今度は私が君を連れてくから。
一緒に行こうよ、と手を掴み、幼い頃引っ込み思案の少女の手を引っ張って少年が友達の輪に入れてくれたものだ。
彼女はいつでも少年を通して人の輪の中に入っていた。彼の背に隠れてそこから少しだけ世界を覗く。そんな彼女を振り返って、少年は臆病な子猫が少しずつ環境に馴染む様を見守る様に、微笑んで見守って。
彼女の手を、少しずつ放した。
まだ風の冷たい屋上。北側の誰も来ない日陰が今の彼の指定席。寝転ぶ少年の寝顔にはあの頃の面影があるのに、たくさんの友人に囲まれていた彼は、今は一人。
屋上入り口の反対側の壁に寄りかかっていたのが寝ている間にずり落ち、コンクリートに横になっている。その脇に彼女はぺたんと座った。アヒル座りをすると冷たくて、彼女は膝を抱えて壁に寄りかかる。
少し温かいのは、きっと少年が寄りかかっていたからだ。
冷たい風に乗って、グラウンドでサッカーをする男子達やテニスコートでバレーをする男子達のハシャいだ声が届く。イヤホンから小さく漏れて来るシャカシャカした音を時折掻き消した。
風の冷たさにもきゅっと肩を竦め、己の居る陰を見て、それから空を見上げる。
青い空は色が薄く、だが瑞々しく澄んでいる。冬のどこか灰色の混じった青ではない。雪解け水に滲んだ薄い水色。夏には海を映して濃い青になる。
でもまだ春の淡い青。
少しぼやけた青に、今の二人みたいに曖昧だと彼女は思う。幼馴染なのに今では疎遠で、何を考えているのかわからない。
何で一人でこんなに寒いところに居るんだろう。
うん、一人も悪くないよ。一人も良いって知ってる。人の輪の中に入るのも楽しいけど、輪の外から眺めるのも楽しい。
でも、こんなに寒いところに居なくても良いのに。
きれいな空は見えるけど。
寝返りを打った彼の手が彼女の手にぶつかった。
オーディオプレーヤーを掴んでいた手の甲が擦りよって、それからぱたぱたと探り、見つけた彼女の手を掴む。
ほら、こんなに冷たくなって。
彼女はかじかんだ彼の指を両手で包む。
小さく唸って彼はぼんやりと目を開ける。
「おはよ。もうすぐ予鈴だよ」
ぼんやりしてるけど優しくて柔らかな空の色に励まされて、寝ぼけておっとり瞬く彼の手を彼女は握る。
今度は彼女が彼を連れて行く番だ。
無理にとは言わないけれど。気が向いたらでも良いんだ。
ねえ、ここは寒いよ。あったかいところに行こう。
あの時みたいに、今度は私が君の手を引くから。ねえ、一緒に行こう?