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短編

幽霊

作者: RK

 時間の流れが緩慢になる。

 本来であればすぐに訪れるであろう瞬間をまるでパラパラ漫画をゆっくりとめくるかのように見ている。

 この瞬間が訪れたら、自分はどうなるのだろうか?きっと無事では済まないだろう。

 頭を駆け廻る様々な出来ごと。ああ、これが走馬灯なのか、初めて見た、と感慨深くもあり、経験なんてしたくなかった…と思う気持ちもある。

 緩慢な時間は体感でどれだけ続いたのだろうか?加速した思考は死への恐怖と極度の興奮状態が見せる一時の夢のようなものだ。いずれ夢からは覚めてしまう。

 思考の加速が終了する。

 僕は車に跳ね飛ばされた。

 宙を舞う中、泣き叫ぶ少女の顔が目に焼き付いていた。


 気がつくと僕は自分の部屋にいた。

「なんだ、悪い夢か…」

 いやぁ、リアルで怖い夢だったな!と体を起こす。そこで違和感を覚える。

 なにかふわふわした感覚。それでいて何か物足りない感覚。

 なんだろうか?考え事をしていたせいかベッドからうまく起き上がれず転んで…しまわなかった。

「あれ…?」

 予想していた痛みは襲ってこなかった。ドスンと音を立てることもない。だが、僕の体はベッドから転げ落ちている。

 不審に思ったが何がとまでは言えず立ち上がろうと顔を上げた瞬間。

 鏡に映っていない自分に気付いた。

「どういうことだ?」

 鏡に映らない自分。先ほど見た夢。あれがもし現実だとしたら…。

「いや、まだそうときまったわけじゃあない。それにそんなことがありえるかっての」

 自分に言い聞かせるように立ち上がり部屋を出ようとドアノブに手を伸ばす。ドアノブをすり抜けた手は虚しく宙をかく。

 認めたくないが…、認めるしかないようだ。

 僕、十勝一成は死んでしまったようだ。享年17歳。短い人生だった。

「これは嘘だろぉ…」

 orzの姿勢になって落ち込む。自分が死んだとなれば誰だって落ち込むだろう。

 しかも、死んだと認識させられているのだ。

 ここで変態紳士の方々ならポジティブシンキングだ!この身体なら女子更衣室や女子風呂を除き放題!と考える人もいるだろうが、そう人生は甘くないのだ。

 思いのほかあっさりしている両親の前で手を振っても、話しかけても、全裸になっても反応されない。絶対的な孤独だ。

 このまま消えることなく幽霊として過ごすのなら悪霊となって人を殺す霊がいるのも頷ける。このまま寂しさが続けば狂ってしまうだろう。

 だが、お仲間さんは見つからない。持て余している時間を有効的に使おうと意思の疎通が出来る存在をさがしたのだ。

 心霊スポット、自殺の名所、夜の学校、霊園、思いつく限りの場所を廻ったがお仲間さんの影も形も見られない。

「もしかしたら幽霊同士は見ることはできないのかな…」

 とぼとぼと自分の部屋に戻る。

 何処に居てもいいのだが、やはり自分の部屋と言うのは落ち着く。幽霊になった今でも自分の部屋はいいものだ。

 腰を落ち着けてからそういえば、と思いついたことがあった。

 自分はどうして幽霊になったのだろうか?

 こう行った場合、この世になにか未練を残して死んでしまったから幽霊として存在しているのではないか?

 自分がこの世にどんな未練を残してしまったかを考える。

 最初に思い当たるのは死んでしまったことだ。

 いつか死ぬとは言え、こんなに早く死んでしまうとは。やりたかったことは沢山ある。来月発売のゲームだってやりたかったし未だ完結していない漫画の続きも読みたい。

 でもそんな理由で幽霊となったとは考えにくい(というか考えたくない)。

 つまり、他になにか自分の中で何かやり残したことがあるのだ。

 だが、肝心のそれが思い当たらない。もしかしたら幽霊となった際に記憶を欠損しているのかもしれない。

 これから自分はどうなるのだろうか?

 悪霊になるのだろうか?ずっと同じところにいたら自縛霊になるのだろうか?

 先の見えない状況に置かれ不安になり、いろいろ考える。そのうちに瞼が重くなってきた。

(幽霊になっても寝るのか…)

 そんなことを考えながら思考は深い眠りに落ちて行く。

 幽霊になってから最初の夜を過ごした。


 朝、目が覚める。

 昨日の出来事が夢なんじゃないかと思ったが夢ではなかったらしい。

 今日も今日とて十勝一成は幽霊であった。

 部屋に置きっぱなしのデジタル時計を見る。今日は月曜日、時間は8時。

 いつもなら学校に行く時間だ。

 このまま部屋で腐っていても仕方がない。

 未だになれないが壁透過をしていく。

 両親は僕が幽霊になったと言うのに平常運転だ。

 人が一人死んだだけで世界は何か変わると言うことはないのだろう。

 だが、よく見れば必死に普段通りにしようとしているのが分かった。昨日は自分も参っていたのだろう。そんなことにも気付けなかったのだから。

 世界は変わらない。でも人の心に何かしら変化を与えてしまったのだ。僕は両親より先に死んでしまった親不孝者だ。

「父さん、母さん、ごめん」

 聞こえないと分かっていても声に出さずにはいられなかった。

 僕はそのまま踵を返す。

 だから見逃してしまった。聞こえないはずの声を聞いたかのように目を涙で潤ませていたのを。

 

 通いなれた通学路を歩く。

 この時間は制服を着た人間が多い時間だ。そんな中、制服を着ないで歩いている自分に違和感を感じる。だが、自分が感じている違和感などを他の誰かが感じることはない。

 僕の姿は他の誰にも見えていないからだ。僕は誰にも姿を見られることなく、空気のような存在となって人の波のなかを歩く。

 校門を抜ける。

 生徒指導のゴリラ教師が厳つい顔をして仁王立ちしている。

 こんな顔をしていて意外と生徒想いで人気がある。一成も良く世話になったものだ。

 そんなゴリ先生(愛称)も 僕には気付かない。

 下駄箱を抜け自分の教室を目指す。廊下ですれ違う生徒達は僕に目を向けることはない。

 教室に入る。2-B。ここが僕のクラスだ。

 僕の机の上に花瓶が置いてある、ということは無かった。

 僕は自分の机の前まで移動する。誰の目にもとまらない。級友ですら僕の姿が見えない。

 たった一日、誰とも会話をしないだけで僕は孤独に潰されそうだった。

 そんな時だ。不思議な力に吸い寄せられたのは。

 磁石が吸い寄せられるかのように僕は体が自然とその方向を向いた。

 教室の扉のところに、目を見開いてこちらを見ている少女。

 我那覇透子。

 沖縄系の苗字をしているが肌は陶磁器のように白い。色素の薄い髪は腰まで伸ばしており、整った顔立ちからお嬢さまと言われれば納得できてしまう。

 その容姿から周りに言い寄られることが多いのか人に近寄られるのを好ましく思っていない。パーソナルスペースが広い、とは本人の談だ。

 ここで、問題なのは我那覇さんが僕を認識しているということだ。他のクラスメイトは僕の事を認識していない。だが、我那覇さんは僕のことをはっきりと見ている。

 だが我那覇さんは目をこすって僕が居る所を見ていたが首を傾げて何かしら呟いた。

「気のせいよね…」

 唇の動きは、そう言っていた。

 

 退屈な授業も誰からも相手にされない幽霊となると暇つぶしにはもってこいだ。

 未だに何故、幽霊になったのかはわからない。だが、我那覇さんは一瞬でも僕の姿を見ることが出来たようだ。

 そして、僕は我那覇さんをみてからなにかに突き動かされるような感覚を覚えていた。

 僕は我那覇さんの後をつける。少し距離を離しているのは僕が幽霊になってまだ日が浅いからだろう。

 つかず離れずの距離を保って歩いていると、ふと背後に気配を感じた。

 振り返ってみると春先で暖かい陽気というのに冬物のコートに身を包んだ男が立っていた。

 帽子にマスクを着けているその姿は THE 犯罪者と言えば分かりやすいだろう。

 その男は熱っぽい視線を我那覇さんに向けている。

 幽霊となって痛覚が無くなっている僕の頭に痛みが走る。

 

――車が走ってくる。

――血走った眼で僕を睨んでいる。

――運転席。

――愉悦に歪んだ唇。


 頭を振る。何やら頭にノイズが奔ったような気がする。幽霊なのに頭痛を覚えるとは一体何事だろうか。

 気がつけば我那覇さんとの距離が空いていた。

 男は幽霊の僕と同じく透子さんをつけている。

 僕はその姿に不快感を覚える。

 だが、僕には見ているしかできない。この体はすでに肉体を持たない。物に触れることは出来ず、声は届かない。僕は世界に拒絶された孤独な傍観者なのだ。

 我那覇さんは人通りが少ない道に差し掛かる。男はその瞬間を狙っていたかのように駆けだす。

「やっと二人きりになれた!!!」

 男が熱っぽく我那覇さんに囁く。

「貴方…んぐ…!」

 叫ぼうとした我那覇さんの口を塞ぐ。その瞬間、僕は頭に走る痛みに襲われる。


――大丈夫…!?ねえ…!!

――やっと魔物が消えた!今度迎えにくるよ…!


 激情が込み上げる。

 見ているだけの自分が許せない。

 なにも出来ない自分が許せない。

 なによりも。

 透子に手を出したこいつが許せない!

 僕は何もつかめないはずの手を伸ばす。

 すり抜けるはずの手はしっかりと男の肩を掴み肉に指が食い込む。

「なっ!?」

 男が突然の事に振り返る。そして顔は恐怖に歪む。

「な、なんで!?お前…!?」

 男は透子を突き飛ばして手を自由にすると懐に隠してあったナイフを取り出し僕に繰り出す。だが、僕には刺さらない。

「やめろ!!来るなぁ…!」

 僕は男を殴りつける。拳は男の顔面に突き刺さり吹き飛ばす。一撃で男は気絶し痙攣を起こしていた。

 透子は突然のことに驚いている。

 騒ぎを聞きつけて近所の人が出てきた。男の手にあるナイフを見て110番をしたようだ。辺りは騒然とし始める。

 僕が幽霊になった理由がやっとわかった。僕は彼女を、透子を守りたかったのだ。

「ねえ、一成。居るんでしょ?」

 透子が僕に声をかける。そこに僕は居ないのだけれども。

「うん、居るよ」

「やっぱり…」

 どうやら僕の声は聞こえたようだ。

「無茶ばっかして…」

 その声は震えていた。僕は肩を抱きしめる。

 透子の震えは止まった。

 それを肌で感じると僕は安心した。安心したらまた物に触れなくなった。

 多分、これでお別れだろう。

 それを感じ取ったのか透子は泣きながら言う。

「行かないで…!」

「それは無理だよ」

 僕は死ぬ時に残した想いを遂げたから。


――死んでも、君を守る。


「大丈夫。いつも見守ってるから」

「傍にいてよ…」

 僕は透子の胸に手を当てる。触れないはずの手はぼんやりと熱を持っている気がした。

「僕はいつも君のここにいるよ」

 伝えたいことは伝えた。

 思い残すことは無い。

 僕は身体の感覚が薄れて行くのを感じていた。でも、それは怖いとかはなく、とても安心できる感覚だった。

「さよなら」

 僕はそれだけ伝えると、朧になっていく意識を手放した。


 それから、僕は見守り続ける。

 彼女が幸せになってくれるといい。

 僕の死を思い悩まないでほしい。

 僕は君を幸せに出来なかったけど。

 僕はそれでも不幸じゃなかった。

 君と出会えて、君を好きになれて幸せだった。


「準備は出来ましたか?」

 黒い傘を持った少女が問いかける。

「もう大丈夫」

 僕は答える。

 もう思い残すことはないのだ。ここにとどまる理由はない。もう行かなくてはならないのだ。

「さて、行きましょうか」

 少女は傘をくるりと回す。

「ありがとう」

 その少女に僕はお礼を言う。

 彼女のおかげで僕は透子を救うことが出来た。

 その感謝を心から告げる。

「気にしないでください」

 照れたように言う少女。くるくると回る傘が彼女の心情を表しているようだ。

「それより、貴方の話を聞かせてください。貴方の人生を、貴方の生涯を。貴方が強い純粋な陽の想いを抱くに至った経緯を。幸い話す時間は沢山ありますから」

「そうだね…、じゃあ透子との出会いからでも話そうか…」

 僕たちは歩き出した。

 僕は話しながら思った。

 こんな優しい死神がいるのだと。

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