油断とイシュレ=ノールド
フィッテは闘技場の案内に従い、個人戦Dエリアまで歩を進める。
場内はいくつかのエリアに分かれていて、壁の案内表示に従って行けば迷うことなく目的の場所まで進める。
通路は左右と天井が石壁で覆われており、時折聞こえる歓声や灯りや案内表示がなければどこかの洞窟に入ってしまったかのような錯覚に陥りそうだ。
(私は個人戦Dエリア……相手は誰だろう……)
相手は対戦場所に行くまで分からないようになっている。
それは対戦相手も同様で、フィッテの事は直前まで不明だ。
ましてや、請負士の強さまで四~六の間で変動するときた。
どんな戦法、魔法を使ってくるかも分からない以上、あらゆる状況に対応出来る魔法、戦い方が求められるのは間違いない。
……逆に考えれば、自分の成長度合いを示すにはまたとない機会ではあるので、プラスに思えば貴重な場である。
(そうは言っても……うまく出来るか……不安だよね……。中級の優勝賞品は魅力だけど……)
中級個人戦。
初級と比較すると、商品はより価値があるものになっている。
初級は素材数点、中級は魔法石1個、上級は魔法石5個。
これだけでも中級に参加する目的は十分と言える。
優勝者は、三士、六士、九士と、各枠の階級上位陣が多い。
(うぅ……いきなり六士の人と当たったらどうしよう……。ちょっとは強くなってる、よね……?)
フィッテはネガティブとポジティブが脳内で支配されつつも、個人戦Aエリアを通り過ぎる。
一瞬だけ視線をそちらに送ると、木々で埋め尽くされた空間が広がっていた。
「え……、森!?」
思わず思考を中断するぐらい、驚かされてしまう。
さっきまで闘技場内を歩いていたはずだ。
森の奥からは、衝撃音や木の倒れる音が響き渡っている。
どうして? ……確かに室内で相手との戦闘とは聞かされていたが。
少し前の出来事だと、昇段依頼でメロアールと戦ったワード集落を思い出した。
相手にもよるが、フィッテ的には何もない平地よりかは戦いやすいと感じたフィールドだ。
(最初に比べるとマシだけど、セレナちゃん達のように近距離でも戦える人に比べて私はまだまだ。……苦手意識はなくさなきゃなんだけど……)
戦闘音が中級の戦いと思えない程激しくなってきた頃、入り口に居るフィッテ側に流れ弾ならぬ、流れ衝撃波が飛来してきた。
「っ!?」
咄嗟の判断で入り口横の壁に張り付いて、横で通り過ぎた青色の三日月刃をやり過ごす。
恐らく戦闘しているのは六士同士だろうか? いくつもの刃を飛ばしているのに生きているのは、何らかの防御魔法を用意しているに違いない。
危険を承知で、もう少しこの戦闘を眺めていたい、糧にしたいと思ったその時。
「フィッテ=イールディ様、ですね?」
「ひゃい!?」
背後から、それもそこそこの近距離で声を掛けられた為、裏声で返事をしてしまった。
「申し訳ありません、驚かすつもりではなく……。中級個人戦Dエリアの審判をさせていただく者です。フィッテ様が中々来られないので捜しに来ました。残り1分でフィッテ様は失格となりますが、参加いたしますか?」
「ご、ごめんなさい! 受付後はすぐ行かなきゃいけなかったのに……。今向かいます!」
「かしこまりました。では棄権扱いになりませんよう、お気をつけて。ああ、後は『弱点』にお気を付けください」
「? は、はい……」
黒スーツの長身の男は、言い終えて早歩きで先に行ってしまった。
フィッテも彼に倣うように、Dエリアに向かうことにした。
中級個人戦Dエリア。
通路の行き止まりを曲がった先に広がる空間は、さっきまで眺めていた木々の場所とは異なっていた。
「……これは、廃墟?」
「ここは言うなれば、『市街地跡』ですね。フィッテ様、位置へ」
家屋が立ち並び一直線に広がる道はほぼ無く、段差や遮蔽物が索敵の邪魔をしている。
廃墟、市街地跡と呼ばれるには理由があり、家屋のほとんどが屋根や壁が削られていたり、二階建ての家がごっそり斜めに切断されていたりと、この場所で戦闘があったのが窺える。
フィッテは前方の寂れた町に目線を外さぬまま、足元のサークル内に侵入する。
審判の男性は腕を見て、残り時間をカウントしていたのかフィッテがギリギリ間に合うと安堵の息を吐いた。
「両者、揃いましたので中級個人戦Dエリアの戦闘を開始します。フィッテ=イールディ対……イシュレ=ノールド……創造魔法用意……、3、2、1、始め!」
言うや否や、審判は視界から消えた。
一瞬だけ探すと、高く跳躍して場外まで場所を移す姿が見える。
(相手が誰でも、どんな人でも、いつも通りの私を出そう。出し切るために頑張る!)
「【アースエッジ】」
最初の創造魔法を発動させて、手に土色の短剣を握り周囲を見渡す。
前後左右、相手がいないのを確認してから廃墟の家屋の壁に身を預ける。
自分に取って相手にも、初手は有利不利が働く。
一度会った人物なら名前とかで判断は出来るが、そうでない場合はどんな創造魔法を使うのか全く予想が付かない。
一応は、どの距離にもそれなりに対応出来る魔法を発動させて様子見をするのだが、相手が動いていないのか足を殺して動いているのか、襲撃される気配はない。
ならば。
(自分で動いてみよう。向こうが待ちならどんな罠がこの間に張られているか分からない。見つからないように、慎重にいこう)
壁から壁へ、警戒を怠らず、確実に前方へ距離を詰めるフィッテ。
それでも尚、相手は見つからない。
焦らされている可能性も否定できなくないが、それにしても何の音も聞こえてこないのは引っ掛かる。
聞こえてくるのは、隣のCエリアの戦闘音と遠くで響く歓声だけだ。
(……ちょっとだけ気になる。だとしたら……)
フィッテは地面に落ちている石ころを掴み、前方右側の遠くの家まで投げた。
彼女の狙い通りに、屋根にぶつかり音を響かせた。
後は相手の動きを見るだけだが。
「っ!」
五棟程の距離は離れているだろうか、前方の屋根部分から緑色に光る帯が扇状に射出された瞬間が見える。
恐らく相手はそこから魔法を放っているはずだ、距離を詰めるべく手前の階段を上がり再び家の壁に身を隠す。
緑色の帯はさっきまでフィッテが隠れていた家付近に着弾した瞬間、周囲を風の鎌が荒々しく舞う。
範囲はギリギリフィッテには及ばなかったが、さっきまで上がった階段も切り刻まれている。
右方の石を投げた家周辺も風の鎌の餌食になっているのが見えた。
(ちょ、ちょっと危なかったけど、おおよその位置は捉えた。後は詳しく探……)
フィッテの思考が途中で中断されたのは、闘技場が一瞬静かになった気がするのと、ビュン、と風を切る音が中距離から聞こえてきたからだ。
「くっ……!」
フィッテは自然と構えていた土の刃で、前方奥から放たれる緑色の刃を受け止めることに成功するが、持続時間切れと攻撃を受けてしまい刃は細かい粒子を散らして消えた。
「【水蔑刃】」
脇から鞘を取り出し抜刀、右側へ跳躍後勢いよくダッシュをして距離を縮める。
「へぇ、臆病そうかと思いきや、そうでもないみたい……ねっ!!」
「く……それ、褒めてますか?」
左右の階段、前後の廃墟家屋に挟まれながらも二人は初めて刃を交えた。
紫の肩まで届く髪、冷静そうに見えて青の瞳は奥の底で情熱そうに燃えて見える。
左の耳に刺してある丸形のピアス、整ったキレイな顔立ちは男女問わずに人気がありそうだ。
黒色の長ズボンは戦闘時に動きやすく、青を基調とした制服には渦や風に関連した紋章が彫られている。
「はぁ? 褒めてないし。てか雑魚そうなのに、良く四士まで上がって来れたね? なんなの、コソ連でもしてたの?」
「努力、です……!」
言葉と刃の応酬が続きながらも、イシュレは攻撃の手を緩めないどころかペースを上げてきてる気がする。
「はぁ……まーいっか。さっさと倒して次行こっと……じゃーね。地味子ちゃん?」
「……イシュレさん、でしたか。それはこちらのセリフです」
イシュレがため息を吐いて慈悲を込めて刃を振るった瞬間。
(ここ! 行ける!)
フィッテは鞘で鎌を受け流して、一度刃を収め後方に跳ねた。
「斬」
一言。言い放つとフィッテは目にも見えない速度で、抜刀と同時に水色の三日月を飛ばす。
数にして四つ程確認できたか。
イシュレは目視で確認して、防ごうとしたが近距離から高速で放たれる刃に反応出来ずに服、腹部、腿、左腕に全て着弾して痛みを伴う攻撃を受けた。
「つ、ぅ……この!」
「そこまで!」
遠くにいたはずの審判は、気付けば後方から歩いてきて試合終了の合図を送る。
「ハァ!? ま、待って! アタシはまだやれるし!」
「イシュレ様、お恥ずかしながらお尋ねしますが、手の平を見せて頂きたいのですが」
「……ふ、ふん。分かったよ、ほら」
審判の言葉は絶対なのか、イシュレは最初は反抗の様子を見せたが、手の平の様子を誤魔化さずに大人しく差し出した。
彼女の華奢な手の平に描かれている数字は『29』だ。
フィッテの数字は点灯していたが、イシュレ側は数字が血のように赤く光り点滅している。
「イシュレ様は四回攻撃を受けました。加えて指定された『弱点を突かれた』ので生命威力越えとなり、一回戦敗退となります」
審判はフィッテの方へ手を向け、
「中級個人戦Dエリア一回戦、勝者、フィッテ=イールディ!」
高らかに宣言すると遥か遠くの観客席から、Dエリアまで聞こえてくる歓声が飛んできた。
「ではフィッテ様、中級個人戦Bエリア、二回戦でお待ちしております。時間はありますので、小休止してからお越し下さい」
「は、はい……ありがとうございます」
仕事を終えた審判は高く飛び、場外へあっという間に消えてしまった。
取り残された二人。そしてイシュレから聞こえてくる嗚咽。
「……う……ぐす……そんな、一回戦で負けちゃうなんて……うぅ~~……」
戦闘時の見た目のギャップとは異なり、わんわん泣く姿は子供そのものだ。
流石に対峙したイメージと食い違いが生じたフィッテは、驚きを隠せなかったが放っておいて去る程意地悪ではない。
フィッテは手を差し出すが、イシュレの目は一瞬驚いた後そっぽを向いたままだ。
「な、何? な、泣いてなんかないしっ! 目にゴミが入っただけだし!」
「さっき一回戦って言ったような……。イシュレさん、最初の魔法と、鎌がすごかったです。また機会があったら戦ってくれませんか?」
「……アンタを散々バカにしてたのに? 正直言って、アンタを舐めすぎてたのに?」
「それはそれ、これはこれです。地味子、って言われてちょっと傷付きましたけど……対戦の場では多少は仕方ないのかな、とかは思ってしまいます。それに……」
「……? な、何よ?」
フィッテはイシュレの前に座り、透明な液体を指ですくって見せる。
「泣いた顔より、戦闘している顔の方がずっとずっと素敵ですから」
イシュレの視点からは、フィッテが輝いて見えたし、背中から白い羽が生えていそうにも見えた。
「……天使じゃん、この子……」
「え……?」
「ううん、それより。ごめんフィッテ。酷いこと言って。アタシからお願いがあるんだけど、友達になってほしい」
「ええ、是非とも。よろしくお願いします!」
「いいんだ……」
数秒の間すらなく、フィッテが即答するものだからイシュレは面食らう。
「……分かった、こちらこそよろしくフィッテ。団体戦は出るの?」
「一応は。私の方で人が集まったら出る予定です」
「……人がまだ参加出来そうで、フィッテさえ良かったらアタシも一緒に出たいけど……ダメかな?」
「勿論です! と言いたい所ですが、来る予定の人に聞いてみないとなんとも言えません……」
更に談笑しようとしたその時、場外で立っている審判から出るように笛で注意されてしまった。
「ごめんごめん! こうしちゃいられないね、フィッテの二回戦の為にも出よっか、ほらおいで!」
「え、と……はい!」
立ち上がってフィッテの手を握るイシュレの手は暖かった。
太陽のように明るく、眩しい。




