離したくない
戦闘終了後、全員は『危険地域』から離脱をして入口付近に集まる。
結果は散々たるものだった。
「皆……本当にごめんなさい」
ヴィーは腕に布を巻いて全員に謝罪をする。
怪我をしていないのは鳥と遊んでいたザヅと途中参戦のカナメ、イコイぐらいか。
他は大なり小なり、怪我を覆っており苦し紛れの包帯が戦闘の有様を表していた。
「待って下さい。ヴィーさんは謝ることはないです……リーダーも無事だったんですし」
首を左右に振る度に薄桃の髪が揺れ、金の瞳が悲しく垂らしたのはセレナだ。
ヴィーがもし居ない場合、全滅していたかもしれないのだ。謝る必要がどこにあるのか。
「そうです、よ? ヴィーさんには助けてもらってます、どうしてですか……?」
フィッテも同様で、黒色の髪と瞳が静かにヴィーの言葉を待つ。
彼女はその場にぺたんと座って泣きながらフィッテ達を見上げた。
「だって、最初に言ったんだよ? 『お姉さんが守ってあげる!』って! 何なの、請負七士にもなって約束も守れないで……どれだけ戦ったとしても、フィッテちゃん達が傷付いたら私が居る意味なんて……!」
さっきも言ったが、リーダーが無事だった。怪我こそはあれど、全員生きている。
まだ分かっていないようですね、と呟くと、
「……全く、貴女という人は。ピエレア、その、お願いがあるのですがいいですか?」
「……え、と、ノアハ様が良いなら」
ひそ、と薄青のセミロングの少女がピエレアに耳打ちする。
近づかれたのが嬉しいのか、頬に朱色を作りはにかんだ。
「行きますよ?」
「はいっ」
ピエレアとノアハはヴィーの両側に周り、肩に手を伸ばし抱き付いた。
それで終わりではなく、二人の少女は左右の頬に口づけをする。
「私なんか、わた……、え……?」
これにはヴィーは涙を拭って状況を把握に努めた。
ピエレアだけではなく、あのノアハまでキスをしてくれている? どうして? 考えても答えはキスが終わってからも出なかった。
「ふぅ……、次はフィッテ達ですよ?」
「えぇっ……!? わ、私達も?」
「む……フィッテが許可するなら止む無くって感じかな」
次があるのか、と期待をしたヴィーは再度、涙を流し始める。
「ひっく……うぇええぇん……、わたしなんか、どうせダメダメだよ……!」
非難の目がノアハから向けられ、フィッテは思わず身じろぎしてしまう。
フィッテの驚きは別に嫌悪を表しておらず、自分が振られると思っていないからだ。
一方のセレナは、恋人の指示でなら渋々……と腕を組むがヴィーが泣き止まないのでため息をついてフィッテへ歩み寄った。
「セレナちゃん? その、ヴィーさんは今日助けてもらったりしてるし、いい人だし……」
「覚悟はしたよ、お願い」
「じゃあ……しよ……?」
セレナはしょうがない……と言ってそうだったが、フィッテは他の女性にしたことがないので緊張しっぱなしだ。
彼女の恥ずかしさを横目で堪能しつつ、ヴィーはわざと催促をしてみせる。
「うわぁぁああん~……、フィッテちゃんは嫌なんだぁあああ~……ぐす、っぐ……」
「そ、そんなこと! う……うぅ」
フィッテは飛びつくように抱き付き、頬に優しくおどおどと唇を付ける。
セレナは半分はサービス精神、と言いたげに他の三人よりは愛情のなさが感じられる抱擁で、キスもどこか投げやり気味が伝わってきた。
「ぁ……ありがと……フィッテちゃんに『セレナっち』。特にフィッテちゃんは四人の中で一番良かったかも?」
「い、いえいえ。それほどでも……」
不意にセレナの名前だけやたら強調されたのは気のせいだろうか。
ヴィーからすれば、気持ちが欠片すら伝わらないから後で話し合いね? というオーラが出された……気がする。
「っく……分かりました、ちゃんとやりますのでじっとしててくださいね?」
ヴィーの黒さが混じった笑顔から、純粋な好意と取れる笑顔に変わるのはすぐだった。
セレナの仕切り直しが終わり、フィッテ達を解放した時、助けにきてくれた姉妹が口を開く。
「え~もっと早く来て、この人と同じぐらい活躍したらフィーフィーにもそれ、やってもらえたかな~?」
「こ、こら! カナメはそういう事言わないの!」
「ん~? だって楽しそうだし、してもらいたいよー。お姉ちゃんはセレセレとかにやってもらいたくないの?」
そ、それは……と呟いてから、イコイはズレてもいない緑色のスクエア型の眼鏡を直しつつ、カナメにやって欲しい……とぼそと誰にも聞こえないように気持ちを表す。
俯いているから顔は確認出来ないが、フィッテ同様照れているのだろう。
そこへ、ヴィーが腕を抑えて二人の前へやってきたお辞儀をする。
「ええと、遅れたけど。ヴィー=アルタージュ、と言う、言い、ます……。貴女方が居ないと私達は全滅していたかもしれません。本当にありがとうございます!」
「すみません! 私もご挨拶をさせて下さい! ピエレアです。ありがとうございました!」
「えへへ~どう致しまして~。あ、私はカナメだよ~。そしてこっちの強いお姉ちゃんは~」
「……カナメの方が圧倒的なんだけど。あの、丁寧じゃなくても……。私の名前はイコイ、と言います。ふふ、お強いんですね皆さんは」
ピエレアは手を左右に振って謙遜し、ヴィーは、あ、ありがと……と照れ臭そうに視線を変え、姉妹からノアハへ目を向けた。
「ノアハちゃん、どうして私に愛の抱を?」
「いいですか? 先程イコイさんも言いましたが、貴女が居なければ私達は血の海に倒れていたかもしれません。あれ程戦ってこの被害で済んだ。むしろ死人が居ないのが不思議なぐらいです。……ヴィーさん、貴女のおかげで私はここに足を着けていられるのです。愛と感謝の抱擁とでも言うべきでしょうか」
「ノアハさんに言いたいこと全部言われちゃいましたが、私も同じ気持ちです。ありがとうございます!」
フィッテ達を見ても嘘偽りない答えが返ってくるだろう。
彼女達は笑顔で頷いて、本心からヴィーに感謝しているのだ。
「……ありがとう。正直、こんなに嬉しい言葉を貰えるって思わなかったから。……ご迷惑でなかったら、カナメさん、イコイさん抱き付かせて下さい!」
「カナメ、でお願いしたいかな~。あ、どうぞ~」
「妹に同じく、呼び捨てでお願いします! 私はカナメの後で!」
ヴィーは二人へ愛と感謝を込めて、情熱的に体を密着させて、ありがとうと囁いてから頬に口づけをする。
黒髪の姉妹二人は、ヴィーの愛を受けて自然と顔が恍惚になっていた。
「ぁ……なんだろ~この感じ。お姉ちゃんにぎゅ~ってされた時に似てるんだ~。お姉ちゃんがふわふわ~なら、ヴィーさんはぽわ~ふわ~ってする~……」
「カナメ、私の例えは分からないけどヴィーさんのはちょっとだけ、分かるような……」
「ふふふ、素敵な感想だね。……いつかちゃんとお礼をしたいんだ」
姉妹は未だに照れが収まらぬまま、縦に頷いてお礼を期待するのであった。
ヴィーに知り合いも出来て、ピエレアは初対面である姉妹に自己紹介を済ませ帰宅用のフロートボードを起動している時だった。
(ヴィーさん、本当に助かりました……。あれ、誰か忘れてるような……?)
「ふっ……誰か忘れていないかな? とか思っているんじゃないか? お嬢ちゃん達?」
「あーあー聞こえないー、フィッテちゃん達ー帰るよー」
「え、と……いいのですか……?」
「いいのーいいのー『エルレーコ』の背中で遊んでた人は放っておいてー」
「っ、誠に! 申し訳! ないと思ってる! すみませんでした!」
周囲に響かんばかりの声が出され、ザヅは足を曲げ頭を額を地に着けて誠意を全員に向ける。
「ヴィーさん、リーダーがああ言っていますし……何か異常事態だったのかもしれませんよ」
セレナのどっち付かずの落ち着いた声は、『フォーガード』メンバーだからかもしれない。
普段の彼女だったらヴィーに乗っていてもいいぐらいだ。
まさか、庇われると思っていなかったヴィーは、不満の表現か頬をやや大きめに膨らませた。
「あーもう、分かったよ。……私もザヅ君に助けられてるからね。言い過ぎた」
「ふっ、ヴィー君も私の魅力に気付いたようだね?」
ギロ、と音が聞こえてきそうな睨みがヴィーから発せられ、ザヅはすまない、と返して続ける。
「あの獣、『バルダリア』が居ると情報を貰って来たはいいが、『エルレーコ』まで居て投げ飛ばされた……という訳だ」
「ザヅ君、……情報を貰った、のは誰から? ……答えられる範囲で、ね」
ヴィーはこう見えて、表は受付嬢、裏は情報屋として活動している。
彼女を差し置いて流す情報屋は他にも存在するが、同業者としては名前が気になるのだろう。
ザヅを握る手が思いのほか強かったか、彼は一瞬驚くが普段の口調に戻る。
「一通の手紙、差出人はレルヴェ、レルヴェ=ハレンからだ」
「え」
「は?」
「レルレルが~?」
「あの人が……そうは見えませんが……」
彼女を知っている人だけ、それぞれの反応が返ってくる。
反対に、知り合いでないピエレアとノアハは誰か分からないので首を傾げていた。
「っと、分からない二人の為に~。レルヴェ=ハレンちゃんは確か請負七士でそこそこ強い人で、頼れる姉貴的存在で私も助けてもらってる。……正直言うと、彼女がふざけたことするとは思えない。……仮にザヅ君を呼び出したとして、一緒に戦わないのも有りえないし彼女だけが死んでいるのも無いはず」
ヴィーは力強く拳を握り、誰かが彼女の名を騙ってザヅを呼び出したと睨んでいる。
実際、フィッテ達の知る人物はヴィーの説明通りでほとんど間違いはない。
追記するとレルヴェは戦闘が大好きの、町一番の戦闘狂とも一部では呼ばれている。
レルヴェの戦闘好きっぷりはフィッテも把握しているし、現地に呼んだとして真っ先に切り込み役を買って出る方だ。
「あの、私もそう思います……。レルヴェさんがどんなにせっかちだとしてもザヅさんと一緒に戦うはずですし、……やっぱり、レルヴェさんがやったとは信じられないです」
(たまにだけど、レルヴェさんの話題を振るとふらっと出てきてくれる時があるけど……もしかしてまだ町に居るのかな……)
フィッテは密かな願いを込めたが、一向に当の本人が来ないのでそれぞれが黙ってしまった。
数秒、全員が悩んでいたがようやくザヅが口を開く。
「済まない。『フォーガード』メンバーを中心に、私を探しに来てくれてありがとう。私が言うのも何だが……この場で話し合っても結論は出ないかもしれないのと、一先ずは帰還しないか?」
「お、私が言おうとしたとこだよ、ザヅ君~。フィッテちゃんも、いいかな?」
「も、勿論です!」
帰還の道中で魔物と遭遇しながらも、全員無事でブレストの町に帰還し時刻は昼前になろうとしていた。
当初の出発人数よりも多くなってしまったのもあり、広くて落ち着いた所で話をしたい……そんな考えをしていたら依頼所横のテーブル席、待合場所に腰かけている。
……フィッテは無意識だったが、他の皆は待合場所に来るのが日課になっているのかもしれない。
今回襲撃してきた難度7の『エルレーコ』、難度6の『バルダリア』は滅多に見かけない且つ、二匹が合わさることはほとんどなかった。
大抵の魔物は群れたとしても数さえ気を付ければさほど脅威ではない。
個人差はあるが、こちら側も対応は十分可能だ。
けれどどういった訳か、この二匹はかなり特殊な部類に分けられる。
連携力としては未熟さがあるが、不思議な力を所持しているのか圧倒的な戦闘能力を発揮する。
「あの二匹のまとめはこんな感じでいい、かな。ガンセさんに提出しなきゃ」
「……でも、どうしてこの二匹が……?」
「……過去に縄張り争いをして共闘意識が芽生えたか、それとも別の要因かも」
ヴィーは今回の件を二つの紙にまとめている。
一つは『バルダリア』『エルレーコ』二匹同時遭遇、もう一つは誰かがレルヴェ=ハレンの名を騙り、ザヅを呼び出したこと。
「前者は『危険地帯』で最近おかしな出来事がないか調べるとして、後者はレルヴェさんと会って真偽を確かめるしかない」
「同意です。特にあの黒服女性がせこい真似するとは思いませんからね」
「レルレル~、久しぶりでもあるし会いたいな~。あ! 一度戦ってみたいかも。お姉ちゃん、なんだっけ……もぎ、せん?」
「模擬戦闘、ね。レルヴェさんが拒むとは思えないけど……」
さらさら、と丁寧さと迅速さで記入し終えたヴィーは顔を上げ、それぞれの顔を見る。
「私はこれをガンセさんに渡してくるよ。……誰か来る?」
「あ、私行きたいです」
スッと悩むことなく挙手したのはフィッテだ。
「フィッテ?」
「……ちょっと、気になることがあって」
他の人はいいかな? とぐるりと全員の顔を見るとカナメとイコイが迷っていたが、ヴィーは悩みながらまだ待っている。
「ふっ、『フォーガード』全員集合の記念に……と言いたいが、今日は休養を取った方がいいと思う、いや本日の活動は休止とする!」
「まぁ……私も賛成です。明日から全力で依頼受ける予定ですので」
「セレナお姉様に同じく。……というより魔力ないので体が重たいですし。ピエレア、肩頼めますか?」
「は、はいっ、ノアハ様!」
ノアハは気力がない為か、いつもの突っ込みをせずにピエレアに体を預ける。
「ノアハ、私も肩貸すよ。とりあえず……ザヅさん、明日からは誰かに手紙貰っても勝手に行っちゃダメですからね?」
「分かった。本当にすまない……」
セレナ、ピエレアは大事な仲間を送るために依頼所から移動し、残ったヴィー達はようやく動き出す。
「ふぅ……さーて、行きますか」
「やはり私も行こう」
「お姉ちゃん、面白そうだし行かない?」
「こ、こら。遊びじゃないんだから」
行く気満々のカナメ、暴走しないように監視として同行するイコイ、理由があるのかザヅも一緒に向かった。
依頼所の局長室は簡素な造りで、ドアは付いておらず壁に大剣が掛けてある以外は至って普通の業務室だ。
「ガンセさん、『危険地帯』の報告書を見てもらえますか」
「あぁ、ありがとう」
机越しに渡したヴィーは心なしか緊張している風に見えた。
フィッテ達は特に発言することなく、彼が文章を読み終えるのも見守る。
どれだけ経ったか分からないほど沈黙の中、年相応の髭に触れてようやく渋い声が返ってくる。
「……全員無事で良かった。……報告通りのメンバーで撃破したそうだな。そちらも併せて嬉しい限りだ」
「他の皆さんの動きもありますが、特にザヅく、ザヅさん、カナメさん、イコイさんのおかげで私達は生きていると言っても過言ではないです」
「早速だが調査隊を送り、原因を突き止める」
ガンセは着席しながら鈴の置物に触れた。
鈴の優しい音が響き渡り数秒しないうちに三人の男女が入室してきて、ガンセの説明を聞き終わるや否や退室していく。
「彼等は?」
「俺が選ぶ所謂少数精鋭、緊急時に対応可能な特殊請負士、と呼んでいる」
恐らく、彼の右腕に差し支えない実力を持っているはずだ。
ザヅは何となく雰囲気で察する。
「ガンセさん~強かったら特殊請負士、になれるんですか~?」
「なっ……!? ちょ、ちょっと、ガンセさんに何てことを……!」
「いや、構わない。名前は?」
「カナメだよ~」
どこでも誰でも変わらずカナメが同じように接する姿を見て、イコイは寿命が縮まるのではないかヒヤヒヤしていたが、ガンセは怒りを露わにせず真剣な表情で少女を見ている。
「……条件は様々だが、『強ければ』なれる、とだけ言っておこう。カナメか、良い名前だ」
「どういたしまして~」
「詳しい説明は後でするとして……フィッテ。強くなったな」
「あ、ありがとうございます! これからも、頑張りたいと思ってます!」
フィッテは両手で握りこぶしを作り、ガンセに微笑んだ。
僅かに顔を逸らされたのは彼女の気のせいだろうか。
「フィッテは他に用事があるのではないか? 俺で良ければ聞くが……」
「その、今回の件で関係ないとは思うのですが……」
フィッテと一部が見たという夢の内容を伝えると、感心するように頷いた。
「彼等が戻ったら話しておく。情報感謝する。……さて、ザヅはあるか?」
「ええ、元々こうなったのは私が単身、危険地帯まで向かってしまったこと。そして、全ての発端でもある一通の手紙です」
「……今後を考えると彼女の名前を出すのは控えたい。同時に悪質なイタズラの犯人を突き止めようと思う。……仮に本人が手紙を出していて、用事とかで来られないなら話は別だがな」
うっかり忘れていた、もしくはザヅを呼ぶ用事を上回る何かが彼女の身に起きたか。
事件に巻き込まれてるのは有りえそうな流れだが、レルヴェから聞かないと分からない。
「私からは以上……レルヴェに何事もなければいいのですが」
「彼女の安否も兼ねて、調査しよう。……すぐには解決しないだろうが、気長に待っててくれ」
「ノアハ様……」
「……なんですかピエレア」
ノアハを部屋まで送り届けてセレナは帰ってしまった。
彼女なりの気遣いかもしれない。
ノアハをベッドで休ませてから、ピエレアは彼女の手を握っている。
「本当に……大丈夫なんですよね? 明日になったら悪化したりしないですよね……?」
「……心配性ですね、貴女は。あの時は倒れてしまったけど、今は休息を取れば少しはマシですので」
手を振りほどいたり邪険に扱ったりはせず、自分は大丈夫だとアピールする。
それほど今日の戦闘で無茶をしたのだ、と自覚させられた。
倒れるまで魔法を使うのは、請負士としては未熟な部分でもあるからだ。
ピエレアでなくても、他の人も似たような言葉を掛けたに違いない。
「……分かりました。今日はここに居てもいいですか? ……ううん、居させてください」
「貴女の場合、断っても居座りそうですけど。……ピエレア、他に言う事はありますか?」
「ほ、他、ですか!? な、なな、ないです、よ……?」
ノアハからの意外な一言でピエレアは動揺してしまい、思わず握る手を強くしてしまう。
「あの、ピエレア? どうました?」
「……明日天気が良かったら、一緒に出掛けませんか? ……ノアハ様と二人がいいです」
「……ええ、分かりました。楽しみにしてますね」
あまり笑顔を見せないノアハだが、心底嬉しそうにしているのでピエレアはこの時点で心を鷲掴みにされている。
「ピエレア、明日出掛ける時のお願いなのですが……」
「お願い!? ノアハ様でしたらどんな事でも聞きます!」
「……せめて明日だけでも、出来れば今後『様』付けをやめてもらいたいです」
ピエレアは黒の瞳を揺らして手を離してしまった。
どうして、と呟き目尻から透明な滴を生み出しながら。
まさか泣きだしそうになると予想しなかったノアハは慌てて握り返す。
「ごめんなさい……泣かせるつもりでは……、落ち着いて聞いた下さい。嫌、じゃなくて私自身がそうして欲しいからです」
「……理由を……聞きたいです……」
「様付けだと私がとっても強くて偉いみたいですよね? 貴女が思ってるより遥かに私は脆くて弱い。……それにさん付けや呼び捨ての方が、私は『好き』だからです」
「っ! ノ、アハ様……いえ! ノアハさん、私も貴女が『好き』です」
やや色白の肌が朱色に染まる前に、ノアハはピエレアから顔を背けた。
ピエレアの方がより照れていて、純粋な目で見つめてきたからだ。
共に心臓の鼓動が高鳴っているのが室内に響き渡りそうで、顔を合わせるのが辛い。
「……今日はもう、休もうかと」
「で、ですよね! おやすみなさい! で、では何かあったら遠慮なく言ってくださいね」
「勿論です、遠慮しないで甘えますから」
「フィッテ、レルヴェさん待ってるの?」
「うん……ちょっと心配、かな」
依頼所の待合場所にて、ヴィー達と雑談後別れたフィッテ、セレナは黒服女性、レルヴェを待っていた。
ガンセ側もまだ調査中だそうで、自分達がこれ以上何もせず待っていた方がいい状況は行動しているよりも長く感じる。
セレナは彼女が一度ぼーっとしてうたた寝しそうなのを見逃さず、肩に優しく手を触れた。
「弧道救会に戻ろっか、フィッテ眠そうだし」
「う、ん……何だろ、ごめん、ね。急に眠くなっちゃった……一応解決したから、かも」
「部屋まで送るから。それまで我慢して。向こうに着いたら『安心して』眠ってね」
「ありがと……」
彼女を信じてフィッテは襲い来る眠気を耐えて、自室にて睡眠を取るのだった。
それほど今回の戦いも激しかったのだろう。
「おやすみ」




