姉妹と調査と彼女達
メロアール戦後、フィッテはセレナの戦いを見ていた。
模擬戦闘とはいえ、自分がしてきた戦闘を戦闘と呼んでよいのか見惚れるぐらいだった。
魔法の種類は勿論だが、距離の取り方や近距離戦時でのやり取り、彼女自身の判断力全てを取っても今の自分には手の届かないものであることを確信する。
ブレストの町に戻ったフィッテ達は真っ先に請負三士の昇段依頼を終了させた。
ワローネは寝込んでいるので、ユイとナーサが拍手でお祝いをしてくれた。
昼過ぎで依頼待ちの人とかも既に出掛けたのか、依頼所内には待合場所に数人とフィッテ達、ナーサとユイ以外見当たらない。
ナーサはフィッテの成長が嬉しいのか両手を合わせて微笑んだ。
「セレナ、私達個人的にも打ち上げしたいのだけれど。ユイ、私、セレナ、フィッテ、ワローネも一緒の時に」
「いいですね~。あの子が完治したら盛大に! 場所は……弧道救会の食堂とかどうですか?」
「それ、私も考えてた」
「決まりね。ところで……」
ナーサが指す方向、依頼書ボードだ。
「昇段依頼も受けたら依頼としてカウントされちゃうから、後一つしか受けられないけど……フィッテ、折角だし難度3に挑んでみる? レルヴェさんが結構受けてる護衛依頼は四士にならないとダメだけどね。無理に、とは言わないけど目ぐらいは通しておいて明日受ける、でも構わないから」
ありがとうございます、とフィッテはお辞儀をして会話を切り上げた。
彼女達との接点が依頼を受けるときや、休みが合うときでないと会えなかったりするのでついつい長話に花を咲かせていたいが、長時間仕事の邪魔をするのはよくないので依頼書ボードへと向かうのであった。
「……相変わらず大きいね」
「ん? フィッテ、もう一回言って」
「…………やだ」
頬を少し膨らませつつ依頼書へと視線を向ける。
今まで受けていた依頼の種類と変わらず、物品依頼、魔物素材納品依頼、魔物討伐依頼の三つだけだ。
三つだけなのだが、難度3の中で違う種類の依頼書があるのをフィッテは発見した。
「魔物生態調査依頼……?」
「あー、それもしかしたらリサって人のかも。その人は魔物の行動パターンとかを記録するのが趣味らしくて、度々こうして難易度に応じた魔物の調査を依頼することがあるんだって。……結構時間掛かる場合が大半だから、あまり皆受けたがらないけどね」
名前だけでなんとなくだが、リクリア遺跡に居たリサという人物なのだろうか。
あの時も魔物をただ倒すだけでなく、調べている様子ではあった。
もしそうであれば、カナメの姉であるイコイはリサの依頼を受けていたのかもしれない。
何故だかフィッテはあの二人にまた会ってみたい気持ちがあった。
「……セレナちゃん、私この依頼やってみたい。そして一人の力で達成してみたいの」
「ん、フィッテがそういうなら付き合う。……一緒にいる。けど、何かあったら絶対守るからね?」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、カウンターまで出してくるね」
依頼書を持ってユイとナーサへ向かったフィッテを見送り、周りに誰も居なくなったところでセレナは思わず自分の思いを吐露する。
「どうすれば、フィッテは私だけを見てくれるのかな。他の女の人を見なくていい方法ってないのかな」
魔物生態調査依頼。
依頼人はリサからだった。
リクリア遺跡のリサだと判明したのは、現地に到着してからである。
フロートボードで魔力を微消費しながらたどり着いたリクリア遺跡の少し離れた休憩地点で彼女達の姿を発見する。
三角錐の布がいくつも展開しており、彼女達はその中の一つで固まって談笑していた。
フード付きの茶色いローブ、緑色を基調とした服、紺色で彩られた制服、それだけで誰が誰か分かる。
「リサさん、イコイさん、カナメさん……お久しぶりです、フィッテです」
「ようこそ」
「フィッテさん!? え、と、私に会いに……?」
「違うと思うよお姉ちゃん~……お久しぶりだねフィーフィー」
日光が当たらないのか、上部を火に似た赤色の灯りが照らしている。
五人分ぐらいはなんとか入れそうだが、フィッテは遠慮して入り口で今日来た理由を説明した。
「リサさんの依頼を受けに来ました。難度3の魔物の動きを記録したいから、その補助の依頼と聞いていますが……」
「受けてくれてありがとう。詳しく話したいから中、入って」
分かりました、とお辞儀したフィッテはリサの隣に、後ろに居たセレナはフィッテの隣に座った。
当然だが、イコイはセレナの事を知らないので首を傾げる。
「初めましてイコイさん、私はセレナという者です。今日はフィッテの護衛をする為に付き添いで来ました」
「そう……。あなたがセレナさんね。私はイコイ、カナメの姉です。カナメがテレネス神殿でお世話になったようで……」
「い、いえ! こちらの言葉です! カナメが居なければ私達のパーティーは全滅していた訳ですし……命の恩人ですよ」
「て、照れるよセレセレ~……」
コホン、とわざとらしくしたリサは周りに少し黙っているようにアピールする。
セレナ、イコイ、カナメは申し訳無さそうに苦笑いをするのだった。
フードを隠したまま表情を明らかにしない少女は、話を続けた。
「今回の依頼の対象魔物、『針岩石』。この魔物の動きを記録したい。私の仕事はしっかりと記録すること、フィッテの仕事は魔物の行動を誘発させること」
「なるほど……それで針岩石のパターンはいくつかあるのですね?」
「うん、難度3の魔物はあまり複雑なのがいないから4、5個ぐらいで終わると思うけど、正確には分からないよ。……ここまで聞いて、面倒だなーって思うならまだ引き返せるよ? 私の依頼ってすぐ終わる訳じゃないし、時間掛かるから他の依頼受ける人が多い。……だから無理にとは言わない」
セレナの言っていた時間が掛かる、受けたがらないというのはパターンが全て把握していないことと、請負者自身が魔物の相手をしないといけないことは分かった。
今までのただ素材集めをしたり、魔物を倒す依頼とは全く別の種類でやや戸惑いはあったが、フィッテは受けることを決意した。
「リサさん、この依頼受けさせて下さい」
「ありがとう。じゃあすぐでも出発しよう。カナメ、イコイはどうする?」
「私はここでお留守番してるよ~」
「同じく。フィッテさんと一緒に行きたいけど……カナメを一人には出来ないし待ってる」
聞いてもよいかどうか迷ったが、フィッテは彼女達がこの場所に留まっている理由が気になったので恐る恐る尋ねる。
「リサさんとカナメさん、イコイさんはリクリア遺跡での用事とかでここに……?」
「そう、実は未だに親玉が出てこないから休憩中」
「だね~。リサリサの仕事が終わらない限りは帰らないつもりだよ~」
「てっきりフィッテさんが帰った後、現れるかと思ったけれど……まだみたい」
なるほど、と納得したフィッテは次の質問をする。
「私の依頼がディーシーではなく、ブレストの町にあったのはどうしてですか……? 近場で募集すればそちらの方が人の集まりが良さそうとは思いますが……」
「面白い依頼あったら紹介するとは言った。フィッテが来るとは思えないけど、もしかしたら食いついて来るかもと予想はした。……他に質問なければ早速行こ」
ぐっ、と親指を立ててやや嬉しげにかろうじて見える口元が緩んだのは気のせいか。
聞くことは終わったので彼女は頷いた。
「皆、行ってらっしゃい~」
「近場だから何もないと思うけど……、何かあったら引き返してきてね」
留守番をする理由が後から気になったが、リサが先行していたのもあり付いていくことにした。
リクリア遺跡にも魔物は居るようで、前回来た時には地中から出てきた魔物以外にも生息している。
今回の請け負う依頼は行動を把握するまでは討伐してはいけない、ということで普段とは違った戦いが求められる。
いつもは攻めに使っている創造魔法だが、防御系の魔法が発揮される依頼だろう。
休憩地点から離れること数分、リクリア遺跡内部に侵入したフィッテ達を歓迎したのは子供ほどの背丈の丸い岩だった。
「この魔物が生態調査の……?」
「そう。動きは転がる、岩の針を飛ばす、だけだったんだけどこの前の請負者の話聞く限り、もう二つはありそう。飛びかかりと、飛びあがってから針を飛ばすみたい。がんば」
「……やってみます」
一歩前に出たフィッテは針岩石へと距離を詰め、左に跳躍する。
「【スイフトスラスト】」
銀色の矢を生み出し、岩の地面に投げつけた。
脅威を感じ取ったのかセレナ、リサ側ではなくフィッテの方へと転がってくる。
速度は最初に戦った盾豚こと、ガーダーのように遅い。
ならば、とフィッテは岩の塊に突撃した。
「っと……危ない」
ぶつかりそうな距離の所で右に短く跳躍しながら次の創造魔法の準備をする。
方向転換する際に一度停止してから、こちらに向かってきた岩は先程と速度が若干上がったぐらいで目立つ変化はない。
「【ラピッド……】っ!?」
と思わせておいて、針岩石は前進しながらやや突出した岩が飛び出し鋭利な針となり、フィッテへと飛来する。
頭を右に振って回避していなければ頬を掠めていたかもしれない。
途切れた詠唱をしなおし、再度突進時に右へと跳ねた。
「【ラピッドファイア】」
方向転換して、加速する岩に対して弾丸を数発撃ち込む。
弾丸が煩わしいのか、針岩石は一度短く浮いたかと思うと、上空へと自ら飛び上がった。
見上げるほどに高く浮かんだ岩はこのままフィッテに攻撃を仕掛けるようだ。
リサの言うパターンはほぼ埋めた、残りは飛びあがり中に針を飛ばしてくるか否か。
警戒を怠らない彼女の予想を的中させたかのように、岩から三本程の針が勢い良く迫ってきた。
見てから回避可能な攻撃だったので、左へとステップをし避けた所で不幸なことにもう三発の針がフィッテに刺さろうとしていた。
「フィッテ!?」
離れてみていた、セレナが用意していた防御魔法を展開しようとしていた時。
彼女は細長い筒を構えたまま、針へと弾丸を正確に撃ち落した。
パラパラ、とお互いの衝撃の破片が周囲に散らばる。
着地したフィッテは黄土色の弾丸を針岩石へと当て続けた所でリサから静止の声が掛かる。
「フィッテ、撤退しよ。私の仕事は終わった」
「分かりました!」
そろそろ魔法が消えるので筒を落とし、リサとセレナに追従しようとするが針岩石がそれを許すわけがなかった。
転がりながら岩の針を撒きながら、また空高くジャンプする。
あの連続針攻撃を避けきれるか分からないが背中に刺さるのは痛手になるので、後ずさりしながら逃走しようと思っていたその時、セレナが魔法を発動させる。
「【ウォール】」
「セレナちゃん……!」
「フィッテには傷一つ付けさせないよ、この岩っころめ」
フィッテを守るように、地面から土の壁が突き出し岩の攻撃を全て防いだ。
結果として、足止めに成功したのを確認したフィッテはセレナの手を握って撤退した。
「お疲れ様、皆~。スープ作ってみたけど~……、飲む?」
リクリア遺跡から離れた休憩場所に帰った三人を迎えたのは、のんびりとした少女の声とやや甘めの匂いが漂う黄色の液体を器に盛る笑顔の少女だった。
「うん、楽しみにしてたし。……二人は?」
「い、頂きます……!」
「是非とも。そういえばお昼食べないまま依頼受けたんだったね……」
それぞれが座り、全員分の器が配給されたのちリサから感謝の言葉が掛けられる。
「フィッテ……とセレナ。まずは今日の依頼ありがとう。二人のおかげで無事トラブルも無く終われたのは二人の力」
「いえいえ。初めてで興味があったので……それにリサさん、と聞いてもしかしてと思ってましたので」
「私はフィッテに付いて行くだけだし、最後のはちょっとひやっとしたけどね……後はあの針を撃ち落したことかな」
「あ、あれは何故か反射的にそうするべきかな、って判断なんだよね……次もああいう事あったら出来る保障はないよ……」
ありがとう、とリサは再度お礼を言ったあとにいただきます、と呟いてから黄色の液体を口に含んだ。
表情が全て見えないが、美味しそうにスープを飲む仕草からして純粋にお礼を言ったようである。
そのフード、取らないんですか? と口に出しそうな程魅力的な仕草だったが彼女と同じくスープを飲んで誤魔化すことにした。
「やっぱり二人の作るスープは美味しい。フィッテ。報酬の件だけど」
「はい。依頼所の方に提出するんですよね……?」
「うん、よろしく。……無くしたら依頼は達成されないから。そのつもりで」
手渡されたのは一枚の茶色い紙だった。
そこには針岩石の特徴や攻撃などが細かに書かれていた。
どうやらリサも仕事のようで、請負者がきちんと依頼所まで持っていかないとお互いが報酬を得られないようである。
大事にしまったフィッテは、再度甘い味のするスープを飲んだ。
隣に居るセレナは喋りこそしないが、不満がないようで二人の作ったスープをあっという間に飲み干してしまった。
彼女と目線が合い、微笑みを浮かべた顔を見てやっぱり可愛いと改めなくても脳内で呟くフィッテはつい顔を背けてしまう。
それに気付いたイコイは首を傾げて不思議な顔をした。
「フィッテさん、セレナさんと仲悪いの……?」
「ち、違います。ちょっとした照れ隠しのようなものです……」
「へぇ……照れ隠し、ねぇ……」
セレナが口元が怪しく緩み、帰ってからの行動が少し怖いがそういう部分も含めて彼女のことが好きなのだ。
楽しかったこととか迫られたこととか想像したら顔が真っ赤になってしまいそうなので、慌てて違うことを考えたフィッテである。
そうでもしないと、悶えて床に何度も転がりたくなってしまいそうだったからだ。
「じゃあ、帰ったらまたデートしよっか?」
「っ! う、う、うん……」
耳打ちで話しかけられたので、少々耳がぞくぞくしたがスープを零すまいと懸命に我慢したフィッテの一日は長く感じるだろう。




