氷解と勧誘
ディーシーの町の外。
一見華やかに見える女子五人組であるが、穏やかではない空気が漂っていた。
今回の発端であるノアハ、ノアハの関係者であるセレナ、ノアハにひたすら睨まれて足が震えていたフィッテ、その震える少女を守るべく立ち塞がるカナメ、イコイの姉妹の五人だ。
「……お姉さま、ここでならきちんと説明してくれるんです?」
「するよ、その前にノアハからフィッテ達に自己紹介してね」
「……分かり、ました……」
納得がいかない彼女は深呼吸を一つしてから、フィッテ達の方へ名乗った。
「改めて始めまして。ブレストの町で活動をしているノアハ、と言います。請負五士で、以前はそちらのセレナお姉様と『良く』パーティーを組んでいました」
「フィッテと言います、請負三士です……」
「私はカナメだよ~。依頼は受けてないからなしかな~?」
「カナメの姉、イコイです。請負六士になりました」
これでいいですかお姉様? と言いたげな視線を送ったノアハは、セレナの頷きを見るや否やフィッテへと顔を近づけた。
「へぇ、やっぱりあなたがフィッテだったんですね。……ふん、可愛い顔ですね」
「い、いえ。ノアハさんも可愛いと思いますよ? ……セレナちゃんの言っていたパーティーの人ってノアハさん、だったんですね……」
「そうだよ」
セレナが辛そうに視線をやや落として肯定する。
ラウシェでの一件以降、セレナとは常に行動を共にしている、ということは今まではセレナのパーティーメンバーと一緒に居たとも取れる。
ブレストの町でお世話になってからもセレナはフィッテにずっと付いていてくれていたのだ。
……彼女自身としてはそちらの方が嬉しいだろうけども。
この事実を知ったフィッテは、ノアハの顔を見れずに伏せてしまう。
(私、のせいでノアハさんは、ずっとセレナちゃんと一緒に居れずにいた、んだよね……)
「フィッテも兼ねてそうだけど、改めて聞いて。ノアハ達のパーティーを抜けたのは一時的であって、一生ノアハ達と組まない訳じゃないの。……その時まで待っててくれたら、私は大丈夫だよ?」
「お姉様……お姉様……! 待ちます! 私は待ちます……けれど、フィッテとはどういう関係なんです?」
笑顔になったかと思いきや、冷ややかな目に変わるのはそう時間が掛からなかった。
慕う者には自分の好意をアピールするが、そうでない者に対しての威圧感がこれでもかとばかりに降りかかって来る。
セレナは今回ばかりは迷った。
イコイの時とは違って、目を輝かせたり好意的には明らかに見えないからである。
嘘を伝えれば後で激怒しそうだし、かといって真実を教えても同様なのが目に見える。
フィッテはフィッテで泣きそうな顔でセレナを見つめてきたりと、自分も泣きたい思いのセレナであった。
「フィーフィーはね~セレセレと付き、むぐぐっ」
「ね、ねえカナメ、ノアハさんのことをもっと知りたくない?」
「むぐぐぐ~」
ぱっと手を離したイコイは両手を合わせて片目を開閉した。
なんとなく意味を察したのか、カナメはノアハに近づく。
「そ、そうだよ~ノアノアのお話が聞きたいな~って」
「……あなた達、何か隠してません? フィッテについてです」
「そんなことないですよ? 私は純粋にノアハさんに興味があってですね……」
付け焼刃の誤魔化しに引っ掛からないのか、フィッテから視線を外そうとせずに姉妹の話題をかわしていく。
やがて、目に涙を浮かべたフィッテがノアハに頭を下げた。
「皆さん……もう、いいんです。ノアハさん、全てお話するので……聞いていただけませんか?」
「へぇ、ようやくお話する気になりましたか。聞きます」
「フィッテ! 待って、その話は私が」
「ううん……私だけ、安全圏に居るわけにいかないから。……何かあったらその時は私だって身を守れるようにするね」
ノアハがやや表情を穏やかにすると、フィッテは今までの経緯を全て話した。
まずはラウシェの町に彼女が来ていること、襲撃を受けてブレストの町に避難して少ししてからまた襲撃事件を解決して、依頼を達成し成長して……セレナと恋人になり今に至る所まで。
セレナはもう耳に入った以上は覚悟するしかない、と創造魔法の詠唱に入った。
……万が一、ということが起きてからでは取り返しが付かないからだ。
「なるほど……フィッテさんの事は分かりました。私も納得はしました」
「ノアハさん……」
「ですが、セレナお姉様を奪ってはいい理由にはなりませんよ? 私だってセレナお姉様が好きなのは偽りがないのですから」
今明かされた事実にフィッテは勿論、セレナが一番驚いていた。
依頼を共に受けていた少女から、想いを寄せられていると思いもしなかったのだろう。
けれども、今自分の想いを告げておかないと後々まで遅らせるとややこしくなるからセレナはノアハの顔を辛そうに見つめた。
「ノアハ……ごめんなさい。私はそれでも、フィッテが好き。誰に何を言われても、非難されても、この子が好きなのに変わらない、変わるわけがない」
「……」
ノアハの中で確信があったのか、やっぱり、と呟いてからその場にぺたりと座り込んだ。
「……私はうっすらと予感してたんです。セレナお姉様はフィッテと付き合ってるんじゃないかって。あはは、馬鹿みたいじゃないですか、どうせ実らないって分かってれば、分かってれば、ぐす……こんなことにはならなかったんです。……フィッテさん。絶対、絶対、二人で幸せになって下さい。……じゃないと一生を掛けてでもあなたを恨んで死んでからも苦しみを与えますから」
かろうじて泣くのを我慢したノアハは彼女らしい応援をして、自分の中の想いをどうにかかき消そうとする。
「約束します。必ず幸せになります、ノアハさん」
フィッテはお辞儀をしてから手を差し出した。
ノアハは一瞬戸惑ったが、笑顔で彼女の手を握った。
「良かったよ~~。ノアノアなら恨みながらフィーフィーを刺すんじゃないかって警戒してたんだ~」
ノアハの顔だけカナメへと向かったが、ただの笑顔ではなく黒い感情を込めた笑顔だった。
「ずいぶんな言い様をするんですね、カナメさん? 今の心境をカナメさんにぶつけてもいいんですよ?」
「じょ、冗談だよ~。ごめんごめん。それよりも、ノアノアのパーティーってどんな感じだったか興味あるかなー? 良かったら話を聞いてみたいかも~」
「あ、それは同意見ですね。私個人としても、ノアハさんのことも知りたいですし。ふふふ」
「ノアノアって……、カナメさん、私の呼び名を勝手に付けるのはやめて下さい。そしてイコイさん? なんか近付いてませんか……?」
気のせいですよ~? と言いながらもじりじり、とイコイはノアハへの距離を詰めていくのは間違いなかった。
カナメも面白がって姉の真似をしている。
「え、ちょ、っと、イコイさん? 目が真剣になっててすごい怖いんですけど? カナメさんまで!?」
「ふふ、覚悟してもらいましょうか?」
「覚悟~」
フィッテ達をパッと手を離して、町内へと逃げ出そうとするが。
二人からは逃れられる訳がなかった。
「さぁ、ノアハさん? 全てお話してもらいますからね~?」
「ノアノアの全部を洗いざらい話すんだよ~?」
「い、や、やめて……怖い……。フィッテ、セレナお姉様……た、助けて……」
既に姉妹によって捕まったノアハは、二人に助けを求めてきた。
散々彼女はフィッテを睨んできたというのに、今ではすっかり怯える少女にしか見えない。
セレナはある閃きが浮かんだようで、にっこりと笑顔でフィッテに問いかける。
「ねーねー、フィッテ、ノアハはああ言ってるけど? 助けてあげる?」
「せ、セレナちゃん。助けようよ。ノアハさんとの誤解(?)も解けたようだし……」
「フィッテは甘いなぁ。しょーがない。姉妹の魔の手から解放してあげますか」
フィッテに何かを期待していたようで、ため息を吐いてから彼女はイコイ、カナメの説得を始める。
(……セレナちゃん、ノアハさんをどうしたかったんだろ……)
考えても答えは出なかったので、ノアハ達の輪に混じることにしたのだった。
結局ノアハ達は落ち着いて話をしたい、と意見が一致した所で少し遅めの昼食を全員で取った。
野菜と果物を混ぜた物をパンで挟んだサンドイッチと、赤色の甘い飲み物のセットが特別に安い店があるとノアハから教えて貰い全員がそこに決めて、近くの席に座った。
カナメに関しては、ノアハの話にとても興味があるのかややノアハに近付いている。
ノアハは彼女の対応に慣れてきたのか、適当にあしらって自分の話をした。
「セレナお姉様は既にご存知だから言う必要は無いんですけど、私はチームの一員『フォーガード』に入ってるんです」
「セレセレも今はフォーガードなの~?」
「ですね。あくまでも一時的な脱退、とリーダーも認めているのでそちらは問題ありません。今もフォーガードは活動していますが、やはり四人揃ってこそのフォーガードなので、セレナお姉様にはいつか復帰はして欲しい所ではあります」
名前からして、彼女達四人が集まった時に決めたのだろう。
そして、誰かが抜けたら名前の意味も薄れてくということでもあるはずだ。
「はいはーい~ノアノアに質問です~」
「質問ばかりのような気がしますが。まあいいです、何ですかカナメさん」
「例えばだけど~、依頼受けてない私でもそのフォーガードって入れるの~?」
ノアハはあらかじめ対策はしてあったのか、チームとしての決まりを伝える。
「私達のチームは誰でも入れる、という訳ではありません。そもそも既にメンバーが決定しているので誰も入れたりしません。カナメさんがもし、他の所に入りたいとするならばやはり請負証を作るべきなのでは」
「ん~、こっそりお願いしてみようかな~? もしくは自分で作るのもありなのかなー?」
「それを私に言われても困ります。そもそもカナメさん? どうしてチームに入りたい、とか思ったんですか?」
「そうした方が楽しそうって思ったからだよ~? 今まで知らなかったのもあるけどねー」
彼女は特別な理由で請負証を作製していない。
悪く言われてまで依頼を受けたくはない、という理由なのはフィッテはカナメから聞いている。
「なるほど。……実際は楽しいことばかりではないような気がしますけどね。話が逸れました。私のパーティーなのですが、リーダーであるザヅさんの『盾』、突撃してドジしたりする『剣』役のピエレア。援護役である私とセレナお姉様。以上がフォーガードのメンバーです」
多人数で動く以上はそれぞれの役割がはっきりしているようだ。
カナメ達の姉妹の場合は二人で同時に動いてどんどん魔物を倒していくのに対して、フォーガードのメンバーは固まって確実に魔物を処理していく姿が想像出来る。
一人で魔物を相手にするのとは違って、多人数だと対応にも余裕が出来て自分より強い魔物と戦う時に、より有利になりそうである。
今まで沈黙していたイコイはフォーガードの話を聞いて以降、じっとフィッテへと熱烈な視線を送っている。
流石に気付かぬフリが出来ないフィッテは、おずおずと尋ねることにした。
「イコイさん……? どうかされましたか? 私に何か言いたげな感じがするのですが……」
その言葉を待っていたのか、イコイは嬉しそうにフィッテの手を握る。
「フィッテさん! 今どこにもチームに入ってないのでしたら私とチームを作りませんか?」




