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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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蔑みの水刃

 フィッテ達は困惑していた。

 頼みの綱である小麦色の短剣使いは目の前の巨躯に放り投げられた後、地上には戻らず空中遊泳する鳥の背中まで飛び乗ってしまった。


「……セレナちゃん」

「奴が動いたら即、私が防御するから。どうにかして退かせるからフィッテは逃げて」

「……」


 現状、巨躯の獣『バルダリア』に睨まれて身動きが出来ず、仮にこちらが動こうものなら速度と腕力に物を言わせた一撃が待っている。

 

「フィッテ!」

「……嫌だ。全員生きて帰る」

「……じゃあ死ぬほど努力するしかないね」


 セレナが優先的に彼女より前へ出て睨み返しているが、本当ならすぐさま駆け寄って泣きそうになっている顔を慰めてあげたい。

 いつまで対峙していればいいのか、はたまた一瞬の内に決着が付いてしまうのか。

 セレナの内心の焦りと裏腹に、獣の方はどちらかを速攻で始末したいと言いたげに腕を一回転させている。

 それは何かを準備しているようにも見えた。

 フィッテは創造魔法と共に、ヴィーから貰った水色の鋭利な石を握りしめる。


「……来る」


 セレナが独り言みたいにぼそっと呟き、氷の大剣を構えなおす。






 一瞬の出来事だった。

 セレナが構えを変えると同時に『バルダリア』のタックル、からの右拳の振り上げは彼女の予想を遥かに上回る速度で繰り出される。

 全体重を込めた体当たりは防御するのに精一杯で、とても反撃に転じられるほど軽くはない。

 下からの攻めは大剣の腹で受けるが、強度などお構いなしの力強さでひびが入り真っ二つに折れるのに時間は掛からなかった。

 寸前で飛び上がり負荷を軽減させるが、付け焼き刃でしかなく空へと吹き飛ばされ薄桃の長髪が悲しそうに揺れ動く。


「っ! く、ぁぁっ……!」

「セレナちゃんっ!」


 舞い飛んでいる彼女まで守れるほどフィッテの石は範囲が広くない。

 どちらかと言えば、自分の心配をしたほうがいいぐらいだ。


「わ、たしはなんとかする! 逃げ、て……!」

 

 空高く昇るセレナは恋人の気を遣いつつ、戻るべく魔法を詠唱するが頭上に降りかかる爆発物に気付いていない。


「だ、め……上!」

「え」


 空中で肉片が爆ぜて集中的に爆発を喰らったセレナは、受け身すら取らずに地面へと落ちていく。

 このままでは当たり所が悪ければ死ぬ、そうでなくても骨折は免れない。

  




 『中に私の特製魔法が込められてるから、フィッテちゃん達の誰かがピンチになったら躊躇せずその場で砕いてね!』



 フィッテが駆けようとした時、短剣使いヴィーの言葉が蘇ってくる。

 自分が死ぬかもしれないから走馬灯のように、死を回避するきっかけに繋がる出来事を無意識に思い出しているのか。

 

(多分だけど、どうあがいても私は死ぬ未来しかないから、だと思う。もしくは……!)


 フィッテはその場から動かず彼女の落ちる地点目掛けて、石を投げた。


「【スイフトスラスト】!」


 自分を犠牲にして生み出した銀色の矢を、石に狙いを定め投げ撃つ。

 想いを共に込めた一矢は、水色の破片を撒き散らし貫いていく。

 砕けた石から溢れる粒子が光り、緑の半球体が展開されてセレナがすっぽりと収まった。

 優しく包まれた彼女を見るより早く、フィッテに強烈な痛みが走り視界がぐるんと一回転する。


「ぁ、ぐ……っ、げ、ほ……っ」


 胴の部分に助走を付けてからの体当たりをうけ、受け身を取れぬまま地面を転がっていく。

 立つどころか呼吸をするのが限界で反撃すら許されぬまま死ぬんだ、と覚悟を決めたフィッテは荒い呼吸をしてセレナの方へ視線を向けた。

 もしも、近付く前に攻撃を喰らってしまったらお互いが死んでいたかもしれない、そう思えば自分の選択に悔いはない。

 勝ち目がない以上、せめて好きな人を見て死にたい……けれども、追い打ちが来てもおかしくないのにいつまで経っても攻撃を受けない。

 もしや、とゆっくり顔をあちこちに動かして敵の位置を探る。



「……っ、ふ、ぅ……は、ぁ……っ、居た……!」


 『バルダリア』の獲物はフィッテではなく、『危険地帯』から離脱を試みるピエレア、ノアハの二人だ。

 獲物を追い詰める為のステップなのか、前へ進みつつも斜めに跳んで移動している。

 運よくピエレアは追跡に気付いてくれたようで、ノアハをそっと置きつつ緑色の半球体で自分達の身を守っていく。

 間一髪、という所で飛び掛かって爪の引き裂きを防ぐ、だが防戦一方では貰ったもう一つの石を砕かないといけない。

 緑の盾がいつまでも持つとは思えず、ピエレアも分かっているようで創造魔法を発動させてひたすら強度を上げている。


(距離は……、やや離れてる。5……ううん、10はあるかも。私程度いつでも殺せるのか、ピエレアさんばっか狙ってるからこっちに気付く様子もない。

……せめて、ピエレアさん達だけでも逃がしてあげたい……! 動いて、私の体……!)


 フィッテの中で使う魔法は決まっている。

 ようやく呼吸が落ち着いてきて、もう少しで完全に立ち上がれる体勢まで残り数秒必要だ。

 ちょっとの間だけ粘ってくれれば、自分に気を引けるかもしれない。

 決死の一撃を放とうとする中、ピエレア達を守る盾に亀裂が生じ砕け散る。


「【スピードシフト・スイフトダンス】!」


 ピエレアは息を合わせるように魔法を発動させると、ノアハの位置に放っておいた石を斬り砕いた。

 ノアハを見る余裕がない彼女は緑の長髪を舞わせて、自分も倣うように激しく獣へ斬り込んでいく。

 だがお互いの速度は五分で、ピエレアが圧倒する状況にはならない。

 

「わ、たしと同じぐらい……なら!」


 ピエレアは狙いを変えて全体から上半身中心に斬撃を加えていく。

 生半可な武器では砕けそうにない爪で、当たり前に弾く獣は速度に順応しているのかピエレアに打撃を与える。


「つぅ……っ、これで!」


 辛うじて後方に飛びながら双剣をクロスさせて防御するが、元々防ぐ用途の武器ではないのと単発の威力が凄まじく手が痺れかねない。

 まるで対人戦をしているように、ピエレアは言葉上痛がって顔には出さず反撃の刃を振るう。

 獣は予想の範囲内で軽々と拳で受け止めた後、もう片方の腕を目一杯突き出した。


「来ましたね!」


 ピエレアは予想の一突きを即座にしゃがんでかわし、『バルダリア』の足元目掛けて跳んで最後の乱舞を放つ。

 手による戦いがメインならば、違う場所を攻めればどうなるのか。

 懐に踏み込み、一瞬でも隙が生める部分を突けばどういう反応をするのか。

 獣は戻した腕をすぐに攻めに転じられず、足にいくつかの切り傷を負う。


「や、った……っ! ぁ……」


 ピエレアの魔法の時間切れで、巨躯に包まれる形で座り込んでしまう。

 足を使ってこないあたり、何か訳があるのだが今は分析をしている場合ではない。


(焦っちゃダメ……確実に集中して……! ピエレアさんを助けるの……!)


 棒立ちに見えるフィッテをよそに、『バルダリア』の手がピエレアの体を掴んで力強く握る。



「ぁ、ぐぅ……ぁぁっ!」


 ひたすら両目を閉じ、痛みに耐える彼女だが苦し紛れでしかない。

 このままではまた大切な人を失ってしまう。

 



『こ、こちらこそ! 自己紹介が遅れました! 私はチーム『フォーガード』メンバーの一人、ピエレアです! 主に突撃したり、たまーに防御役になったりで攻撃が多いですけどよろしくお願いします!』



 知り合って短い間だが、セレナの仲間であり今後も彼女と行動する機会があるかもしれない。

 彼女の命をここで閉ざせていいのか。


「……良くない。間に合って……【水蔑刃(すいべつじん)】!」


 フィッテは脇から水色の鞘を取り出すと柄を握り、一気に抜刀した。

 刃が透き通った川のように映り彼女が横に一薙ぎすると、刃から水色の三日月が放出され勢いを増して飛んでいく。

 ピエレアのように自身の速度を重視した魔法でないので、鞘を握ったからといってフィッテが速く動けるわけでない。

 代わりに、武器となる刀と刃の射出速度に重点を置いている。

 『バルダリア』はピエレアをじっくりと反応を試すように握りつぶしているので、飛んでくる三日月の刃に気付かず掴んでいない腕を切断した。

 断面から灰色の液体をどろり、と垂れ流しピエレアを放り投げて液体を防ぐべく必死に抑え始めた。


「つ、ぁ……っ! た、すかりました……」

「……もう一発」


 先程と変わらぬ動作で刀を振るったフィッテの目は、怒りや慈悲はなく当然の報いだと告げるような蔑んだ目で飛来させる水の刃を見つめる。


(今ここでピエレアさんに駆け寄った所で何も出来ない。だったら怒りの矛先を私に向けさせる、徹底的に攻めて私しか見えないようにする)


「______っ!!!」


 獣の咆哮が上がったと同じタイミングで、フィッテの刃が止血をしている腕をすんなり横断すると両腕から大量の液体を噴出して転がり始めた。

 フィッテが安心した時、忘れた頃に『エルレーコ』の爆発物が落下してきた。


「これ、で……!」


 フィッテは渾身の力を振るい、上空へ刃を飛ばし二人への被害をほぼ無くすが追加で落ちてくる一個の肉片を斬る余裕はない。

 役目を終えて彼女の刀は水色の粒子を散らしながら形を崩れ、フィッテの体に肉片が付着し爆発に包まれた。


「…………」

「フィ、ッテさん……」


 






 数分後鳥の肉片が未だにあちこちで爆発する中、『バルダリア』は止血に成功して二人にゆっくりと歩み寄る。

 痛みこそはまだ残るが歩ける体力がある以上、戦えないことはない。

 自慢の腕は使えないが噛み付くぐらいならやれるのか、口を開く。

 牙は生えておらず、飲み込む力が弱いようでフィッテの黒い髪を甘噛みする程度だ。


「や、めて……フィッテさんを……助けな、きゃ」


 

 しかし、ピエレアは這って動くのがやっとで魔法すら発動出来ず、このまま誰も助けに入らず爆発を浴びようものならどちらも助からない。

 上空に居る二人も何も解決しないままでは苦しい展開を強いられる。



 そんな状況でフィッテに似た優しそうな声と、どこか間延びした声が聞こえたのはフィッテの気のせいだろうか。


「フィッテさん! ……今、助けます! 【九矢(きゅうし)】!」

「フィーフィーと~……誰かな? まーいっか~【救いの篭】~」

「貴女、達は……?」

「通りすがりの姉妹、姉イコイと」

「妹、カナメだよ~」













 フィッテ達が戦闘中と同刻、ザヅの魔法がこれでもかと炸裂しているが肝心の爪の檻は壊せそうになかった。


「ザヅ君……ビクともしないようだけど?」

「君、これには訳があるんだ。私の魔法よりも堅い可能性、導く答えは!」

「……爪を壊すのではなく、別の場所に弱点があると?」

「その通りだ! まずは君の所を解除してみせよう!」


 君じゃなくてヴィーって名前があるんだけどな、と返そうとしたが今はここを脱出するのが先だ。

 それになんだか面白そうなので、このまま君呼ばわりでもいいかと思ったヴィーである。


「ちなみに、爪の部位はほとんど狙ってあるのだが……そうなれば爪周辺が怪しいな。【紫電拡刃(しでんかくじん)】」


 ザヅの銀の鋭い目つきから放たれた紫の光線は、爪の隙間を抜け出して空を高速で舞い刃を降らせていく。

 実際に見ているわけではないので、正確性はないが何十、何百もの刃が降り注ぎ数の暴力で弱点を探る。

 鳥が一瞬体を傾け、ヴィー達の檻が解除され青空が視界に広がった。 



「作戦通り、だな」

「ええ、まあ、そうですね。私は『エルレーコ』を倒さないといけないから失礼します」


 ザヅの爽やかな笑顔を浴びたヴィーは、鳥の頭部へ進もうとすると手を握られてしまう。


「ちょ、ちょっとザヅ君? 私はそういう趣味ないんだけど?」

「せめて君の名前を教えてくれないだろうか!?」

「……ヴィー=アルタージュだよ。ブレストの町の依頼所に夜来てくれれば会えるかもよ」

「ヴィー君……か」


 ヴィーは解除された手を離し、鳥の背から生えるかもしれない爪を警戒する。

 

「来ない、か。だったら……【バウンドステップ】!」


 矢印付きの板を踏み、背中を無視して頭部に辿り着き銀の短剣を突き刺す。

 鳥の体が高度を下がっていくのが分かる、という事はここも弱点に違いない。


 依頼で遭遇した時は『エルレーコ』だけだ。 

 それだけではこの鳥は弱く、ただ空から肉を飛ばし爆発させるだけだった。

 その為背中に飛び乗ろうという考えには至らなかったし、腹部を狙い撃ちすれば自ら撤退していった。

 巨大な鳥で相当体力があるのか、撃退が限界だったがもしかしたらここで撃破出来るかもしれない。

 ヴィーが戦ってきた魔物の中でもかなり強い部類に当たるが、『バルダリア』程ではないはずだ。

 だとしたら、この鳥が何故獣より一段階高い難易度になっているのか、ヴィーは身を以て味わうこととなる。


「あ」


 気付いた時には遅かった。

 頭部から天に届かんばかりの一本の針が突出し、腕を貫く。


「っぐぅ、ぁぁ……っ!!」


 痛みに耐えながら、短剣を持つ手を替えて再び深く銀の刃を刺し込んでいく。

 さっさと倒れるなりして、フィッテ達の救援に入りたい彼女はやや焦っていた。

 故に、背後から迫る爪が複数合わさって出来た『爪の槍』には全く反応せず、ザヅの助けが入る。


「ヴィー君、危ない! 【吸壁(きゅうへき)】!」


 水の球体がヴィーの後方に設置され、槍を愛情で包み込んだ。

 ぐるんぐるん、と球体が浮きながら攻撃を吸収していく。


「っ、ザヅ君……ありがと。倒せるかもしれない、手伝って欲しい……」

「勿論だ。ここで決めてしまおうか」


 ザヅは器用に範囲攻撃の爪の檻を回避している。

 着実に進む彼だが、頭部へ近づくにつれて歩みが遅くなった。

 彼の視界には爪の檻が所狭しと広がり、足を踏み入れる隙間すら与えられていない。

 

「済まない、これ以上は行くことが無理だ。代わりに……【狙いの柴閃(しせん)】」


 ザヅの創造魔法により、彼の手には剣よりも短剣よりも更に小さい、小指ぐらいの柄と同じ長さの刃があった。

 彼は握るのではなく、摘まみながら狙うべく場所へ照準を合わせていく。


「ヴィー君、一瞬でいい。飛び上がれないだろうか?」

「こう?」


 小麦の肌を見せながらヴィーは空を舞って見せた。

 飛ぶ前に針は銀の刃で切断しザヅ目掛けて跳躍を軽々とこなす。

 彼女の身体能力に驚くがすぐさま切り替えて、不思議なナイフを前方の鳥の頭部に狙いを定めて柄の先端を押した。

 すると刃から紫の光が発せられ、一筋の光を発射して頭部を易々と貫通する。


「____!」


 木々で休む小鳥よりも甲高い鳴き声を上げ、徐々に高度を下げていく。

 

「ゆっくり……? 違う、ザヅ君離脱!」

「君が望むなら」

「……『フォーガード』メンバーが悲しむと思うけど?」

「な……!? 彼女達が来てるのか! な、何故! い、いや。まずは離れるべきか」


 そういうこと、と付け加えて崩れゆく『エルレーコ』の背から脱出した二人だった。


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