がドギツイ言い回してあることがよくわかる。
「えー。美琴っちん言い方キツいな〜。もうちょっと言い方変えてあげてよ〜」
知佳が素っ頓狂な声でそう突っ込み、わざとらしく頭を抱え始める。
言葉の意味で考えれば、幾許か思いやりの帯びた言葉の内容であったものの、言い方に独特なニュアンスが入っており、これがまたふざけた態度に現れるものであるために、結局のところ思いやりは皆無である。
無論、他人事のように話し出した話題には、どんな言葉を添えようと他人事であるとしか結論づけられない。
結局はこのトークの核たる部分は、話題がないために振った話であって、事件を解決するために話し合おう、被害者を慰めようなどという慈悲めいたものは一切ないからだ。
「ま、私たちには関係がないんだろうけどね。深夜徘徊とかそういうのする質じゃないんだしさ」
会話のトドメと言わんばかりに、真ん中を歩く高校二年生女子淵上今日子が呟いた。
「ま、そうなんでしょうよ」
美琴が区切りよく会話の終止符をうち、薄っぺらく中身のない、世間話の範疇で凶悪事件の話題は静寂へと消える。
一件、登校中の女子生徒三人がニュースで見た余りにも関係の無い報道内容を、話題の中で会話をとぎらせない為に仕組んでおいたつなぎのような光景である。
しかし、実際の話でいうなれば、彼女の住まう居住区や、街の中で賑わう大通りなどに頻繁に事件が発生しており、絶対に関係がないとは言えず、逆に用心を強いられる環境にあるのが現実なのだ。
本来であるならば、たかだか話のつなぎに持っていくほどの薄い内容ではなく、まして軽い受け流し程度で流れていい話題性ではない。
それこそ完全に不謹慎な世間話ではあるが、彼女達三人はそれすら気づいていないようである。
あくまで他人事………という、彼女ら自身も肯定し、また自覚しているコンセプトの発端は、彼女らが夜間徘徊をしないタチであるということのみだ。
たったその一つの確執されたわけでもない些か虚栄がましい思想のみで保身しているつもりなのだから、浅はかだと嘲られても文句は言えないだろう。
保身と言っても、関係がないから被害が出ない、という考えに近い。
こちら側が殴らないのだから、相手も殴らないだろうという、なんとも安直で分かりやすく我侭な考えに極端に似た思考である。
さて、彼女らの口から発される事件の内容、言えば通り魔事件の事だが、およそ一週間前あたりから始まった事件である。
深夜を彷徨く少年や青年が、ふと人気のない路地裏に入った途端にナイフで数カ所を刺され、病院送りとなった事例である。
今週に至るまでほぼ持続的に1日一人の被害者が排出されていく中、昨日で11人に上るという話である。
狙われた被害者は大体18〜20の間らへんという、青年あたりがターゲットにされ、刺された部位は太ももや腹など、多少ばらつきのある刺傷が施されている。
また、日に日に増す被害者であるが、首や頭など、致死に至る恐れのある部位は狙われておらず、重傷軽傷のバラつきこそあれど、死亡者は未だいないところから、犯人には殺す意思がない、という警察側の考察が最近出されたらしく、1日一日で被害者が一人一人増えるあたりから、犯人は単独的な犯行である可能性が高いとも報道された。
周囲の住民には安全を確認するように、という呼び掛けと、無闇な深夜徘徊は危険を招く結果になる、という趣旨の下、警察側が躍起になってパトロールをする姿は、ここ数日ではよく見る光景だった。
大体、この街にはアウトローと呼ぶべき集団や人間が何人と存在しており、そういう背景を知っているものからすれば、この通り魔はそういったチーマーやろくでもない者共が抗争か、単なるストレス発散にか行ったという見方が有力だと推している。
少年や青年であるならば、抗争という短い青春の中で見つけた自分を唯一照らせる喧嘩場に取り、武功を上げて一つや二つの武勇伝を持ちたい年頃なのだろう。
且つ、その武勇伝の内容が、危険であれば危険なほど自らのステータスやら価値やらが向上されるという類まれなる危うい誤信を本当に信じているのだから、第三者からするとなんとも痛々しい勘違いであると言えるところか。
そして少年達は思うのだ。
刃物で攻撃したという事実は、危険であり武功であり、武勇伝になると。
謎の思想を足りない頭で遁走させた、いや珍走させた若者は、得意げに使い方もろくに知らない、言うなればRPGゲームのようにコマンドがあるとするなら、消費MP0の初期技『刺す』しか覚えてないような素人が、自分は危険だぞ、というほぼ威嚇のため、或いは行き過ぎて喧嘩時に使用するために持ち歩いているものは決して少なくはない。
と言うよりは多いというべきだろう。
このあたりのチーマーやアウトローに関しては、ケータイを所持する感覚でそういった刃物を常に持ち歩いている認識が、既に裏を知る人間達には染み付いている。
これは街の保安活動をモットーとする警察たちもまた然りであり、今回の事件もそういう抗争がこじれて、若者が禁忌を使用したと言った方面で捜査が行われているようだ。
―所詮は表向きが良くても、裏がこれだけこじれてりゃ、いつかはボロが出るんだろうけどね―
―内側から崩壊していくのも近いかな。大ッ嫌いなこの街が昔に戻るんならウェルカムだけど―
淵上今日子は、心中でそう呟いた。
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時は過ぎ現在8時40分。
8時50分から朝のホームルームが始まるので、結構ぎりぎりな時間帯ではあるが、無事に学校に到着し、教室に向かう女子生徒三人である。
「じゃー、私らは3組だから〜。ばいばい美琴ちーん」
知佳がそう言って手を振りながら、教室へと走り去っていく。
私『ら』という呼称通り、3組行きはもう一人おり、それが今日子である。
「あ、じゃあ私も行くわ。じゃあね美琴」
何故か先に行ってしまった知佳を追いかける様子で、今日子がその後を行こうとしたその時。
「待って、今日子」
不意に後ろから手を引かれ、強制的に立ち止まらせる美琴。
対する今日子は、完全に意外な行動をされたために、バランスを崩して危うく尻餅をつきそうになった。
遠目からみれば合気道の技をかけられたような光景だろう。
「な、なに?美琴」
振り向いた今日子の視線の先にあるのは、先程の登校中に見ることは無かった、これまでになく険しい顔。
真剣味を帯びた双眸は、今日子の眼を貫かんとばかりに直視している。
なにかおこられることをしたのか、などと冷汗をかきながらそんな事を考えていた今日子だが、次に美琴の放った言葉からして、自分の考えが見当違いであることに気づく。
「あいつらになんかされたら私に言いなさい。あんたひとりで抱え込んじゃダメよ」
あいつら、というのは今日子につきまとう、と言うよりか今日子にのみ激しく付け上がる連中のことだ。
今日子自身からしてみれば、いつから始まってしまったものなのか忘れてしまったのだが、今もまだ連中が今日子を相手取ってつけあがっているのは確かだ。
その状況は、最初はクラスの数人しか認識していない程度だったが、最近では日々エスカレートしていき、次第に学年中に知れ渡るほどのものとなっていた。
所謂、いじめ問題は、恐らく教師も既に耳に入っているはずなのだが、1度も担任から出向いてきたことは無い。
本人にいじめられている自覚がないのであれば、それはいじめではないという穏健な間違った考えを持ってでもいるのか、自ら首を突っ込もうとしないのだ。
無論、こちらからも言わないだけだが。
そしてこの事実は、美琴の耳にも入っていたのだ。
だからこその言葉である。
普段からつっけんどんな彼女だが、ここまで険しい顔をしたのはいつ以来だろうか。
とにかく、彼女もそれほど今日子のことを思ってくれているという証拠なのだろう
そんな思いを背景に、今日子は美琴に笑って見せた。
「大丈夫。私のメンタル神の強さ知ってるでしょ」
思えば、彼女とは中学校から部活を通していつも一緒だった、親友どうしである。
彼女の一言一言は確実に今日子に勇気を与えてくれるのだ。
そんな彼女を前に、自分は強い自分でいなければならない、という使命感に付きまとわれる。
きっと挫けてしまえば、彼女もまた、一緒に悲しんでしまうだろうから。
「そう、それならいいわ。いってらっしゃい。いつでも2組にいるからきなさい」
美琴もまた薄く笑って、今日子に手を振りながら教室へと消える。
―大丈夫だよ美琴。私はもう大丈夫―
―だってもうなれちゃったから―
教室の引き戸を開けて、中に入ると、やはりその連中はいた。
大声で話していたくせに、今日子が入ってきたとわかると、その態度はわざとらしく一変し、嘲りやらなにやら侮蔑的な表情でヒソヒソと話し始める。
そして確かに聞こえたのはこの声。
「きたよ、ふちゴミが」
まもなく、教師が入って来、朝のホームルームが幕を開ける。
「えと、昨日の夜、まあ今日の早朝とも言えるがな、例に習ってまたも通り魔事件が―」
朝に話した様な内容を口走る教師。
淵上今日子の朝は始まったばかりである。




