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私と師匠  作者: 水守 和
第2話 蔑みの水刃
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お休みの風邪にはご用心

 朝方ディーシーの町の宿屋にて、フィッテ達が全員集まったのを確認するとレルヴェは話を切り出した。


「さて、各自色々あったがプラリア、ソシエはどうするんだい?」

「僕は特に用事無いなぁ……。プラリアちゃんは?」

「私も無いわね。今にして思えば、地虫の討伐依頼が無かったらフィッテ達とも出会えなかったのね……」


 ソシエとプラリアはディーシーの宿屋で住み込みで働いている。

 ブレストの時や、テレネス神殿に行くときなどは特別用事で休ませてもらったりして外出しているのだ。

 彼女達であれば、カナメやイコイ達と顔を会わせる機会が多いだろう。

 今後、ディーシーの町に行けばプラリア達には会えるかもしれないので、一生の別れではないのが分かるとフィッテはどこか心を落ち着かせる。


「プラリアさん達はこれからもディーシーの町を中心に活動するんですか?」

「私はそのつもりよ? ……私に何か用があったり一緒に依頼したいんだったら宿屋に大体居ると思うから気軽に誘ってね。ぜ、絶対よ?」

「ありがとうございます……! ソシエさんもその時は誘いますね」

「ありがとう。頑張るよ」


 ディーシーの町はまた来ることがあると予想するセレナは、特に名残惜しそうに悲しくなることはなく近くの友達と一時的な別れのような感覚なのか、軽口を叩く。


「ふん、プラリア、今度会った時はあの時のリベンジをするからね。フィッテ無しで勝ってやるんだから」

「悪い冗談ね。貴女が勝つ事なんて有り得ないのに。まぁ、実力付いた頃にでも来るといいわ。格の差を思い知らせてあげる」


 ぐぬぬ……と唸りながらプラリアと睨み合いをするセレナをなだめようか悩むフィッテであったが、これはこれで仲がいいのかもしれない、と微笑みながら話を変えようとする。


「帰ったら私の昇段依頼を受けてみようと思います」

「!?」 


 唐突のフィッテの発言に驚いたのはセレナであった。

 彼女のランクはまだ二であるが、今の自分に追いつこうとしているのが分かったからだ。

 ディーシーでも依頼は受けて準備は進めていたが、いよいよ彼女も同じラインに近付こうとしているのだから抜かされないように自分も努力しなければいけない、と決意するのである。


「そっか……もう請負三士になるんだね。私も頑張らなきゃ」


 フィッテの依頼の手伝いをする分には、自分の依頼回数は減らないのだが時間だけは取られる。

 好きな人と居られるのだから、何も惜しくはないがセレナはそろそろ上のランクを目指したいとも考えている。


「ふ、それぞれが高みを上るのは良い事だねぇ。私も目標が出来たし、頑張るとしようか」

「え? レルヴェさんは今まで誰かを目標とかにしていなかったんですか……?」

「あぁ、今回の外出で負けられない人に出会ったのでね。個人的に追い抜かしたいのさ」


 テレネス神殿での一件が絡んでいるのだろう。

 彼女は彼女で実力不足がかなり悔しいのかもしれない。

 まだまだ強い者が居る、という事実が彼女に火を付けたのも理由のはずだ。


「まぁ、私の事はともかくとして……フィッテ、ブレストの町に何日帰っていないと思う?」

「ええと、今日で六日でしょうか……」


 一日目はカイサジリア展望場、二日目でプラリアとの対戦、三日目はデート、四日目、テレネス神殿へと魔法石を取りに、五日目、テレネス神殿に再挑戦して、フィッテはカナメの姉の捜索手伝いをしたりと、フィッテは今までで一番多忙な日々を送っていたに違いない。

 

「確か帰ってくるのが一週間程って言ってたよね。……ワローネ、元気かなぁー」

「あぁ、あの子だったら今頃フィッテ成分が足りなくてしおれてるかもしれないわね。ナーサにそのだらけ具合を見られてお仕置きされてるのも有り得るかしら」

「ワローネさんかぁ……久々に声聞きたいな」


 むむ、とワローネに嫉妬心を芽生えながらも、セレナも会いたいのは間違いなかった。

 主に彼女をいじる方向でだが。

 

「出発はいつ頃にするんだい?」

「私はいつでも大丈夫ですよ」

「私も……問題無いですね」

「それじゃあ……ここで最後の朝食を頂いてからにしようか。そしたらすぐに出発だ」














 ディーシーの町で朝食を仲良く取って、プラリア達とも別れ、彼女達は姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれていた。

 フィッテはブレストの町に着いてからも、またあの人達と依頼とかを受けてみようと思うのであった。

 

 六日振りのブレストの町はどこも変わる所なく、普段の賑わいを見せている。

 帰って周囲の街並みを見ながら依頼所の扉をくぐるのだった。


「ここも相変わらず、だね」

「うん……私はワローネさんに挨拶してくるね」

「あ、私も行く。レルヴェさんは?」

「ちょっと私は会いたい人が居るんでね。少し席を外そう」


 二人は受付をしているカウンターへと向かう。

 とびっきり明るい声で出迎えられるかと思いきや……見慣れない受付嬢が一人とナーサの二人だった。


「ん、依頼書は?」

「ユイ、この人達はワローネ、と私の友達よ。お久しぶりね、フィッテ」

「ナーサさんの方こそお久しぶりです。あのそちらの方は……?」

「こっちはユイって言う子よ。今日はワローネがお休みだから代わりに出てきてもらってるの」


 ワローネやナーサよりも身長は低く、カウンターよりやや上に顔が見えるぐらいにまでの高さしかない。

 童顔なのだが、表情に笑顔は感じられず寡黙に仕事をするタイプに見える。

 ユイ、という娘は礼儀正しくお辞儀をして自己紹介をした。


「私はユイ。よろしく」

「初めまして、フィッテと言います。よろしくお願いします!」

「懐かしいね、ユイ。ワローネって何か用事とか?」

「ううん、風邪」


 ワローネ程の元気一杯娘が風邪を引くという事態が有り得ないのだが、今ここで受付をしていないのだから嘘ではないだろう。

 セレナは詳しく話を聞く前に、一度周りをチラと振り返って誰も人が居ないのを確認してから質問することにした。


「珍しいね、あの子がダウンするなんて。ひょっとしてフィッテの帰りを待ちきれずに外に行こうとしたとか?」

「そんなことはないわね、昨日まで普通に仕事してたもの。……確かにフィッテ成分が~とか言ってたけどね。元々今日私とワローネは休みで出掛ける予定だったんだけど……ということで私は休みをキャンセルして受付なの」

「……お見舞い、行きたいけどダメですか?」

「良いんじゃないかしら、あの状態でも彼女は喜ぶと思うけど……長居しなければ風邪はうつらないだろうし」

弧道救会(こどうきゅうかい)の一階、右の通路の右側ドア、ワローネの部屋」


 ユイは手短にワローネの場所を教えてくれた。

 フィッテは自分の昇段依頼は後回しにして、看病に行こうと決意したのである。


「ありがとうございます。ユイさん」

「別に。私はナーサさんとの時間を……なんでもない」

「あーあー、分かりやすいなユイユイは。ナーサ、そういう訳だから行ってくるね」

「お気をつけて。ユイ、私との時間がどうかした?」


 ひたすら首を振るユイは赤面しながら否定し、ナーサは深くは聞こうとしなかった。

 依頼所を後にするフィッテ達は、彼女の進展があるのか分かるのはまた別の話になる。

 




 弧道救会も見るのは久々だし、来るのも久しい。

 ユイの言葉通りにワローネの部屋まで来た二人は、息を整えてからうるさすぎない程度にドアをノックした。


「レイレルさん~……? 鍵空いてるからどうぞ~……」


 いつも聞き慣れた声とは違い、弱気な部分が見える声でワローネは出迎えてくれた。

 

「レイレルじゃなくて悪いんだけど、セレナとフィッテだよ。入るよ」


 可愛らしい装飾などはないが、壁一面陽気さを表現する橙色で彩られ桃色のベッドでワローネが息苦しそうに布団を入っていた。

 恋をしている時とは違い、顔が赤く染まったまま二人を視界に収めた。


「セレナ……とフィッテ。フィッテ!?」


 がば、と物凄い勢いで起きるのだが、反動で思わず咳をしてしまい手で塞ぐ。

 フィッテはワローネの背中をさすった。

 

「ご、ごめん……けほ、お久しぶりだね。私はこんな状態だけど、お元気そうで何よりだよ~」

「風邪に効きそうな物を色々買って来ました。私は元気ですよ」

「ワローネ、お大事にね」


 テーブルに乗っている桶から布を取り出して絞ったセレナは、彼女の額に載っている物と交換して再びワローネを仰向けにする。


「うぁ~ひんやりしてて気持ちいい……ありがと……」

「後は栄養の取れる食べ物は……」

「ううん、今は大丈夫だよ~、私が良くなったら色々お話聞きたいな。……フィッテはまたどこか行っちゃうの?」

「いえ、何か無い限りはブレストの町で活動し始めますので、こちらで依頼を受けますね」

「良かった~……その時は、けほっ、よろしく」


 ふぅー、と息を吐いてからワローネは目を閉じた。

 フィッテやセレナと話が出来て満足したのか体力を使ったのか、寝るようである。


「おやすみ。病人の看病はまたにするとして、行きますかフィッテ」

「そうだね……。また来ますねワローネさん」

「大して話せなくてごめんね……じゃ、また~……」


 いつになく弱々しい彼女を見てるだけで心が痛んできたのもあるが、このまま会話をしていても邪魔をするだけなので弧道救会を後にすることにした。




 弧道救会を出て、向かう先は依頼所だ。

 

「フィッテ、何かワローネ関係で考えてるでしょ」

「ええっ!? 確かに考えてはいたけど……、どうして分かったの?」

「そりゃあ私はフィッテの彼女、だからね! 何でもお見通しなのです!」


 若干違う語尾が交じりつつ、あまり無い胸を誇らしげに張るセレナに考えが読まれているあたり、分かりやすい性格なのかなぁ……と思うフィッテは一つの考えを口にした。


「ワローネさんの風邪が長引くようなら、彼女の手助けをしたいな」

「完璧なまでに予想してた答えだね。私も賛成だし、弱ってるあの子見てて辛いかなー……。一日経って治らないようならただの風邪じゃない可能性があるし、何かの病気だったら効き目ありそうな物を用意するとかしないとね」

「……セレナちゃんは私が寝込んでも看病してくれる?」

「一分一秒たりとも離れたくないかな。実際は無理かもだけど、心意気はそれぐらいあるよ」


 ずっと同じ場所に居たらセレナが次倒れる番かもしれないのに、そのぐらい心配してくれるのだろう。

 

「フィッテは看病してくれる?」

「勿論だよ。断る理由がないくらいに。好きな人がそうなったら居ても立っても居られないかな」

「ありがと。ちょくちょくワローネの様子は見るとして……依頼はどうする? 何かやる?」

「うーん、今日はやめておこうかな。何かあったらすぐ駆けつけらるように、町をうろうろしたいかも」


 依頼所の前まで来たが、引き返してブレストの店を見て周ったりしよう、と提案したフィッテであった。 

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