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私と師匠  作者: 水守 和
第3話 クロネコミライ
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護衛依頼・アイディス=ハーベスト

「……本当は私が行きたい。護衛役になりたい」

「セレナちゃん……その日から『フォーガード』の人達と依頼を受ける予定じゃなかった?」

「そうだけど! ……過ぎたこと言ってもしょうがないけど、必ずどこかで合流するから。アリーエの町で会おうね」

「勿論だよ! 先に行ってて待ってるよ」


 朝方のブレストの町、依頼所の待合場所での会話だった。

 フィッテが昇段依頼を受ける、というのでセレナは二人っきりで会いたい願いが叶ったのか他のテーブル席には誰も居ない。


 今日の目的は昇段依頼について、対策をするのだがセレナが開口一番に駄々をこねるから話が少し止まっていた。


「アイディスさん、もう来てるかもしれないから手短にいくよ。護衛依頼は護衛対象を無事送り届けるのが目的だよ。ただ送ればいいわけじゃなくて、その人が軽傷程度まで抑えるのと、最大半日までに送り届けないと失敗になっちゃうの。報酬は減額で達成扱いにならないから、普段以上に神経使うのが特徴だね」

「……いつもより難しそうな依頼を昇段で請負四士になるために必要なの? もっと上の人達がやるとばかり思ってたけど……」

「ま、まあ……そういう意味では五士か六士でもいいのだけど……昇段依頼は都合があるんだよね……」


 歯切れが悪いが、今は昇段依頼なので今後聞ける時に回すとして、フィッテは気になった点を挙げた。


「セレナちゃん、『護衛』だから当然危害から守ると思うけど、魔物や人だけ?」

「基本的にその二つで問題ないよ。町から町へ移動するから、移動先に大岩や大樹の自然物に気を付けるぐらいだと思うし。ただ、魔物は避けるか先制して倒せばいいけど人の場合はそうはいかないかも」

「……あまり見かけないけど野盗の類だね。徒党を組まなければ大丈夫そうかな?」

「日がある内は、ね。複数居る場合だけど、自分の魔法と相談……しかないかも」


 レルヴェのように、近距離攻撃に特化していたら守りを固めて斬り合う戦法、セレナやノアハ達の近~中距離を得意とする戦法、カナメやガンセ、ザヅの全てをカバー出来る戦法とそれぞれ戦い方が違う。

 フィッテは得意とする距離がないが、弱点をカバーするように様々な魔法を覚えている。


「大丈夫だよ。私なら、出来る……はず」

「……フィッテ、目閉じて」

「!? え、えぇ!? だ、誰も居ない、けど……」


 本当は分かっているくせに、と伝えるようにセレナは無言で目を閉じる。

 あまりの恥ずかしさに周囲を見るが止める人は自分しかいないし、座っているテーブル席の近くには観葉植物が置かれているので見られる心配もない。

 

(違うの、恥ずかしいのもある。……『危険地帯』での戦い以降、セレナちゃんが積極的になってて周りを見ているのかな、って心配になっただけ)


「ん……っ、ちゅ、ん……っ」

「んぅぅ……っ、ちゅ、ぅ……」


 フィッテは魅力的な艶やかな薄桃の唇に口付けをすると、短くキスが返ってきた。


『行ってらっしゃい』


 セレナが何かを発したが聞き取れなかった、声を出していないがそう聞こえた気がした。


『行ってきます』


 フィッテもセレナの真似をして最後に微笑むのだった。









「お久しぶりです、フィッテさん」

「アイディスさん、お久しぶりです!」


 ブレストの町の外、朝日が顔を出す前に二人の女性が久し振りの再会を果たす。

 アイディスは青を基調とした服を着用し、上着とズボンの両脇に白い線が二本縦に入っている。

 重ね着として青のローブを着た女性は、何日ぶりの再会に笑顔で会釈した。

 緑の長髪は隠れて見えないが、黒く丸い瞳はどこかの衛兵を虜にするほど可愛くも美しい。


「フィッテさんは……『アルマレスト襲撃』の時以来でしょうか。随分強くなったように見えますよ?」

「ええ!? そんなことないです! セレナちゃん達に追いつくので精一杯で……」


 フィッテは黒髪を揺らしながら手を左右に振って否定した。

 彼女の慌てっぷりを十分に堪能したアイディスは脳内で可愛い、と呟きつつも仕事モードに切り替える。


「今回、フィッテさんは請負四士の昇段依頼として私、アイディス=ハーベストをアリーエの町まで護衛してもらいます」

「ここから……西ですね。護衛依頼が初めてなので緊張します……それに、アイディスさんを送るので何かあったらと思うと……」

「ふふっ、緊張するのは無理ないですよ。確かにこれは昇段依頼ですけど、もし失敗してもまた受けられます。私で存分に練習していきましょう!」


 アイディスは生徒を見るような目でフィッテの頭を撫でた。

 まるで昔の自分を思い出したように、かつて自分もそうやって励ましてもらったように。

 フィッテの方は、年上の誰かに撫でられる懐かしさを感じた。

 亡くなった母もこうやって、落ち込んだり励ます時に撫でてもらった記憶が蘇る。


(あれから少しは成長したと思うけど、皆にはまだまだ程遠い……私も頑張らなきゃ)



「アイディスさん……ありがとうございます! 失敗の条件を満たさないのが前提ですが、アイディスさんを守ってみせます!」

「ふふふ、頼りにしてますね。他と比べると条件厳しめですけど、フィッテさんなら出来ると思っていますよ!」


 自分が微笑むのとは違う、大人を感じさせる微笑みはフィッテの中で密かな目標になっている。

 いつかアイディスやヴィー、レルヴェといった、戦闘も出来る美しい女性陣になりたい、と。


 護衛が昇段の条件、今までは特定魔物の撃破、一対一の対人戦だったので特殊な部類になる。

 また達成条件も特殊で、移動先の依頼所で護衛対象と共に報告すれば依頼完了となり、その場で次の依頼に取り掛かることも可能だ。

 戻る手間、達成確認の人員確保、護衛対象の増加、達成条件等、色々と加味して話し合った結果が護衛依頼という特殊な枠に収まった。

 その為か初めての請負士は緊張して思ったように動けなかったり、護衛対象に気を配りすぎて自身が負傷したりと、一つの壁になりやすい。



 フィッテは励まされてから深呼吸をして心の準備を終えた。


「ふぅ……では、アイディスさん。昇段依頼お願いします!」

「こちらこそ、お願いします。それでは『護衛用フロートバード』を起動しますので左右の羽、胴体に風のマークが有るので触れてください」


 視線を変えた先にあるには、鳥を連想させる白く細長い胴体や左右に広がる湾曲の羽、扇状に展開された尾が二機設置されている。

 基本的に移動はフロートボードに乗り各地で行動していく。

 普通の魔法の板だけでは護衛者に負担を掛けるので、こうした特別な乗り物で依頼を行う。



 フィッテは指示通りに触れると白い鳥が浮かび上がり、しゃがんだらギリギリ下を通れそうな高さを維持している。

 既にアイディスは鳥に乗り込んでいて、首を縦に下して合図を送った。

 同じ動作で浮かばせると、自分も胴体の側面から階段状に飛び出た足場を踏んで内部に乗り込んだ。

 

(思ったより広い……大人二人が余裕で入れそう、かな? アイディスさんが三人乗れそうなぐらいだけど……)


 中には何もなく、ただ広いだけだが仮に戦闘になった場合多少の余裕は確保出来そうだ。

 胴体の高さは腰ほどで、近接よりも射撃系の魔法が役に立ちそうだと感じる。


「フィッテさん、操作はフロートボードと一緒です。行けそうですか?」

「問題ないです、では出発します!」


 フィッテが念じブーストも使用することで、加速しながら進み護衛依頼がスタートした。









 進むこと数分、フィッテはただただ過ぎ去っていく風景を眺めながら、魔物も人も居ない平原を走行していく。

 時折、木々がある程度でほんの少ししか変化がない。

 これは昇段依頼なので緊張を解いてはいけないのだが。


(わ、分かってはいるけど、ちょっと退屈かも……だけど、アイディスさんを送るから集中しなきゃ)


「フィッテさん、退屈ですか? ……それとも実は私のことをあまり覚えていないから気まずい、とか」

「っ!? そ、その、退屈といえば退屈ですけど……アイディスさんはあの時出会ったから忘れる訳ないです」

「良かった……あ、そうです。フィッテさんは移動先の町、アリーエは行ったことありますか?」

「いえ、まだなので楽しみです! ええと、アリーエには確か創造魔法を使った大会……」

「『創魔祭(そうまさい)』。ソロ、チーム戦がそれぞれ請負士レベルに分かれて行われ、フィッテさんがこの昇段依頼に合格するとレベルに合わせて四士の方々と対決になります。チームを組んでいる場合、もっと上もありえます」


 フィッテとしては上位の対戦相手は望ましくない。

 そうなると、初心者同士でぶつかった方がまだ太刀打ち出来そうだ。


「今はまだ敵わないかもしれません。でも、私は強くなりたいので止まってはいられません」

「何か……とても大きな目標があるのですね。……あの、フィッテさん。私がお役に立てることはないでしょうか?」


 心の底から思っているような、訴えかける目は真剣そのものだ。

 目が、心が奪われてしまう程、引き寄せられる力を持っているみたいに、一瞬だけなびいてしまった自分を責め立てたい気持ちに陥った。




 ……どうして、私に対して言ってくれるのだろう。



 鳥を走らせながらも、フィッテは彼女から目を逸らすことが出来ない。


「どう、して……私なんかに……?」


 抵抗するように、かろうじて絞り出した言葉は声量が小さくて聞き取れるか怪しい。

 けれどもアイディスはフィッテに笑顔で答えた。

 

「フィッテさんが可愛くて魅力的で、自分の現状に甘えることなく上を目指そうとする向上心、個人的にそういった人は応援したくなるからです」

「あ、ありがとうございます……! 実は依頼について気になることがありまして……、私が請負四士になったとしてレベルが低い依頼は受けられますか?」

「勿論ですよ。事情があったり、その人の出す依頼を解決したい! だけどレベルが低い……としても何も問題ありません。稀にですけど、レルヴェさんや他の人も受けていますし……」

「以外です……。どんどん上の依頼に挑んでいるイメージでしたので」


 そこまで話してから、木が進路上に見えたので二人は左右に分かれて木をやり過ごして合流した。


 レルヴェ達にとって報酬が美味い高難易度の依頼を逃すはずがないだろう。

 ただでさえその日に受けられる依頼数が限られるので、フィッテが受ける低難易度は適性の人だけに需要があると思っていた。


 もしくは何らかの目的があってかもしれないが、これ以上は本人達に理由を聞いてみないと分からない。

 依頼について考えていると、前方から三つの影が確認出来た。

 護衛用フロートバードよりも高く飛んでいることから、魔物の可能性が極めて高い。


「アイディスさん、前方から三体来ました。少しだけ速度を落としてください、倒します」

「分かりました。頑張ってください」


 フィッテは遠くの敵を発見したら即座に行動に移った。

 脳内でセレナとの会話を思い出しながら。




『自分の魔法と相談……しかないかも』


 フィッテは現在所持している創造魔法を整理する。

 近、中、遠、いずれも対応出来るように魔法を創ってきたつもりだ。

 

「多分だけど……『アクスバード』……? どちらにしても倒すから。【ウォータースナイプ】」


 まずは一体を確実に始末するために遠距離から攻めていく。

 避ける、という戦いも出来るが、向こうの敵は『アクスバード』三体を避けきるより倒してしまった方が早い。

 見た目は普通の鳥で違いがあるとすれば、鋭利なくちばしの代わりに片刃の斧が口の先に生えているくらいか。

 幸いにも遠くの鳥は、今頃こちらの存在に気付いたようだがもう遅かった。

 水色の十字の弾丸で狙い撃つフィッテは、確実に斧のくちばしをかわして頭部を貫通する。


 鳥の鳴き声、飛び散る赤の液体を確認する前に次の詠唱に移った。

 アイディスには予め速度を落とすようにお願いしたので、フィッテの周りに斧鳥が来ようとも被害は彼女だけに収められる。


 フィッテは黒髪を揺らしながらフロートバードを操り、近付く木々を斜めにかわし相手との距離が近くなった瞬間、次の魔法を発動させた。


「【水蔑刃(すいべつじん)】」


 彼女の脇から水色の鞘を出現させると、柄を握り刃を振るう。

 斧鳥の胴を水色の三日月状の刃が横断し、上下真っ二つにした。

 あっさりと倒したフィッテは、横から斧が振り下ろされるのを刃の正面で受けず鞘で防御する。


「効きませんよ!」


 フロートバードの胴体を傷付けないように、斧鳥だけを狙い横に凪ぐと三日月状の刃が斧ごと体を貫いた。

 刀を鞘に納めると、息を吐いてから再び周囲の警戒をするのだった。


(相変わらず緊張するけど……襲ってくる魔物には大体対応出来る。……もっともっと、強くなりたい)







「アイディスさん、終わりました。周りに敵は居ません」

「フィッテさん……本当に強くなったのですね……すごいです」


 アイディスは加速をしてフィッテに追い付くと、純粋な感想を漏らす。


「あ、ありがとうございます! これも皆さんが支えてくれたおかげと……魔法の参考になる人達が居てくれるおかげです」


 フィッテは魔法の基となる人物を思い浮かべる。

 セレナの水の槍、レルヴェの見えない様々な武器の一つ、カナメのどこか風変わりな武器と彼女の力だけでは想像も出来ない魔法ばかりだ。

 セレナ達もまた元となる武器を見て創っているに違いないのだが。


 

 フィッテの横を走行しているアイディスは、懐から何やら取り出す仕草をした後、一枚のカードを取り出した。


「フィッテさん、私は請負七士です。助けが必要な時は遠慮なく言ってくださいね! 相談でも何でも聞きますから!」


 良くみると縁の部分が紫で囲まれており、フィッテの請負三士の青枠とは区別されているようだ。


「ありがとうございます……! アイディスさんは創魔祭(そうまさい)に出ますか?」

「ええ、私個人で出場しようと思ってます。……周りが強くてすぐ負けちゃいそうですけど」


 舌を出して笑っているが、アイディス自身も十分強い部類になるはずだ。

 目的も気になる所だがそこまでは気になっていないのと、強さを求める為とか理由が想像出来るからか。



(……アイディスさんよりも、他の事で気になってるけど……)


「フィッテさん? 一瞬、顔が暗くなりましたが……? 大丈夫ですか? 気分が良くないとか?」


 ちょっとした間に、身を乗り出してこちらの表情を見ていたのか……彼女との距離が近かった。

 近距離、お互い手を伸ばせば触れられそうな程に。

 こちらを心配してくれるのは有難いが、これ以上身体を近づけられると落下の危険があるので、フィッテは慌てて止めに入る。


「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから! アイディスさん、落ちちゃいます!」

「え? あ、あぁ……ちょっと危なかったかも。ありがとうございます。……あの、それとも私に何か聞きたいこととか……?」


 姿勢は直してもらったが、顔だけはフィッテを見ている。

 それでいて進行の妨げとなる、木々をしっかり避けているのだから油断できない。

 周囲が平和なのをいいことに、フィッテは質問を投げてみた。


「私はあまりお話をしないのですが……、孤道救会(こどうきゅうかい)の元気の無い子供が食事を摂っている姿を見かけまして……お節介でしたらごめんなさい」

「……実は私達でも治療が難しい子が居るのは事実です。……勿論、団員が付きっきりだったり、相部屋の子が懸命に接したりして回復に向かうようにしてます」

「そうだったのですね……。あの、アイディスさん。私でもお役に立てることがあれば言って下さい。アイディスさんのお力になりたいんです」


 力になりたい。アイディスの心のどこかが撃ち抜かれた気がした。

 護衛依頼が終わったら、是非一緒に街を観光でも……と誘おうとした時。

 少し年の離れた妹にもこうして迫られた記憶が蘇る。

 別に嫌でもないしむしろ歓迎なのだが、迫り方が普通の甘え方とは異なる……そういう匂いを感じ取った。

 

「……大分前の話、よね。うん。フィッテさん。ありがとうございます。もしかしたら、近いうちに……創魔祭(そうまさい)が終わる頃に頼るかもしれません」

「嬉しいです。その時は言って欲しいです!駆け付けますので!」





 それからしばらくの間、走り続けた先に町が見えてきた。

 菱形で囲んだ灰色の外壁が特徴的で、見上げないととてもではないが全貌が露わにならない。

 どこか閉鎖的なイメージを感じたのは気のせいか。


「ここがアリーエの町、ですか……?」


 視線の先には衛兵と思われる人物が二人、槍を垂直に立てて屹立していた。


「そうです。武と魔の町、アリーエです」


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