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私と師匠  作者: 水守 和
第1話 復炎
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悲涙

「フィッテ、大丈夫? ……鞭での怪我、痛かったよね」

「わ、私は大丈夫。私よりセレナちゃんの方が……」

「いいからいいから。私に任せて」


 フィッテに指差されたセレナの手の平は茨が刺さった為か、所々に出血が見られる。

 応急布で傷を塞いだとしても、相当痛いだろうにセレナはそれを放置して大事な友人の治療に専念する。

 うなじや腕などに怪我をしており、彼女の応急布を使用して止血と再生効果を施した。

 これにより、彼女の所持していた応急布は空となり、補充でもしない限りは次に怪我をした時は何か対策をしないといけなくなった。 


「……セレナちゃんがあの時【スイフトアロー】を持って鎧達の所へ向かった時は、どうなるかとひやひやしたけど無事で良かった……」

「ご、ごめん。深追いするつもりは無かったんだけど、……フィッテの両親の仇を取りたくて必死だったかもしれない」


 怒られた訳ではないのだが、セレナはしゅん、と萎縮した様子を見せる。

 フィッテは彼女のやや沈んだ顔を見て慌ててフォローをする。


「お、怒ってるつもりじゃないよ。……ありがと、セレナちゃん」

「ん?」

「な、何でもないよ」


 後半はセレナへの感謝だったが、声が少しずつ小さくなっていったので、セレナの耳に入ることはなかった。


「それよりも、鎧が逃走するってことは……」

「何かが、こちらに向かってきてる……?」


 フィッテと答え合わせするかのように、セレナは首を縦に下ろす。

 ふと二人は意見が合ったように、中央地点に横たわったまま動かない老人に目をやる。

 【ダークホール】という落とし穴を創造し、【ダークウィップ】でフィッテを苦しめ結果として、仲間割れ(?)という形で命を落とした。


「ま、まさか生きてるなんてことはないよね? それでダークなんとかを使って鎧達に復讐するとか」

「……息をしている様子がないから、このおじいさんは……」


 老人が生きていて、仕返しに強大な力を身につけて復活した、という説をフィッテは悲しそうに否定した。

 胸元を貫通した矢は無く、老いた体の周りには血が広がっている。

 とても生きているとは思えなかった。

 ……だとしたら? と思い、セレナは南門も含めてぐるりと東西南北全ての門を見回す。


「セレナちゃん、誰か居た?」

「…………。駄目。それっぽいのは確認出来ないし、足音も聞こえない」


 はぁー、と盛大にため息をつくと、東門へと足を運ぶ。


「セレナちゃん?」

「とりあえず、何するにしてもフィッテの家に行こうかなって。いつまでもここに居るわけにはいかないでしょ? ……それとも、私の町へ行く?」


 確かに、鎧達が逃げる理由になる見えない何かも気になるが、このまま中央地点に居ても仕方がない。

 老人が倒れている中、路上で話も空気に合わないだろう。

 フィッテはしばし思考してから選択をした。


「……私の家でお願い。最後にお父さんと、お母さんに会っておきたいから」

「じゃあ私が先頭歩くから、何かあったら守るからね」


 頼もしい先陣だった。魔力も相当に消費している筈なのに、自ら前に立ってくれる。

 ……そんな風に私もなりたい、セレナちゃんを守ってあげたい。

 という呟きを心の中でしてから、一旦フィッテの家へ向かうのだった。



 夜がまだ始まったばかりと言わんぐらいに、月が煌々と輝いている。

 人が寝静まったかのように、静寂感しかない住宅。寄り道がてら中央の衛兵詰め所や近所の家のドアをノックして回ったが、返事は無かった。

 本来の目的であった衛兵詰め所であるが、この有様では機能に期待するのは無理だろう。

 恐る恐る一軒に進入してみたが、やはりもぬけの殻だった。

 強盗などが入った様子は無く、それこそ人だけが忽然と姿を消したようだった。

 家の明かりは付いているのに不気味な光景だった。フィッテ達は諦めて自宅に向かうことにした。


「やっぱり居ない、皆どこへ行ったんだろう……」

「こればかりは分からないね……」


 二人は探索を切り上げ、フィッテの家の正面口から帰宅する。

 裏口もあったのだが、東通りから入る事は変わらないのと、最後くらいはちゃんと表から入ろうと思ったからだ。


「……ただいま」

「……お邪魔します」


 玄関の付近には父が、台所の床には母がそれぞれ別々の体勢で倒れていた。

 勿論二度と動く事はない。

 その場に立ち尽くしたまましばらく動かないフィッテが今感じているのは、両親を失ったことによるショックだろうか。

 悲しむ暇も無く、鎧達が攻めてきたので今頃になって両親を失ったという喪失感がやってきたのか。

 他の感情も含まれているかもしれないが、それが優っているのかもしれない。

 声を掛けようか迷ったが、本当の『家族』ではないセレナは気を遣って外へ行こうとする。


「……外で待ってるね」

「待って。セレナちゃんにも居て、欲しいの……」


 外へ向いてるセレナが何か言う前に、振り向く前に。フィッテは両膝を床に落としふわり、と柔らかく両腕をセレナの腹部へ回す。

 彼女の背中には、眼鏡少女の頭が押し付けられ、熱い液体が衣服越しに伝わってくる。

 身動きが出来ない以上、セレナもこの場に居るしかない。

 とてもフィッテを引き剥がして、外へ向かうほど薄情ではない。


「わ、分かったよ」

「ありがとう……ぐすっ……」


 このまま流れに身を任せようと思ったセレナは口を開くことはなく、フィッテが泣き止むまで柱の如く支えになった。 

 しばらくしてから、フィッテの涙が枯れたのか、ぽつぽつと話し出す。


「お父さんも、本当は創造魔法使えたはずのに使わなかった。ううん、使える隙が無かった」

「……」

「お母さんは創造魔法を使ったけど、あの銀の鎧には勝てなかった」

「……両方とも私のせいだよ」


 そこでよりフィッテの抱きしめる力が一層強くなる。


「そんなことない! セレナちゃんは頑張ったよ……! 銀の鎧と赤の鎧が居る状況でも、戦ってくれたよ……」

「だけど逃走を許してしまった、フィッテの両親の仇は取れないまんまで……」

「……セレナちゃんは、仇を取りに行って、居なくなっちゃうの?」


 セレナの胸に言葉という刃が痛烈に突き刺さる。もし、あのまま鎧達に戦いを挑んでいたら、勝ち目は薄かっただろう。

 そして、命を落とす確立も跳ね上がるはずだ。

 そもそもセレナは午前中、午後と依頼を受けていたため、創造魔法を使用せずにはいられなかった。

 夜の訪問時、鎧達の襲撃によりこちらでも創造魔法を使わざる得ない状況だ。

 今日だけで、それだけ魔力を消費しておきながら敵に特攻するのは命を捨てるに等しい。


「そんなつもり、だったのかもしれない。あの時は仇しか目に見えてないかのような行動だった。ごめんフィッテ」

「私にはもうセレナちゃんしか頼れる人が居ない。だから、もうこれ以上居なくなるのは堪えられないよ……っ!」


 涙が更に沁みこんだ気がする。着ている洋服からは、熱が伝わってくる。

 フィッテは未だに抱きついているが、腕の力は弱まった気がする。

 セレナは自分にも言い聞かせるように呟く。


「うん。私がフィッテを守るから。これからも、ずっと」

「あ、りがとう、ぐすっ。セレナちゃん……っ」


 フィッテはしばらく泣き止まなかった。

 洪水が押し寄せたダムが決壊したかのように。その間もセレナはじっとその場に留まり、フィッテの好きにさせた。





 自分の中で心の整理が着いたフィッテは、彼女を抱いていた両腕を離す。

 抱きついたままの体勢からは開放され、お互いに向き合った状態だ。


「セレナちゃん……、その、ありがとう。私はもう大丈夫だから」

「ん? 分かった。また泣きたい時は私で良かったら胸を貸すからね」


 セレナはどん、と拳を自信げにあまり発達していない胸に叩いた。

 と、不意にフィッテがセレナを凝視していたので、何事かとセレナは魅入る。


「セレナちゃん」

「ん?」

「私にも、創造魔法、使えるかな?」


 フィッテにセリフを聞き、表情を見、セレナはハッとする。

 言葉には魂が宿っているかの如く、熱がこもっているようだ。

 顔は凜とし、何か大きな決意をした時の強い意志を感じさせる。

 ごく、と喉を鳴らす音がフィッテにも聞こえたかもしれない。

 それほどなまでにセレナは、重大な選択を迫られていると錯覚する。

 この選択を誤ったら、彼女は巨大な渦に飲み込まれるのではないかというほどに。


「つ、使えるよ」


 何故か上ずったセレナの声。フィッテの覗き込む顔が見えるが、気にせずそのまま続けた。


「この町でもやろうと思えば出来るけど手段を探さなきゃだし、安全面を考えたら私の町で行なったほうがいいかも」

「……分かった」


 それだけいうと棚から布を取り出すと、自分の親に一枚ずつ掛けていく。

 すっぽりと収まる程に大きく、見た目では何が覆われているのか分からない。

 まるでここには当分帰ってこないかのような言い方だ。

 一枚覆うごとに丁寧に背筋をぴん、と伸ばしお辞儀する。


「お父さん、お母さん、今までありがとう……私、強くなる。ゆっくりと、セレナちゃんと一緒に頑張る。セレナちゃんには迷惑掛けるかもしれないけど、一生懸命役に立てるようにする」


 セレナは立ち直りの早さに感嘆する。

 先ほど沢山泣いていたのが嘘のように、凛々しい後ろ姿だった。


「フィッテ……」


 見かけだけは明るく振舞っているかもしれない。完全には振り切れてはいないだろう。

 じゃなければ、フィッテが短時間で復帰出来る訳がない。

 度々フィッテの家に遊びに来るセレナならば分かる。ファンタジー本の中に犠牲者を出す物語がいくつかある。

 登場人物に感情しすぎるあまりに、感想を聞く時に彼女は号泣をし、フィッテの両親に何事かと迫られたこともある。

 また悲劇に遭遇するキャラクターなどに出会った時も、涙ぐんでページを進めたとも言う。

 そんな彼女が現に両親を失って、すぐさま立ち直れるだろうか?

 セレナの中では答えは、ノーだ。

 どこか感情を押し殺し、無理している様子が見受けられる。

 彼女の仮説はさておいて、フィッテは緊張感を持った顔でセレナを見た。


「これからセレナちゃんの町に行くの?」

「と、言いたい所なんだけどね……話長くなるからどこか座れる場所に出た方がいいかな? ……ここ以外で」

「分かった。……部屋のランプは消した方がいい?」


 フィッテは室内に設置されているランプを指差す。

 壁、天井に掲げられたランプは土台と頭の部分が円形の土で出来ており、繋ぎ部分がガラスの球で接着されている。

 球体の内部に赤く、小さく炎がちらついている。


「時限式ならば放っておけば消えるけど、恒久型だと誰かが消さないとそのまま、だったかな」


 ふと何かを思い出すように考え、少し経ってから壁ランプに近付き、下から覗き込んだ。

 壁ランプの底には時限型、と記入されていた。

 どこか崩れた書体は手書きであると分かる。


「お父さんが確か家の明かりは全て時限型にしてある、とか何とか……」


 時限型のランプはある一定時間を越えた時点で魔力が足されないと、自動で消灯する型。

 恒久型は、家内に魔力がある限りはずっと明かりを灯し続ける。

 家の者であってもそうでなくても、魔力を供給すれば明かりは点き続ける。

 フィッテの父がなぜ時限型にしたのかは不明だが、少なくとも放っておいても良さそうだった。

 二人はドアが無い玄関をくぐり、フィッテの家を後にした。

 フィッテは一度だけ振り返ったが、何事も無かったかのようにセレナの後に付いていった。 

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