請負四士と創魔祭
武と魔の町、アリーエ。
目を奪われるのは町に入ると嫌でも視界に移る、町の面積の五割を占める巨大な菱形の闘技場だ。
創魔祭。
アリーエ名物とも言われる、創造魔法のみの大会である。
初心者の請負士とベテランの請負士が対戦でぶつかり合わないように、きちんと請負士の段位に応じて区別がされているのでフィッテがレルヴェやアイディス達と対戦で当たることはない。
初心者は一士から三士、中級は四士から六士、上級は七士から九士までに分けられ、フィッテにはまだ早いが最上級は十士のみとなる。
依頼所に向かう時に、フィッテはアイディスから初級からは簡単すぎかも? と評価はされていた。
「フィッテさん、昇段依頼を完了してしまうと四士になりたてになります。これまでとは違う戦いを強いられるかもしれませんが……いいのですか?」
「……はい。……それに、私がいつまでも三士のままですと上の成長にならないと思うので」
赤と白をベースに、依頼所内はブレストの町とレイアウトが違うぐらいで設備自体変化は見られない。
迷うことなくカウンターへ行き、フィッテは昇段依頼を終わらせていよいよ初心者卒業の四士へと昇段した。
(ようやく請負四士……! セレナちゃんに追い付いてきた……! そういえば……、セレナちゃん請負五士になれるけど何か躊躇してる気がしたけど……なんだろう?)
表に出て少し歩いた所で、アイディスから急に手を握られたので、フィッテは思わず驚く。
「ど、どうしましたか?」
「……おめでとうございます。四士になれましたね。フィッテさん、お腹とか空いてませんか? その、今後の予定も含めて『ゆっくりと』お話でもどうでしょうか……?」
「……? 空腹ではないので大丈夫ですけど……。お話って創魔祭に関してですか?」
「はい。出場も兼ねてですが……町の観光とかまだなので良かったら、と思いまして」
アイディスの言い方にどこか意図を感じさせたが、フィッテはここまでしてくれる彼女を疑うのは良くないと考えた。
実際、初めて訪れる町にたいして案内人がいるのは心強い。
町の構造によっては複雑で迷子になる自信がある、と思うフィッテにとってはこれ以上にない助け船だ。
勿論、断る理由など無い為二つ返事で頷いた。
「消えて、【アイシクルブランディッシュ】!!」
「行きます、【スピードシフト・スイフトダンス】!」
「……【アイスガーディアン】」
「喰らえ、【操作の煌めき】」
ブレストの町から南、カイサジリア展望場。
……の周辺に室内から出たと思われる、青色の亡霊甲冑が数体暴れていた。
中身が無く疲れを知らずに武器を振るうので、中々近づけないと思いきやセレナ達は武器を構えて臨戦態勢を取る。
セレナは氷の大剣を、ピエレアは緑色に塗られた双剣を握り、ノアハはやや離れた位置から氷の鎧を顕現させる。
一方でザヅは、赤と青を交互に輝きを放つ粒子を全身に『着用』している。
背中の盾を使用することなく、亡霊甲冑に近づく姿は誰が見ても自殺行為に他ならない。
けれども、セレナ達は注意することなく攻撃を始めた。
赤青粒子はザヅの体から離れると、一体の亡霊甲冑に向かう。
白く光る長剣の刃を粒子が掻い潜ると、そのまま甲冑の内部に入り込んだ。
赤青粒子は体全体を包み込むほどの光を放ち、兜の空洞の瞳からは横一直線の青い光が灯り、胴体には剣の紋章が浮かび上がった。
ゆっくり方向転換をし、味方だった亡霊甲冑達へ向きを変える。
「よし、認識完了だ。次」
ザヅが手をかざすと、甲冑から赤青粒子が浮かび上がって次の甲冑へと飛び掛かった。
獲物である斧の空振りを誘ったら、仕事をするように淡々と赤青の光で包んでいく。
抵抗することなく甲冑はセレナ達の味方となって、刃を甲冑達に振るう。
刃と刃が衝突してる間にも、セレナ達は次々と甲冑を撃破していく。
ザヅは残りの数を確認しつつ、創造魔法を切り替えて発動させる。
「【閃光魔突】」
小金色の光を放つ短剣を構えると、横一直線に亡霊甲冑へと振るう。
甲冑部分に衝突した瞬間、短剣の切っ先から小金の光が生み出され、甲冑を貫く光の柱を放った。
短剣の動きに応えるかのようにザヅが左に振るうと、光の柱は同じ方向に薙ぎ払う。
セレナが一体ずつ確実に核を斬り裂き、ピエレアは目に追えぬ動きで近くの数体の核を斬り刻み、ノアハは氷の鎧を操って氷の槌で甲冑ごと粉砕する。
ザヅは同士討ちをさせて自滅させたり、光の柱でまとめて撃破していく内に亡霊甲冑はあっという間に全滅した。
「こっち片付きました」
「こちらも終了です」
「セレナお姉様に同じく」
「すまない。原因となる親がいるかもしれん。それが終わったら、町に戻ろう。セレナ、それでいいな?」
今日の依頼はそこまでだ、と意味するように確認すると、セレナは二つ首を下ろして我先に館内へ入っていった。
「セレナさんは創魔祭、そんなに楽しみなんですか?」
「お姉様はフィッテ絡みだと思いますけどね。……戦闘好きには見えませんし」
「……俺は今回出場はするかもな。賞品も魅力だが、色々リベンジしたい奴が多すぎるのが一番の理由だ」
「ザヅさんなら、きっと大丈夫ですよ! 今も強くなってますし……あ、セレナちゃんが手振ってますよ。行かないと怒られちゃいます」
彼等は頷くとセレナの急かす声に、微笑みながら駆けて行った。
アリーエの町西部のカフェにて。
白色を基調とした店内で、まだ人数も少なく落ち着いて会話も出来そうだ。
よりリラックス出来る紅茶と、昼食として提供されたパンとサラダで控えめの食事を取っていた。
準備が整ってから、フィッテとアイディスは創魔祭について話をする。
「フィッテさんは、対人ですと一対一か多対多、どちらが得意……だと思いますか? あくまでも他人の評価ではなく、自分が思ってる考えを答えてほしいです」
「……どちらかと言えば、多対多だと思います。……セレナちゃんとかと組んでると、サポートに回ったり敵の妨害をしたり……。反対にまだ組んでいない人だと、連携のタイミングとか把握出来ないので一対一の方が良かったりします……」
「フィッテさんは、知ってる人や親しい人同士なら、もっと実力を発揮出来そうですね。……勿論、貴女一人でも強いですけど」
アイディスは言い終えてカップに手を触れるかと思いきや、フィッテの指に優しく手を添えた。
フィッテは突然の接触に驚いたのか、その場でびくりと体を震わせる。
「あ、アイディスさんっ……!?」
「……ごめんなさい。あまりにも可愛くて、健気で儚く見えたので。フィッテさん、今度でいいので私とパーティーを組みませんか?」
「是非お願いしたいですけど……」
「けど?」
未だに手は優しく、包むように置かれている。
まるで答えてくれるまで離したくないかのように。
フィッテはセレナを好きになってから、もしくは両親を失ってから、自分に向けられる感情を過敏に感知出来てるのではないかという錯覚に陥る。
好意は勿論、悪意や殺意のマイナス感情という要らない情報までも。
話せば誰にでも考えすぎだ、と言われる可能性は高いが、少なくとも多少は自分に対する感情は読み取れそう……な気がした。
(アイディスさんは悪い人ではないし、優しいし、きっと強いと思う。……だから守ってあげたい、とか思ってくれてたら嬉しい)
「アイディスさんの方が強いし、経験もたくさん積んでます。私は足を引っ張るのが前提になってしまうのが心配で……」
「大丈夫ですよ! 私が全力でカバーしますし、それにフィッテさんが私をもっと知ってくれれば、一緒に戦える時に心強いじゃないですか!」
「……嬉しいです。では、今度よろしくお願いします!」
添えた手を放して握手を交わした後に、同じタイミングで紅茶を口に含む。
受け皿に戻す動作までほぼズレがないので、フィッテとアイディスは思わず微笑んだ。
「すみません、少し私情が入ってしまって……。本題なのですが、フィッテさん、個人戦と団体戦の両方に出場してみませんか?」
「え」
一瞬だけ、自分の背から冷や汗が流れたのは気のせいだろうか。
フィッテはアイディスの話を聞いた時に思った。
自分は戦闘が得意ではないのは一番よく知っている。
「始めに言っておきたいのが、別にいじめてる訳ではないというのを分かってもらいたいです。フィッテさんの強さやお話を他の方に聞いてみた所、創魔祭の中級上位までならいけるかもしれません。個人戦、団体戦とそれぞれ結果は違ってきてしまうかもしれませんが……」
「中級上位って……、六士までは相手になれるということでしょうか?」
「個人差はありますが、可能性の話としては十分です」
自分では全然イメージ出来ていないばかりか、フィッテは己を過小評価する傾向にある。
遠慮をするのは悪いことではないが、周囲と強さの壁を作りすぎていて自分の本当の実力を把握や発揮出来ていないんじゃないか? というのがアイディスの考えだ。
「……先程言ってくれた、私の戦闘方法に関係ありますか?」
「ええ。それに、フィッテさんは誰かの為に創造魔法を、自分の強さを活かせる人だと思っていますよ。……少し前ですと、『危険地帯』でしょうか。仲間が窮地に陥った時に思った以上に体が無意識に想像以上に動く経験はありませんか?」
『危険地帯』での戦闘を思い出す。丸石獣、獣と鳥の激戦を。
中でも印象的だったのがヴィー達の頼れる存在がその場にいなかった状態での獣との戦闘だ。
ピエレアやセレナのピンチに、自分が反射的に行動していた時が当てはまる。
まるで、その時の最善手が自分には分かっているかのように。
「言われてみれば……そうかも、しれません」
「貴女の強さの源は、誰かの役に立ちたいという想いが溢れているから、フィッテさんが気付かない場面でも本来の実力を出せてるはずです。個人戦では誰かの為に、団体戦では誰かの為と支援役をこなせれば……中級は初戦敗戦にはならないと思ってます」
「ありがとうございます……! ちょっと自信が出てきました。あ、そういえば出場にあたって時間は大丈夫でしょうか……?」
フィッテはサラダを口に入れる前に、壁掛け水時計の時間を指す。
『9』『25』。
「あ。ちょっと話してただけなのに……。一応、食事を済ませられる余裕はあるので食べ終えたら向かいましょうか」
「はい!」
アリーエの町南部の闘技場。
周囲には創魔祭に参加すると見られる、多くの請負士が様々な顔色をして談笑していた。
初戦敗退をしてしまって落ち込んでいる者、思った以上に余裕だったのか自信に満ち溢れた者、これから出場するのか仲間に励まされている臆病な表情をした者。
目的やそれぞれ異なるが、創魔祭が人気なのが十分伝わってくる。
闘技場正門には衛兵二人と、カウンター越しに受付嬢二人が手続きを済ましていた。
「これが創魔祭……。流石に緊張が治まりません……」
「大丈夫ですよ、フィッテさん」
アイディスは笑顔で至近距離で手を包み、フィッテの緊張を解そうと試みるが。
「あ、アイディスさんっ!? 嬉しいですけど……、その、皆さんにが見てる気がします……」
アイディスは周囲を見回すと、微笑ましく見守る姿が多く注目を集めてしまったようだ。
「かえって落ち着かなくさせちゃいましたね。とりあえず受付に行きましょうか」
フィッテは恥ずかしそうに顔を俯かせて、解かれた手の温もりを感じながら受付嬢へと足を運んだ。
何十回も同じ説明をしていたのか一瞬疲れ顔をしていたが、フィッテ達が近づくと営業スマイル全開で切り替えた。
「ようこそ、創魔祭へ。請負証の提示をお願いします」
言われるがまま懐から取り出し渡すと、すぐさま次の説明に移る。
「フィッテ=イールディ様、請負四士ですね。本日は個人戦、団体戦どちらにしますか?」
「両方出場します。まずは個人戦から」
「かしこまりました。それではこの指輪を通してください」
何の変哲もなさそうな装飾を施されていない指輪がカウンターに置かれ、フィッテは言われるがままに従う。
着用してやや時間が経った時、緑の粒子が指輪から発生して手の平に数字が記入された。
「貴女で『30』人目ですね。個人戦Dエリアまでお進みください。ご健闘を祈ります」
「あ、ありがとうございます……」
「フィッテさん、私は観客席でお待ちしてますね! がんばです!」
期待と不安が入り混じる中、フィッテの創魔祭出場が決まった。




