淵上今日子の憂鬱〜朝編〜
ジリリリリリリリリリリン!
金属と金属が擦れ合わさり、なおも自動的に自らに付属された大鐘を高速的な速さで打ち据える機能が備わった、高機能自動型時間指定炸裂機が、朝の光にまどろむ暗い部屋の一室内でけたたましい叫び声を上げ始めた。
端的に、より簡略的に指定するなら、その高機能自動型時間指定炸裂機というのは平仮名で七文字、感じで表すなら六文字になるだろう、所謂『目覚まし時計』であるが、このどうみても普遍的な日用雑貨が、静かになる数秒前、わずか数秒の間に、恐らくこの『目覚まし時計』という、朝という魔王に遣わされた使いの息の根を、普遍的に言うなればストップを押すために振り下ろされたであろう手が、何度か時計の周りをはたく。
辛くもようやく時計のストップボタンに手を命中させることが出来たのは、部屋が静寂に戻った数秒後であった。
先ほどの、気に触れたかのような鋭い咆哮を上げていた例の物質は、ボタンを押されるより早くスタミナ尽きたのか、静かになっている。
今では、ガラス越しに設置された、秒単位で動く針が、まるで個人の生命の主張をするかのように、常に同じ速度で同じリズムで時を刻んでいるだけだった。
「あさ………ね……」
ポツリと呟く少女。
まるで自分がどこに存在して、どこで寝ていたかを推測するように、寝ぼけた眼を総じて部屋を見回してみる。
整然として、しかしそれでいて綺麗とはいえない、完璧に片付けられてはない部屋。
脱ぎっぱなしにした衣服に、自分の部屋であることをいいことに、下着さえ放ったらかしにされている部屋。
机周りだけがきちんとしているが、しかし床に接する物はなにもインテリアだけではなく、あるべき在処に帰れずに、持ち主の杜撰な性格を前に床に伏した衣服類その他諸々が、チラホラとある始末である。
就寝した8時間前と変わらない部屋。
全く当たり前な光景に、しかし彼女は違う光景を少なからず期待していた。
淵上今日子は、こう呟く。
「もう一度寝れば、違う世界に旅立てるかな…?」
淵上今日子は、兎にも角にも普遍的で通常的で、紛れもなく今を生きるただの女子高生である。
身長は163cm。
体重不詳、体脂肪不詳。
年齢16歳。
只今高校二年生として、義務を隔てた権利教育として高校に通っている。
部活動は中学三年間を陸上部で過ごし、颯爽と駆けるその姿や、本人の物腰柔らかな態度や気遣いから、周囲から女子陸上部の王子様というなんとも赤面極まれるあだ名を授かっていた。
大会でのめぼしい結果はさほど取れてはいなかったが、しかし身内内、つまり中学校内では、爽やかな笑顔と揺れる短髪には定評があり、人気者中の人気者であったと言って過言ではなかった。
しかし、そんな人気に博した彼女の生活は、高校生になりえたあたりからもろくも崩れ去っていく。
その踏んだ段階を簡略的に言ってしまえば、高校一年生時、彼女に一目惚れをした男子生徒が告白を迫る→彼女が断る→実はその男子高校生は当時クラスでの女子のトップのような存在の彼氏であった→この既成事実は後にその女子に知られる事になり、浮気だのなんだのと宛がわれる。
そういった経緯を踏み、彼女が今受けるいじめに繋がっているというところである。
結局彼女はこの話でいえばどこまでも被害者であり、かつ断りを入れたのに対しその女子はどこまでも追い打ちをかけていく。
まるで獲物を見つけたチーターが、余裕緩慢な態度を振りまきながら悠々と追い詰めていくように、女子は今日子という獲物をじわじわと追い詰めているのだ。
付け加え、女子はまるで自分が悲劇のヒロインであるかのような、引いていえば被害者であるとでも言いたげな態度をとる始末。
女子内での有力な人物であったがために、枯野に火矢を放った様に、嫌味と汚らしい感情あふれる根の葉もない無根拠な話から彼女のどこで手に入れたかわからない秘密の話まで、爆発的な勢いで広まっていったのだ。
委細の話はまた別の機会として。
とにかく彼女は、そんな女々しくも『雄々しい』ならぬ『汚々しい』環境にひとり追いやられているのだ。
それ以来、彼女にしては高校という学舎に対してトラウマを受けつつある。
陸上で長距離を走るタフネスや、メンタル面に関しては常人より遥かに備わっているはずではあるが、しかしこれはあくまでも部活という、自分自身を相手取った時だけのものである。
従って、彼女のメンタル面の強さは、対人の場合に働く事は無かった。
つまりは高校生活における、なんとも微々しくも浅ましいイジメに分類するものの一つ一つが、部活で鍛えた強固メンタルを難なくすり抜けて彼女の心に1本ずつ丁寧に刺さるようなものだった。
まして彼女は中学校時代にチヤホヤされていた、いわば女子グループのトップのようなものであったために、こう言った陰湿な行動には慣れてなく、徐々に鬱な感情に蝕まれていく始末だ。
しかし朝になってしまったからには行かなければならないのも必須である。
ここで急に不登校になると、最悪家族にさえ火の粉が飛ぶのではないか、という彼女なりの優しさが、今日も重い腰を動かすことになる。
「7時……ふむ……行かなきゃ……」
中学校の頃に比べると、明らかに伸びた髪の毛。
ショート崇高だった彼女からすると、今のような肩まで伸びる髪の毛には鬱陶しささえ感じるのだが、どうしても短髪にできないでいた。
ここで短髪のしてしまうと、過去の自分に縋っているようで、負けてしまったという気分になるからである。
冷めきってない眠気を、大きなあくびで外に追いやる。
どうであれ始まってしまった朝だ。
「朝くらい気持ちよく過ごしたいじゃん」
一言呟いて、睡魔に負けてそのまま布団に潜り込む彼女であった。
結局、7時30分に起きた彼女は、死にものぐるいで支度を始め、学校へ向かう事となる。




