中級個人戦Bエリア二回戦
「フィッテ……さん……? その女性は……いえ、『見てましたよ』。イシュレ=ノールドさん?」
アリーエの町、闘技場南部からフィッテが出てきた直後に掛けられた言葉。
アイディスは表情こそはニコニコしているが、明らかに動揺を隠しきれていないのか頬が稀に引きつっている。
「アイディスさん? その、怒ってるように見えますけど……何かありましたか?」
「『何もないです』よ? イシュレさん、貴女どこ触ってるんですか?」
「えー? フィッテの腕だけどー? てゆうか誰?」
「アイディス=ハーベストです。私のことより、フィッテさんの腕を解いてあげてください。痛がってますし、苦しんでますよね?」
「は? フィッテのどこが苦しんでるの? ねーフィッテー?」
(え、え……なにこれ……どういう状況?)
フィッテはセレナ達が居れば、助けてもらいたい気分だった。
アイディスは何故か怒っているようにしか見えないし、イシュレは更に煽っているように感じる。
どうにかして次に出ないと、相手の不戦勝になってしまう。
ふと、フィッテの脳裏に似たような光景が思い浮かんだ。
(ノアハさんに絡まれたときを思い出すな……でも、あの人は結局は許してくれた。だから今回も上手くいくはず……!)
「フィッテさん?」
「フィッテー?」
「す、すみません! ちょっとぼーっとしちゃって……え、と次戦があるので二人には聞いて欲しいことがあります」
アイディスはイシュレを表面だけにこにこ見ながら頷き、イシュレはフィッテの腕にくっつきながら首を傾げる。
「まずアイディスさん。イシュレさんは大事な友達です。仲良くしてあげて下さい……」
「次にイシュレさん、アイディスさんは大切な人なんです。どうか揉めないでください……」
「はい……」
「うん……」
「で、では、行ってきますので! 勝てるか分かりませんけど……良かったら見てて下さいね」
イシュレの拘束を解き、二人の台詞を待たずに再び受付へと向かっていったフィッテは、手早く指をかざして奥へと入っていった。
「フィッテさんの……大切な人……ふふっ」
「は? アタシは友達だし! 今はまだ勝てないけど、必ず追い抜くし! その為にスキンシップも欠かさずするし!」
「……イシュレさん、フィッテさんにくっつきすぎなければ許します」
「それはどうかなー? 保証はできないっしょ~? ま、よろしくねアイディス?」
「アイディス『さん』、で呼んでもらえればよろしくしましょう」
アイディスは変わらず笑顔を崩さずに、かつ威圧感を感じさせてイシュレを見続ける。
「……フン、アイディス『さん』か。フィッテと仲良しみたいだけど、アタシももっともっと仲良くなるし!」
「それはどうでしょうか? イシュレさんがどこの育ちかは知りませんけど、負けるつもりは欠片もありませんよ?」
「アタシだって同じ気持ちだし! てか、そろそろ観客席行かないとマズくない?」
それには同意ですね、と返して二人は観客席へと移動するのであった。
中級個人戦Bエリア。
Aは森林、Dは廃墟、Bエリアは神殿となる。
柱の一部が折れた部分、柱の残骸だったもの、倒壊した柱等が敷き詰められて、Dエリアの廃墟より物陰に隠れやすそうな印象を与える。
通行可能な通路は大きく分けて三つ存在して、左右の平坦な道と蛇のようにうねる中央の道をどう行くかで展開が変わってきそうだ。
あるいは柱を登って相手を狙い撃ちするか。
(頑張ろう。どうなるか分からないけど……)
四角の石床に描かれたサークルに踏み入れると、前回の審判役の声が響く。
「両者、位置に着きましたので中級個人戦Bエリア、二回戦を開始します! フィッテ=イールディ対……アシェリカ=フレンシル……創造魔法用意……、3、2、1、始め!」
審判の声と同時に場外に跳躍する姿を横目で見てから、創造魔法を発動しようとした時。
「【デススラッシュ】!!」
遠くのフィッテに届かんばかりの女性の叫び声が闘技場に響く。
至近距離で聞いたら鼓膜が破れそうなほどだ。
「っ!」
フィッテは反射的に崩れた柱の一つにしゃがみ、低姿勢で回避を試みる。
その直後にフィッテの左側で、柱を切り裂いた黒く分厚い刃が場外まで飛来していった。
少し離れた場所でなくあちこちで斬られた影響で柱が崩れたのか、巨大な物が崩れる音が響き渡る。
(な、にこれ……? 嘘、だよね……?)
嘘だと信じたいフィッテは柱の陰からそっと相手の様子を探る。
「……」
居ないのを確認してから再びしゃがんで柱の傷跡に視線を移す。
見事に斜めに斬られており、攻撃範囲、威力ともに恐ろしさを物語っている。
もしこれを何発を放たれたら、いずれ隠れる場所を失うのは時間の問題だ。
遠距離が驚異的なのは把握出来た。でも、近距離、中距離となれば話はどう変わるか?
魔物だとその手のパターンで近距離が不得意な場合もあったが、対人となると何かしら対策はしてあるはずだ。
「【スピードレイピア】」
細長い剣を顕現させて、後方の地面に突きつける。
押し出す風とステップの力で中央から平坦な右側の道へ素早く移動し、着地と同時に地面に切っ先を突くと更に前方へと加速していく。
敵の攻撃を喰らうことなく数本の柱を通り過ぎて、上半分が崩れている柱へと身を隠す。
まだ相手の動きが見えず張り上げるような声も聞こえてこないのが不気味だが、こちらもいつまでも待つわけにはいかない。
「【水蔑】……」
「【デスアラウンド】ッ!!」
前方の何本目かの柱で聞こえるのは創造魔法。
一瞬、フィッテは途中で止めてしまったのは、体を震わせる勢いの声量だからだ。
しかし、ここで臆していては何も始まらない。
すぐさま中断していた魔法を発動させ、少しでも対抗するべきだ。
「【水蔑刃】!」
フィッテは水色の鞘を取り出し、瞬時に抜刀する。
横薙ぎの刃は三日月を生み、柱に飛来していく。
水色の三日月は柱を貫通するかと思いきや、複数の黒色の刃が柱を貫通して三日月を打ち消しフィッテの首、左腕、右足、額を傷つけた。
「つぅ……っ!」
「そこまで!」
審判の男がフィッテの前に飛び出してきて、まだ飛んでくる黒色の刃を片手で全て弾き飛ばす。
「……負け、ですか」
「残念ながら。アシェリカ様の攻撃が『弱点を突き』生命威力越えなので……中級個人戦Bエリア二回戦勝者、アシェリカ=フレンシル!」
「悪く思うな、嬢ちゃん。これも戦いなんでね!」
橙色長髪、茶色の瞳の赤を基調とした、民族風の衣装の女性はそれだけ言うとBエリアを後にした。




