シムニードの日誌七日目:<旅の宿>
名前:シムニード
職業:魔法使い
流儀:正天秤三角呪法
技量:八
体力:一七/七
運勢:一三
装備:背負い袋、金貨三一枚、ブリム苺の絞り汁(戦闘中以外に飲むと、体力三回復)、竹笛、蜜蝋、蜂蜜、宝石、膠、鼻栓、玉石四つ、水晶の滝の通行証、剣、金縁の鏡、羊皮紙の巻物、緑色の鬘、投げ矢二本
祝福:使用済み
夜が迫っている。“城砦都市”の往来で夜を過ごす気はない。堅気そうな女を呼び止め、宿の場所を訊く。
「波止場の方へ行くといいよ。そっちに行けば宿屋があるからさ。でも急いだ方がいいよ、旅の人、じきに夜になる」
「忝ない」
言われた通りに波止場へ向かうと、<旅の宿>亭という店が見付かった。今夜は此処に泊まろう。
店内は活気に満ちており、私が入っても誰も気に留めない。
バーの向こうで、亭主が大勢の注文を捌いている。船乗りの行きつけらしく、荒くれ者共が豊満な娘相手に胴間声を張り上げている。
すると、聞き覚えのある声が、私を呼び止めた。
「おおい、旅仲間よ!」
振り返ると、フレイケルが千鳥足でやって来る。相変わらず黒尽くめだ。
「フレイケル、君か」
「応、シムニード。どうだ、呪文とやらは見付かりそうか?」
「まあ、ぼつぼつな」
「我が友シムニード、今夜は呑み明かしたいところだが、これから野暮用でな」
フランカーはそう言って顎をしゃくる。連れの怪しげな風体の二人と、店を出るところだったらしい。
「だがあれからどうしていた?」
「呪文を探して街の彼方此方を彷徨いていたよ。収穫はまあ、そこそこといったところか」
「宿は決めたのか? 此処なら空いているぞ―だが懐具合は大丈夫か? 俺はさっき、アダルヴの賭博場で当たりまくったところだ! 今夜は懐が温かい! これで一杯呑って、此処で旅の疲れを癒すと良い」
そう言うと、フレイケルは私に金貨五枚を押し付けた。
金貨:三一→三六枚
「賭け事なんぞに興じるとは、感心せぬな」
「何を言っている、人生なんぞ、所詮賭け事の様なものさ!」
うむ、所詮は彼は“無秩序地帯”の人間。アナ国の高邁な価値観を押し付けたところで、相容れぬか。
「とはいえ、此処の酒には気を付けろ。ジョッキに一杯で人心地がつき、二杯で気持ちが明るくなるが、三杯呑んだら朝まで沈没だ。とにかく、また会おう!」
そして彼は、連れの元に戻ると、足取りも軽く肩を組んで、唄いながら店を出て行った。なるほど、あれが二杯までの効果か。
「フレイケル、相変わらずの黒さでしたねシムニード。いや……スゴい黒さと言ってもいい」
「何だかなあ…」
彼、どうなるのだろうこの先…あんなに酔っぱらって…あんなに黒くて…この街で…。
それはそれとして、宿を取ろう。
頭の禿げた不機嫌そうな亭主に声を掛ける。
「亭主、よろしいか」
亭主は、私の服装と口調に戸惑った様で、じろじろと眺めてくる。
「ここいらにどんな御用で」
「一晩泊まりたい。部屋は空いておるか? できれば食事も頼みたい。幾らになる?」
「天辺の階の部屋で金貨四枚でさぁ。あと四枚貰えりゃ、飯もたっぷり付けますぜ」
今日の食事はもう済ませたが、今のコンディションはかなり悪い。滋養を付けるべきかもしれぬ。それに、船乗り達に呪文について、何か情報を聞ける可能性もある。幸い、懐具合はかなり温かい。コンディションを崩す原因となった、闘技場の死闘の御陰ではあるが…。
「借りよう。食事も持ってきてくれ」
金貨:三六→三二枚
やがて、亭主は湯気の立つ大皿を持って、奥から顔を出した。
「そらよ」
にたりと笑う。
「欲しかったらお代わりもたんとありますぜ」
「来た来た、来ましたよ」
漸く私の飯がやってきたぞ。
「うん、旨い飯だ。如何にも飯って飯だ」
「ああ、シムニードがまた、孤独の食通に」
しかし、一人で飯を喰っていると、次から次へと休む間がなくて忙しいなアハハ。
「私もいますよぅ、シムニード…」
「スイマセ~ン、お代わり、もう持って来ちゃって下さい!」
うおォン、私はまるで人間魔力発電所だ。
※体力:七→八
食事を楽しんでいると、如何にも荒くれといった感じの水夫が、相席に座ってきた。
「調子はどうでェ、兄弟」
「…」
何だ、喧しい。人が物を喰っている時は、放っておいて欲しい。
「そンくらい喰やァいいだろう。ちっと一杯付き合わねェか? 奢るからよ」
おっと、遺憾。食事に夢中になって、目的を忘れるところであった。
「…相伴に与ろう」
「おほ、乙な口利きなさるじゃねェか。ま、呑みねェ呑みねェ」
※体力:八→九
「あンた、この街のモンじゃねェな。何しに“城砦都市”くんだりまで来なすった?」
「…“城砦都市”から先に用があってな。北門を開く呪文を探している」
「ハッ、そいつァ難儀だ。助けてやりてェとこだが、要り用な節を見付けるにゃ、不死のモンを殺さにゃなンねェ。そりゃアねエだろうってのが俺の考えさ。もう一杯どうだ?」
今、不死の者と言ったか? 重要な情報だ。明らかに一癖ある男だが、まだ何か吐くかもしれぬ。
「頂こう」
「そうこなくっちゃァ! 今夜は楽しくやろうぜ!」
私は男から杯を受け取り、もう一杯呑む。良い酒だ。アナ国の葡萄酒には及ばぬが、なかなかの味わい。
※体力:九→一一
「いける口だな、兄弟! もっと呑めよ、ほら!」
「そんな事より、呪文についてもっと知っている事はないか?」
「ン~? そうだなァ…そういや、知ってッか? この街の第三貴人がよゥ、実は吸血鬼だッつう噂でなァ」
「それは初耳だな」
「よしゃァいいのに馬鹿がよ、そンな化けモンに逆らいやがってよゥ、何でも、生きながらの死ッつう罰を与えられたッてェ話だぜ。そいつが確か、呪文を知ってる奴の一人だった様な…」
「ほほう」
生きながらの死…つまりは不死化か。先程の話と繋がるな。
「それで、他には?」
「ンなつまンねェ話よりもよ、聞いてくれよ、俺のダチがよォ、神もあろうによりにもよって、慈悲の神の話を聞こうとしてよォ、馬鹿だね、ほっぺたにキスしやがってよォ、おっ死んぢまいやがんの。あとよあとよ、俺が北の海への航海に行った時の話だがよ…」
「あー、それまずいですよ。あの子気にしいなんだから、ほっぺにちゅーとかあり得ませんよシムニード」
「…御存知なのですか、女神よ」
「え? はい、ウチの妹のところの双子ちゃんですよ」
何やら親類の家族を紹介されている気分だが、少なくともこの街に慈悲の神の神殿があり、神託を仰ぐ事が可能だという事は判った。
「…ま、ンな事より呑め呑め! まだいけるだろ?」
大分気分は良くなっているが、私はフレイケルの忠告を忘れてはいない。
…此処の酒には気を付けろ。ジョッキに一杯で人心地がつき、二杯で気持ちが明るくなるが、三杯呑んだら朝まで沈没だ…
「いや、ここらで失敬する」
「何だよォ、まだいいだろォ…」
男に言い寄られても、何一つ嬉しくない。私は酔いどれ水夫を振り払うと、亭主の所へ向かった。
「うん、酔っ払い親父との掛け算は、流石にナシです。良かったですねシムニード」
「ええ、本当に」
駄目だこの女神、早く何とかしないと。
金貨:三二→二八枚
宛われた部屋へと上がっていく。蝋燭も無い為、手探りで寝台を探り当て、腰掛ける。体調は未だ万全とは言えぬが、残る食糧は蜂蜜しかない。これから広大な“無限荒野”を横断せねばならぬ事を考えると、何処かで食糧を補給しておきたいところだ。“無限荒野”以降、金貨で取引できるとは限らぬから、あまり惜しむ必要はない。とりあえず、今は休もう。私は寝台に横になると、眠りに就いた。
気が付くと、私の目の前に、引き戸がある。
「どうぞ~」
女神の声だ。引き戸を開け、中に入ろうとすると…
ぽふ
頭に何かそれ程固くない物が落ち、白い粉が待った。
「引っ掛かった引っ掛かった~♪」
「やふー☆」
見ると、眼鏡を掛けた女神と見知らぬ女戦士が、嬉しげにハイタッチしている。
「何事ですか、これは」
「女神の、わなわなトラップ劇場~☆ そして、この娘は助手のブリスちゃんです」
「助手のブリスちゃんですっ。バナナ三本で雇われましたっ」
安いのか、高いのか。
「シムニードよ、これから貴男は、我々わなわなシスターズの放つ、身の毛もよだつトラップの数々を体験せねばなりません。ゆーこぴー?」
「ゆーこぴー?」
「全く一切、意味が解りません」
「それではっ、恐怖のトラップ第二弾っ! ブリスちゃん、アタック!」
「じーあいじー!」
脳の温そうな女戦士は、喰っていたバナナの皮を、神妙な顔で私の足下に投げ捨てた。
「どうぞ!」
「えっ? どうぞ、とは?」
「どうぞ! お早くつこうまつれ!」
女神を見ると、物凄いドヤ顔でバチバチウィンクしている。
「…」
仕方がないので、バナナを踏みつつ、歩いた。少し、ずるりと足下が滑る。
「…少し、掛かりましたねブリスちゃん」
「女神様っ、少しだけ掛かったという事―それは永遠に掛かったという事っ。成功も同然ですっ」
「そうですねブリスちゃんっ。引っ掛かった引っ掛かった~♪」
「やふー☆」
「…」
「この勢いに乗って第三弾っ。これなる仕掛けをご覧じろ!」
見ると、床に薄い板が敷いてあり、傍らに立て札が立ててある。そこには「頭上注意」と書いてある。
「…」
女神とおつむの軽そうな女戦士は、キラキラと輝く純真な目で私を見ている。
「…」
私は、立て札の所に行ってから、気持ち上を眺め、板に足を置いた。めりっと板が割れ、片脚が穴に落ち込む。中には水が張ってあり、足が水浸しになる。
「蠅が掛かった! 実はその穴には水が入れてあって、落ちると足がびっちゃんこになるという驚異の仕掛け! 名付けて『落とし穴ウォータースタイル』っ」
「…」
「どうです? シムニード。この恐ろしい、身の毛もよだつ、血も凍る様な、地獄の仕掛けの数々っ。参ったしちゃっても、いいんですよ?」
嗚呼…遺憾。
まさしく、これは罠だ。私の精神を、真綿の様に締め付けていく、恐るべき罠だ。このままでは遺憾。女神とアホそうな女戦士が、第四弾の準備をしている。私の目の前で、嬉しそうに。私には、期待を裏切る事も、この茶番に耐え切る事もできそうにない。どうしたら良いのだ…。
最悪な気分で目を覚ます。全身に冷や汗をかいている。酷い夢だった。
窓から、曙光が部屋を照らす。起き上がろうとして、頭上の物に気が付き、私は凍り付いた。首の真上に、断頭台。身体は、寝台に革紐で固定されている。何だ、これは! 悪夢の続きか!? いきなりレベルが違い過ぎはせぬか!?
含み笑いに気が付いて目を遣ると、枕元で宿の亭主が目を細めている。
「何の真似だ、これは…!」
「ひひひ、いえね? 今日の仕込みをしなくちゃいけねえなって…ぷっくく、くははははは!」
「何を言っている!?」
「お解りになりやせんか、旦那ぁ。あんたがそれかもしれねえって事ですよぉ! ひーっひひひひひ、だははははは!」
「貴様!」
…待て。冷静になれ。私は落ち着いて周囲を確認する。唯一動く様にされているのは、左腕。その左腕の手首には、ギロチンに繋がる綱が結わえられている。亭主が結び目を解き、綱を私の左手に握らせる。複雑な滑車を経て刃が吊られており、引っ張るか放すかすれば、ギロチンが上がるか落ちるかする。自分の命運を選ばせる気の様だ。亭主はけたたましく笑っており、正気とは思えぬ。交渉が通じる相手ではなさそうだ。
「女神よ…!」
思わず呟く。
「し、シムニード、が、ガンバ…!」
両拳を握って、女神が応援してくれる。うむ、毒にも薬にもならぬ。…いや、この街で一度助けを借りた故、女神にも助けようにも助けられぬのだ。己で何とかせねばならぬ…!
落ち着いて、滑車の連なり方を見極めるのだ。一つ一つ、どちらに綱を引っ張るのか確認していき…最終的にギロチンを引き上げるのはどちらなのか…。見切った! 私は綱を思い切って放した。
刃が上に上がり、亭主は悪態を吐きながら階下に消えた。どうやら九死に一生を得たな…。
「予習をした甲斐がありましたねっ、シムニード♪」
「…」
うむ、問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。貴女、出番が欲しかっただけちゃうかと。
身体を縛る縄を解き、急いで宿を後にする。あの亭主を懲らしめてやりたい気持ちはあるが、これ以上揉め事に巻き込まれたくはない。私は急いで<旅の宿>亭を後にした。
運勢:一三→一三
体力:一一→一三
名前:シムニード
職業:魔法使い
流儀:正天秤三角呪法
技量:八
体力:一七/一三
運勢:一三
装備:背負い袋、金貨二八枚、ブリム苺の絞り汁(戦闘中以外に飲むと、体力三回復)、竹笛、蜜蝋、蜂蜜、宝石、膠、鼻栓、玉石四つ、水晶の滝の通行証、剣、金縁の鏡、羊皮紙の巻物、緑色の鬘、投げ矢二本
祝福:使用済み