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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
8/78

独占

 二人が一度落ち着いて話せる場所として、東通りの中央地点に近い小さな飲食店へ移動した。

 家のドアを二倍ほどの大きさにした店の入り口。高身長の大人が屈む必要の無いドアを開けると鈴の軽やかな音が虚しく響いた。

 虚しいのはいつもならこのタイミングで可憐な女性か、爽やかな男性が出迎えるからだ。

 室内は木造の床、白に着色された土壁で造られている。その土壁に所々に赤色のレンガが挟み込まれている。

 四角形のレンガが不規則に挟んであった。

 一定の距離を取って設置されている窓からは夜空が綺麗に見れそうだ。

 テーブル席とカウンター席があり、テーブル席の割合が高い作りである。


「やっぱり誰も居ないのかな……?」

「……みたいだね。とりあえず座ろ」


 恐る恐る隙間から覗き見る二人に映るテーブル席は入り口周辺に満遍なく散らばり、カウンター席は奥に存在する厨房側にしかない。

 客を案内するウエイターやウエイトレスはおろか、自分達以外の客が居なかった為、どの席でも自由に座れた。

 先ほどのお邪魔させてもらった一軒屋もそうだが、荒らされた様子が無かった。

 テーブルの上に載ってるのは表向きにされてるメニューだけだった。

 フィッテはドアを閉め施錠もすると、先行するセレナについて行く。

 その中でも入り口に何かあったら反応出来るように、反対側の厨房へ背を向けるような形で二人はテーブル席の一つを選んだ。

 セレナは入り口とは逆の厨房へ行ってなにやら漁って、フィッテはおとなしく入り口を見ている。


「飲み物、いつものでいい?」


 声がした方へ振り向くと、厨房の奥へと入っていき、保存庫からオレンジ状の液体が入った氷入りグラスを持ったセレナが満足気にフィッテの隣の椅子に座る所だ。

 フィッテとセレナはたまに話をする時に、ここの飲食店にする事がある。

 その時、メニューに真っ先に目が行ったのがオレンジである。

 

「う、うん。って、セ、セレナちゃ、お金……!」

「お、置くってばっ」


 フィッテはその橙色に驚いたのではなく、彼女の行動に驚く。

 セレナはグラスをテーブルに二つ並べ、奥のカウンターへと一杯分の値段と思われる銀色の硬貨を二枚置いた。

 この行動はさておき、お金は払ってるから一応いいよね……? と自問自答するフィッテであった。

 食べ物もどうしようか、という話は上がったが調理済みの料理などある訳もなくフィッテ自身が食欲は無い、ということで飲み物だけである。

 フィッテの食欲が無いのは当然といえば当然だが。


「セ、セレナちゃん、自分の分は出すよ!」

「いーの! いーの! 私に任せて!」

「わ、分かったよ……」

「……じゃあ、乾杯の気分ではないので無しにして、話に移ろうと思うの」


 フィッテは反対することなく首を縦に振る。

 詰みあがった問題を解決すべく、題材に出す。

 まずは帰還手段だ。

 町から町までは普通に歩くと半日程掛かるらしい。

 帰れる手段が無いわけではないのだが、セレナが条件を満たしていないらしい。


「これに関しては本当にごめんなさい……」

「セレナちゃんが条件満たしていなくて、私が大丈夫なの?」

「うん……本当にごめん……」


 ただただ平謝りするセレナをこれ以上責めることが出来ないフィッテは、他の題材を聞く。

 次にセレナの魔力容量である。

 創造魔法での攻撃、補助などは厳しくなること。

 【スイフトアロー】ならば数発は撃てるかもしれないが、【ウォーターランス】はその半分だ。

 【ウォーターランス】より強い創造魔法を撃つとしたら、更に魔力が必要となる。

 当然、中央通りへ行く前にセレナ自身が魔力が空に近い、と宣言してたので【ウォーターランス】は今日は撃てない事になる。


「そっか……、日付が変わるまでは何一つ出来ないよね」

「そそ。割高な手段として、魔法屋から魔法石を買うことも出来るんだけど……。いかんせん値段が高くてとても私じゃ手が出せないの」


 壁に掛けられた四角い枠は、書きなぐったような数字で『8』『00』と表示されている。

 この時計が壊れていなければ、後4時間は魔力が一部の方法を除いて回復しない。

 彼女は諦めたかのような仕草で首を左右に振った。

 もう一つの回復手段を知ったフィッテはふと、一つの提案をする。


「この町ラウシェにも魔法屋って無いかな? 私はあまり外出ないから分からないけど……」

「……あ。あるよ! この前北通りの魔法屋で水属性の素材買ったから!」


 セレナは席から立ち上がらんばかりの勢いで声を強くする。

 水属性の素材についてはフィッテは後で聞くとして、脳内にメモをした。

 しかし、問題点にぶつかったのかすぐにセレナの声色が弱くなる。


「でも無断で持っていくわけにはいかないし、何より値段が……」


 今二人が口にしているオレンジ色の飲み物よりも更に、高額だろう。

 何十倍か、何百倍か。それほどなまでに魔力は大事なものなんだ、と思い知る。

 うなだれて額をテーブルに付けているセレナを横目にフィッテは更に考える。


「セレナちゃん、日付変わるのと、魔法石? という物以外に魔力を回復する方法は無いんだよね?」

「……無い、ね。一時期は他人が持っている魔力を自分の魔力に与えられないか? という疑問が挙がったけど、それも無駄に終わったね……」

「出来そうだけどね……これだけ日常魔法が発達してるんだから。そういう魔力供給問題も解決されるといいな」


 フィッテは天井の明かりを見渡しながらオレンジを少し口に含む。

 自宅よりも明るい印象を与える赤い炎が天井のランプから見える。

 フィッテの家とは違い、時限型ではなく恒久型だ。型によって明るさが違う、ことは無いはずだ。

 セレナの話が続いたので、考えることを放棄した。


「そうだね。とある女の研究者が『キス』する事で魔力が口移しで渡せないか、という説があった時には流石に驚いたけど」

「えええっ!? キ、キ、キス……?」


 いきなり彼女から想像付かない単語が出たものだから、今度はフィッテの方が立ち上がらんばかりに声量を上げる。

 心なしかフィッテの頬が紅潮しているように見えた。

 セレナはその表情を見て嬉しそうに続ける。


「そそ。当時その人は好きな人が女性で、今の状況とそっくりだったかも」


 片方が日常魔法を使え、創造魔法を習ってない、もう片方はセレナと同じく創造魔法を使える女性だ。

 ましてや案を考えていたのが似たような飲食店だというらしい。


「共通点多いね……。でも結局駄目、だったんだよね……?」

「まーねー。女研究者が言うには、魔力供給は言い訳で、本当にその人が好きで口実を作る為だったみたい」


 当時者である女性はたまったものではないだろうか。魔力供給を理由にして、口付けをしようとするのだから。

 二人がどうなったのかはさておき、魔力の回復法は現時点では二つに絞られたということになる。

 セレナが知らない、という可能性もあるがフィッテからすればセレナの事を信じなければ何も始まらないので現段階での魔力回復法の中で考えなければいけない。

 セレナは一口、橙の液体を喉に含むとがっくりと首を垂れた。


「最悪捕まる覚悟で使おうかなぁ、魔法屋の魔法石。他に日付変更までの魔力回復策は無いんだもん……」

「魔法屋さんに篭って、誰か来たら反応次第で開ける、というのは?」

「鎧達のように声が明らかに人間味無かったら分かるんだけど、戦った老人みたいのに出くわすとなると厳しいかも……」


 鎧達の声は人間のものとは思えない程のどこかしら歪んだ声だ。

 対して黒穴を創造、鞭を具現化した老人はどこにでも居そうな人間の老人そのものだが、敵か味方かはとても扉越しでは判断出来ないだろう。

 現在の案は『日付変更までに魔法屋に篭り、緊急を要する時には魔法屋にある魔法石を使用。何事も問題無ければ町を脱出し、セレナの町まで行く』というものだ。

 問題点は、魔法屋の設備が原型を留めているか、緊急用の魔法石が存在するか、という事である。

 どちらも確認してないので何とも言えない。

 もし魔法屋が壊滅状態だったり、頼みの綱とも言える魔法石が無かったらここの飲食店に居た方がまだいいのではないか? という疑問がセレナの脳裏をよぎったが、今は気にしている場合ではない。

 フィッテも助けて、自分も帰るべき町に帰る。という目標がある。


「ま、まあ向こうに篭れさえすれば大丈夫だと思うよ。魔法屋さんのお姉さんもここの設備は頑丈だから、ちょっとやそっとじゃ壊れない! って豪語してたし」


 ……そのお姉さんとやらは今は居ないのだろうか? フィッテは半信半疑だったが、多少でもプラスにでも考えるべく、甘さを含んだ飲み物を飲む。


「じゃあ、魔法屋に篭るとして……。その魔法屋で私の創造魔法は作れるの? 【スイフトアロー】とかそういうの」


 この質問に対してセレナは苦しそうな顔をした。まるで今のフィッテの能力では出来ない、と言いたげな。


「作ろうと思えば作れるけど……、素材が必要かな。無属性のものだから、ある意味家具とかでも創造魔法は作れるよ。要求素材値が低いから、よっぽど使えない物じゃない限りは大丈夫だよ」

「素材……」


 セレナの返しにフィッテは言葉を反芻する。


「家具とかでも……という事は、家具が使える物であればあるほど素材値は良い、って事?」

「そそ、例えば収納数が多いタンスとか。家具じゃなくてもどこの家庭にでもある包丁とかでも作れる。要するに、物自体に価値があれば数次第でそれなりの創造魔法が作れる、って訳」


 つまりは創造魔法を作製するには、素材が必要だ。その道具を消費して、見合う創造魔法を作る。

 価値が高ければ高いほど、良い魔法が作れるという訳だ。


「家具や、包丁……。セレナちゃんの【ウォーターランス】は名前の通り水属性の素材が必要?」

「そうだね、水属性の素材。大抵は水辺の場所にあるけど、中には洞窟にも有る。【スイフトアロー】みたいな飛び道具兼、一撃近距離無属性魔法を作るんだったら無属性アイテム。家具なんかは土属性も含まれてるけど、無属性値が高いから無属性に分類されるの」


 説明を終えたからか、満足気にグラスに口を付ける。残りが無くなった為、氷がグラス底にぶつかる音が響く。

 魔法屋には素材が元々調達したものに値段を付けて販売している。

 基本属性の火、水、氷、風、雷、地属性から、無属性まで扱っている。

 唯一属性として認められていて、且つ魔法屋の素材では販売していないのは光、闇属性の二つだ。

 調達自体が困難で危険なエリアに指定されている場所にある。

 仮に販売されていたとして、現時点で手が届かない魔法石よりも更に高額となるのかもしれない。


「もし魔法屋さんに素材があれば、私も創造魔法が……」


 期待に胸を膨らませているフィッテを見て、セレナは複雑な心境だった。

 このまま順調に進めば魔法屋で魔法石を確認し、日付変更までの篭っている間にフィッテの創造魔法を生み出す手伝いをすることになる。

 フィッテが無事【スイフトアロー】か他の創造魔法を作れたとして、戦闘となったら前に出て戦うのだろうか?

 セレナは心配だった。前衛に出て怪我でもしたら、その敵を滅多裂きにしないと気が済まないだろう。

 怪我でもするぐらいならば、いっそのこと創造魔法なんて覚えなくてもいいんじゃないのか、

 これからもずっと自分が守っていけばいいのではないか、という邪な気持ちが交錯している。

 勿論フィッテに対して失礼だが、セレナがもっと強くなって十分に守れる存在になれればフィッテに創造魔法など必要無いのではないだろうか。


「セレナちゃん……?」


 不意にフィッテの覗き込む顔が目に映る。セレナはいつの間にか顔を俯けてたらしい。


「な、何でもないよ」


 彼女は慌てて両手を左右に振り何でも無いことをアピールする。

 あのまま変な事を考えていたら、どうなっていたか想像が付かなかった。

 心が黒い気持ちで覆われて、何か良からぬことをしでかすのではないかと。

 ここがセレナの個性とも言える部分だった。好きな人に対する『独占欲』。

 離れたくないと同時にいつまでも一緒に居たい気持ち、邪魔する障害に攻撃的な部分が確かにあった。

 フィッテを好きな故、どこか一線を踏み越えない境界線がいつかは独占のせいで越えてしまいそうで。

 胸がちくり、と痛んだ気がしたがこの痛みは独占欲故なのか。

 セレナはぶんぶん、と頭を振り気持ちをリセットする。

 今はやるべき事をやろう、それから色々と考えればいいだろう。

 まだ夜は終わっていないのだから。 

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