変わった姉と恨まれる理由
イコイ達が待ち伏せしていた親玉の観察、および討伐は問題なく終了した。
リサは戦いこそは出来ないが、親玉の情報を収集するのに欠かせない人物だったので戦闘はイコイ、カナメの強力姉妹で行われた。
出現時にフィッテ達も、と手伝いを申し出たが二人が断る理由が分かった。
彼女達の凄まじい連携で敵の反撃をさせないぐらいの勢いで倒してしまったからだ。
イコイ、カナメ共に次にやることが分かっているからこそ、目を合わせるまでもなく次から次へと創造魔法を繰り出していた。
お互いの詠唱時間をカバーがしっかり出来ていたのも重要なポイントだった。
まだまだ勉強することがある、と心に決めたフィッテである。
昇段試験では発揮されることがないが、二人が一緒に行動する限りは役に立つスキルと言える。
「いつ見ても二人の動き、すごい」
「リサさん、ありがと。……カナメもありがと。いつも通りの動きで私はパターンが立てやすかったし」
「お姉ちゃんは突っ込みがちになるからね~……。私がある程度コントロールしてる感じがあるかも~」
「な、なんですって……? これじゃあ私が猪突猛進お姉さんみたいじゃない……」
「実際そうかも」
リサのさりげない追い討ちでイコイは少しショックを受けたようで、うな垂れた。
彼女達の動きではとてもイコイ側が攻め気味には見えなかった二人は、またしてもまだまだ勉強することがあると心に決めた。
(請負三士になってから、ううん。それより前からセレナちゃんと綿密な攻撃が出来ていない気がする。……そ、そもそもの問題として今の実力だと却ってセレナちゃんの足を引っ張るんじゃ……?)
悩みだしたらいつまでも悩みそうな気配のフィッテを察したセレナは、そっと彼女の手を握った。
「セレナちゃん……?」
「どうしたら、あそこまでのレベルまで持って行けるとか、多分色々考えてるかもしれない。……今の私でも想像付かないぐらい彼女達はすごい強いと思う。私は私なりのペースで強くなれればいいと思うけどな。……焦ってばかりいると周りや自分、そして好きな人も見れなくなるかもしれないから、ね?」
「あ、りがとセレナちゃん。焦ってばかり、か……。セレナちゃんぐらいの実力になったら本格的に考えればいいのかな……?」
「それぐらいでいいんじゃないかなー。さて、これから……ってリサやカナメにイコイさん?」
セレナが不思議そうに首を傾げた先にあるのは、じーっと二人を見ているリサ達だった。
「仲良さそう」
「だね~。フィーフィーとセレセレは仲良しって印象だよね~」
「ま、まさか、まさか……二人ってお付き合い、してるとかですか……!?」
リサとカナメは特に気にしていないが、イコイだけは違った。
ちょっと驚いた、という様子で口を開ける。
なぜか目が輝いており、興味があるようである。
フィッテの口から伝えてあるのはメロアールぐらいだろうか。
彼女だったら何を伝えても驚かなさそうではあるが、イコイの場合はどういう反応になるのか。
嫌そうな顔はしていない辺り、真実を言っても問題無さそうではある。
「そうですよ、イコイさん。私とフィッテは付き合っているんです。ね、フィッテ?」
「っ!? 確かにそうだけど、い、いいの……? 本当の事言っても……」
「まあまあ。イコイさんの顔見ればどう思ってるか分かるよ」
言われるがままに従うと、イコイは眼鏡を掛け直したのに加え、両手に握りこぶしを作ったままこちらに迫って来ている。
「どっちが告白したんですか? デートとかはしょっちゅう行きます? いつから付き合ってるんですか!?」
「ぁー……カナメのお姉さん、猪突猛進だね」
「動かぬ証拠」
「こうなるとお姉ちゃん、面倒なんだ~……」
セレナの意見に同意してみたくなるほど、イメージが変わったフィッテであった。
大人っぽさと子供っぽさというよりも、子供の部分に大人が少し加わっている、という風に変化した。
これは面白そう、と呟いたセレナはにぃ、と口元を妖しく吊り上げた。
「イコイさん」
「は、はい!」
「告白はフィッテからですよ? デートはまだそんなには行って、ない……です。付き合ってるのはつい最近になりますね」
「フィッテさんから……!? 想像しただけでドキドキが止まりません……! ふむふむ、デートはそれほどという感じで、お付き合いはつい最近……か。いいなぁ……あ、後は二人の出会いのきっかけとかを教えて頂ければ……!!」
カナメはこのままでは二人が質問攻めから逃れるのは時間が掛かりそうなので背後に回って脇をくすぐる。
「んひゃぁっ!? か、カナメ……にセレナさん、フィッテさん。私ってばごめんなさい……暴走していたみたいで……はぁ、女の子二人組みを見ると恋人同士に見えちゃう癖をどうにかしたいんですけどね……」
何度目かの頭を下げた少女は申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「というと、今までに何度か同じ状況が……?」
「はい……フィッテさん達のように女の子を見てると、話しかけたくなってしまって……」
ディーシーの町での依頼所にだって何人かの女性は居るはずだ。
その何人かはイコイに必ず声を掛けられていそうである。
……彼女の変貌ぶりで内心引いているかもしれないが。
「お姉ちゃんは女の子好きなのは分かるけど~……、なんとかしないと本当に好きな人が出来た時振られちゃうかもよ~?」
「む……本当に好きな人か……好き、というよりかはカナメが一番大事だけどね!」
姉である彼女はカナメへと抱きつき、頬を触れ合わせる。
「わ、私もお姉ちゃんが大事だよ~? ……二人の時ならいいけど、今は恥ずかしいかも~……」
「っ、そ、そうだったね、ごめんごめん。リサ、そろそろ戻る? リクリア遺跡には用がないと思うし」
「だね、ネタ……じゃない、収穫もあったし」
「ん~……? リサが魔物観察以外の収穫があるなんて珍しいかも~。とりあえずー長居してると魔物が来るかもだから帰ろっか~」
思えば長話をしてしまったのは確かだし、全員は否定意見を持たずディーシーの町に帰還した。
カナメ、イコイの二人と共に依頼所へ、リサは別の用事があるということで彼女とは別れた。
また、面白そうなのがあったら紹介する、と言っていたので依頼書をこまめにチェックすれば会えそうである。
ディーシーの町に来たのだから、依頼を終了させようとしたフィッテであるが受付嬢に突っ返されてしまった。
「申し訳ございませんが、請け負った町での終了をお願いします」
「! す、すみません!」
「ごめんフィッテ、言うの忘れてたね……」
後方で待っている人に申し訳ないので、すぐさま近くを離れる。
「そうだったんだ……じゃあ戻って報告しなきゃだね。一度に一回しか受けられないし……」
「フィッテ、前、前!」
「……っ!」
向こうも前を見ていなかったのもあるが、フィッテも依頼書を見ながら歩いていたので不注意でぶつかってしまった。
何かを落としてしまったが、まず何よりも自分の非を詫びるべく真っ先に相手へ謝罪をする。
「ご、ごめんなさい! ……大丈夫ですか……?」
お互い尻餅をついてしまいセレナは二人に手を差し伸べた。
「もー、フィッテったら……って、あ……」
「私は問題ないです。おねーさん、これ落とした」
「こ、これはさっきの……ありがとうございます」
フィッテと同じ背丈の少女が一枚の紙を拾ってくれた。
それは魔物生態調査依頼の紙だった。
懐を確かめてみると、リサからの生態調査の紙は持っている。
どうやらぶつかった時に落としたみたいである。
戦闘で魔法使用者が着用する、青で彩られたローブの上から銀色に光る胸当ての一枚を剥いだかのようなアクセサリーが特徴的だった。
薄青の肩まで伸びる髪と、どこか深みを感じさせる紫の瞳はあまり気分が浮かないのか沈みがちである。
立ち上がった彼女とセレナは一瞬だけ目を合わせたが、すぐに違う方向に顔を動かしてしまう。
「セレナ、お姉様……」
「ノアハ、久しぶり、だね……」
ノアハ、と呼ばれた少女は目だけでなく、顔にも生気が感じられなかった。
まるで、セレナの姿を認識した瞬間から別人物に変化してしまったかのように。
一方でセレナも気まずい感じで、目のやり場に困っている。
こういう時、何か気の利いた事を言えればいいのだが、フィッテはどちらにも声を掛け辛かった。
「あれ、フィーフィー、どうしたの~?」
「い、いえ、私ではなくてセレナちゃんが……」
「セレナさん……? そ、そして見ない女の子……あ、あ、あの」
イコイの先ほどの変化が起きかけたところで、ノアハが口を開く。
「セレナお姉様、この中の誰かがお姉様と私のパーティーを壊した張本人なんです?」
「ノアハ、ち、違うよ。私はフィッテを成長させたくて……」
セレナのさりげない視線がフィッテへと向かっているのを見抜いたノアハは、ブラックフレームの眼鏡を掛けた少女を睨み付けた。
さっきまでの生きてるか分からないぐらいの顔から、人を殺しそうなまでの殺意の眼差しが容赦なく突き刺さる。
これにはイコイの変わりっぷりも止まり、やや怯えた表情になった。
このままでは創造魔法を町中で使ってもおかしくない、と危惧したセレナはノアハの手を引っ張って表に出た。
「ノアハ、来て」
「お姉様?」
「いいから」
騒ぎになる前に撤退したセレナ達だが、不穏な空気を察した周囲の人々がざわつき始める。
「……私も行きます」
「フィーフィー、危ないよ~? ……怪我、するかもしれないんだよー……? 私は嫌だよ、もうあんな目には遭って欲しくない、かな……」
「カナメに同意ですよ、フィッテさん。……行くならこのイコイも連れてってください、いいえ強引にでも付いて行きます!」
カナメ達が来ることで何かが変わるとは思えないが、セレナの身に何かあっては嫌なのでフィッテは首を下ろしセレナの後を追った。
「お姉様、私の手を握ってくれるということは私達とパーティーを」
「聞いてノアハ。私は今あの人達と一緒に居たいの。……ノアハのことは嫌いとかじゃなくてあの子が放っておけないだけ」
「嘘です」
嘘ではないのだが、何故だか背筋を氷の塊が滑り落ちたかのように、寒気が走った。
この子は何か得体の知れない威圧感を持っている、と判断したセレナはますます速めに誤解を解くべく彼女の手を強く握った。
「う、そじゃないよ! フィッテは私の大事な人で、まだまだ危なっかしい部分があるからそれまではパーティーは組めないってこの前話して……」
「へぇ……大事な人、ですか。そうですか。それじゃあ……」
途中で会話を中断した理由はフィッテがこちらに走ってきたからだ。
セレナの不安は的中し、ノアハはフィッテ目掛けて駆けていく。
町中では使用場所以外では創造魔法を発動させてはいけない、のだがどうしても不安が拭いきれそうにない。
「ノアハさん、私がフィッテです。少し、お話でもしませんか……?」
「あなたがフィッテ……お姉様の敵は排除するだけ」
「フィーフィーに手は出させないよ~?」
「カナメに同じく。貴方、ここで魔法を使うつもりなの……?」
フィッテの前に立ちふさがる強力姉妹はいつになく真剣な眼差しでノアハと対峙している。
更に面倒なことになってきたセレナは頭を抱えながら、ノアハの腕を掴んだ。
「はい、とりあえずここまで! 何するにしろ……一旦町の外に行こうか。人の目を引きすぎだよ、ノアハ」
意図が通じた彼女は腕の痛みを感じて、セレナが相当怒っているのを実感し顔を沈ませた。
「……はい、お姉様」
ひとまずは安心だが、まだ何にも解決していない。
ノアハはノアハでちらちらとフィッテを見ては睨むのを止めなかった。
「あなたは……私が許さないから」




