疾風の舞と新たな脅威
フロートボードに乗り、出来る限りの加速をしてブレストの町北部へ進んだ先にある『危険地帯』。
早朝に到着したフィッテ達は、魔物や人が居ないか確認するべく近くの森へ隠れた。
今の所は魔物の咆哮や、魔法が飛び交う様子はなさそうだ。
どちらにせよ、ここからは踏み込まないと始まらない。
ヴィーは立てた作戦の確認の為だぞ? と咳払いをして、
「さ~て、今回の目的はザヅ=イクジスターの発見、及び共に帰還だぞ。私が主に先行して魔物や人の相手を可能な限りするから、フィッテちゃん達にはザヅ君の捜索をお願いしたいな」
「はい!」
「ふふふ、いい返事だ! ああ…早く一緒に帰りたいものだよ。あ、そうだ。フィッテちゃん、これ」
豊かな胸元から取り出したのは四つの石だ。
形が鋭利だから『魔法石』かと思ったが黒味を帯びていないから違っており、こちらは水色に染まっている。
彼女に手渡され、セレナの眉がぴくりと反応したが特には発言しなかった。
「中に私の特製魔法が込められてるから、フィッテちゃん達の誰かがピンチになったら躊躇せずその場で砕いてね!」
「あ、ありがとうございます!」
「よし、チーム『フォーガード』の子はフロートボードを隠して欲しい。帰りが徒歩にならないように、ね」
セレナ達は頷いてからすぐに動き出した。
「私は……」
「私とお話。拒否したらアレをするよ」
「え、と…拒否しませんけど…」
頭に疑問が浮かんだが、ヴィーは至って真面目な顔で手を握ってセレナ達から離れていく。
少し歩いた先の木に二人が隠れた後に、ヴィーが口を開いた。
「フィッテちゃん、もしセレナっちと私が同時に危険な状況になっても、セレナっちを絶対に優先して助けて」
「理由を……聞いてもいいですか」
「恋人を助けるのは当然だから。一方で私はまだ知り合いでもあるし。仮にピエレアとセレナっちでも同じだよ」
「……もしかして初めて会った時、私とセレナちゃんの関係を知っててわざと?」
「ぅ、それは本当にごめん。あの時は誰かに聞かれるとマズいかな~って。決してフィッテちゃんの関係を馬鹿にするつもりはないし、騙しててごめん」
彼女は申し訳ないように落ち込んだ後、謝罪の礼をした。
「か、顔を上げて下さい。確かに一瞬焦りましたけど」
「その、まあ、そういう訳なので。石は遠慮なく使ってね! 私は準備するから配ってきて欲しいかな~」
出来れば使いたくない物だ、とポケットにしまい戻りながら内心で思う。
だけど、きっとそういう状況はきてしまうかもしれない想像だけはしておかないと、いざという時に対処できないだろう。
咄嗟に反応出来る場合もあるが、自分の性格からして上手くいけばいい方だ。
ヴィーは屈伸運動をしていて、いつでもいける態勢を整えており、セレナ、ノアハ、ピエレアは作戦確認後、フロートボードを見つからないような場所に隠している。
それだけ、今度の場所は慎重に入念な準備が必要である。
(大丈夫。今の私はセレナちゃん達の隣で立って戦う訳ではなくて、後方での支援……も違う。すぐさま防御出来る為の魔法の詠唱をすること……落ち着こう、私)
「……ヴィーさん」
「んー? なんだい、もしかして……例の」
「いえ、そうではなく……。無理かもしれませんが、私は誰にも死んでほしくはありません。……出来ればその状況に陥ったら、皆助けたいです。でも、私には力がありません……必ず生きて帰りましょう」
「……ふふ。ありがと。『もしも』のお話だよ。会って間もないけど、私を心配してくれてありがとね? ささー、戻った戻った!」
「よし、いいかな」
「セレナさん、ノアハ様、ここなら安心かと!」
「様は……まあいいです。フィッテ? どうかしましたか?」
フォーガードの女子三人組一斉に見られて、フィッテはちょっと恥ずかしさを感じた。
「い、いえ! なんでもないですよノアハさん」
「……私に対して何かありましたら、遠慮なく言っていいんですからね? セレナお姉様は勿論、私やピエレアの事でも相談に乗ります」
「あはは……。ありがとうございます。その時が来たら、必ず。皆さん……この石を」
フィッテは三人に貰った石を手渡していく。
セレナはいつも通りの恋人を見て安心すると、ヴィーへと近付く。
「ヴィーさん、こちらは準備出来ました。どうしますか、すぐにでも侵入しますか?」
「そうだな。……最後に、念を押しとくぞ。ザヅ君は大丈夫だろうけど、自分達の安全第一で行動してくれ。もし誰かとはぐれたりしたら合流、無理そうなら『危険地帯』から脱出すること」
「……はい」
真面目な顔つきのヴィーに対して、セレナ達は渋々返事をする他なかった。
「行くぞ」
坂を数メートル上がり、高台へと足を踏み入れる。
緩急な丘がいくつかあったり、巨大な岩の塊が点々と置かれていたりと他には特に気にする点がなく、情報を知らずに入ると『危険地帯』かどうかを疑いたくなるほどだ。
天気が良ければ弁当を持ち寄って、ピクニックの名所になっていてもおかしくはない。
それに、この場所にフォーガードメンバーの捜す人が居るとも考えにくい。
遥か先まで目を凝らしてから、セレナは溜息をついた。
「誰かと戦っていたり……はしてないようですね、ザヅさん」
「とりあえずは、ね。私が先行するから皆付いて来て」
当初の予定通り、ヴィーを先頭にして進んでいく。
朝早いこともあってか、完全に日は昇っていない。
当初の聞いていた情報とは違う点はあるが、魔物が徘徊していないのは有りがたいことだろう。
上手く見付からず彼を発見出来れば最善であるが、こればかりは祈るしかない。
一歩、また一歩と各々が踏み出すが、どこにも異常は見られない。
全員が巨大な岩の塊をいくつか通り過ぎた所で、ヴィーが周囲の違和感を察知した。
「皆、魔法の準備を。『囲まれた』っぽい」
指示一つ飛ばすと、ヴィーは何の変哲もない巨大な岩の塊に向かっていく。
「【デス……ピアーシア】!!」
彼女の魔法発声と共に練られたどす黒く禍々しい蠍を象った粒子は、ヴィーの手から握っていた短剣へと集まって刃に収まっていく。
誰かが構えたり援護を行う前に、疾風を連想させる目にも止まらない突きは岩の塊へと刺さっていった。
「やって……はいないっぽいか~、失敗失敗。ノアハちゃん、フォローお願い~」
「仕方ありませんね……貸し一つ、です。【アイスガーディアン】」
後退したヴィーを庇うようにして、ノアハが岩の塊の前に立ち塞がり地面へと両手を着けた。
水色のいくつもの線や円、様々な絵が描かれたそれは『魔方陣』を彷彿させる。
はたまた、本当に魔方陣なのか。
水色の陣から光が溢れた次の瞬間、全身が氷で作られた鎧が現れた。
「え……ノアハさん、すごいです……いきなり氷の鎧が出てきて……!」
「細かい講習は帰ってから、とかにするとして。自分の魔力を消費してアレを出してるんだよ。……ちょっと面倒だけど、フィッテもいずれは出来るようになるよ」
フィッテの素直な感想に、ノアハは少し頬を染めながら氷の鎧を操って岩へと攻撃を繰り出していく。
振りかぶったり、横に腕を薙いで拳で砕こうとしたり接近戦を仕掛けている。
「そしてあの岩の塊はただの岩じゃない……難度5の『丸石獣』だね」
セレナは解説をしながら、近くにいるもう一体の丸石獣に向かって手をかざした。
「【セパレート・ダガーストーム】!」、
手のひらから生まれた短剣は嵐のように舞い、岩を削るべく突撃していく。
セレナやノアハが攻撃を続けている中、ピエレアはただ一人その場に立ち尽くしていた。
「ぴ、ピエレア……さん……?」
「あー……フィッテ。彼女から距離取った方がいいかも。『フォーガードの剣役』、と言うだけあって戦闘になるとちょっと変わってるから」
言われるがまま従った彼女は、ピエレアから数歩後退し様子を見る。
「落ち着いて私……、頑張れピエレア……! ……すぅー……はぁー……。……行くよ」
彼女なり(?)の集中をしてからコートを脱いだ下には、戦闘で着用すると思われる緑色の制服を露わにした。
手足の部分には白くまっすぐ線が伸び、手足が動く度に柔軟に伸縮していく。
ピエレアが深呼吸を終えて、創造魔法を発動するまで時間が掛からなかった。
「【スピードシフト・スラッシュダンス】……!」
一度その場で跳躍したかと思えば、攻撃の構えをしていない丸石獣へと鳥の如く飛んで行く。
近くに居る範囲で丸石獣の数は5体。
1体はヴィー(失敗済み)とノアハが、もう1体はセレナが担当している。
残る3体でどうにかフィッテとピエレアで対応していかないと辛い所だ。
フィッテの内心の不安をかき消すように、緑で彩られた二振りの短剣から軽やかな斬撃が繰り出された。
「はぁぁぁああっ!!」
気合いが込められているか定かではないが、丸石獣の皮膚を容易く切り刻んでいく。
体中が傷だらけで至る所からは黒味が混じった緑色の体液が噴き出している。
「次っ!」
それだけで撃破を確認したピエレアは、腕を振り上げた近くの丸石獣の背に回り込み再び斬り込む。
高速の舞いはただただ攻撃しているだけではない。
攻撃中のピエレアに迫る、別の丸石獣から放たれた岩の弾丸を振り向くことなく斬り払ってみせた。
「大丈夫です、貴方は最後ですから。焦らないで?」
ピエレアは2体目を作業のように倒し屍を蹴り飛ばすと、後方で飛び掛からんとする態勢を低くした丸石獣の頭上に着地した。
頭に乗っかる邪魔物を排除する為に、咆哮を上げながら両手を掲げて獲物を捕獲しようとするが失敗に終わる。
「____!!!」
「残念ですけど……外れです」
丸石獣の前に立ったピエレアは悲しげな顔をして、両手を振るった。
顔や腕、胸など部位を指定しない乱舞はあっという間に傷跡で覆われていく。
前面に跡が見当たらないことから、普通の生物は生きていないだろう。
最後にくるり、と一回転をしてお辞儀をしたピエレアから満面の笑みが浮かんでいた。
「ふぅ~……、っと、あわわ……」
両手に握られた短剣は緑の粒子へと変化し、舞いが終わった彼女はバランスを崩し尻餅をつく。
ピエレアの魔法が終わったのと、彼女が態勢を崩してしまったのでフィッテは急いで駆け寄った。
「す、すごいです、ピエレアさん……!」
「ありがとうございます……フィッテさん、戦闘時私は一定の集中力が無いとダメなんです。それに私が私じゃないみたいで……引いちゃいますよね」
「う……ちょっと変わってる、とは思います。けれどピエレアさんはピエレアさんだと思いますよ」
真っ直ぐな純粋の瞳に顔を逸らした彼女だったが、他がまだ戦闘中だったのを思い出すとバッと立ち上った。
「流石、『フォーガードの剣役』、だね。こっちは丁度終わったよ」
「こちらもです、セレナお姉様。……いつもああだとこちらは助かるのですが」
「やるねぇピエレアちゃん! ブレストに戻ったら例のアレを……と、待った。まだ何か居るようだ」
周囲の屍には目もくれずに、ヴィーは辺りをぐるりと見回す。
これにはフィッテ達も警戒を強めて、創造魔法の詠唱に入る。
風が一度強く吹き荒れ、大地が一度、大きく揺れ動いた気がした。
「え」
「もしかして……『バルダリア』、『エルレーコ』の組み合わせ!?」
体を震わせたヴィーに対して、フィッテは分からないので首を傾げるしかない。
「セレナちゃん、魔物なの……?」
「難易度6『バルダリア』、難易度7『エルレーコ』……この二匹が合わさると、高難易度の9~10に相当するらしいの。ヴィーさん!」
「正直、ザヅ君は置いてでもここは退いたほうが__っ」
ヴィーの言葉が遮られたのは自らの意志ではなく、突如現れた人間の数倍ある体躯の獣による耳を塞ぐ程の大きな咆哮と、空一面を隠してしまう巨大な鳥の落下物の爆発によるものだった。




