抱き付き魔と貴女は
彼女が出した請負証には、請負七士と記入されている。
ヴィーの強さはリクリア遺跡で出会った、イコイより強いということになる。
レルヴェと同等かそれ以上になりそうで、二人が模擬戦をしたら盛り上がるかもしれない。
「じゃーん! 私は請負七士だぞ! 一応私の強さを証明しようかな、と思って。フィッテちゃん、これぐらいの強さなら行ってもいい?」
「疑ってませんよ! ありがとうございます……! 実は、行きたいのは私だけではなくて……」
「うんうん、分かってるよ~! セレナっち、ノアハちゃん、ピエレアちゃんでしょ?」
少し離れた位置にある家屋の裏で、三人娘が名指しで呼ばれて一瞬ビクっと震え上がった。
三人は隠し事は出来なさそうだ、と頷きあってから大人しく正体を現す。
「ヴィーさん、お久しぶり、ですね……」
「お久しぶりです……」
「い、いじめないでヴィーさん……」
一人、やたらと怯えているが各々気を遣うように挨拶を済ます。
「ヴィーさん……ピエレアさんが震えてますけど……何かしたんですか?」
「フィッテちゃん!? う、疑いの眼差しは良くないぞ!? お姉さんはただ、愛の抱擁を教えていただけで……」
「っ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
三人がヴィーの近くまで来たのはいいが、ピエレアがしゃがみ込む程のことをヴィーはやらかしたに違いない。
たまに通る人々が何事かと興味の視線が飛び交う。
「ヴィーさん……ちなみに愛の抱擁って?」
「抱きしめた後に、ほっぺにちゅー、だよ! あれ、フィッテちゃんも……」
「……流石に要りません」
ヴィーは悲しむように、肩を落とした。
先ほどの抱き付きをさせてもらったのもあり、彼女の中で成功パターンでも見えていたのだろうか。
明らかにショックを受けているのが誰からでも分かる。
フィッテとしては多少の抵抗というものがある。
誰にでもハグをしたり、そこから先へ進むわけでもない。
もし許可したらどんな情報が貰えるのかという、淡い期待と好奇心が勝ってしまった自分を呪いたくなったフィッテであった。
「ダメか~~」
「当然です。……ヴィーさん、まさかと思いますがセレナちゃんにもこれを……」
「う、正直に言うぞ。セレナっち、ノアハちゃん、ピエレアちゃんにやりました!」
自信満々に宣言したヴィーに対して、フィッテはやはりといった風にため息を吐いた。
ピエレアからすれば、何事かと焦ったに違いない。
「セレナちゃんですら、そんな大胆な事しないと思います……」
「へぇ、フィッテは私のこと抱き付き魔とか思ってたんだ……」
「私はされた後、思わず氷のナイフで刺しそうになってしまいました」
「わ、私は……うぅ~、恥ずかしいです……」
三人が感想を述べた後、ヴィーの心が傷ついたのか涙目になっていた。
「な、なんだよぉ、私だってセレナっちとか可愛い子と撫でたりしたいだけなのに……」
「ヴィーさんの場合、愛情表現が過剰のような気がしますけどね……」
「セレナお姉様に同意見です。……ただ、これはこれで私の攻めパターンが広がりますが」
「わ、私は優しくしてくれれば……ヴィーさんが激し過ぎるんです……」
ピエレアの慰めに精神的に回復するや否や、すぐに笑顔になり彼女の緑の長髪を撫で始める。
「ピエレアちゃん~! お姉ちゃんは嬉しいぞ~! よ~しよし~」
「う、うぅ……」
ピエレアは嫌がる素振りを見せず立ち上がり、ヴィーの手を握った。
そこにはさっきまで怯えた瞳をしている彼女ではなく、決意をしたような強い瞳で見つめている。
「ん? ピエレアちゃん!? どうしたんだい? まさか、私のこと……」
「ヴィーさんは私たちのリーダー、ザヅさんを助けてくれますか? もし、助けてくれるなら私……」
笑顔が止み、撫でる手は下がり、真剣さを増した口調へと変わる。
彼女からすれば、チームのリーダーは大事な存在であって失うのは家族と同等に悲しい出来事なのかもしれない。
ピエレアの意思が本物だと汲み取ったヴィーはにこりと微笑んだ。
「ピエレアちゃん、私も勿論そのつもりだぞ。報酬にピエレアちゃんを好き勝手にもしない。他の皆にも一緒!」
「私やセレナお姉様にも愛の抱擁をしてきたのに?」
「そ、それとこれとは別だぞ! なんというか、スキンシップ?」
頬が緩みに緩んでいるから、説得力は薄いが彼女が抱き付き癖のある人なのは理解できた。
再び、緊張感を戻したヴィーは咳払いをする。
「冗談はさておき、真面目に私も行くぞ? でも夜の『危険地帯』や、外は魔物が現れる他に、人間に襲われる可能性もある。仮に二つに襲撃されでもしたら、私は皆を守ることすら怪しくなるかも」
「ヴィーさんの言う通りです。ピエレア、夜明けに出発で問題ないですか? 早朝に見つけて、即撤退目標で行きたいのですが」
「はい! 必ずザヅさんを見つけましょう!」
ここで、話が一段落したのを見計らってフィッテが小さく挙手をした。
「ヴィーさん、良かったら『危険地帯』についての情報が欲しいです……情報料はさっきと同じでいいですか?」
「うん! 教えるよ! フィ……」
「はぁ~、フィッテ、私が教えるね」
後少しでも遅れていたら、彼女流のスキンシップが行われていただろう。
ちょっと嫉妬したセレナが不満そうに頬を膨らませる。
「むむ、セレナっち。私の大事なお客さんを~」
「ヴィーさんにはユイが居るじゃないですか。ノアハやピエレアは知ってると思うけどフィッテの為に、ね。このブレストの町から遥か北へ進んだ広範囲の高台が『危険地帯』だよ。魔物は勿論強くて、難度5ぐらいは平気で徘徊してるし、その魔物の素材を狩ろうとする人達がいる場合もあるから当然人に魔物を横取りされたり、強奪目的で来る人達も居るの。周辺が安全でないのと魔物が強力だから『危険地帯』と呼ばれているの」
フィッテは自分の強さと比べても、届かない場所だと思い知る。
今の強さでは足手まといにしかならないことを。
「やっぱり、私が行っても……」
俯いた彼女を支えたのがセレナだ。
手を優しく包み込み、微笑む。
「ごめんごめん、脅かすつもりじゃなかったんだよ。フィッテ、カイサジリア展望場での戦いを思い出して? 私やフィッテでの連携、そしてここに居る皆が一緒なら余裕だよ」
「そ、そうですよフィッテさん! 私はともかく、ノアハ様も強いんですよ! フィッテさんが魔法を使うまでもないです!」
「こら、ピエレア。様は要らないし貴女にも十分な働きをしてもらわないと困ります。今回、どうしても人助けがしたいようなのでフィッテには後方に居たほうがよいかと」
誰もが足手まといだ、と一蹴して自分を除外するかと思いきや、参加させてくれることに嬉しさを感じていた。
昔の自分は何も出来ないと思っていた。
今ここにはいないが、彼女には素晴らしい仲間が出来てよい関係も築けている。
足を引っ張らないように、自分の役目を果たそうと心に決めたフィッテである。
「フィッテちゃん、ノアハちゃんも言ったけど後方に待機してもらってて、危ないと思った時に防御系の魔法発動するでも大丈夫だからな? お姉さん達の船に安心して乗って欲しいからね!」
「ヴィーさんの船は安心だけど、ヴィーさんに狙われる可能性があるので違った意味で安心出来ませんね」
「こらそこ、ノアハちゃん。そういう事言うなら考えが……」
腕を広げて、抱擁の構えをするヴィーであったがセレナに制止されてしまう。
「ヴィーさん、ここで長話も良いですけどそろそろ解散しますか? 先ほどのノアハの話ですと夜明けぐらいに出発して、向こうには早朝到着予定なのでは……」
「む、それもそうか~。折角フィッテちゃんに会えたけど、帰ってからじっくりと『会話』すればいっか!」
フィッテはセレナの攻めている時とは違った、悪いほうでの背筋がぞくりとする感覚に襲われた。
これは自分自身の第六感なのではないだろうか? と疑いたくなるほど、ヴィーの笑顔が怖く思えたからである。
「さてさて、それじゃあまた明日ということで~! 寝坊したらアレをするからね~?」
「し、しませんよ。私が早めに起きて、皆を叩き起こしてでも北門に集まらせます」
「うんうん、セレナっちは頼りになるな~」
またね、フィッテちゃんと言ったように唇が動いてから、ヴィーは手を振って去っていった。
まるで嵐のような人だ、と呟くフィッテに全員が頷いたのであった。
ともあれ、フィッテ達の準備は整ったともいえる。
後は本人を探して戻るだけだから脅威となるのは魔物の強さと、対人での襲撃の恐れぐらいか。
ヴィーが言うには魔物の横取りだけでなく、強奪目的での場所でもあるという。
そうした場合の混戦は今までの比ではないだろう、とフィッテは考えている。
(私が持つ創造魔法の種類は、個人に対して有効なものが多い。無理して創る必要もない、けど……)
魔物なら魔物、人なら人と、別個で相手出来たから対応もしやすいがそれらが合わさるとすると、予めそういう対策をしておいた方がよいとも取れる。
幸いにも自分の周りにそのパターンを経験している人達が居るなら、アドバイスを聞いてもアリと思い立ったフィッテは、セレナの手を握った。
「ふぅ、ヴィーさんの勢いには毎回驚かされっぱなしだね。……フィッテ?」
「セレナちゃん、いえ、他の皆さんにも聞いておきたいことが……」
「フィッテも色々とあって、追いつこうとしているようですね。でなければセレナお姉様の恋人として隣にも立てませんからね」
「そうですね、ノアハ様」
「また、様付けをしてる。貴女はいつも……」
「ザヅさんも同じですけど、臆病な私をここまで成長させてくれたノアハ様にはいつも感謝してもしきれないんです。……本当なんです」
フィッテとセレナと別れてから、各々の家に戻る際に街灯で照らされた帰り道、ノアハとピエレアは一緒に歩いている。
いつまでも様付けを止めないピエレアに対して、そろそろ頬の一つでも摘んで黙らせてやろうかと手を伸ばした時だ。
ピエレアはいつになく黒色の垂れ目に感情を乗せていた。
戦闘時でもそうだが、彼女は瞳に闘志を宿している。
今の場合だと戦闘の緊張ではなく決意や真剣さでの表れであり、ノアハが気付かない訳がなかった。
「そう、ですか。ありがとうございます。ですが、ピエレア。ザヅさんに対しては様を付けないのは?」
「そ、れは……ザヅさんも勿論大事です。けど、もっともっと大事なのはノアハ様だからです。こんな私にいつも声を掛けてもらって、ドジしてもフォローしてくれる。少しずつでも成長してる私を支え続けてるのは『フォーガード』の皆とノアハ様だからなんです! だから、ノアハ様……ノアハ様! 私は」
「ストップ」
ピエレアが何かをそのまま言いかけたのを塞いだのは、ノアハの指がピエレアの唇に触れたからであり。
「……困りました。ピエレアは、……ザヅさんの件が片付いてからでいいでしょうか。今ここでそれを聞いたら、『危険地帯』での行動にお互いが影響する可能性が出ます。自分の身もありますが、フィッテやセレナお姉様を守るという役を果たしたいので」
「い、いえ。ありがとうございます。……ですけど、今夜はお泊りしてもいいですか?」
「……はぁ、貴女は人の話を聞いて……。それは出来ないけど、私が泊まりに行きます」
彼女なりのフォローに、ピエレアはヴィーに負けない程の笑顔を見せるのであった。
「……うぅ」
「フィッテ、どうしたの? 寝れない?」
「う、うん。緊張しちゃって……」
セレナの部屋で、二人は同じベッドで寝ている。
喧嘩をしたわけでもなく、両方とも向かい合っていない。
かれこれ数分、似たようなやりとりが続いていた。
(……久しぶりにセレナちゃんの部屋というのもあるけど)
恋人になってからと、初めてブレストの町に来てセレナの部屋に来てからでは緊張の度合いが違ってくる。
早めに寝ないと、明日は新たな場所へ行くというのに。
心臓が早打ちしてそれどころではない。
一度起きて顔を洗ってから出直そうかと思った時。
「私も緊張してるよ。……なんだかんだでフィッテとここまで来れたし。その、フィッテ……手」
振り向いた彼女の顔は朱に染まっており、自分だけが同じ気持ち出ないことを知る。
彼女の差し出しに応じたフィッテは、そっと手に口付けをする。
「フィッテ!?」
「セレナちゃんも眠れないんじゃないの? だから、眠れるようなおまじない」
「あ、ありがと……じゃあ私からも」
フィッテに密着したセレナは、頬に、口にキスを。
「ん、セレナちゃん……」
「後は手を繋いで寝れば大丈夫だよ、さ」
「うん」
互いの手を握り合い、温もりを、愛情を感じて眠りを呼び込んでいく。
(最初からこうしていれば、良かったのかな……?)
「フィッテ、明日は気負わないで大丈夫だから。さっきも言ったけど、皆守るしヴィーさんも居る。こういう時にレルヴェさん居ないのは辛いけどね」
「ありがとう……私のわがままに付き合ってくれて」
「いいの、フィッテがそうしたいんだから。私は付いて行くし、必要ならカバーもする。恋人としても、人としても」
今日何度目の、ありがとうを口にしてから、彼女達も眠りに落ちるのであった。




