奇怪
「目的も決まったし、魔法屋に行くんだけど一つ気になった事があるんだよね」
「……?」
セレナは彼女の傷を抉る事に申し訳無さがあるが、どうしても話題に出さずには居られなかった。
「鎧」
一瞬、びくっとするフィッテに対して更に続けた。
「あれって人間だったのかなーって。もしかしたら、どっかが作った人間もどきなのかも」
「……石像や鎧が意思を持って動く、っていう感じの……?」
「それだね。実際対峙した時は人間味あったし、あの甲冑から放たれる殺気などは実戦そのものだった」
セレナはこくり、と首を下に下ろす。フィッテでさえ、相当の殺気を感じたのだから実際に戦った事のあるセレナは殺気の塊を直に浴びてるようなものだろう。
「鎧といえば、後から来たおじいさんもそうだね。あの人こそは人間だろうけど……」
「結局敵なんだろうけど、仲間割れみたいだったね」
「厄介な敵だったよ、本当。穴は生み出すし、鞭で嫌らしく打ってくる。サポート印象が強かったけど、鎧ほどじゃなかった。苦戦はしたけどね」
南門を堂々とくぐり、道のど真ん中を歩き中央地点にトラップを仕掛けた老人ウルスクは、その後も鞭を生成し、フィッテを苦しめた。
フィッテ達の後を追ってきていた鎧の赤いほうに倒されたが、あのまま老人達と戦っていたら間違いなくフィッテ側が負けていただろう。
仮にフィッテが創造魔法を使用して戦闘になったとしても勝てる確率は低かった筈だ。
「所で鎧は南門から逃げて行った……。私達が東門から来たから、西門方向に誰か居たのかな……?」
「フィッテも聞いてたと思うけど、それらしい気配や音は一切感じられなかったよ。『居た』としても私達じゃあ気付かないと思う」
セレナが言うのだから間違いは無いはずだ。
セレナが感じられないものはフィッテに感じ取れる訳が無い。フィッテに何か能力があれば話は別だが。
彼女は言い終えてから、空のグラスを見て奥の厨房へと視線を送る。手には一枚の銀貨を握っていた。
「フィッテはおかわりは……って、まだ半分残ってるね」
「うん。セレナちゃんだけどうぞ」
フィッテに頷くと立ち上がり、奥へと引っ込んだ。
フィッテは相変わらず入り口のドアと窓を見ていた。
ドアは鍵が掛かっているので、いきなり破壊される事が無い限りは大丈夫だろう。
どちらかと言えば窓の方が気に掛けている部分が大きい。
いとも簡単に割られるだろうし、そこから侵入出来るのがあるからだ。
(私が何としても創造魔法を覚えて、セレナちゃんと一緒に戦えるようにならないと……)
フィッテは若干睨みつけるようにガラスに強い決意を送る。
彼女の熱視線でガラスが割れる訳ではないが、ここから視線を外すと誰かが侵入してくるのではないか、という錯覚が襲ってきそうだった。
「今度こそ、大切な人を守れるといいな……」
独り言を呟いてから、テーブルのグラスを口に含む。
フィッテがグラスを置くと同時に新しくオレンジが入ったグラスが隣に並ぶ。
「その台詞は私のものだよ? ……フィッテを守れるようにするのが今の私の役目。その為には強くならないといけないの」
隣り合わせで座ったセレナと目が合い、フィッテの決意を更に上回る強い意志を感じさせる視線が浴びせられる。
フィッテは思わず戸惑ってしまった。彼女と自分は経験の差が違う、と。
フィッテはまだ自分自身で戦う、という事をしてはいない、セレナは今まで創造魔法を用いて戦ってきたし彼女を今回の戦いでも守った。
『そこ』に関しては、お互いの差が広がっている証拠だった。
「……いつまでも守られてばかりは嫌だよ……。私だって、自分の力で戦いたいし大切な人を守る為にも戦いたい」
フィッテは負けじとより一層、送る視線を強める。経験では負けてるのは明らかだ。
そんなのはゆっくり時間を掛けていって、埋めればいい。
セレナも実力を付けるだろうが、差は少しずつ縮まるはずだ。
「……はぁー。ま、そこまで言うなら、フィッテにも頑張ってもらうからね?」
フィッテの自分の意思を主張した眼差しを受け入れたか、セレナがやわらかな笑みで返す。
「ありがとう、セレナちゃん……。私頑張るから……!」
セレナの両手をフィッテが優しく包み込む。
「ま、まずはこの町から出る事からだね」
セレナは彼女に手を握られた事による照れ隠しか、誰も存在しない壁の方へ視線を向けた。
不意に壁へと向けてる時に映った窓の外に居る人影のようなもの。
彼女の脳裏にチラつく言葉、『侵入者』。
フィッテ達も今は侵入者のようなものに近いが、フィッテの家を襲撃してきた鎧達に対する言葉がぴったりだろう。
「フィッテ、窓の外に誰か居るかも」
「え?」
急いで窓へと首の向きを変え、食い入るように見つめる。
しかし、既に通り去ったのか姿は見えなかった。
「セレナちゃん、どんな姿だった?」
フィッテは疑ってる訳ではないが、自分が窓を見たときには見えなかった。
「男か女か分からない。黒、っぽい感じかな? 背丈は私達より少し高いぐらい……」
「敵、かどうかも分からないね……鎧だったら、私達を襲った者だったのかもしれないのに……」
それはそれで、フィッテ達の生き残る確立がゼロになりかねないが。
セレナは姿が見えていた窓をしばし凝視する。だが、いつまで経っても物音や姿が見えない。
敵か味方か判断出来ない以上、様子見をした方がいいのではないだろうか。
セレナは未だに睨み続けながら考える。
「ど、どうしようセレナちゃん……予定だとここを出ないといけないのに……」
「とりあえず、私が窓から様子を見るからそれから判断しよ」
言うより早くセレナは窓の一つへ歩み寄る。ドア側より遠いので、ドアに誰か居たら分かる筈だ。
セレナは警戒心を解かずに、そっと窓から外のドアを盗み見る。
「ど、どう……?」
確認してから気配を殺すように席へ戻るセレナは、首を下ろした。
「……居る」
「て、敵かな、やっぱり……」
セレナが見た限りだと、判断が難しかった。
その怪しげな人物はドアより少し離れた場所で、中央地点を注視している。
老人が着ていたコートの色違いに、髪と瞳が印象的だった。
赤の短髪は燃えてるかのように見える煌々と光り、僅かに風が吹いただけで揺らめく華麗さも兼ねている。
それとは正反対に見る者を魅了させる、青くどこまでも透き通っていそうな瞳が片目だけしっかりと見えた。
漆黒のコートに身を包み、長さは足首の所まで届きそうなくらい。
ちらり、と垣間見える服もまた黒で彩られている。
闇で覆われたようなズボンに真っ黒で深みが強い靴と、黒で統一された格好は肌を晒していてもいなくても、黒色が好きです、と言われても違和感ないだろう。
黒コートの人物はふと何かの気配を感じたかのように、フィッテ達の居る飲食店の窓を見つめた。
「や、やばっ!! フィッテ隠れて!」
言うが早いか彼女に指示を送り、自分は窓から見えないように壁にぴったりと張り付いた。
フィッテはあたふたと立ち上がり、テーブル席の下に身を隠そうとしたが、奥のカウンター席の方が潜伏出来るだろうと判断し、潜り込みしゃがみこんだ。
思いのほか裏側は広く、三人分の大人が優に通れそうなスペースだった。
会計スペースに壁に設置された消耗品棚、通路確保スペースと若干の余裕を持たせた作りだ。
奥へと続く通路は真っ直ぐ伸び、その先は床が変わりこげ茶色の木製床から白色の石床だった。
おそらくは調理をする場所の厨房だろう、白で彩られた壁も棚に置かれている大小それぞれの皿も、飲食店の印だ。
進めばどこかに裏口があるかもしれない。そこまで観察していると入り口側に居るセレナから溜息が聞こえたので、そちらへと意識を移す。
「カーテン、閉めておけばよかったな……。後裏口の確認も」
「セレナちゃん、裏口は私が見てくるよ?」
「あ、後でね! 今はあの人が、敵なのか否か見極めなきゃ。……【マジックスフィア】」
セレナは水をすくう様に両手の手の平を合わせた。
すると少ししてから、半透明の白色の球体が彼女の手の平の上に小さく浮かんだ。
形が整った球体は、ちょっとした球蹴り遊びに使えそうな大きさだ。
フィッテは入り口と窓の様子見をしようとこっそり顔を覗かせ、セレナの行動に声を出さずにはいられなかった。
「セ、セレナちゃん、それは……?」
「これは、今の私の現在魔力が分かるようになる創造魔法。【スイフトアロー】を含む攻撃魔法とかが、後何回撃てるか具体的に分かるようになるの。あ、ちなみにコレ自体の魔力消費は微々たるものだからね」
言い終えてから彼女は浮かんだ球体を潰すように両手を合わせると、球体は音を立てずに跡形も残さず消失した。
フィッテが見る限り、セレナの顔色は良くないように見え、嫌な予感が横切る。
「もう、攻撃は厳しい……?」
「だね。【スイフトアロー】は使えて三回が限度、かな。で、でも大丈夫だよ。私がなんとかするから」
「じゃあ、私はその三回を出来る限り減らせるように頑張る。……今はそれぐらいしかないから」
顔を覗かせ、意思の強さを主張するが如く握りこぶしを見せるフィッテにセレナは再び溜息を付く。
こうして何度も顔出ししてる時点で、窓から誰も覗き込んで無いことを把握するセレナだが、それだけでは外の問題は解決しそうにない。
「フィッテ、隠れてって言ったのに……」
「ご、ごめんなさいセレナちゃん……」
フィッテは申し訳ないように顔を引っ込め、セレナの位置からは完全に見えなくなった。
セレナは再び息を吐くと、音も無く立ち上がり近くの窓から外を見た。
誰も居ないが、外に居るのは間違いないだろう。こちら側で姿を教えているようなものだから。
セレナは一つ、案を考えた。
「フィッテ、奥に厨房があると思うけど。そこから包丁取ってこれる? ちょっと脅しに使おうと思うの」
「わ、分かった」
身を晒さずに少女は答えると、窓から監視しているセレナを視界に捉えてから彼女に背を向け奥へ進む。
観察時に見えた、白壁が出迎え通路の左右には調理台、壁に銀色の棚が視界に入る。
入って左側には厨房エリア、右側にはドリンクを作る空間、テーブルから下げてきた皿などを洗う洗浄台、その最奥部分には脱出と出入り口の象徴でもあるドアがあった。
「い、一応鍵の確認を……」
フィッテは目的の場所とは反対の右側へ足を進ませる。
誰もいない明かりの付いた厨房は薄気味悪かったが、背中には大事な友人が居るので怖さは不思議と無かった。
が、ドアに近付く度に胸の高鳴りを感じ今日の嫌な出来事を思い出させ、自然と足が止まってしまう。
まるで、足に痛みを感じさせない杭を打たれたように。
父親は速攻で斬りつけられ、父を斬りつけた鎧に対抗すべく母親も立ち上がったが、結局敵わなかった。
今はこの飲食店に居るが、鎧二人組みがまた攻めてでもしたら今度こそ助からないだろう。
そう思うと、視界に映っているドアがより一層怖く思えてきた。
仮に鍵が掛かっていたとしても、あの鎧達ならば障害にすらならないのではないか。
「こ、怖い……」
このまま一歩も動けずにいるかもしれない。
セレナが様子見をしに来れば話は別だが。
足がすくんで動けない中、入り口の方から声が掛かる。
「フィッテ、見つかったー!?」
「ま、まだだよ!」
彼女の声にびく、と体が跳ねたお陰か、震えた足はすぐさま動けるようになり鼓動も平常へ向かいつつあった。
ようやく再行動したフィッテの足は、迷う事無くドアへ向かう。
鍵の確認をしたら言われた通り、包丁を持って行くだけだ。
セレナの声掛けが無ければ、復帰するのにどれほど時間を要しただろうか。
これほどなまでにドアに対する恐怖が芽生えてしまったのは鎧の所為だが、この先苦労するなとフィッテは思考したその時。
「あ……」
目の前のドアが開いた。