果てのない耐久戦
『……ねぇ、この子私に懐きすぎじゃない?』
『そうかな? ……この犬の性別、女の子なのにね。あ、もしかしたら前世男の子とかかもよー?』
『ないない! ……でも、私にこんなに懐いてくれるのはとっても嬉しいな。私のほうが先に亡くなるのにね』
『……』
白を基調とした部屋で、女性二人組と茶色い毛並みの犬が楽しそうに暮らしている光景が浮かんでいる。
フィッテはこれが夢だと瞬時に判断出来たのは、自分やセレナとかの体験ではないからだ。
亡くなった両親や自分が犬も好きだが、更に言うと猫が好きという事実も含んでいる。
自分の姿はそこにはなく、脳に誰かの思い出を流し込まれているような感覚を見ているしかなかった。
二人の女性が着ている白色のローブは、さながらペアルックに見えなくもない。
この夢はいつ覚めるのだろう……と考えていると、犬が鳴き始める。
『どうしたの……?』
『きっと、寂しくないように鳴いてるんじゃないかな。レーコが死ぬ、みたいな言い方するから』
『……だって、事実だし。だからこの子と貴女には長生きしてほしい』
『……』
(……もしかして、今戦闘していることと何か関係が……? だとしたら、さっきの獣は)
「フィッテ!!」
フィッテは誰かに強く呼ばれた気がして、ハッと目を覚ました。
「ヴィーさん……? それにノアハさんも……」
フィッテ達の周りの視界が緑色で覆われているのは、ヴィーが苦しそうに両手を掲げているからだ。
両手から緑色の粒子が延々と放出され続け、彼女達を守るように半球体となって盾を作っている。
ノアハの方は目覚めないフィッテが心配だったのか、手を大事そうに握っている。
「おー、フィッテちゃんが目を覚ましたみたいだねー……。ノアハちゃん、状況は?」
「セレナお姉様とプラリアが分断されていて位置が分からないです。幸いにも私達は『今は』安全です」
「良かった良かったよー、じゃあまずはこっちを何とかしないと……!」
ヴィーが睨む盾越しの相手は、盾を壊そうと何度も何度も全体重を掛けた爪の引っ掻きをしている『バルダリア』だ。
どこかに離れ離れになったセレナ、プラリアを探しはせずにこちらばかりを執拗に狙うのは『危険地帯』に踏み込んだ怒りからか。
「……ヴィーさん、私達が貰った石にはどんな魔法が込められてますか?」
「く……いい質問だね、今私が張っている【ガードナーシェル】だよ。ちなみにノアハちゃんの石は既に使用済みなんだー」
「フィッテと私だけの所に、『バルダリア』」が居たからです。……貴女には死んでほしくないですからね」
「の、ノアハさん。ありがとうございます」
会話中にも獣の攻撃は止むことはない。
そればかりか速度が上がっているのはフィッテの恐怖心からなのか。
どちらにせよ、ヴィーの魔法は長く持ちそうになさそうだから打開策を考えないといけない。
フィッテの石はまだあるがここで砕くべきか、それとも今の三人で『バルダリア』を討伐するか。
だが彼女の思惑通りにいかせないとばかりに、獣の行動に変化が出た。
「______!」
空を覆う飛行している鳥、『エルレーコ』の投下物の爆発を皮切りに、『バルダリア』が一度天に向かって吠える。
それはまるでバラバラの行動から、連携開始の咆哮にも聞こえた。
今まで無差別に爆撃していた『エルレーコ』が、咆哮によってフィッテ達の周囲に攻撃を集中させてきている。
「【フロストジャベリン】……!」
緑の盾に投下物が着弾する瞬間、ノアハが氷の槍を複数投げつけて空中で爆発させた。
「面倒なんです……集中的に狙われるから! ヴィーさん、策はあったりしますか?」
「ん~、あるにはあるけど……フィッテちゃん次第かもかも?」
「余裕でしょうね、フィッテなら。ですよね?」
「え? え……?」
猛攻を受けている中フィッテが唐突に話題に挙がり、当の本人は戸惑わざるを得ない。
いきなり話に出てきたのと、状況打破は自分次第と言われては思わず聞き返すしかない。
「一度態勢を立て直したいのもありますが、あの獣に仕返しをします。フィッテ、貴女の力も頼りたいんです」
「……。私に出来ることなら、可能な限り頑張ります。……どう動きますか?」
「フィッテちゃんには、『バルダリア』にちまちま遠距離攻撃をしてくれるだけでいいんだよ~、詠唱だけしておいてね」
獣の体重を込めた体当たりにもどうにか耐えているヴィーだが、頬には汗が伝っていることからもう限界が近いのだろう。
自分が何かしらの役に立てる、そうと思えばやる気が湧いてくる気がした。
呑気に会話をしているがこの間にも動きは一向に変わっていないので、余計悪化する前に手を打ちたいのはフィッテだけではないだろう。
「ノアハちゃんはあっちの……体中から物ばら撒いてる鳥をお願い出来るかな? 弱点は……分かると思うけどー」
「勿論です。……というより、いつでもいけますよ」
「……よーし、じゃあやろうか。フィッテちゃん!」
「はい!」
ヴィーが振り向いて、フィッテに微笑むと同時に緑の盾が音もなく崩れていった。
反撃開始を待っていたのか、ノアハは天高く腕を掲げて創造魔法の名を口にする。
「【アイスアロー・スプレッド】!」
一丁の氷で作られた弓が現れ、矢が放たれる。
空を我が物顔で飛んでいる鳥に向かっていく途中で複数に分裂し、鳥の皮膚に深く刺さり込んでいく。
矢は一度だけではなく、数秒待ってから再び射出され時間差で『エルレーコ』を攻撃していった。
氷の弓矢の影響で鳥の爆撃が少しは収まり、彼女達が被弾することはほぼなくなったノアハは安堵の息を吐く。
「これで少しは爆発がマシかもですけど、そちらは任せましたよ?」
「任されたよ~。【フェイタルアタッカー・シュナイト】!」
懐から一振りの短剣を取り出すと、笑顔満点で魔法名を口にする。
一瞬、緑色の膜がヴィーの全身を覆った気がするが、ヴィーは特に気にもしていない。
そればかりか、意気揚々と前方の『バルダリア』へと駆けて行った。
無茶だ、今回ばかりは嫌な予感がしたフィッテは創造魔法の用意をしつつ、特製石を砕こうと構える。
「フィッテちゃんー? 私は大丈夫だから、魔法発動お願い~」
「!? は、はい! 【ラピッドファイア】!」
まるで後ろに目があるかのような反応だったが、言われるがままにフィッテは細長い筒を作り弾丸を発射させるべく狙いを定めた。
ヴィーは後方で少女の声を聞きながら、射線の邪魔にならないよう右方へ移動し獣の腕に斬りかかる。
獣は持ち前の巨体を活かして、多少の犠牲を払ってでも確実に仕留める為両腕を高く上げ、勢いで振り下ろす。
「遅い遅い~、ほら後ろだよー?」
ヴィーは誰にも分らないような動きで、獣の後ろに回り込み右足、背中、首筋、つむじを高速で刺していく姿は獣の目には追えなかった。
「フィッテちゃん、胸元中心で狙ってー!」
「はい!」
ヴィーは手掴みを空中で跳んでかわしながらも、フィッテに指示を飛ばしつつ全体をぐるりと見回す。
フィッテは指示通り射撃を、ノアハは再び氷の弓矢で際限なく鳥を攻め続けている。
今居ない二人がどこにいるか、攻撃を兼ねつつ探すのも目的である。
「この辺りにセレナっち、ピエレアちゃんはー……ん、居た」
開幕の『エルレーコ』の爆撃で散り散りになった二人を探すべく、空から見つけたヴィーは声を張り上げた。
「お~~~~い! セレナっち、ピエレアちゃ~~ん! 起きろ~~~! アレをしちゃうぞ~~~!?」
空中の滞空時間の限界で、叫びながら獣の指を切り裂き落ちていくヴィーは起きるとは思えないが二人を信じて着地した。
「フィッテちゃん、予定変更! 恋人とピエレアちゃんは北に居るよ! 射撃を止めて救出に行って!」
「分かりました!」
フィッテは筒を放り出し、北へと急いで向かう。
途中、魔法を連続発動しているノアハとすれ違った。
「頼みましたよ、フィッテ」
「……はい!」
ノアハが笑顔でフィッテを見送りしたのに僅かに驚いたが、彼女も笑顔で返す。
ちょっと前までは殺す目をしていたのに、笑みをしてくれるのは考えづらいと思っていたからだ。
(……これが私の役目だから。ノアハさん達の役に立ちますから)
振り返るまでもなく、殴打、射撃、斬撃といった戦闘音が響く中戦場を駆けて行く少女はノアハが撃ち落とし損ねた投下物を避けて走る。
「……これは自分の体の一部を落としているの……?」
足は止めずに遠目で見ると、白色の塊が落下しているのが分かる。
地に着いたと同時に辺りへ爆発を起こし、衝撃に耐えつつもどうにか進んでいく。
それから数秒後、全力で走って彼女達を無事に発見した。
息を整え二人に駆け寄るが、目が覚めないことに胸騒ぎをするフィッテは最悪の想定を必死に否定した。
「……セレナ、ちゃん……? ピエレアちゃん……?」
うつ伏せで倒れている二人におずおずと声を掛けるが、やはり反応はない。
外傷は見る限り無さそうだが、もし腹部に致命傷を受けていたら。
少々の傷ならどうにかなる、けれどどうしようもなかったら。
自分が気絶して意識が無かった時もセレナは同じ気持ちだっただろうか。
「……の、あ、はさま……?」
ピエレアが起きたようで、仰向けになった状態で親愛の人を呼ぶ様子から大丈夫そうに感じる。
「……ごめんなさい、ノアハさんではないです。フィッテです」
「ぁ……ごほっ……フィッテさん。良かった……他の皆は?」
「セレナちゃんは近くに。ノアハさんとヴィーさんは遠くで二匹と交戦中です」
「……わ、たしも、行かないと。フィッテさん、起こしてくれますか?」
とても手を貸して良さそうではないが、ピエレアはどうしても行きたいという意志の強さを表すように険しい顔をしていた。
自分とちょっと似ている部分もあったり、譲れない所で融通が利かなかったり、戦闘での強さでは敵わないけどフィッテは目標にして共に肩を並べたいと思った。
「……私も行きますから。セレナちゃんも起こさないと」
手を差し出し、ピエレアが握るとゆっくりと立ち上る。
服の草を払ったりしていることから、気絶だったようで一安心するとセレナの安否を確認するべく胸元に耳を寄せた。
「……起きてる」
「っ」
「え」
穏やかではあるが、呼吸が感じられたフィッテはセレナの手をぎゅっと握る。
「セレナちゃんも無事で良かった……、大丈夫?」
「う、うん。大分吹き飛んだけどどうにか……」
「……セレナさん……、もしかして私を庇って?」
セレナは首を速めに左右に振り、否定した。
「……後はヴィーさんの所に戻らないと。今も戦ってるはずだし」
「実は意識ない間に変な夢見てたんだけど……、ピエレアは覚えてる?」
「いえ……女性……が出てきた所までしか」
「そっか、こっちは犬……って今はそれでどころじゃないね、ごめん」
立ち上ったセレナは同じく汚れを手で払い、ピエレアに質問を投げる。
夢の内容からするとフィッテが見たものと同一かもしれないが、関係があるか分からないし何より戻るのが最優先だ。
三人は仲間の元へ急いで向かった。




