駝鳥
一羽の駝鳥がいた。
最近、ライオンの餌食になる駝鳥が多いと群れの中で言われていたが、自分は大丈夫、ライオンに襲われても逃げ切れる、と思っている、そんな駝鳥だった。
ある日、駝鳥が水を飲んでいると、隣で水を飲んでいた群れの仲間が言った。
「最近、ライオンに喰われる奴が多いらしいな。隣の群れでも、昨日一羽喰われたらしい」
「そうなのか、ライオンが増えてでもいるのかな?」
「さあな。ところでお前、“砂に頭を突っ込む駝鳥”って知ってるか?」
「何だよ、それ?」
「駝鳥ってのはさ、ライオンに追いかけられて、もう逃げ切れない、とわかったら、砂に頭を突っ込んで、“怖いことは何もない。見えない聞こえない”って自分に言い聞かせるものらしいよ」
「そんなバカな。俺だったら絶対そんなことはしない」
「まあ、本当かどうかわからないけどな。ただ、中にはそうする奴もいるって話だ。昨日喰われた奴も、そうやってるところを喰われたって、友達の友達が言ってた」
(俺は絶対そんなことはしない。そんな情けない死に方は…)
と、駝鳥は心に誓った。そして足元を眺めて、思う。
(もしライオンに襲われたら、逃げずにこの足で蹴り殺してやる。できないことはないはずだ)
その日から、駝鳥の訓練が始まった。
毎日走り込んで脚を鍛え、木を蹴りつけて足を鍛える。
やがてそこら中に、折れた木立が見かけられるようになった。
そんなある日、群れから離れて、駝鳥は一羽で水を飲みに行った。すると、水に近づいたところで、水辺の草影から、伏せていたライオンが飛び出してきた。
駝鳥は飛び上がって、わずかの差でライオンの一撃をかわすと、一目散に逃げ出した。
逃げないと思っていたのに、考えるより先に体が動く。体制も立て直せないし、こうなったらもう逃げるしかない。ライオンは後ろから追いかけてくる…が、まるで追い付けず、みるみる後ろに遠のいていった。
はて、脚の遅いライオンなのかな、と思ったが、どうやらそうではない。毎日走り込んで脚を鍛えていたおかげで、駝鳥の脚のほうが速くなっていたのだ。
やがてライオンは諦めたのか、追うのをやめて去っていった。
駝鳥は、速度をゆるめて、砂地で一息ついて、足元を眺めた。
(こんなはずでは、なかったのになあ)
と思うと、何だか悲しい気がした。
(でもまあ、訓練は無駄ではなかったわけだ。思う通りの結果ではなかったけど…。それに、場合によっては、また蹴りを使う時がくるかも知れないしな…)
と、足元を眺めて思ったものだ。