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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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請負三士試験

 風邪を引いた時、誰かが身の回りの世話をしてくれていたらどんなに有り難いか、経験してる人であれば分かるだろう。

 もし自分の周りに誰も居なくて、風邪で倒れてしまったら自分の管理は全て自分でしなくてはならない。

 幸いにもワローネは恵まれているが、一人で暮らしている人などは相当辛い筈である。





「おーい、依頼受けたいんだが」

「ん」

「って、ユイちゃんか。ワローネちゃんは今日も休みかい?」

「風邪」

「なんだい、寂しいなぁ。あの子の元気な声で依頼もやる気出るってのによ。っと、別にナーサちゃんやユイちゃんの声で元気貰えないわけじゃないんだ。ナーサちゃんのクールな印象や、ユイちゃんの気だるげだけど一生懸命さも良いぜ? ただ、看板娘みたいなのが居ないとってだけだ、行ってくる」

「お気をつけて」




 翌日、フィッテはカウンターの正反対の待合所にて、ユイと依頼受注者のやりとりをぼーっと眺めていた。

 男は軽めの鉄鎧、腰に下げた長剣を装備していて、創造魔法を使うようには見えなかった。

 ワローネやナーサには少なからずファンなるものが存在していて、どちらかと言えば積極的に応援するというよりもひっそりと集まっている印象が強い。

 その為、見舞い品が大量に送られずに少数で済んでいるのはファンのまとめ役のおかげなのだろう。

 丁度ナーサが青髪のセミロングを揺らしながら急ぎ気味にカウンターまで駆け寄った。


「ごめんなさいユイ、ちょっと大事な来客があって……って、ワローネ目当ての人? 今日で何人目かしら」

「ん、10人目かも。私達、人気無いのかな」

「人気とかで仕事してる訳じゃないのだけれど……でもワローネには私も実際励まされてるし、結構気に入ってる人が多いんじゃないかしら。ユイ、貴女も密かに想われてるかもしれないわね?」


 そんなことない、と呟きながら顔を俯かせることで、外側から見てカウンターには一人しか居ないように見えてしまう。


「でも困ったわね……昨日はせっかくのお休みで、二人でどこか出掛けようとか計画していたのに……また二人で予定合わせないと」

「デート?」


 再びひょこ、と顔を出しカウンターに二人確認出来た。

 まだ誰も依頼書を出しに来ないのをいいことに、ユイはここぞとばかりに質問を浴びせる。

 主にナーサとお話したいだけなのだが、彼女を探るという面も含まれている。

 普段であれば、隣で仕事するのはナーサやワローネではない、もう一人の人物であってナーサと一緒なのはそうそうない機会なのだ。


「ち、ち、違うわよ。たまには二人で店とか色々見て周ろうってだけだから」


 そういうのをデートって言うんじゃ……という深く切り込みたかったが、また一人依頼書を出しに来たのでユイが対応した。


「……今回は私だった。ナーサさん、明日はお休み?」

「そうよ。……あの子が長引くようなら看病役はしようと思ってるわね」

「じゃあ、明日はヴィーさんと一緒。……やたら撫でてこなければ良い人」

「ヴィーさん自身も依頼受けてるから、ユイが癒し役なのよきっと」

「癒し……私が」


 受付嬢達の会話を聞きながら、フィッテは予定を脳内で組み立てていた。

 弧道救会(こどうきゅうかい)には内部には子供も居るのでお世話をする人などが常駐している。

 しょっちゅう顔を出す必要はないが、一日一回は様子見しようと決めた彼女は自分の昇段依頼を頭の片隅に入れつつ、隣で座るセレナに声を掛けた。


「セレナちゃん、ワローネさんの様子見に行こ?」

「分かった」

「その必要はない」


 第三者からの声に振り返ると、ブレストの町一番黒服が似合いそうな赤色短髪の女性、レルヴェが立っていた。


「レルヴェさん」

「今さっき、レイレルと会って寝ていると聞いてね。やはりただの風邪らしい」

「んー、病気って訳じゃないんだね……起きてから見舞い行けばいいかな」

「私達も気をつけないとねぇ……特に外に出る機会が多いから尚更、さ」


 普段の疲れとかも影響しているかもしれないが、誰かが外から帰って来て依頼報酬を受け取る時に風邪の元を持ち込んだ可能性だって有り得る。

 フィッテ達も例外ではなく、ずっと引きこもっている訳ではないので意図せずにばら撒いている事があるかもしれないのだ。

 

「今は自分の事に専念しても大丈夫だとは思うねぇ。無論ワローネの傍に居るのもいいさ。フィッテの好きな選択をすればいい」

「……今ですと、昇段依頼ですね」

「へぇ、いよいよかい。楽しみにしてるよ。私は念の為、ブレスト周辺の異変が無いか探索してから自分の依頼をやる。何かあったら知らせるさ」


 伝言役だったのか、足早に依頼所を出て行ってしまった。


「とりあえず、今日は自分達の事に集中しよっか。……フィッテ、今回の昇段依頼の相手は分かってる?」

「うん、石の遺跡西のワード集落、メロアールさんだね。……疑問なのは次の相手が人ってことなんだけど……」

「対魔物、対人を経て、晴れて初心者卒業の証となるんだよ。何に遭遇しても冷静に対処出来るように、対人戦闘も取り入れてるということなの」


 魔物と人では動きが全く異なるのは勿論だが、今までの戦闘方法で通じるか疑問なフィッテの予想を読んでるかのように、セレナがフォローを入れた。


「安心していいのは、戦うのは請負十士のランクを持つ人で、請負三士ぐらいのレベルにまで落としてくれることと、相手に一撃与えるだけで合格ってこと」

「手加減されてるんだね……本気出したら勝ち目すらないんだろうけど……」

「依頼外での手合わせは歓迎らしいから、実力が付いた人がちょくちょく挑戦しては返り討ちにあってるらしいよ。私も行ってみようかな~」

「セレナちゃんも一緒なら心強いな。……一人で戦わないといけないけど、セレナちゃんが傍に居てくれるだけで力、出そうだし」


 照れそうな言葉を容赦もなく、フィッテが口にするものだからセレナは思わず顔を伏せてしまう。

 ……ばか、と物凄く嬉しそうに小声で呟いたのをフィッテは聞き逃さなかった。








 ワード集落。

 ブレストの町から北西に石の遺跡が、更に西へ移動すると見えてくるのがワード集落だ。

 周りが木々で囲まれている中に、家屋が点在している。

 生活している人数は少なく、指で数えられるぐらいでメロアールも一人に入る。




「あんたがフィッテ、でいいんだね?」

「は、はい……」

「そう萎縮しなくてもいいって。請負三士、昇段依頼だろ? すぐに取り掛かろうか」


 性格がレルヴェに似ていて、体格がガンセとそっくりなぐらいなのだから、フィッテが縮こまるのも無理はない。

 全体的に逞しい体つきは屈強な印象を与え、男性の格好をしていれば見間違いしてしまいそうだ。

 とてもではないが創造魔法を使用するイメージには見えないのだが、人を見た目で判断するのは良くないとフィッテは警戒する。


「あー、周りに観客がいるが気にしないでくれると嬉しい。ルールは分かってるか?」


 セレナを含む、集落の人々が集まっているのに気付くと縦に首を下ろした。


「はい、戦闘区域はワード集落全体。私の敗北条件は降参、ワード集落からの離脱、創造魔法もしくは物理の十回攻撃を受けることです。そして勝利条件はメロアールさんに一撃でも与える。……合ってるでしょうか?」

「満点だ。準備、いいかい?」


 自分を鼓舞するように、メロアールは茶色の長髪をかき上げ額に一本の赤い布を縛り付けた。

 戦闘する時としない時で使い分けでもしているのだろうか、フィッテは特に気にすることなく肯定の返事をする。


「よし、やろうか。周りには一応防御処置はしてあるが……まぁ壊れたら修復すればいいか。じゃあ……昇段依頼、行くよ」

「お願いします!」


 メロアールの踏み込みと同時に、フィッテは距離を取るべく後退跳躍でメロアールに近寄らせない。

 いくら加減はされているとはいえ、数発受けてしまえばそこでおしまいなのだから距離を取るに越したことはないからだ。

 一息付くと、メロアールは追撃を何故か諦めて手の平をフィッテに突き出した。


「離れるならこうするまでだ。【スラッシュガーデン】」


 上空から複数の刃が降り注いできた。

 三日月状に形成された刃はフィッテのみならず、周囲の家や木を巻き込んで切り刻んでいく。

 メロアールの言っていたように、家などは傷一つ付いておらず自分の心配だけすればいいようだ。

 中空で迫る三つの刃を辛うじて避けたフィッテは反撃に転じるべく、創造魔法の発動を試みた。


「【フレイムバレッツ】!」


 家に身を隠しながら放つ炎の弾丸がメロアールに向かっていく。

 が、彼女も同様に家を盾にしていたので全弾防がれてしまった。


「いいモン持ってるじゃないか、だが私の『庭』はこれからだ」


 彼女の太めの指がくい、と上がると同時に刃の軌道が変化する。

 さっきまでは空から降ってきたのに対して、次は地面から三日月が突出した。

 芽が生えたかのように、刃が顔を出したかと思うと一気に空へ向けて噴出する。

 フィッテ周辺だけではなく、どうやらこの集落一帯を包み込んでいるらしく見物人の所にまで被害は出ている。


「安心していいが、フィッテの付き人? と観客には効かないようにしてある。が、フィッテは避けないと負けちまうよ?」


 隠れているこちらにまで声が届くあたり、どこにいても聞こえるよう声を大きくしている。

 ありがたいことだが、当の本人は全くありがたくなく数発の刃が衣服を通過していった。


(……痛みはあまりない、けど……少なくとも四発はもらってる。範囲は狭いから避けるのには不自由なさそう。問題はどう避けるか、どう反撃するか、だけど)


 悔しそうに拳を強く握りながらどうにかして一発当てるべく、次の魔法を発動させた。


「【アースブロウ】」


 フィッテは今の場所から離れて、家から数歩離れた隣家へ移る。

 足音を頼りに戦うのはまだ出来そうにないが、遠距離での戦いは多少は身についたつもりだ。

 後は彼女が引っ掛かるのを待つだけで勝負は決まる。


「……」


 声を押し殺して待つと、フィッテが待機していた場所、つまり『罠』が発動したのだ。

 何かを殴るような音でフィッテは一つの確信をした。

 

「【ラピッドファイア】」


 冷静に魔法名を口にして両手持ちの細長い筒を構えて、家の角を曲がった瞬間に黄土色の弾丸を射出した。

 相手を見ずに射撃を行うのは戦い方としてはよろしくないが、彼女の中で決意をした分反応させずに命中させる自信はあった。

 

「この拳に掛かった瞬間に撃つとは……見事だ」


 全弾発射し終えた所で、フィッテはメロアールに弾丸が所々刺さっているのを視界に収める。

 ……フィッテの勝ちだ、とメロアールはにっかりと歯を見せて笑った。


「あ、ありがとうございました!」


 声と同時にセレナが駆け出して来て、熱い抱擁を交わす。


「良かった……これでフィッテは三士だね……!」

「うん……セレナちゃん、ありがとう。これからも頑張るね、もっともっと。強くなってセレナちゃんと一緒に居たい」

「ぁ、ぅ、私は私でランク上げるから! 追いつけないようにするよ!」


 至近距離で相手の見ながら微笑みあっている二人をメロアールは頬を緩ませながら傍観していた。


「へぇ~、今は女の子同士の友情もあるのか、燃えるね」

「こ、恋人、です……」

「なるほど。それじゃあますます頑張らないとな、お二方。とりあえずフィッテ、合格だ。請負三士の証を受け取って欲しい」


 額の布を解いた彼女はフィッテに手渡した。

 難易度2の時みたいに、合格の証明するのに必要なのだろう。

 否定することなく受け取った。


 彼女達が嬉しく笑い合っていて、見ているこちらまでが嬉しい気持ちになるメロアールであった。

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