代わりにはなれないけど
テレネス神殿へは魔法石を入手する為の遠出であったが、様々なトラブルに巻き込まれていたフィッテ達はディーシーの町に到着する。
ネフェを縛ったレルヴェはあらかじめ中型のフロートボードを借りていて良かった、と呟いていたのは本来フロートボードが一人乗りだからか。
まさか魔法石ではなく、人を持ち帰るだなんてレルヴェすら予想していなかったのだろう。
中型とはいえども、二人が座れる程のスペースしかないのに魔力消費が一人乗りの倍以上は使うので、魔力に相当余裕があるレルヴェぐらいしか使えないのだ。
それを使う理由は魔法石以外にも持ち帰る物……、勿論人ではなく魔物の素材である。
中がそれなりに入った袋を背負ったレルヴェに、未だに縛られているネフェを乗せて彼女は操縦をしていた。
彼女なりの申し訳なさを感じているのかもしれない。
魔法石が入手出来ない確立の方が大きいだろうから、せめて少しでも魔物の素材を仕入れて彼女達の資金の足しにしようとするのがレルヴェの気遣いか。
「それで、レルヴェさん。その人はどうするんですか?」
「ネフェに関しては、私が責任を持って牢まで送り届けよう。この後の予定だが……、ブレストまで戻るのかい?」
「私は特にやりたいこともないので……強いて言うならフィッテの依頼手伝いでしょうか。難度3に上がる為にも、依頼はやらないといけないので」
ネフェは所々レルヴェの魔法により衣服が破けているので、申し訳程度だがレルヴェが着ていたコートを着せている。
街中なので、縛っているのと衣服の損傷は見せられないというレルヴェなりの配慮である。
、セレナは厚着と思われる黒のシャツを何枚も着用しているレルヴェを追究せず、横にいるフィッテ達に視線を送って自分が特別目的が無いことを伝える。
「私は希望があるとすれば集団訓練かしら。フィッテ、セレナ、私、ソシエとかで特別依頼の魔物でしか戦ってなかったと思うのだけれど」
「僕もそれには賛成、かな。僕自身の連携強化にも繋がればもっと役に立てるかもしれないし……」
「なるほど、そういえばそうだった。元々はブルースクウェアを取りに来て、フィッテの魔力が帰りまでもつか怪しいからディーシーの町に寄ろうってことでこっちに来たんだし。依頼にしろ、連携にしろどこか丁度いい場所が欲しいところだよね」
何だかんだで、ブレストの町へは数日だけだが帰っていない。
特別依頼の時には少しではあるが戦ってはいる。
ディーシー周辺で無理してでも連携強化を図る必要はないのだが、プラリアなりにフィッテ達と一緒に居る中で意識が変わっているのかもしれない。
「で、でも私は無理にとは言わないわよ? ……それに、カナメ。あなたはどうするの?」
一斉に視線が集中されるカナメは動じることなく、今思ってる意見を伝えた。
「私は~……ネフェさんと一緒に行こうかなって思ってる。操られてて気付かないとはいえ、ネフェさんのやってることに加担したのは事実だし~……」
「はん、私の操り人形だったカナメが何喋ったって誰も聞く耳は持たないだろうし、私の計画が崩れた今お前は用済みって訳だよ。そいつらの所なり、好きな場所へと行けばいい」
「でも~……」
「うるさいねあんたは。私が不必要って言ってるんだ。それにだ、いつ解放されるか分からない上に罪人となった私に居場所なんてない」
これでもか、と睨みを放つネフェに対してカナメは純粋な眼差しで見つめ続けている。
やがて、ため息を吐く紫ぼろローブの女性は首を横に振る。
「ダメだ。私はあんたとは居たくないし、これ以上組む気にもなれない。レルヴェと言ったか、行こう」
「ふぅ……ようやく名前を呼んでくれたかい」
カナメは呼び止めようと手を伸ばし、声を出し掛けたがレルヴェが手の平で制した。
「ここからは手を汚した者しか行ってはいけない場所さ。カナメ、あんたはそういうことをするべき人間ではない。だからフィッテ達と行動した方が良い」
「……」
カナメは俯いてレルヴェ達の去って行く方の足音が消えるまでずっと立ち尽くしていた。
フィッテ達も同様で掛ける言葉が無く、その場に留まることしか出来ずにいた。
いつまでそこに居ただろうか、やがてフィッテが絞るように声を出す。
「れ、レルヴェさん、行っちゃいましたね……」
「そう、だね。……その、カナメ。一時的にでも私達の町に来ない? 強制じゃないし、カナメがディーシーの町に留まるのなら私からは反論はしないよ。考えの一つってだけで」
「私達の連携強化よりも……カナメのこれからの方が大事のようね」
「僕達の宿屋、という手もあるけどね。おじさんがどう思うかはさておきだけど……」
つまりは、カナメ次第ではあるが選択肢はいくつか用意されている訳だ。
全部蹴って、自分のやりたいように行動するのもいくつかの案を吟味してその案に乗るのもカナメ自身が決めることである。
今でも顔を伏せたままで、表情が窺えなかった彼女だが、ようやく上げた顔から読み取れるのは何かを考えていることぐらいか。
「フィーフィー達は……すぐにでもブレスト、の町に帰っちゃうの~……?」
「すぐに、ってわけではないと思うのですが……」
「ちょっと話がしたいかな~……フィーフィーとー」
「それは良いですけど……他の人ではなく、私だけ……?」
こくり、とフィッテの前で頷いたカナメは彼女の手に触れた。
そして顔を密着させて、誰にも聞こえないように少女らしからぬ妖しさを加えた幼い声で囁いた。
「レルヴェさんから聞いたよ~? 魔法石を探す為にも依頼とか受けて自分の実力を付けてるんだよね? フィーフィーには条件付きであげようかなって思ってるんだー。テレネス神殿でフィーフィー達がほぼ収穫なしで帰るのは可哀想だから、というのも含めてね~」
「どう、してですか……そこまでして私に協力してくれるんですか……?」
「そこからが条件の一つだよ~。私と話をして欲しいんだ~、二人っきりでねー」
一度、カナメから数歩引いてセレナ達の表情を読み取った。
話した内容は耳に届いていないようで、三人とも首を傾げてるだけである。
カナメの条件、というのが気になるがフィッテの目標の一つでもある魔法石の入手。
喉から手が出る程欲しいのが確かなだけに、フィッテはついつい疑ってしまっている。
けれども、このチャンスを逃せば次に魔法石の情報、および入手機会に恵まれるのはいつになるだろうか。
魔法石相当の額を用意する、でも可能だがいくつもの素材、いくつもの依頼を消化しなければ到底支払うことは不可能だ。
「フィッテ、どうしたの? カナメと内緒話?」
「う、うん。セレナちゃん、プラリアさん、ソシエさん。すみませんが、今日は私とカナメさんの二人だけにしてもらえませんか……?」
「……訳アリ、って感じの顔してるわね。ソシエ、セレナ。今回は三人で連携練習してみましょ」
「はぁ~しょうがないか。……フィッテ、後でちゃんと聞かせてね」
二人は不服そうで、この場で追究したそうだったが渋々と依頼所へと向かっていく。
「じゃあ、僕も行ってくるね」
「はい、ソシエさんも……お気をつけて」
ソシエも別行動となり、言葉どおりフィッテとカナメだけが残された。
「カナメさん、どこかへ移動しますか……?」
「そうだね~、ふふ、フィッテと二人かー。ネフェさんと出会ったのもこの町だし、懐かしいな~」
悲しみを帯びた目をしているカナメはそのまま話しながらどこかへ歩いていく。
話しながら目的地まで行くのだろうか、足を止めるのも悪いと思ったフィッテはカナメに追従した。
「あの人、最初ぶつぶつ言っててこいつ、似てる……って聞こえたと思ったらー、ネフェさんが声掛けて来て私と組まないか? て誘ってくれたんだ~~」
「ネフェさんから見て、カナメさんが誰かに似てたんですね……」
「かもね~。それでネフェさんと一緒に居るようになってたら、操り人形になってたんだけどね~……今思えば、外見だけ似てて中身だけ自分に取って都合の良いような人格に作り変えたかったのかも~……」
時刻は昼頃だろうか人の行き交いが増えてきた中、幸せそうに歩く家族とかが目に入ってくる。
それはカナメも同様のようで羨ましそうに子連れ組に視線を送っては別の家族や恋人同士に目線を移したり……とどこか落ち着きがなくなってきているようだ。
もしかしたら、カナメは既に両親が何かしらの事情で離れ離れになっていて、会えない状況の時にネフェと出会って一時的な親代わりで接しているかもしれない……などと勝手な推測をしてしまっているフィッテは首を横に振り、雑念を消す。
「あの、カナメさん」
「んー? って、ごめんごめん。フィーフィーは条件が知りたいんだよね~?」
「は、はい……」
「そう、だよね~っと、もうちょっとで着くよ~」
どれだけ歩いたか分からないが、入り口から住宅街、住宅街から更に進んだカナメ達は街の端まで来ていた。
大小のサイズに違いこそあれど、いくつかの石が数基建てられている。
石の前には花や食材などが供えられており、ここがお墓だという事が分かる。
「もしかして……ネフェさんがカナメさんに対して似てると言っていた人の……?」
「うん……だよー……何でも危険地域に足を踏み入れてしまって、そのまま何日も帰ってなくて……という話を聞いたんだ~……」
これ以上彼女は話す気がないのか、スカートのポケットから鈍く光る黒い石を取り出した。
「そ、それって魔法石……」
「だねー。約束通りこれはあげるよ~」
言うや否や、カナメは魔法石をフィッテに手を握りながら渡した。
「え、と、カナメさん……私、まだ条件聞いてないですよ……?」
「ごめんごめん、条件は一つしかないんだ~。私の話、聞いてくれるだけでいいんだよ~」
「本当にそれだけ、なんですか……これだと私が得ばかりで、カナメさんが何一つ良いことがない気しかしないんですよ……?」
「んー、私は気にしてないんだけどなぁ~……じゃあ、条件とは別のお願いがあるんだー」
「……?」
どこか名残惜しそうに握っていた手を離すカナメは悲しげだったが、すぐに幼さを前面に押し出した笑顔を見せた。
「フィーフィーのこと、お姉ちゃんって呼んでいい~? ううん、呼ばせてください~」
「ええっ……!? それだけ、でいいんですか……?」
拍子抜けするほどのお願いに、フィッテは戸惑いを隠せなかった。
フィッテの中では、相応の対価を要求されるかもしれないと思っていたからだ。
「そう、だけどー? ん、お姉様って呼んだ方がいいのー?」
「よ、呼び方ではなくてですね……こう、何て言いますか……魔法石渡す代わりに、カナメさんの依頼手伝いとか、魔法石に見合った報酬がないとカナメさんが納得しないんじゃないかって……」
なるほど、と合点がいったように手を合わせたカナメは微笑んでから、頭を僅かに下げた。
「そういうことかー……フィーフィー、私は寂しいんだ。ネフェさんが一緒に居たからいいんだけど、もう会えないだろうし。お姉ちゃんもどこか行ったきり居なかったりで……。そんな時にフィーフィー達をテレネス神殿で助けて今に至るんだけど……。フィーフィー達の存在が眩しくて見てられないと同時に、この人達と一緒ならもっと楽しくやっていけそう、って思ったんだ~。その中でもフィーフィーは居なくなったお姉ちゃんに似てたりしてたから、フィーフィーをお姉ちゃん代わりにしようとしてるんだもん。魔法石じゃあお姉ちゃんは作れないんだよ」
「……そのお姉さんが大好き、なんですね。気持ちが伝わってきます……」
「フィーフィー……だったら」
「……だからこそ、お姉ちゃんにはなれません」
今まで驚きの表情していたのはフィッテだったが、今度はカナメが驚く番であった。
ここまで話をして、フィッテには伝わってるのに姉の代わりを否定されたからである。
話し方が悪かったのか、カナメはぐっと涙を堪えつつも原因を探った。
そうでもしないと彼女の気が済まないのもあった。
「一応、どうしてダメなのかが知りたいなー……」
「……私がカナメさんのお姉さんを知らないからというのもあります、何よりですが私をお姉ちゃんとしてではなくフィッテとして接して欲しいからです」
「そっかぁ~……ごめんね、フィーフィー。それでもその魔法石はあげるよ。むしろ受け取って欲しいな、ここまで私に付き合ってくれたんだもん……」
フィッテにはある案が浮かんでいた。
カナメから魔法石を貰う代わりに、今自分に出来ること……。
「……カナメさん、一緒にお姉さん捜しをさせてください!」




